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第四世代人類
11-3「クロウ君、何か忘れてないかな?」
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「まさか不死の軍隊とはな」
ため息を吐きながらオーデル・リッツは、艦長室であるタイラーカフェのソファーで足を組みながらごちる。
「正確には『限りなく死ににくい軍隊』じゃよ、言葉は正確に使えオーデル」
それは決して万能などではないと言いながらジェームスは言う。
医師としてのそれからのジェームスの仕事は簡単なものであった。格納庫から受け取ったヴィンツの体を医務室の医療用ポッドへ持っていき、その『中身』をなるべくこぼさない様に医療科のクルー達と協力しながらポッドの中に投入して、医療用のポッドの蓋を閉めて装置を起動する。たったそれだけだった。
後は一週間もすればヴィンツの体は治る。
「実は儂、結構前に『賢人機関』に言われるままに『第四世代人類』の施術受けちまったのじゃ」
言いながらオーデルは、上着の袖に隠された左腕のコネクターをジェームスに見せる。
「よかったのう。ゆっくりだが体が若返ってゆくぞい。多分全盛期位に若返る筈じゃ。肉体年齢で言えば30歳前後かの?」
応えながらジェームスも、白衣に隠れていた左腕のコネクターを指し示した。ジェームスも第四世代人類に改造手術を行っていた。と、言うよりもフォースチャイルドのナノマシーンを始めて通常の人体に投入し、その安全性を自ら立証したのはジェームスだったのである。つまり、フォースチャイルド以外の初の第四世代人類はこのジェームスなのだった。
「通りで、ジェームスがなんか若返ったように見えた筈だわい。自分だけ先に若返りの薬を飲んでおったんだな!」
「バカこけ、若返るっつっても1年に1歳程度じゃ。この数年じゃこんなよぼよぼ大差あるまいよ。それに、あの格納庫の話じゃって、お主は立場上知っていた筈じゃ。さてはおぬし施術前の説明聞いておらんかったじゃろ? もしくはボケて忘れたかのどっちかだの」
それを聞いたオーデルは、がっくりと肩を落とした。
「ぶっちゃけ、聞いておらんかったと思う。半分寝ておった。仕方ないから担当医が説明の紙を置いてってくれたんだがのう、間違えて裏紙のメモにしてシュレッダーにかけちまったから読まず終いだった」
「アホだの、相変わらず。よくそれで元帥になれたもんじゃ」
ジェームスは興味もなさそうに、タイラーカフェに所々に設置してある本棚から新しい本を取って読みだした。
「ん、ああ。お主の息子の嫁と、もう一人の孫娘なんじゃがの」
急に思い立ったようにジェームスは言う。
「なんじゃい、藪から棒に」
「戦闘が終わってすぐ医務室に来て『第四世代人類』への換装手術を受けていったぞい」
「ふぉ!?」
歴戦の勇士オーデル・リッツは、堪らずソファーからずり落ちて腰を抜かしそうになった。
「安心せい、さっき格納庫で話しておった内容とほぼ同内容のことを教えたが、お主の息子の嫁なんかむしろ『若返れる』事を喜んでおったぞ。孫娘の方はよくわからん。なんかこの艦のクルーになるような事を言っておった」
そんな重大な事実を語りながらも、ジェームスは自ら艦長室の設備を使って勝手に淹れた紅茶を啜る。「なんじゃ、ルウちゃんが淹れた紅茶のが旨いのう」とかすっとぼけた事を言いながらである。
「おまおまおま! 人様の家族に何してくれておる!!」
「お前、数年も前にパラサ嬢が『第四世代人類』へ換装手術受けたの忘れておるじゃろ? お主の家族もう『第四世代人類』だらけじゃぞ」
掴みかかろうとするオーデルを軽くいなしてジェームスは言う。その言葉に「そ、そうじゃったーーーーーー!」と今更気付くオーデルである。ジェームスは読書の邪魔だからどっか行ってくれないかな、と数十年代の友人に対して素直な感想を抱いたのみだった。
◇
クロウは、ただ茫然とその雑多に動き回る技術科のクルーたちを、格納庫を見下ろすブリーフィングルームに隣接したガラス張りの廊下で見ていた。あの後、解散となった一同であったが、戦闘行動後の航空隊員には休息が与えられていた。別名、「別命あるまで待機」というよくあるやつである。
手持無沙汰になったので、デックスのコックピットに籠ってVR訓練を実施しようと思ったら、シドとルピナスによって追い出されてしまった。曰く、デックスは改修作業の準備に入るので立ち入り禁止らしかった。
今は、デックスの修理を技術科のクルーたちが行ってくれていた。8号機である大破したヴィンツ機以外は大きな損傷などはなかったものの、一度の出撃でデックスもかなりダメージを負っていたらしい。その修理作業を見ながら本当に何もすることが無くなってしまったクロウはここで途方にくれていた。という訳であった。
「クロウ君、何か忘れてないかな?」
と、トニアに声を掛けられて、クロウははたと今自分が置かれている状況がとても危険な事に気が付いた。トニアは既にクロウの隣で首を傾げながらクロウを見ている。その後ろでアザレアが佇んでいた。そしてそのクロウを囲むように背後にユキが居る。
「えーっと、みなさん落ち着きません? ヴィンツはあんな様子だし」
ヴィンツの電脳は、そのあとすぐに医療科に回収されて今は医務室に保管されている、ルピナス曰く、今は『夢を見ている』状態であるらしい。
「だって無事じゃん」
「無事なんでしょ?」
「ヴィンツは無事」
この切り替えの早さである。
タイラーの心配を他所に『第四世代人類』達に大きな混乱は起こらなかった。むしろ、自分たちが死なないと気が付いた彼らは今後の人生をどう有意義に過ごすかに瞬時に頭を切り替えていた。
とある技術科のクルーたちが宇宙服姿であるものの、何処から取り出したのかお手製のソリを手に格納庫から外に飛び出していき、月面のクレーターの斜面を利用して『今年一番のビックウェーブだぜ! ごっこ遊び』を始めたが、すぐに保安科のクルーに取っつかまってパラサにしこたま怒られていた。
「さっきまでみんなと話していたのは、100年位ずつクロウのパートナーを交換する案だったんだけどどう思う?」
ユキに至ってはこれである。
いや、トニアとアザレアも頷いている。君ら恋敵じゃないの、仲いいなと素直にクロウは思った。
「ちょ、スケール大きすぎやしませんか?」
「ええ、だってクロウをイチャイチャラブラブ独占したいじゃん! 私が隊長だから一番として、後の事は100年後に考える感じ?」
「あ、ユキ中尉それ100年後に譲る気無いですよね! じゃあ一番は私がもらいます」
「私は、順番は別にいい。いつでもクロウは守る」
この時代における女子たちの肉食ぶりに、クロウは若干疲れてきていた。
「ちょっとお待ちなさい!」
そこに突如乱入する姿があった。エリサ・リッツ、パラサの妹である。
彼女はそのパラサによく似た金髪の髪を両サイドでツインテールに結い、どう見ても『つくば』の戦術科の常備服を着ていた。階級は『二等兵』のそれである。それが自分の助け舟などであるという楽観的な考えはクロウには一切なかった。むしろ逆で嫌な予感しかなかった。そしてその手の予感はよく当たるものである。
「貴女方、私の『旦那様』から離れてくださいます?」
「ほらきた、絶対そのパターンだと思ったし!」
そのまま、クロウを巡る大乱闘になったのは言うまでもない。トニアとアザレアが基本的に止め役になってくれたお陰でどうにかその場は流血沙汰にはならずに済んだ。
「で、結局そうなった訳ね?」
食堂でその一同と出会ったパラサの反応である。クロウを真ん中に、エリサ、クロウ、ユキ、トニア、アザレアという順で座ったテーブルを挟んだ反対側にパラサは座る。因みに月面で悪ふざけを始めた技術科のクルーたちはパラサにこってり絞られた後、デックス8号機の空ハンガーに逆さに吊るされていたそうだ。
「はあ、何とか妹さんだけでも、引き取って頂けませんでしょうか?」
「それに関してはやぶさかでもないわ。エリサ、どういうつもり? 箱入りがいつの間にかこの艦の制服まで着込んで、いつ『入隊』したのかしら?」
パラサはエリサを横目で睨んで問いただす。このエリサの『入隊』に関してはパラサも承知していたという訳ではないらしい。
「先ほどの戦闘の直後ですわ! お母さまとすぐに『第四世代人類』の施術を受けてすぐに艦長の所に行って承諾して頂きました!」
しかも、単なるコスプレではなく本当に艦長の許可を貰って『入隊』したのだと。彼女は言う。
「待って、その一言に、とっても沢山言いたいことがあったけど、『第四世代人類』になったのは100歩譲って良いとして、今『お母さまといっしょに』と言ったかしらエリサ? 私の聞き間違いだったら良かったのだけど」
「あ、はい。お母さまは何でも若いころお父様と一緒に軍で働いていたことがあるそうで、『復隊』という扱いになるのだそうです。階級は除隊した際の階級を引き継いで『中将』であるとか、私にはよく分からなかったのですが」
「はぁああああああ?」
そのエリサのセリフの途中の『中将』という単語で既にパラサは叫んでいた。
「うっわー」
「何それ超ウケル!」
「ユキ中尉、笑い事じゃないと思います」
「パラサの家族みんな軍人?」
それを聞いての一同の反応である。
因みに中将とは大佐であるタイラーよりも二つも上の階級である。実際には佐と将には天と地ほどの開きがある。その高みに自らの母がいるという状況がパラサの理解を越えていた。
「クロウ・ヒガシ少尉。いいかしら?」
「何でしょうか、パラサ・リッツ大尉?」
「めんどうだから諦めて貰っていいかしら? 家庭的にも、軍事的にも無理だわ」
「諦めはっやーい!」
パラサが食い下がらないのも無理が無いと言えた。
現在この『つくば』に乗艦する高級武官はその階級が高い順に、オーデル・リッツ元帥、ルート・リッツ中将、タイラー・ジョーン大佐、ジェームス・へッドフォード中佐である。
その内の2名の人間がパラサの肉親であり、そしてその内の2名がエリサの乗艦を認めたことになる。許可は祖父のオーデルもしたわけでは無さそうだが、あの脳筋の祖父の事である、エリサの入隊を驚きはするだろうが反対するとはパラサには思えなかった。
つまり、ジェームスを除いた高級武官が全てエリサの乗艦を承認することになる。これはもう1大尉であるパラサにはどうにもできない事態であった。
「私はまだこの艦を降りたくないわ。クロウ、あなたどうやら『そういう星の下』に生まれたようね。同情はするわ。そして神の悪戯か何か知らないけど今あなたの隣に座っていなくて本当によかったと思う」
最早完全に他人事である。むしろ関わり合いになりたくないという空気をクロウはひしひしと感じた。
「クソッ、リア充はこれだから!」
クロウは吐き捨てるように言う。
「あら、今のあなただって見ようによってはリア充じゃない。両手に花どころの話ではなくて両手両足に花ね。ベットシーンがどうなるのか想像するだけで噴飯ものだわ」
言われてクロウは、周りの男子クルーからただならない殺気を感じ取っていた。
クロウは忘れていたのだ、ユキは『純情クラッシャ―』とミーチャに言わしめる程である。つまり、性格はともかくユキはモテたのである。クラッシャーと異名が付く程に、それらを振り続けたという事だ。
そしてトニアはその家庭的な雰囲気と母性を感じる見た目からとにかく人気があるようだった。それはケルッコも証言していた。
さらにアザレアである。こうして口を開かないでいるとまるで精巧に作られたように整った容姿の彼女が、人気が無いはずが無い。
止めに、それに今回パラサの妹であり、姉によく似た魅力を持ちながらどこかあどけないという魔性の魅力を持ったエリサが加わった事によって、『つくば』艦内の男子クルーの嫉妬はもはや頂点に至ったと考えて良い。
これまではクロウのその『ロスト・カルチャー』であり帰る場所も無いという境遇や(その事実はタイラーにより秘匿とされていたが、結局噂が独り歩きをしておりこの時点で艦内にクロウが『ロスト・カルチャー』である事を知らぬものはいなかった)、彼の英雄的な行動で何処か男子クルーも彼を憎み切れない所があった。
だが、クロウが抱える女子は4人である。彼女らのいずれかに想いを抱くものもあるであろう、単にそのハーレム的な状況を羨むものもあるだろう。ともかく、彼らには妬ましくてしょうがない。
「ああん? あんだよ。うちのクロウに何か用か? 引っこ抜くぞ童貞ども!」
そんな男子達をユキはものすごい形相で睨んでぐるりと見渡した。
慌てて視線を逸らす男子が数名いた。クロウは薄々気付き始めているが、ユキはかなり猫を被っている。本質はミーチャのそれと近いという事をこの頃になるとクロウも察していた。
「ユキちゃん! そういう威嚇はだめって前に言いましたよね? ミーチャ中尉は言っても直らなかったけど、ユキちゃんはちゃんと注意しててくれたじゃない!」
人差し指をユキの前に突き立ててトニアである。
「トニアちんメンゴメンゴ! てへぺろー また気を付けるにゃ」
このやり取りで益々謎が深まっていく。クロウにとってこの航空隊のパワーバランスを未だに計りかねていた。
『クロウ少尉。聞こえますかクロウ少尉』
クロウのリスコンから電子音が響くと同時、ルウの通信越しの声である。
心に直接語り掛けられた訳でも、別に女神の声という訳でも無い。だが、クロウにとっては天の助けにも等しい通信だった。
「お、ルウちゃんじゃん! なんか久しぶりに会った気がする! 元気!?」
『あら、ユキ中尉も一緒でしたか。ともかくクロウ少尉、タイラー艦長がお呼びです。今どちらにいらっしゃいますか? あと同行者が他にいらっしゃいますか?』
クロウへの通信にも関わらず、受け答えしようとするユキを遮ってクロウは答えた。
「食堂です。ユキ中尉、トニア少尉、アザレア軍曹が一緒です。それとパラサ大尉もいらっしゃいます」
「クロウ様、僭越ですが私もお加え下さい」
答え終わろうとするクロウへエリサが声を掛ける。クロウは思わず、エリサも加えてしまった。
「……あと、エリサ二等兵です」
『少々お待ちください……』
聞いたルウは何事かを通信の向こうで確認しているようだった。
『大丈夫です。みなさんで医務室までいらっしゃってください。あ、パラサは居ても居なくてもいいそうです。ご自由にどうぞ』
聞いた一同は顔を見合わせた。
どうやらタイラーがクロウを呼んでいたようだが、そこに彼女らを加える意味がよくわからない。ともかく呼ばれているのは確実であるので、クロウと呼ばれた面々は医務室へと向かう事にした。パラサはどちらでもいいと言われて一瞬躊躇したが、このメンツでどんな会話が繰り広げられるのかという興味に負けて同行することとした。
ため息を吐きながらオーデル・リッツは、艦長室であるタイラーカフェのソファーで足を組みながらごちる。
「正確には『限りなく死ににくい軍隊』じゃよ、言葉は正確に使えオーデル」
それは決して万能などではないと言いながらジェームスは言う。
医師としてのそれからのジェームスの仕事は簡単なものであった。格納庫から受け取ったヴィンツの体を医務室の医療用ポッドへ持っていき、その『中身』をなるべくこぼさない様に医療科のクルー達と協力しながらポッドの中に投入して、医療用のポッドの蓋を閉めて装置を起動する。たったそれだけだった。
後は一週間もすればヴィンツの体は治る。
「実は儂、結構前に『賢人機関』に言われるままに『第四世代人類』の施術受けちまったのじゃ」
言いながらオーデルは、上着の袖に隠された左腕のコネクターをジェームスに見せる。
「よかったのう。ゆっくりだが体が若返ってゆくぞい。多分全盛期位に若返る筈じゃ。肉体年齢で言えば30歳前後かの?」
応えながらジェームスも、白衣に隠れていた左腕のコネクターを指し示した。ジェームスも第四世代人類に改造手術を行っていた。と、言うよりもフォースチャイルドのナノマシーンを始めて通常の人体に投入し、その安全性を自ら立証したのはジェームスだったのである。つまり、フォースチャイルド以外の初の第四世代人類はこのジェームスなのだった。
「通りで、ジェームスがなんか若返ったように見えた筈だわい。自分だけ先に若返りの薬を飲んでおったんだな!」
「バカこけ、若返るっつっても1年に1歳程度じゃ。この数年じゃこんなよぼよぼ大差あるまいよ。それに、あの格納庫の話じゃって、お主は立場上知っていた筈じゃ。さてはおぬし施術前の説明聞いておらんかったじゃろ? もしくはボケて忘れたかのどっちかだの」
それを聞いたオーデルは、がっくりと肩を落とした。
「ぶっちゃけ、聞いておらんかったと思う。半分寝ておった。仕方ないから担当医が説明の紙を置いてってくれたんだがのう、間違えて裏紙のメモにしてシュレッダーにかけちまったから読まず終いだった」
「アホだの、相変わらず。よくそれで元帥になれたもんじゃ」
ジェームスは興味もなさそうに、タイラーカフェに所々に設置してある本棚から新しい本を取って読みだした。
「ん、ああ。お主の息子の嫁と、もう一人の孫娘なんじゃがの」
急に思い立ったようにジェームスは言う。
「なんじゃい、藪から棒に」
「戦闘が終わってすぐ医務室に来て『第四世代人類』への換装手術を受けていったぞい」
「ふぉ!?」
歴戦の勇士オーデル・リッツは、堪らずソファーからずり落ちて腰を抜かしそうになった。
「安心せい、さっき格納庫で話しておった内容とほぼ同内容のことを教えたが、お主の息子の嫁なんかむしろ『若返れる』事を喜んでおったぞ。孫娘の方はよくわからん。なんかこの艦のクルーになるような事を言っておった」
そんな重大な事実を語りながらも、ジェームスは自ら艦長室の設備を使って勝手に淹れた紅茶を啜る。「なんじゃ、ルウちゃんが淹れた紅茶のが旨いのう」とかすっとぼけた事を言いながらである。
「おまおまおま! 人様の家族に何してくれておる!!」
「お前、数年も前にパラサ嬢が『第四世代人類』へ換装手術受けたの忘れておるじゃろ? お主の家族もう『第四世代人類』だらけじゃぞ」
掴みかかろうとするオーデルを軽くいなしてジェームスは言う。その言葉に「そ、そうじゃったーーーーーー!」と今更気付くオーデルである。ジェームスは読書の邪魔だからどっか行ってくれないかな、と数十年代の友人に対して素直な感想を抱いたのみだった。
◇
クロウは、ただ茫然とその雑多に動き回る技術科のクルーたちを、格納庫を見下ろすブリーフィングルームに隣接したガラス張りの廊下で見ていた。あの後、解散となった一同であったが、戦闘行動後の航空隊員には休息が与えられていた。別名、「別命あるまで待機」というよくあるやつである。
手持無沙汰になったので、デックスのコックピットに籠ってVR訓練を実施しようと思ったら、シドとルピナスによって追い出されてしまった。曰く、デックスは改修作業の準備に入るので立ち入り禁止らしかった。
今は、デックスの修理を技術科のクルーたちが行ってくれていた。8号機である大破したヴィンツ機以外は大きな損傷などはなかったものの、一度の出撃でデックスもかなりダメージを負っていたらしい。その修理作業を見ながら本当に何もすることが無くなってしまったクロウはここで途方にくれていた。という訳であった。
「クロウ君、何か忘れてないかな?」
と、トニアに声を掛けられて、クロウははたと今自分が置かれている状況がとても危険な事に気が付いた。トニアは既にクロウの隣で首を傾げながらクロウを見ている。その後ろでアザレアが佇んでいた。そしてそのクロウを囲むように背後にユキが居る。
「えーっと、みなさん落ち着きません? ヴィンツはあんな様子だし」
ヴィンツの電脳は、そのあとすぐに医療科に回収されて今は医務室に保管されている、ルピナス曰く、今は『夢を見ている』状態であるらしい。
「だって無事じゃん」
「無事なんでしょ?」
「ヴィンツは無事」
この切り替えの早さである。
タイラーの心配を他所に『第四世代人類』達に大きな混乱は起こらなかった。むしろ、自分たちが死なないと気が付いた彼らは今後の人生をどう有意義に過ごすかに瞬時に頭を切り替えていた。
とある技術科のクルーたちが宇宙服姿であるものの、何処から取り出したのかお手製のソリを手に格納庫から外に飛び出していき、月面のクレーターの斜面を利用して『今年一番のビックウェーブだぜ! ごっこ遊び』を始めたが、すぐに保安科のクルーに取っつかまってパラサにしこたま怒られていた。
「さっきまでみんなと話していたのは、100年位ずつクロウのパートナーを交換する案だったんだけどどう思う?」
ユキに至ってはこれである。
いや、トニアとアザレアも頷いている。君ら恋敵じゃないの、仲いいなと素直にクロウは思った。
「ちょ、スケール大きすぎやしませんか?」
「ええ、だってクロウをイチャイチャラブラブ独占したいじゃん! 私が隊長だから一番として、後の事は100年後に考える感じ?」
「あ、ユキ中尉それ100年後に譲る気無いですよね! じゃあ一番は私がもらいます」
「私は、順番は別にいい。いつでもクロウは守る」
この時代における女子たちの肉食ぶりに、クロウは若干疲れてきていた。
「ちょっとお待ちなさい!」
そこに突如乱入する姿があった。エリサ・リッツ、パラサの妹である。
彼女はそのパラサによく似た金髪の髪を両サイドでツインテールに結い、どう見ても『つくば』の戦術科の常備服を着ていた。階級は『二等兵』のそれである。それが自分の助け舟などであるという楽観的な考えはクロウには一切なかった。むしろ逆で嫌な予感しかなかった。そしてその手の予感はよく当たるものである。
「貴女方、私の『旦那様』から離れてくださいます?」
「ほらきた、絶対そのパターンだと思ったし!」
そのまま、クロウを巡る大乱闘になったのは言うまでもない。トニアとアザレアが基本的に止め役になってくれたお陰でどうにかその場は流血沙汰にはならずに済んだ。
「で、結局そうなった訳ね?」
食堂でその一同と出会ったパラサの反応である。クロウを真ん中に、エリサ、クロウ、ユキ、トニア、アザレアという順で座ったテーブルを挟んだ反対側にパラサは座る。因みに月面で悪ふざけを始めた技術科のクルーたちはパラサにこってり絞られた後、デックス8号機の空ハンガーに逆さに吊るされていたそうだ。
「はあ、何とか妹さんだけでも、引き取って頂けませんでしょうか?」
「それに関してはやぶさかでもないわ。エリサ、どういうつもり? 箱入りがいつの間にかこの艦の制服まで着込んで、いつ『入隊』したのかしら?」
パラサはエリサを横目で睨んで問いただす。このエリサの『入隊』に関してはパラサも承知していたという訳ではないらしい。
「先ほどの戦闘の直後ですわ! お母さまとすぐに『第四世代人類』の施術を受けてすぐに艦長の所に行って承諾して頂きました!」
しかも、単なるコスプレではなく本当に艦長の許可を貰って『入隊』したのだと。彼女は言う。
「待って、その一言に、とっても沢山言いたいことがあったけど、『第四世代人類』になったのは100歩譲って良いとして、今『お母さまといっしょに』と言ったかしらエリサ? 私の聞き間違いだったら良かったのだけど」
「あ、はい。お母さまは何でも若いころお父様と一緒に軍で働いていたことがあるそうで、『復隊』という扱いになるのだそうです。階級は除隊した際の階級を引き継いで『中将』であるとか、私にはよく分からなかったのですが」
「はぁああああああ?」
そのエリサのセリフの途中の『中将』という単語で既にパラサは叫んでいた。
「うっわー」
「何それ超ウケル!」
「ユキ中尉、笑い事じゃないと思います」
「パラサの家族みんな軍人?」
それを聞いての一同の反応である。
因みに中将とは大佐であるタイラーよりも二つも上の階級である。実際には佐と将には天と地ほどの開きがある。その高みに自らの母がいるという状況がパラサの理解を越えていた。
「クロウ・ヒガシ少尉。いいかしら?」
「何でしょうか、パラサ・リッツ大尉?」
「めんどうだから諦めて貰っていいかしら? 家庭的にも、軍事的にも無理だわ」
「諦めはっやーい!」
パラサが食い下がらないのも無理が無いと言えた。
現在この『つくば』に乗艦する高級武官はその階級が高い順に、オーデル・リッツ元帥、ルート・リッツ中将、タイラー・ジョーン大佐、ジェームス・へッドフォード中佐である。
その内の2名の人間がパラサの肉親であり、そしてその内の2名がエリサの乗艦を認めたことになる。許可は祖父のオーデルもしたわけでは無さそうだが、あの脳筋の祖父の事である、エリサの入隊を驚きはするだろうが反対するとはパラサには思えなかった。
つまり、ジェームスを除いた高級武官が全てエリサの乗艦を承認することになる。これはもう1大尉であるパラサにはどうにもできない事態であった。
「私はまだこの艦を降りたくないわ。クロウ、あなたどうやら『そういう星の下』に生まれたようね。同情はするわ。そして神の悪戯か何か知らないけど今あなたの隣に座っていなくて本当によかったと思う」
最早完全に他人事である。むしろ関わり合いになりたくないという空気をクロウはひしひしと感じた。
「クソッ、リア充はこれだから!」
クロウは吐き捨てるように言う。
「あら、今のあなただって見ようによってはリア充じゃない。両手に花どころの話ではなくて両手両足に花ね。ベットシーンがどうなるのか想像するだけで噴飯ものだわ」
言われてクロウは、周りの男子クルーからただならない殺気を感じ取っていた。
クロウは忘れていたのだ、ユキは『純情クラッシャ―』とミーチャに言わしめる程である。つまり、性格はともかくユキはモテたのである。クラッシャーと異名が付く程に、それらを振り続けたという事だ。
そしてトニアはその家庭的な雰囲気と母性を感じる見た目からとにかく人気があるようだった。それはケルッコも証言していた。
さらにアザレアである。こうして口を開かないでいるとまるで精巧に作られたように整った容姿の彼女が、人気が無いはずが無い。
止めに、それに今回パラサの妹であり、姉によく似た魅力を持ちながらどこかあどけないという魔性の魅力を持ったエリサが加わった事によって、『つくば』艦内の男子クルーの嫉妬はもはや頂点に至ったと考えて良い。
これまではクロウのその『ロスト・カルチャー』であり帰る場所も無いという境遇や(その事実はタイラーにより秘匿とされていたが、結局噂が独り歩きをしておりこの時点で艦内にクロウが『ロスト・カルチャー』である事を知らぬものはいなかった)、彼の英雄的な行動で何処か男子クルーも彼を憎み切れない所があった。
だが、クロウが抱える女子は4人である。彼女らのいずれかに想いを抱くものもあるであろう、単にそのハーレム的な状況を羨むものもあるだろう。ともかく、彼らには妬ましくてしょうがない。
「ああん? あんだよ。うちのクロウに何か用か? 引っこ抜くぞ童貞ども!」
そんな男子達をユキはものすごい形相で睨んでぐるりと見渡した。
慌てて視線を逸らす男子が数名いた。クロウは薄々気付き始めているが、ユキはかなり猫を被っている。本質はミーチャのそれと近いという事をこの頃になるとクロウも察していた。
「ユキちゃん! そういう威嚇はだめって前に言いましたよね? ミーチャ中尉は言っても直らなかったけど、ユキちゃんはちゃんと注意しててくれたじゃない!」
人差し指をユキの前に突き立ててトニアである。
「トニアちんメンゴメンゴ! てへぺろー また気を付けるにゃ」
このやり取りで益々謎が深まっていく。クロウにとってこの航空隊のパワーバランスを未だに計りかねていた。
『クロウ少尉。聞こえますかクロウ少尉』
クロウのリスコンから電子音が響くと同時、ルウの通信越しの声である。
心に直接語り掛けられた訳でも、別に女神の声という訳でも無い。だが、クロウにとっては天の助けにも等しい通信だった。
「お、ルウちゃんじゃん! なんか久しぶりに会った気がする! 元気!?」
『あら、ユキ中尉も一緒でしたか。ともかくクロウ少尉、タイラー艦長がお呼びです。今どちらにいらっしゃいますか? あと同行者が他にいらっしゃいますか?』
クロウへの通信にも関わらず、受け答えしようとするユキを遮ってクロウは答えた。
「食堂です。ユキ中尉、トニア少尉、アザレア軍曹が一緒です。それとパラサ大尉もいらっしゃいます」
「クロウ様、僭越ですが私もお加え下さい」
答え終わろうとするクロウへエリサが声を掛ける。クロウは思わず、エリサも加えてしまった。
「……あと、エリサ二等兵です」
『少々お待ちください……』
聞いたルウは何事かを通信の向こうで確認しているようだった。
『大丈夫です。みなさんで医務室までいらっしゃってください。あ、パラサは居ても居なくてもいいそうです。ご自由にどうぞ』
聞いた一同は顔を見合わせた。
どうやらタイラーがクロウを呼んでいたようだが、そこに彼女らを加える意味がよくわからない。ともかく呼ばれているのは確実であるので、クロウと呼ばれた面々は医務室へと向かう事にした。パラサはどちらでもいいと言われて一瞬躊躇したが、このメンツでどんな会話が繰り広げられるのかという興味に負けて同行することとした。
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