世界で君とふたりきり

大海キホ

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世界で君とふたりきり

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 君が落ちてきたとき、僕は朝露のようだと思ったんだ。空や葉っぱの色をまとえるほどに透き通っていて、手の上でぷるぷると揺れていた。こんなにきれいなスライムは初めてだ。シズクと名前をつけたら飛びついてきてくれたね。
 どんなに嬉しかったか分かるかい? 君は僕についてきてくれて、狩りや山菜を採るのを手伝ってくれた。僕と生活を共にしてくれた。たったひとりの家族、だ。
 君のおかげで僕は、漁師だった父さんの死を乗り越えられた。森での生活しか知らなかった僕に街の存在を教えてくれたのも君だ。物珍しさに寂しさなんて吹っ飛んでしまったよ。
 街の人たちは、僕に身寄りがないと分かると親切にしてくれたんだ。君との暮らしを聞きテイマーに師事する道を示してくれた。期待が膨らんだよ。
 テイムできれば街でも君といられるっていうから。いつもみたいに一緒にごはんを食べられる。同じベッドで眠れる。君に市場や高台を見せてあげることもできる。なんて幸せな夢だろう。
 まさか。まさかさ、テイムが魔物に呪いをかけてその自由を奪うものだったなんて知らなかったから。人間が、そんな恥知らずなことをして平気でいられる存在だったなんて。
 魔物だって生きているのにさ。心があって幸せになりたいと思ってる。その人生を食べる以外の目的で奪うなんておかしい。
 だけど目の前のテイマーに僕の言葉は届かなかった。
「お前……悪神に生み出された化け物の肩を持つのか?」
「悪神って。そんな大昔の作り話を本気で信じてるの?」
 優しかった彼の顔には嫌悪の色が浮かんでいた。家族に囲まれて笑っていたのだからちゃんと分かるはずなんだけど。
「お師匠様が家族を守っていきたいって思う気持ちと何も変わらないよ。ある日突然家族から引き離されたらショックでしょう? お師匠様が使役しているそのコボルトにも家族がいたかもしれないんだ。
 置いて行かれた方は必死に探してるはずだ。みんな泣いてるかも。そんな思いをさせるなんてひどいよ」
「危険な思想だな」
「それって人間にとって都合が悪いってこと? 勝手だよ。むしろ世界から見たら人間の考えの方が危険なんじゃないの? お師匠様こそ目を覚ましなよ!」
 叫んだ瞬間、コボルトの爪に引き裂かれていた。
「え……?」
 喉から噴水のように血が噴き出し、全身から力が抜ける。地面に倒れ込んだ僕は喉を押さえてみるけど、血はとめどなく流れていく。
 慌てたシズクが寄って来てしまう。駄目だ、君まで殺されちゃう。だけど声は出なかった。そうしている間に勝負はつく。
 巨大化したシズクが津波のようにお師匠様を呑み込んでしまったのだ。彼は悲鳴も上げられないまま溶けていき、テイムから解放されたコボルトは木々の向こうに消えていく。呆然としていると僕もシズクに食べられてしまった。
 溶かされる──!? 一瞬身構えるけど違った。シズクは僕が怪我や病気をすると、いつも悪いところに張りついて苦痛をやわらげてくれるんだけど、これも同じだったみたい。
 シズクに包み込まれると、みるみる傷が癒されていった。息ができないなんてこともなくて、水膜ごしに見る景色は幻想的で。
 いつの間にここまでのことができるようになったのだろう? 尋ねたかったけど、心地よさに頭の芯が蕩けていく。
 生命力を吸われていった。代わりに僕にはシズクのものが流れ込んできて、僕のものはシズクの中でシズクのそれへと変換されていく。僕のいのちがなくなっていく──身体が心が、シズクのものになっていく──。
 なんだろう、これ? テイム? 心臓を掴まれたみたいだ。シズクだけが僕のすべてになっていく。
 お師匠様の能力を吸収したの?
 僕を、従魔にするっていうの……?
(──モル)
 え……?
(マモル。ズット、イッショ、イル……!)
「っ……!?」
 シズクの想いが僕に流れ込んできた。
 それは強い、強い想いだ。
 僕だけを愛してるって。シズクには僕だけなんだって。
 仲間もなくひとりで生まれた。あてもなくさ迷っていて僕に出会った。笑いかけられ名前を得て、初めて生を実感した。僕が怪我や病気をするたびにきもが冷えた。僕を守るために魔物の能力をたくさん吸収した。
 本当は街になんて行かせたくなかった。僕はそっちの方がよくなってしまうかもしれないから。だけど僕の自由を奪いたくなくて我慢した。代わりにたくさん無茶して鍛えた。頼ってもらえるくらいに強くなったら、自分と一緒にいる方がいいって思ってもらえるかもしれないから。
(ダケド、モウダメ。ジユウ、アブナイ──)
 死なせてしまうくらいなら、縛ってでもそばに置く──!
「シズク。君は、そんなにも……」
 僕は涙を流していた。
 ずっと寂しかったんだ。父さんが死んで世界にただひとり残されたような気になった。シズクの存在にはなぐさめられたけど、同族じゃないから違うんだと思い込んでいた。
 馬鹿だ。
 こんなにも深く愛されていたというのに、なぜ他ばかりを求めていたりしたんだろう?
「うれしいよ……」
 こんな近くにいたんだ。
 愛してくれる存在が。
 ぽっかり空いていた心の穴は、今いっぱいに満たされた。
 種族なんて関係ないよね。
 君は僕が大好きで、僕も君が大好きなんだから。
「このまま、僕を離さないでね?」
 君の想いを、ずっと感じていたいから──。

 主人にいだかれた僕は“街”という名の魔境に背を向け森の奥へと還っていく。
 死がふたりを分かつまで、絆はけして切れやしない。
 僕とシズクは、ふたりでひとつなのだから。

   完
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