滅びゆく地にできること

大海キホ

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滅びゆく地にできること

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 むかしむかしあるところに光り輝く神がおりました。彼女は命豊かな青き惑星ほしを無限に広がる闇へと落とし、緑を育み花を咲かせいくつもの命を生み出しました。胸に抱く理想は“愛”。全のために一があり、一のために全がある──みなが幸せになれる世界を実現したかったのです。
 人間を生み出したのは、善なる心の発展を知恵持つ者らに託すためです。彼らは彼女の想いに応え愛を育んでいきました。けれどそれらは極めて限定的なものになってしまったのです。
 家族のために他者の持ち物を奪います。村のために他者の土地を奪います。愛を得るために兄弟姉妹を蹂躙してまで玉座を求め、己の価値を過信しては他者の愛を搾取します。
 異なる形を持つ者逹は彼らに住み処を奪われます。命の価値は低いです。人間すべてが冷たいわけではありませんが、自分たちが繁栄するためならば多少の犠牲は致し方ないと思ってしまうのです。
 いくつもの国が生まれ人は増えていきました。政治が整い経済が流れ科学は発展していきます。生活は豊かになりましたが自然は破壊されていきました。自然界には存在しない汚染物質が数多く生み出され命が次々に奪われていきます。過ちに気づいた人々が問題の解決に乗り出しますが、惑星は限界まで追い詰められてしまったのです。
「もはや一刻の猶予もありません。人間を滅ぼしましょう」
 進言するのは影より支えし神です。確かに彼の言葉を聞けば光り輝く神の世界は救われるでしょう。
 だけれど彼女はかぶりを振ります。人間も自らが腹を痛めて生んだ愛し子に変わりないからです。悪に惑いつつも愛をもって生きようとしている、彼らの道を閉ざすことなどできるはずがありません。
 影より支えし神も強くは言えません。彼にとっても人間は愛しき子供たちだからです。
 少し考え代替案を提示します。
「それならば異世界より聖なる者を召喚しましょう。汚れきったこの世界を浄化してもらうのです」
 光り輝く神は手を叩きました。それなら誰も傷つきません。聖なる者とて例外ではありません。他世界には、異なる世界で人生をやり直したいと望む魂が溢れているのです。その中から優れた者を選び出し、世界を清めてもらう変わりに手厚くもてなす──どこの世界でも行われている平和的な解決法です。
 だけれど地より育む神は疑問の言葉を呈しました。
「本当にそれでよいのでしょうか? この世界が犯した過ちの尻ぬぐいを他世界の者にさせるのですか?」
 彼は懸命に道理を説きます。
「世界が清められればそれでいいのでしょうか? 困難を乗り越える機会を人々から奪えば彼らは堕落してしまいます。その先に真の幸福があるでしょうか? まだ人々は諦めてなどいないというのに。
 聖なる者の魂とて曇り穢れてしまうでしょう。他世界より来たりしときに道理に合わぬ力を与えられ、労せずして世界を救ってしまうのです。生き物全てに愛されることでしょうが、元の世界で越えるべきであった壁を放棄することになります。
 誰も傷つかないといえばそうかもしれません。ですが“楽”を与えてしまえば彼らは何も学べません」
「それでは何もするなと言うのか? 座して滅びを待てとでも!?」
 影より支えし神が激昂します。だけれど光り輝く神は自らの原点に立ち返りました。
 自らが求めるばかりでなく与える者になってほしい──全ての生命にそれを説きたかったのです。皆が与える者になれば誰もが愛に満たされます。だけれどそれができるようになるためには我欲を越えねばなりません。
 人々は今、試練と相対しています。愛するための試練です。
 それを奪うということは逃げに他なりません。彼女が彼らを信じていないということです。世界はこのまま滅ぶのだろうと決めつけて、可能性を閉ざしてしまうということです。
 光り輝く神は覚悟を決めました。
 世界のために自らが為すべきことを定めたのです。
「信じましょう」
 人々の想いに寄り添い見守るのです。それが親としての務めなのですから。
 影より支えし神は不満を抱きますし、地より育む神がどこまで生命を守れるかも分かりません。けれど彼らも人々も、生き物たちも皆同志です。この世界で幸せになろうとしているのです。
 そのための試練を、光り輝く神も共に受ける道を選んだのです。

 その後、世界がどうなるのかはまだ誰にも分かりません。けれど光り輝く神は、いつまでもあなた方を愛し続けることでしょう。
 幸せになってほしくて、あなた方を生んだのですから。

   完
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