海辺のハティに鳳仙花

春蘭

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昭和六年広島

(8)大岩団扇②※

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 ピクピクと震え、涙と唾液でぐちゃぐちゃになりながらも幸せそうな表情で微笑む仙。カクリ、と上体が仰け反り反射的にそれを支えるためか両手が零士の背から離れて布団に付く。
 赤く色付いた胸の飾りが熟れた果実のように誘う。汗が珠のように流れる胸板が上下するのをぼんやり見つつ、零士は管の中に残った最後の一滴まで出してやろうと腰を軽く何度か揺すった。
 出すものを出して一旦頭が冷えた事もあってか、零士は仙の姿をじっと観察し……ふと違和感を覚える。

────こいつ、何か隠してないか?

 綺麗に整った柳眉を寄せて悩ましげな表情のまま余韻に浸っている仙だが、なぜだかいつもの虚しさの中に後ろめたい空気を出している気がするのだ。
 男同士──しかも明治建軍以来半世紀以上に渡って同じ国の軍同士であるのに不仲が続く海軍軍人と陸軍軍人同士での交接という、バレたら間違いなく上層部に召還呼び出されるであろうこの行為自体に対する後ろ暗さというわけではない。何度もやっていることな上に、元々この国では軍隊内での衆道しゅどうなどそれほど珍しいものではないから必然的に男同士ということに対する忌避や抵抗感も少ない。
 では何に対する後ろめたさなのか。答えは簡単、零士に対する後ろめたさだ。
 そこまで考えて結論に至った零士はスッと目を細めて口を開いた。

「なあ、仙……お前、俺に何か隠してないか?」
「ふぇ…」

 びくっ、と体が跳ねた。
 あからさまに視線を泳がしてどうやって誤魔化そうか考えているのか、太股できゅっと零士の腹を挟んだり両手で布団を握ったり離したりしている。

「……せーん」

 それで確信を得た零士は仙の左の膝裏に手を回しながらわざとらしい猫なで声で彼の名を呼ぶ。無論、甘やかすためではない。これはいわゆる最終勧告という奴だ。
 さっさと白状してしまえ、という。

「なあ、仙よ……今のうちに言っておいた方が利口な選択だと俺は思うぞ?」
「んん……知らない……」

 ぷい、とそっぽを向いてしまった仙。まるで子供みたいだ。いや、実際にそうか。三十路一歩手前、ギリギリ二十代の若手とは言えども子供らしい情緒が育つような機会は与えられなかったわけだから。
 女性の中には永遠の少年性が、男性の中には永遠の少女性がある。とは誰が言ったことなのやら。しかし仙は強制的に成熟させられた軍人としての意識の底に、育つ機会を永久に奪われ、孵化もできずに卵の中で成長を止めた、永遠の少女性と少年性を二ついっぺんに内包している稀有な存在だ。

「仙……おい、仙よ」
「しらないったらしらない」

 本当にこいつは……と零士はあきれ返った。このように一人称が“ぼく”になっている時の仙は、平時と違って嘘が異常なほど下手くそになるのも大きな特徴だ。これでは「なにかありました」とわざわざ自分から正直に告白しているようなものだということに気付いていないのだろうか?

「ほー……………そうかそうか。強情な奴だなァ……」
「なに……?」
「せいぜい、俺に隠し事をした自分に後悔するこった」

 何をされるか判らずにきょとんとする仙を尻目に零士はごそごそ動き出した。仙の片足の膝裏を腕で支えつつ、腰をしっかり引っ付かむ。もう片方の腕を彼の脇の下から背中に回してしっかり支え……次の瞬間──


「あ、あ───あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!?」


 仙の喉から悲鳴が迸る。零士がその体勢のままで突如ひょいっと立ち上がったのだ。
 身長差のせいで片足が地面から離れ、辛うじて床に着いていたもう片方の足もギリギリ布団に爪先が届かず虚しくかするだけ。他人の腕に自分の身体が委ねられているという不安定な状況にまで一気に突き落とされた仙は、恐怖のあまりに大慌てで零士の首に手を回してしがみついた。

「言え! 仙!!」
「やだあああああ!!!? いや、足、ひぃっ!? 怖い、奥!! おくっ、がぁっ!!? これ以上むりっ!! 下ろしてええぇぇええええ!!!」

 長い脚も零士の胴に回して腿の筋肉で締め上げると自重でいっとう深くめり込んだ男根をキツく締め上げてしまい、さらに先程まで何度突いても入口を捏ね広げるだけでついぞ侵入を果たせなかった場所に一番太いカリの部分が割って入ってくる。奥にあるもう一つの狭い入口の許容を遥かに上回る質量が容赦なくそこを蹂躙し……そしてついに………

“ぐぼっ”

「っ!!? っ~~~~~!!!? ~~!!」

 かひゅっ、と溢れた唾液と一緒に空気を吸い込みそうになったのか、仙が全身を硬直させる。だがそれも一瞬の出来事だ。次の瞬間、仙は獣の断末魔のような叫び声を上げて果てた。もう色も薄くて量もほとんど無い、それこそ先走りの延長のようなものしか出せなかったが絶頂したことには代わり無い。いや、むしろあまり出せなかった分、反動は凄まじかったかもしれない。とキツいくせに的確に弱い部分を刺激してくる締め上げに顔をしかめながら零士は思った。

「あ………が、ああぁぁあ、あっ、あっ……」

 ハクハクと酸欠の金魚のように口を開閉させながら仙は必死になって零士にすがりついた。肉輪の限界を超えて一番太い雁首が無理矢理結腸に侵入し、普段ならば決して踏みいられる事のない過敏な場所を直接抉られ涙と悲鳴じみた嬌声が止まらなくなる。

「正直に言わねえとずっとこのままだぞ! さあ、さっさと吐くんだ! 俺に何を隠している!? 言え、仙!!」
「ああああああああああああ!!!」

 ビューッ!と勢いよく仙の性器の鈴口から透明な液体が吹き出してくる。
 尿では無い………いわゆる、男の潮吹きという奴だ。
 度重なる連続絶頂で陰嚢につまっていた精子を全て吐き出しきった末にもう出すものがないのに強い刺激を受け続けた結果、とうとう雌の快楽を極めて空イキしてしまったのだ。
 出して終わりの雄の絶頂とは全く違う。イけばイくほど熱が胎に貯まって渦を巻く雌の絶頂だ。強すぎる快楽は時としてすさまじい苦痛を与える……耐えられなかった仙は早々に白旗を上げて降参した。

「いう!!! いうから、ぁ! 下ろしてぇ!」
「言えたら下ろしてやるよ」
「ひぃぃいい!!?」

 自分の体重で深くめり込んだ肉杭を締め上げ、仙の口からひっきりなしに悲鳴が漏れる。ほんの少しでも動いただけで神経を直接焼かれて嬲られているかのような、過ぎた快楽と熱さにもう限界が近付いていた。おまけに零士がその体勢のままガツガツと下から突き上げを開始したものだからもうたまらない。早く止めてもらうことだけを考えて仙は全てを白状しようと焼き切れた思考回路を必死になって働かせて言葉をかき集めた。

「あっ、あっ、あの人っ、がっ……ぁ!!? 侯爵、が! ぼくにっ、そろそろ身を固めろって言ってきて! あひぃっ!? 女の人の写真を! 見合いをしろって言ってきたのぉ!!」
「はぁ? 侯爵……って、お前の親父が?」

 思っても見なかった方向からの想定外な不意打ちだったためか、さすがの零士も唖然となってぴたりと動きを止めてしまう。侯爵とは爵位を示す単語ではあるが、仙が言う場合は特定の個人を指していた。つまりは彼の実父である九条院侯爵のことだ。

 仙の実の父が、仙に女性の写真を送って見合いを勧めてきた……?

 海兵を十番以内の成績で卒業した上で砲術学校高等科も優秀な成績で卒業し、次は海大(※海軍大学)だと思われている零士でも、そこの部分を飲み込むのにたっぷり数秒かかった。
 だが、飲み込んだら飲み込んだで後は早い。唖然となっていたのも束の間、ふつふつと沸いて出てきた九条院侯爵への怒りのままに叫んだ。

「テメェ、まさかそれ承諾したわけじゃないだろうな!?」
「ヤダぁ!!! ヤダヤダやだ、やだあぁぁぁああ!結婚なんてしたくない!! ぼく、っ!! あの人・・・みたいになんかなりたくない!! なりたくないよぉお!!!」

 うぁああああ!と、泣き声が響き渡る。

 仙が零士に隠したがっていたのはこれだった。
 実はつい先日、仙の実の父である九条院侯爵から突然大振りの封筒が届いたのだ。しかもわざわざ「尾坂仙大尉」宛、つまり確実に検閲という名で大勢の人間の目に触れられつつ仙の手元に届くであろう形で。開封して中を拝見しないともっと恐ろしい事が待っているのを経験上、嫌というほど思い知らされていた仙は警戒しながら恐々それを開けて後悔した。中に入っていたのは数人の女性達が着飾った振り袖姿で写った写真を一枚一枚個別の冊子に貼り付けた、いわゆる見合い写真という奴だ。
 まさに寝耳に水の出来事だったためか、勤務中だという事も忘れて大慌てで九条院侯爵と連絡を取るため電話を繋ぐと、当の元凶である九条院侯爵はなんとものんびりとした態度で「久しぶりだねぇ」なんて言ってきた。昨年の十二月に会ったばかりだろうと吐き捨てたくなったのをぐっと堪えたせいで掌に爪が食い込んでしまった。どうやら昨年の六月に帰国した事を、もう関係の無い人間という理由で報せないでいたのを割りと根に持っていたらしい。あえて仙本人に何の相談もせずに、いきなり見合い写真を送り付けたのだ。と、あっけらかんと言われたのは今後一生忘れないだろう。
 なぜ今更になってこんな事をするのか、と怒りと恐怖で震えながら問いかけると……九条院侯爵はたった一言。
「お前だって、もう良い歳なんだから身を固めることを考えなさい」
 とだけ言ってきた。
 傍目から見れば軍人、それも陸軍なんていう野暮ったくて婦人方に人気の無い職業を選んだが故に三十路手前になっても独身の息子を心配する良い父親だろう。しかし、仙は侯爵のその言葉の裏に隠された思惑を悟って指先が白くなるほど強く受話器を握って怒りに耐えた。

──まさかあの男は知らないとでも思っていたのだろうか。

 二度と会いたくないと思っている相手だからこそ、常に本人の動向や周囲の人間についての情報収集を怠ってはならないのだ。密かに探偵を雇ったり、今は参本に勤務している陸士時代の後輩、歩兵第三聯隊で副官をやってる同期などから情報を仕入れて、仙は侯爵周辺の人間関係は常に把握していた。
 元々仙は陸士を優秀な成績を納めて卒業した、いわゆる恩賜おんしの銀時計組というやつだ。当然、地頭の良さについてはお墨付き。そのため一度見た人間の顔と名前、そして簡単な経歴を覚える事など造作もない。
 九条院侯爵が仙と見合いをさせようとした女性は、全員侯爵の息がかかった家の娘ばかりだった。侯爵が厳選したこともあってかそのどれもが誰でも一度は名前を聞いたことのある財閥や華族の令嬢だったが、どの家にも娘しかいないため養子をとるか婿を取るかという話が出ている所ばかり。
 つまるところ侯爵は、見合い写真の娘達を足掛かりにして仙を自分の手元に戻そうとしていたのだ。
 なぜこの時期だったかというと、侯爵が隠居を宣言して長男に爵位を譲ると表明したことが背景にあるのだろう。侯爵ももう歳だ。身体の事もある。なので最後の大仕事として、三十路を手前にした男盛りの三男坊に嫁を斡旋してやろうと見せかけて──本当に余計な真似をしでかしてくれたのだ。
 卑怯と言えば卑怯なからめ手を使ってきた侯爵に対して怒りを燃やし、だが鋼鉄の理性でそれを押し留めながら努めて冷静に振る舞い……仙はきちんと──低く唸るような声だったが、丁重にお断りの返事を入れて電話を打ち切った。
 だがあの分では侯爵は次の手を打ってくるだろう。なぜあの男が自分にこれほどまで執着してくるのか……その理由がなんとなく判っているがために仙は侯爵の思惑に意地でも引っ掛かるまいとここ数日間、たった一人で奮戦して奔走していたのだ。

 ……侯爵は何も知らないのだろう。
 あの家で仙が自分の妻や長男に何をされたのか、そして陸軍内で仙がどんな目にあったのか。

───仙が女性に対して恐怖心しか抱けなくなっているという事も、きっと侯爵は知らないのだろう。

 その時のことを思い出して泣きじゃくりながら、仙は自分の実父から勧められた見合いは全て断ったと告げる。

「なんだよ、それ聞いて安心したぜ……」
「あっ、ひん…」

 怒りで強張っていた表情を拍子抜けしたように緩ませて、すとんと腰を下ろしてくれた零士。
とりあえず、落とされるかもしれないという恐怖と快楽という名の苦痛から逃れられた事に安堵し、仙がほっと一息ついた………と思いきや。

「休んでんじゃねぇよ」
「!?」

 肩を掴まれ、引き倒される。後頭部を再び打ち付けて、何をされるのだろうかと怯えながら見上げると、底冷えするような怜悧な光をその射干玉の瞳に宿した零士と目がかち合った。

「それじゃあ『薬を盛られて朝起きたら全裸の女が隣で寝ていました』だなんていう、おぞましい事故・・・・・・・を防ぐためにも……」
「ひっ……」
「一滴残らず搾り取っておかないといけないよなぁ?」

 なあ、仙よ。と、零士が嗤った。それはもう、いっそ清々しささえ感じられるほど邪悪な微笑みを。
 悪魔のような悪魔の笑みを見てしまった仙の顔色がサッと青ざめ、カタカタと小刻みに震え始める。そして次に吐き出したのは、どうにかして止まってほしいと乞い願う言葉。

「や……やめ………おねがっ……これ以上は……」
「お前、無駄に体力だけはあるからなァ。取り敢えずヌカ六くらいは余裕だろ」
「ぬ……ぬか………?」

 聞いたことの無い単語だったが、どことなくその響きに嫌な予感を覚えた仙はひきつった表情で首を傾げた。

「あ?何って……」

 にや、と口の端だけ吊り上げて。しかしそれとは対称的に据わった目で自分を見下ろす零士を恐ろしく感じて仙はカタカタ震え始める。ちなみにこれは捕食される寸前の獲物が自分を追い詰めた捕食者に対して命乞いをする類いの震えだ。
 しかしながら完全にその気になってしまっている零士がそんな命乞いを聞き入れてくれる訳がなかった。


「───抜かないで六連発って意味だよ」


───悪魔のような一言が、仙を絶望と快楽の底に堕としていった。
 地獄の鬼も裸足で逃げ出すかのような邪悪な笑み貼り付けている零士を見てしまった仙。

「まっ……まって!! いやっ! やだぁ!! そんなのぜったい、ぜったいむりっ!!! 抜かないで六回なんてっ!! ぜったいムリだからぁ!!!?」
「あー、はいはい」

 その後、彼は口に出すのもはばかられるような事を強要されたそうだが……残念ながら仙の記憶はそこで途切れているため定かでは無い。


 体面もへったくれも無いような情けない悲鳴が上がるのを尻目に、半月が西の空にゆっくり沈んでいく。

───そうやって、巷で仲が悪いと噂になっているはずの陸軍大尉と海軍大尉の奇妙な一夜は開けていくのであった。
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