オッドアイの守り人

小鷹りく

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パロディ (本編と矛盾する設定もあり。)

クリスマスイブ

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 今日はクリスマスイブだ。

 なのに海静様はまだ仕事をしている。

 今日に限って二手に別れて仕事をこなさなければならなかったのだが、私の方が先に終わり、駅のツリーが見えるカフェで待ち合わせをした。

 時計を見るともう八時だ。ここに来てから一時間が経つ。

 時計を見たり、携帯を見たり、手持ち無沙汰にコーヒーを二杯お代わりしてしまった。

 ソワソワするのはクリスマスイブだからと言うわけではない。

 ポケットの中のベロア素材でできている小さな箱を何度も何度も触っては、そこにちゃんとそれがある事を確かめて、そして頭の中で練習した言葉を誰にも聞こえない声で呟いた。

「 海静様…愛しています。私の全てを捧げたい。結婚して下さい。必ず幸せに…。」

 想像の中の彼はただ、うんと恥ずかしそうに頷くだけなのだけれど、その光景を思い描くだけで愛しすぎて頬が赤くなる。

 もっとこう誰も言ったことのないような言葉の方が印象的だろうか…。

「私は貴方のしもべです…。」

 うーん、なんかマゾっぽいぞ。

「私の妻になって下さい…。」 

 いや、これは怒りを買いかねないな、誰が妻だと要らぬ地雷を踏みそうだ。


 コンコンッと窓を外から叩く音がして少し訝しげな顔をした海静様が窓辺に座る私を覗き込んだ。

 はっとしてぶつくさ呟いていた姿を見られたのではないかと焦ったがすぐにカフェを出た。

 店の外に立ちツリーを見る後姿は凛としているが少し寒そうだ。

「お疲れ様です、遅かったですね。」

「あぁ、担当の子の親がどうしても今日は一緒に過ごしたいとゴネたから、万が一でもまた悪さをしないように少し力を使わないといけなかった。思ったより疲れたよ。」

 白い息を吐きながら電飾を見上げる彼の横に立ち、同じ所を見る。


「綺麗ですね。」

「あぁ…。」

「貴方ほどではないですが。」

「お前なぁ…。」

「お腹空いていませんか?」

 そう言うとぐぅーっと彼の腹の虫が鳴いた。  


「食べに行きましょう。オススメのレストランが有ります。」

「あぁ、腹ぺこだ。」

 歩きながら彼が聞く。

「お前…さっきの喫茶店で何ぶつくさ言ってたんだよ。」

「べ、別に、独り言です。」

 チラリと私を見ると私の手を握ろうとした。

 ダメだ、バレてしまう、彼は手のひらから人の心が読めるのだ。

 私は咄嗟に手を振り払ってしまった。

「何だよ、知られたくない事か。」

「そう言うわけではないのですが…。」

 自分の言葉で伝えたくてその後の食事でも少し距離を保ちながら過ごしていると、違和感を覚えた海静様は機嫌を悪くしていった。

 ホテルに着いた頃にはお酒も入ってご機嫌斜めもいいところだった。部屋のベッドに寝転ぶ彼はふて腐れていた。

「海静様、少し飲みすぎでは?」

「馬鹿野郎、今日はクリスマスイブなんだから飲んでいいんだ。世の中はどんちゃん騒ぎしてるんだぞ。」

「ですが…。」

「なんだよ…、どうして離れる?」

 ふくれっ顔で真相を探ろうとする彼がいじらしい。酔っ払っていてもちゃんと覚えていてくれるだろうか。

「海静…話が…。」

「なんだよ…。」

「その…酔ってませんか?」

「忘れる程飲んでねぇよ。」

「では…ゴホンッ…」

 私は唾を飲み込んでポケットの箱に手を伸ばした。もう片方の手で彼の手を握り、寝ている横へ跪く。

『海静、貴方を愛しています。全身全霊で貴方を守りたい。いつ何時もどこにいようとも貴方のことを思って止みません。貴方の全てが欲しい。貴方とこの先一生一緒に居たい。どうか私と結婚してくださいませんか?』


 私が言葉と心で同じ事を伝えると彼は飛び起きた。

 そして私は赤い箱を取り出して彼に差し出した。

 今日の為に用意したクリスマスプレゼントだ。

 差し出された手のひらの箱を彼がそっと開く。

 ——中には指輪が光っていた。

「良臣…バカだな、日本では同性は結婚できないんだぜ…。」

 震えながらその指輪を優しく箱から取り出すと明かりにかざして見上げた。

 指輪の内側には私と彼のイニシャルが彫ってある。

 彼の目から一筋涙がほろりと落ちると彼はすぐに振り払って私を見た。

「良臣…。」

「貴方を誰にも渡したくない。結婚という形にこだわる訳ではありませんが、私だけの貴方であって欲しい。イエスと言ってくださいませんか?」

 震える手で指輪を私に返すと、左手を差し出した。

「お前が嵌めろ…。」

 彼の言うとおり彼の薬指に指輪をはめる。

 寝ている間に指のサイズを測ったからちゃんと入るか心配だったがぴったりだった。
 
「お似合いです。」

「…お前へのプレゼントは用意してない。」

「いえ、目の前にあります。」

 そう言って私は彼を抱きしめた。

 ピクンと身体を震わせる彼の耳元に囁く。


「今日は目一杯、思う存分に貴方の声を聴かせて下さいね…。記念すべき結婚初夜ですから。」


 彼はコクンと私の肩で頷き、また忘れられない一夜を記憶に刻んだ。



 Merry Christmas 🎄 

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