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出港前夜
7-1「まさに士気旺盛って奴だな」
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クロウ対航空隊の対戦を見終えたシドは格納庫へ戻り、改めてDX-001を仰ぎ見た。この機体は規格外であるとクロウは航空隊員とシド達技術科のクルーに示して見せた。
ぼりぼりと自身の短く刈り揃えた短髪の黒い髪の生える頭を無造作に掻く。我ながらとんでもない代物を作ったものである。
「技術長。やりましたね!」
技術科のクルーたちがVRシミュレータ室から大格納庫にシドが戻ってきて喚起に沸くのも仕方のない事だった。DX-001の稼働実験などで技術科のクルーたちも既にDX-001が実際に動くところは見ている。
だが、VRとは言え、全身を動かしたDX-001が現役の最新鋭機であるF-5889-Sコスモイーグルを圧倒して見せるさまは、これまでの技術科のクルーたちの努力の集大成であるDX-001の実用性を客観的に『作り手以外の者』が証明したという事である。それは彼ら技術者に取って何よりの成功なのであった。
「まさに士気旺盛って奴だな」
シドは呟くと、「ほらほら、騒ぐなら残作業をやっちまってからだ! 今日は早いがそれが終わったら上がって良い! 艦長の許可も出た。打ち上げでもなんでもやっていいぞ!」と格納庫全体に檄を飛ばす。それを聞いた技術科のクルーたちは生き生きと作業に取り掛かっていった。
8機あるDX-001の整備用のハンガーの組み立てが今日の彼らの作業である。実際には、DX-001の格納されているコンテナそのものが直立位置で格納庫に固定すればハンガーとなるため、それらの作業は楽なものだった。
「問題は…… こっちだな」
DX-001が入っているコンテナは全部で8個今、大格納庫に搬入されている同じ大きさのコンテナは12個。DX-001が入っていない、少なくとも『完成されたDX-001』が入っていないコンテナは全部で4個。それらは予備のパーツや兵装などが満載に詰まっている。それらは今日解放される予定はない。
その他に大小のコンテナが数個搬入されている。そちらの受け持ちは彼ら技術科ではなく、主計科や医療科などが発注した食料や薬剤などの補給物資である。
「『班長』はどれだと思います?」
大小さまざまなコンテナを睨むシドに保安科の常備服を着こんだ青年が話しかけた。黒髪、黒目であるその顔はとても印象に残りにくい。その見た目だけでも彼には適性があると言えた。ニコラス・シニョレ伍長である。彼はシドと同じ諜報班の班員であった。
「さあてな、お前はもうアタリを付けてるんだろう?」
「もちろん」
と、すかさずニコラスは答えた。諜報班はタイラー直属の諜報専門のクルーとして8名がその活動に従事していた。現在2名が『艦の外』で活動しているが、それからその欠員を埋め、現在もシドを含めた8名が艦内でその活動を続けていた。
その活動は多岐に渡る。まず、諜報。つまり情報を収集するためのスパイ活動である。そして、潜入、暗殺、情報分析、尋問、などなど、彼らはそれらの行動を『たった一人でも完遂し必ず生きてこの艦に戻る』という責務を常に負っていた。
そして、それを達成するためにタイラーは彼らを選別し、勧誘し、教育し、徹底的に訓練した。
その最たるものがルウ・アクウ中尉である。彼女こそこの諜報班の実質的なトップであり、彼らを主導する立場にある『スパイマスター』である。
彼女は諜報班の8名の人員に『含まれていない』。だが、今や技術長の任を主とするシドは肩書だけの班長に他ならない。加えて言うのであれば、ルウは恐らく『つくば型』全クルーの中で最強の戦闘力を持つ兵士だ。
先ほどこの格納庫でルウはタイラーに掴みかかるミーチャに対して躊躇なく銃を抜いたが、『タイラーの制止が一瞬でも遅れていれば』間違いなくミーチャの頭部を撃ち抜いていただろう。と、シドは考えていた。
「ルウは何人って言ってた?」
「2個小隊。43名です」
実際こうしてこのつくばに潜り込もうとしている侵入者の数さえ既に把握しているのだ。普段柔和な顔でタイラーの後ろに控え、ルピナスの母親役をこなし、戦術長としての任務すらこなす彼女こそシドにとっては『得体の知れない』存在だった。
ふんっ、とシドはコンテナの二つを示して見せる。
「じゃあ、あの二つだ。多分間違いないだろう」
「ご明察です」
既にニコラスは生体反応を確認するなどして、コンテナを特定し終えた後だろう。あえてシドに聞くのはしばらく彼らと行動を共にしていなかったシドを試す意味合いだ。
自身の勘が鈍っていない事をそのやり取りで確認したシドは、おもむろにその場から踵を返すと、近くにいた技術科のクルーに先ほど自身が示した二つのコンテナに対して中身を開けずにその扉を全て溶接して開かないようにするように指示を出した。
「いいのですか?」
そのやり取りを見ていたニコラスはシドに再び近づくと静かに聞く。
「末端の実働部隊は何の情報も持ってねぇよ。糞の価値もない。後で海に沈めてやる。勿論艦長の許可を貰ってからな」
その、ルウとまったく同じ見解を示すシドに対してニコラスはニヤリと笑みを見せた。
「やはり班長は班長ですね。あなたはやはり『こちら側』では?」
その不敵な笑みを横目に見ながら「よせやい」とシドは嫌な顔をする。
「そんなことより内定は進んでるのか?」
シドを始め諜報班のクルーにはタイラーが着任当時から進めていた任務があった。内定とはその対象者が発見できているのかという意味だった。つまり、この艦に当初から存在している内通者の特定である。
「既に4名を特定しています」
「少ないな。1個小隊程度はいると思っていたが」
その人数はシドが当初想定したよりもずっと少ないものだった。
「武力的な行動よりも、露見を避けての事ですね。今回増援があったのは『彼ら』だけでは実行が不可能だと判断したからでしょう。頭のいい敵です、実にやりやすい」
密航者の潜入しているコンテナを溶接で固定し始めた技術科のクルーを見ながら、シドは「まったくだな」と応えた。
「もう少し馬鹿でずる賢い連中ならやりにくかったが、敵は艦長が想定しているよりもずっと堅実な手ばかりを打つ。2個小隊でこの艦をどうにか出来ると『思われている』事実も含め俺たちも舐められたものだな」
「まあ、ここからでしょう。ここまでは想定内です。ここから先は敵も味方も想定外になっていく。情報戦においてこの言葉は不適切でしょうが乱戦になりますよ」
そんなニコラスの反応に、シドは思わず思った感想をそのまま口に出した。
「狐と狸の化かし合いだな。最終的に化かされているのは誰になるのか見ものだぜ」
◇
「以上が内通者4名です」
ちょうどその頃、ルウは艦長室でタイラーに報告を終えていた所だった。その4名の名はタイラーが予想した通りの人物である。それに対する対策も既に講じてあった。その4名の内ルウと親交が深い人間が居たため、タイラーはあえてその事実をルウには伝えていない。既に彼女以外の諜報班のクルーが事態に当たっていた。
「ルウ、その4名を決して殺すな」
その言葉にルウはすぐさま問いを返す。
「それは命令ですか?」
「『お願い』だ。君はそんな事をしなくていい」
その問いを予想していたタイラーはすぐに言う。カフェカウンターに立つタイラーに対して、ルウはカウンター席の一つに腰掛けていた。ルウはタイラーに出されたコーヒーを一口飲み込んで、「そうおっしゃられると思っていました」と微笑む。
「彼らは既に営倉に入れてあります」
そう口にしたルウの顔を見てタイラーは内心胸を撫でおろす。
ルウもタイラーもその手を血で汚し過ぎていた。つい1年前までただの少女であったルウをタイラーはここまで堕としてしまった事を最近後悔していた。タイラーの目的のために、ルウは自身の血を流し、敵の命を奪い、泥水を何度も啜ってここまで来た。いや、来てしまった。
それを言うのであれば諜報班に名を連ねるクルーも同様であった。彼らは公式には存在しないこの艦のその部署において、既に数々の実戦経験を経験して、現在に至るまで全員生存している。
彼らをそのように訓練したのは他ならぬタイラーだった。現在『つくば』艦内で艦医長を務めている老人ジェームスはかつて自分を『外道』だと表現した。だが、タイラーに言わせれば、タイラー自身こそが外道に他ならなかった。
この1年の間に、彼らを使いタイラーはありとあらゆる工作を行った。今も尚艦外で活動している含め総勢10名にルウを加えたクルーが殺めた人間は既に200人を超えている。それだけの人数を部下に殺させておきながら、こうしてこの艦長室で今も尚彼らに上官として、親として、人として慕われている自分自身にタイラーは嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「私は、後悔した事はありません」
表情を一切変えていないタイラーに対して、ルウは微笑みながら言う。強い信念を持って。
彼女には最早タイラーの考える事など、その表情を見るだけで手に取るように伝わった。そう言った意味において、シドが先ほど連想していたルウに対する見解は間違いだ。彼女は『タイラーが必ずルウを制止する事』も予見してミーチャに対して銃を向けた。例えタイラーの制止が一瞬遅れたとしても決して引き金は引かなかっただろう。他ならぬタイラーがそれを望んでいなかったからだ。
「ルピナスの親であるために、この艦の、いえ『つくば型』のクルーを生存させるために私と艦長はその最善を尽くしました。例えこの手をいくら汚そうとも、また洗えばいいと教えてくださったのは艦長です。これは諜報班全員の総意でもあります。その為であれば、私達はいつでもその身を喜んで返り血で汚しましょう。そして必ず生きて帰ってこうして艦長にコーヒーを淹れていただくのです」
そんなものは、とタイラーは言おうとして口を閉じた。決して自分に彼らの言葉を否定する事などあってはいけないのだ。彼らこそはそう望んで作り上げた自分自身の陰なのだから。
「そうです。艦長は今まで通り思った通りに私たちに『命じて』下さい。仮面の下で怒りの涙を流して下さったあの日から、私達の命は艦長とどこまでも一緒です」
優しく、聖母のようにルウはタイラーの頬にその両手をそっと添え、その額を背伸びしてタイラーの額に当てた。彼女の言うあの日とは、タイラーが仮面を被ったその日ではない。この『つくば型』に対して取り消された筈の突撃命令が再び発令され、その理不尽極まる連邦軍本部の対応に対してタイラーが怒りの憎悪を燃やした日の事だ。その日以降、タイラーは決してこの仮面を取らないと誓った。そうでなければこの憎悪の炎が自らの子供らである彼女たちをいつか焦がすのではないかという恐怖故であった。
「困ったな、君は私の母にでもなるつもりかな?」
「私は既にルピナスの母ですよ? 今更何人子供が増えたって構わないのです」
そう言いながら悪戯っぽく笑う彼女は年相応の少女だ。彼女はその琥珀色の瞳を細めながらタイラーの頬を撫でるのだ。その両手は白く美しい。決して血で汚れたそれではない。
まだ、折れる訳にはいかない。と、タイラーは自身に喝を入れる。私たちは生きて、生き残らなければいけないのだ。と。
「例の人物はやはり『月』か?」
タイラーは、再びカウンターの宿木に戻ったルウに問う。
それはクロウのもう一人の探し人だった。それを調べる過程で、ルウにはタイラーの本当の『正体』を知られていた。それでもなお、ルウは何も言わずタイラーに変わらずに接した。ルウが欲したのは都合の良い英雄などではなく、等身大の人間であっても今この場にいるタイラーだった。
ルウに『正体』を知られた事を知るタイラーもまた今更言い訳する気も無かった。問題なのはルウが言う探し人の所在だった。それは図らずも、この艦の本当の目的地だったのだ。
「まさか、我々の目的地と同じとはな。まあ、正直都合はいいが、少々都合が良すぎはしないか? まさかとは思うが君の手配ではないだろうね?」
実際それは本当に単なる偶然だった。ルウは単に諜報班の人員を駆使してその人物の所在を特定しただけだ。そのタイラーとクロウに取ってキーマンとなりうるその少女は月に保管されていた。どの勢力にもまったくの『ノーマーク』で、である。
現在までにおいて彼女がこの先マークされる事も、タイラーとクロウの関係性に感づかれる様子も皆無だった。それどころか、『タイラーのこの先の行動について』も敵対勢力はまったく把握出来ていなかった。だからこそ、焦った『つくば』艦内の内通者4名は2個小隊の応援をこの艦内に密航させるに至ったのだ。
恐らくは、その2個小隊を使用してタイラーを拘束し『つくば型』の掌握を図ったのだろうが、例えばその2個小隊が発見されなかったとしてもルウから言わせればお粗末すぎる行動だ。その2個小隊がタイラーを拘束する前に、『現状』の『つくば型』の警備体制であればそれらは発見され殲滅される。その行動こそが自分たちを特定させる最後のカギとなったことも知らずに。
「さあ、それはどうでしょうか?」
言いながら、ルウはタイラーに小さく舌を出して見せた。
自分とタイラーの関係は未だ部下と上司、ルピナスの本当の母と父になるというルウの最終目標まではまだまだ遠い。だが、その瞬間までは決して振り返らないとルウは誓う。タイラーが予想するルウの行動理念とは別で、彼女を動かす原動力は『恋』という何ら変哲もない普遍的な感情であることをタイラーはまだ知らない。ルウがあまりに近くなりすぎて逆に見えないのだ。
「敵わないな、君なら本当にやりかねない」
肩をすぼめてタイラーは感想を述べた。
ぼりぼりと自身の短く刈り揃えた短髪の黒い髪の生える頭を無造作に掻く。我ながらとんでもない代物を作ったものである。
「技術長。やりましたね!」
技術科のクルーたちがVRシミュレータ室から大格納庫にシドが戻ってきて喚起に沸くのも仕方のない事だった。DX-001の稼働実験などで技術科のクルーたちも既にDX-001が実際に動くところは見ている。
だが、VRとは言え、全身を動かしたDX-001が現役の最新鋭機であるF-5889-Sコスモイーグルを圧倒して見せるさまは、これまでの技術科のクルーたちの努力の集大成であるDX-001の実用性を客観的に『作り手以外の者』が証明したという事である。それは彼ら技術者に取って何よりの成功なのであった。
「まさに士気旺盛って奴だな」
シドは呟くと、「ほらほら、騒ぐなら残作業をやっちまってからだ! 今日は早いがそれが終わったら上がって良い! 艦長の許可も出た。打ち上げでもなんでもやっていいぞ!」と格納庫全体に檄を飛ばす。それを聞いた技術科のクルーたちは生き生きと作業に取り掛かっていった。
8機あるDX-001の整備用のハンガーの組み立てが今日の彼らの作業である。実際には、DX-001の格納されているコンテナそのものが直立位置で格納庫に固定すればハンガーとなるため、それらの作業は楽なものだった。
「問題は…… こっちだな」
DX-001が入っているコンテナは全部で8個今、大格納庫に搬入されている同じ大きさのコンテナは12個。DX-001が入っていない、少なくとも『完成されたDX-001』が入っていないコンテナは全部で4個。それらは予備のパーツや兵装などが満載に詰まっている。それらは今日解放される予定はない。
その他に大小のコンテナが数個搬入されている。そちらの受け持ちは彼ら技術科ではなく、主計科や医療科などが発注した食料や薬剤などの補給物資である。
「『班長』はどれだと思います?」
大小さまざまなコンテナを睨むシドに保安科の常備服を着こんだ青年が話しかけた。黒髪、黒目であるその顔はとても印象に残りにくい。その見た目だけでも彼には適性があると言えた。ニコラス・シニョレ伍長である。彼はシドと同じ諜報班の班員であった。
「さあてな、お前はもうアタリを付けてるんだろう?」
「もちろん」
と、すかさずニコラスは答えた。諜報班はタイラー直属の諜報専門のクルーとして8名がその活動に従事していた。現在2名が『艦の外』で活動しているが、それからその欠員を埋め、現在もシドを含めた8名が艦内でその活動を続けていた。
その活動は多岐に渡る。まず、諜報。つまり情報を収集するためのスパイ活動である。そして、潜入、暗殺、情報分析、尋問、などなど、彼らはそれらの行動を『たった一人でも完遂し必ず生きてこの艦に戻る』という責務を常に負っていた。
そして、それを達成するためにタイラーは彼らを選別し、勧誘し、教育し、徹底的に訓練した。
その最たるものがルウ・アクウ中尉である。彼女こそこの諜報班の実質的なトップであり、彼らを主導する立場にある『スパイマスター』である。
彼女は諜報班の8名の人員に『含まれていない』。だが、今や技術長の任を主とするシドは肩書だけの班長に他ならない。加えて言うのであれば、ルウは恐らく『つくば型』全クルーの中で最強の戦闘力を持つ兵士だ。
先ほどこの格納庫でルウはタイラーに掴みかかるミーチャに対して躊躇なく銃を抜いたが、『タイラーの制止が一瞬でも遅れていれば』間違いなくミーチャの頭部を撃ち抜いていただろう。と、シドは考えていた。
「ルウは何人って言ってた?」
「2個小隊。43名です」
実際こうしてこのつくばに潜り込もうとしている侵入者の数さえ既に把握しているのだ。普段柔和な顔でタイラーの後ろに控え、ルピナスの母親役をこなし、戦術長としての任務すらこなす彼女こそシドにとっては『得体の知れない』存在だった。
ふんっ、とシドはコンテナの二つを示して見せる。
「じゃあ、あの二つだ。多分間違いないだろう」
「ご明察です」
既にニコラスは生体反応を確認するなどして、コンテナを特定し終えた後だろう。あえてシドに聞くのはしばらく彼らと行動を共にしていなかったシドを試す意味合いだ。
自身の勘が鈍っていない事をそのやり取りで確認したシドは、おもむろにその場から踵を返すと、近くにいた技術科のクルーに先ほど自身が示した二つのコンテナに対して中身を開けずにその扉を全て溶接して開かないようにするように指示を出した。
「いいのですか?」
そのやり取りを見ていたニコラスはシドに再び近づくと静かに聞く。
「末端の実働部隊は何の情報も持ってねぇよ。糞の価値もない。後で海に沈めてやる。勿論艦長の許可を貰ってからな」
その、ルウとまったく同じ見解を示すシドに対してニコラスはニヤリと笑みを見せた。
「やはり班長は班長ですね。あなたはやはり『こちら側』では?」
その不敵な笑みを横目に見ながら「よせやい」とシドは嫌な顔をする。
「そんなことより内定は進んでるのか?」
シドを始め諜報班のクルーにはタイラーが着任当時から進めていた任務があった。内定とはその対象者が発見できているのかという意味だった。つまり、この艦に当初から存在している内通者の特定である。
「既に4名を特定しています」
「少ないな。1個小隊程度はいると思っていたが」
その人数はシドが当初想定したよりもずっと少ないものだった。
「武力的な行動よりも、露見を避けての事ですね。今回増援があったのは『彼ら』だけでは実行が不可能だと判断したからでしょう。頭のいい敵です、実にやりやすい」
密航者の潜入しているコンテナを溶接で固定し始めた技術科のクルーを見ながら、シドは「まったくだな」と応えた。
「もう少し馬鹿でずる賢い連中ならやりにくかったが、敵は艦長が想定しているよりもずっと堅実な手ばかりを打つ。2個小隊でこの艦をどうにか出来ると『思われている』事実も含め俺たちも舐められたものだな」
「まあ、ここからでしょう。ここまでは想定内です。ここから先は敵も味方も想定外になっていく。情報戦においてこの言葉は不適切でしょうが乱戦になりますよ」
そんなニコラスの反応に、シドは思わず思った感想をそのまま口に出した。
「狐と狸の化かし合いだな。最終的に化かされているのは誰になるのか見ものだぜ」
◇
「以上が内通者4名です」
ちょうどその頃、ルウは艦長室でタイラーに報告を終えていた所だった。その4名の名はタイラーが予想した通りの人物である。それに対する対策も既に講じてあった。その4名の内ルウと親交が深い人間が居たため、タイラーはあえてその事実をルウには伝えていない。既に彼女以外の諜報班のクルーが事態に当たっていた。
「ルウ、その4名を決して殺すな」
その言葉にルウはすぐさま問いを返す。
「それは命令ですか?」
「『お願い』だ。君はそんな事をしなくていい」
その問いを予想していたタイラーはすぐに言う。カフェカウンターに立つタイラーに対して、ルウはカウンター席の一つに腰掛けていた。ルウはタイラーに出されたコーヒーを一口飲み込んで、「そうおっしゃられると思っていました」と微笑む。
「彼らは既に営倉に入れてあります」
そう口にしたルウの顔を見てタイラーは内心胸を撫でおろす。
ルウもタイラーもその手を血で汚し過ぎていた。つい1年前までただの少女であったルウをタイラーはここまで堕としてしまった事を最近後悔していた。タイラーの目的のために、ルウは自身の血を流し、敵の命を奪い、泥水を何度も啜ってここまで来た。いや、来てしまった。
それを言うのであれば諜報班に名を連ねるクルーも同様であった。彼らは公式には存在しないこの艦のその部署において、既に数々の実戦経験を経験して、現在に至るまで全員生存している。
彼らをそのように訓練したのは他ならぬタイラーだった。現在『つくば』艦内で艦医長を務めている老人ジェームスはかつて自分を『外道』だと表現した。だが、タイラーに言わせれば、タイラー自身こそが外道に他ならなかった。
この1年の間に、彼らを使いタイラーはありとあらゆる工作を行った。今も尚艦外で活動している含め総勢10名にルウを加えたクルーが殺めた人間は既に200人を超えている。それだけの人数を部下に殺させておきながら、こうしてこの艦長室で今も尚彼らに上官として、親として、人として慕われている自分自身にタイラーは嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「私は、後悔した事はありません」
表情を一切変えていないタイラーに対して、ルウは微笑みながら言う。強い信念を持って。
彼女には最早タイラーの考える事など、その表情を見るだけで手に取るように伝わった。そう言った意味において、シドが先ほど連想していたルウに対する見解は間違いだ。彼女は『タイラーが必ずルウを制止する事』も予見してミーチャに対して銃を向けた。例えタイラーの制止が一瞬遅れたとしても決して引き金は引かなかっただろう。他ならぬタイラーがそれを望んでいなかったからだ。
「ルピナスの親であるために、この艦の、いえ『つくば型』のクルーを生存させるために私と艦長はその最善を尽くしました。例えこの手をいくら汚そうとも、また洗えばいいと教えてくださったのは艦長です。これは諜報班全員の総意でもあります。その為であれば、私達はいつでもその身を喜んで返り血で汚しましょう。そして必ず生きて帰ってこうして艦長にコーヒーを淹れていただくのです」
そんなものは、とタイラーは言おうとして口を閉じた。決して自分に彼らの言葉を否定する事などあってはいけないのだ。彼らこそはそう望んで作り上げた自分自身の陰なのだから。
「そうです。艦長は今まで通り思った通りに私たちに『命じて』下さい。仮面の下で怒りの涙を流して下さったあの日から、私達の命は艦長とどこまでも一緒です」
優しく、聖母のようにルウはタイラーの頬にその両手をそっと添え、その額を背伸びしてタイラーの額に当てた。彼女の言うあの日とは、タイラーが仮面を被ったその日ではない。この『つくば型』に対して取り消された筈の突撃命令が再び発令され、その理不尽極まる連邦軍本部の対応に対してタイラーが怒りの憎悪を燃やした日の事だ。その日以降、タイラーは決してこの仮面を取らないと誓った。そうでなければこの憎悪の炎が自らの子供らである彼女たちをいつか焦がすのではないかという恐怖故であった。
「困ったな、君は私の母にでもなるつもりかな?」
「私は既にルピナスの母ですよ? 今更何人子供が増えたって構わないのです」
そう言いながら悪戯っぽく笑う彼女は年相応の少女だ。彼女はその琥珀色の瞳を細めながらタイラーの頬を撫でるのだ。その両手は白く美しい。決して血で汚れたそれではない。
まだ、折れる訳にはいかない。と、タイラーは自身に喝を入れる。私たちは生きて、生き残らなければいけないのだ。と。
「例の人物はやはり『月』か?」
タイラーは、再びカウンターの宿木に戻ったルウに問う。
それはクロウのもう一人の探し人だった。それを調べる過程で、ルウにはタイラーの本当の『正体』を知られていた。それでもなお、ルウは何も言わずタイラーに変わらずに接した。ルウが欲したのは都合の良い英雄などではなく、等身大の人間であっても今この場にいるタイラーだった。
ルウに『正体』を知られた事を知るタイラーもまた今更言い訳する気も無かった。問題なのはルウが言う探し人の所在だった。それは図らずも、この艦の本当の目的地だったのだ。
「まさか、我々の目的地と同じとはな。まあ、正直都合はいいが、少々都合が良すぎはしないか? まさかとは思うが君の手配ではないだろうね?」
実際それは本当に単なる偶然だった。ルウは単に諜報班の人員を駆使してその人物の所在を特定しただけだ。そのタイラーとクロウに取ってキーマンとなりうるその少女は月に保管されていた。どの勢力にもまったくの『ノーマーク』で、である。
現在までにおいて彼女がこの先マークされる事も、タイラーとクロウの関係性に感づかれる様子も皆無だった。それどころか、『タイラーのこの先の行動について』も敵対勢力はまったく把握出来ていなかった。だからこそ、焦った『つくば』艦内の内通者4名は2個小隊の応援をこの艦内に密航させるに至ったのだ。
恐らくは、その2個小隊を使用してタイラーを拘束し『つくば型』の掌握を図ったのだろうが、例えばその2個小隊が発見されなかったとしてもルウから言わせればお粗末すぎる行動だ。その2個小隊がタイラーを拘束する前に、『現状』の『つくば型』の警備体制であればそれらは発見され殲滅される。その行動こそが自分たちを特定させる最後のカギとなったことも知らずに。
「さあ、それはどうでしょうか?」
言いながら、ルウはタイラーに小さく舌を出して見せた。
自分とタイラーの関係は未だ部下と上司、ルピナスの本当の母と父になるというルウの最終目標まではまだまだ遠い。だが、その瞬間までは決して振り返らないとルウは誓う。タイラーが予想するルウの行動理念とは別で、彼女を動かす原動力は『恋』という何ら変哲もない普遍的な感情であることをタイラーはまだ知らない。ルウがあまりに近くなりすぎて逆に見えないのだ。
「敵わないな、君なら本当にやりかねない」
肩をすぼめてタイラーは感想を述べた。
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Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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