亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第5章 エルヴバルム編

予期せぬ戦闘

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紫音の力によってエルヴバルムの結界を突破した後、紫音たちは森の中を前へと歩いていた。

「ティナ、ここからエルヴバルムまでの道は分かるか?」

「私、城の外に出たことないので詳しい道のりは分かりませんが……でも、たぶん城ならあちらにあると思います」

そう言いながらメルティナは、城がある方向に指を差していた。

「道が分からないのになんでそんなことが分かるんだ?」

「あ、あの樹があるからです。私の部屋からあの樹はいつも見えていたのでおそらく方角からしてこっちの方向にあるはずです」

メルティナが再び別の方向に指を差し示すと、そこには巨大な一本の樹が遠くにそびえ立っているのが見えた。
樹齢何千年もありそうな大きく幹が太い樹であり、他の樹と比べて特異なものにも見える。

「こっからでも分かるくらいでっかい樹だな。なんだあれ?」

「あれは世界樹と呼ばれている樹です。私もよく知りませんが、あの樹は世界の創成の頃からあり、世界各地にはあのような樹が他にもあるみたいなんです」

「あんなのが他にもあんのかよ。ディアナは見たことあるか?」

知識が豊富なディアナであれば、なにか知っていると思い、尋ねてみた。
しかし、ディアナは首を横に振りながら答える。

「残念じゃが儂は見たことがないの。世界樹というものがあることは知っておるが、それだけしか知らぬ。おそらくこことは別の大陸か島にでもあるんじゃろうな」

「そうか。とりあえず先を急ごうか。ティナ案内してくれ」

「は、はい。わかりました」

「ああそれと、みんな。言い忘れていたがこっから先は争いごとはなしだからな。特にフィリア!」

この中で一番好戦的なフィリアに手を出さないようにと念を押すようにくぎを刺しておく。

「失礼ね。私だって時を場所くらいわきまえているわよ。でも、向こうはどうかしらね? 紫音が結界を破壊したせいで向こうにとっては侵入者が来たと思っているからきっと襲ってくるわよ」

「大丈夫だって。そんときはティナに事情を説明してもらえばいいだろ」

「あ、あの……」

紫音がメルティナを頼りにしている中、そのメルティナが自信なさげに手を上げる。

「私……できるかどうか自信がないんですけど……」

「……え? だって向こうはお前と同じエルフ族だろ」

「そ、その……知っている人だったら大丈夫なんですけど知らない人だったらちょっと……」

「お前、同じ種族の奴らにも人見知りしていたのかよ……」

「だ、だってぇ、全然知らない人とお話なんて考えただけでも吐きそうに……うっ!」

案の定、考えてしまったメルティナは、涙目になりながら吐き気を抑えていた。
最近は落ち着いてきたのだが、ここにきてメルティナの人見知りの激しさを改めて痛感した紫音はこれからの先行きが不安になってきていた。

「とにかくティナには頑張ってもらわないと。イヤなのはわかるが、俺たちの身の潔白を晴らしてくれるのはお前しかいないんだから無理しない範囲で頼んだぞ」

「が、がんばります……」

「俺たちは、敵からの奇襲に備えて周囲の警戒を怠らないようにしておこう。ティナは心配ないが、俺たちの存在はエルフにとって今のところ異物でしかない。怪しい気配を感じたらすぐにみんなに報告するように」

紫音は後ろにいた全員にそう指示を送る。
フィリアたちは、指示通り周囲を警戒するように視線を動かしていた。

「それと、ティナ」

「は、はい。なんでしょうか?」

「お前はいつまでフードを被っているんだ。もう自分の国についたんだから外せよな。これじゃあエルフが来てもお前だって気付かないだろ」

メルティナの顔を隠していたフードを紫音がとり、メルティナの顔が晒される。

「あ、そういえばそうでした。この方が落ち着くので全然気づきませんでした」

目を合わせずに済むその恰好がだいぶ気に入っていたのか、名残惜しそうにフードを見つめていた。

メルティナのフードを外し、向こう側にメルティナの存在を明らかにさせながらひたすら足を前に出しながら歩き続けていた。
しかし歩いても歩いても同じような光景。
紫音の視界に移っている世界樹が先ほどとは違う場所に立っていることから間違いなく移動していることは一目瞭然なのだが、街までの道のりはまだまだかかりそうだ。

(ここまでみんな歩きっぱなしだし、そろそろ休む――っ!)

休憩しようと思い、みんなに提案しようとしたとき近くから複数の気配を感じ取る。

「止まれ」

紫音は、フィリアたちにだけ聞こえるような小さな声を出しながら指示を送る。

「ど、どうしました?」

突然のことで心配になったメルティナは、紫音に問いかける。

「だれかいる。それも1人じゃない……他にも何人かいるな」

「そ、そんなことわかるんですか?」

「まあな。これでも二年ほど魔境の森の中で命がけの鬼ごっこをしてきたからな」

「お、鬼ごっこ……?」

紫音の突然の発言に困惑していると、思い出したようにディアナが紫音の代わりに答えてくれた。

「もしかしてあの時のことかの。シオンの基礎能力向上のためにしばらくの間、魔境の森に放り込んだときのことじゃな」

「お兄ちゃんが生死の境をさまよったときの話ですか」

「え!?」

「確かその修行の後、兄貴が地獄を見たって叫んでいた時のことか」

「え!?」

「あれは大変だったな……。俺は魔物に攻撃したら一発で倒せるから魔物たちに攻撃は一切禁止。防御か躱すことだけで何日も過ごしていたからな。あの頃は、魔物たちと契約なんてしていなかったらから完全に無法地帯と化していた森の中にいたから生きた心地がしなかったな」

などと紫音は昔のことをしみじみと思い出していた。
紫音が二年前にディアナとジンガを師としてから数々の修行をこなしてきた中で魔境の森の中でサバイバル生活を送るという内容の修行があった。

ディアナからの指示で体力づくりと多くの戦闘経験を積むという目的で魔境の森で修行することとなった。
そして、亜人種の攻撃を防げても魔道具の効果までは防ぐことができないと分かったディアナは、紫音の枷となるような魔道具を身に着けられ、魔境の森に強制的に送られた。

その魔道具というのは装備したものの重力を重くさせるものや自分の体に衝撃が加えられると電流が流れるといった呪いのような効果を持つ魔道具だった。

二年前の魔境の森ではまだ紫音が主従契約を結んだ魔物が一体もいなかったためその森は魔物たちのナワバリ争いが絶えず、毎日どこかで戦闘が起きていた。
そんな中でたった一人、紫音は過ごすこととなった。

ディアナから課せられた修行内容は、魔物に攻撃することは一切禁止。修行期間中、ディアナは紫音を監視しており、機関に関してはディアナの裁量によって決まるものだった。

このような修行のため紫音は、魔物と立ち向かうことよりも逃げることや隠れることに専念するようになったため自然と敵の気配や位置などを感じ取れるようになってしまった。
まるで野生の獣のようだなとその時の紫音はそんな自分のことをそう思っていた。

「ディアナ、俺だと大まかな位置と複数人いることくらいしか分からないから探知魔法で敵の位置や人数を調べられないか?」

「もう、やっておる。……どうやら二人のようじゃな。位置は――」

「いいえ、三人です。場所はあそこと……あそこ……最後はそこですね」

ディアナが話している最中にメルティナが割って入ると、正確な人数で場所まで教えてくれる。

「三人? 反応しておるのは確かに二人なんじゃが……」

「たぶんですが、潜伏系の魔法を使っているんだと思います。そう言った魔法は、人や魔法から感知されないため発見することは難しいですが、私の目は違います」

人の魔力を可視化することができる能力を持っているメルティナの前では潜伏系の魔法を使用しても相手の位置は筒抜けになっているようだ。

「ティナ、手筈通り頼む。俺たちはお前らに危害を加えるつもりはないって伝えてくれ」

ひとまずこちらに敵意はないということを向こうに知らせるため同じエルフのメルティナに任せる。
しかし、メルティナは緊張しているのか口をパクパクさせ、冷や汗を流していた。

「あ、あの……」

その声はとても小さく、近くにいないと到底聞き取れるようなものではなかった。

「お前なにふざけているんだよ! 同じエルフなんだから人見知りするなって言っただろ」

「で、でも……一つはアイザックさんという私が知っている魔力でしたが他の二つは全然知らない魔力なんですよ。そ、それに……そもそも私大声出すこと自体苦手で……うっ、吐きそうです……」

肝心なところで頼りにならないメルティナを見て紫音はそっとため息をつく。ひとまず気分が悪くなっているメルティナを介抱するため近づこうとすると、

「そこのお前! 姫様になにをする!」

声の主は突然、木々の中から飛び出してくると、予告もなしに紫音に構えた剣で斬りかかろうとしていた。

「なっ!? お、おい!」

応戦すべく紫音は、腰に携えていた剣を瞬時に引き抜き、襲い掛かる剣にぶつける
キイイィィンという鈍い音が響き渡ると同時に、襲い掛かってきた相手の顔がはっきりと視認できるようになった。

端正な顔立ちに切れ長の目をした青年。そして赤みがかった髪。
国章が刻まれた甲冑を身に纏っており、騎士のような風貌をしている。

「ア、アイザックさん待って――うっ!」

その男はメルティナの顔見知りのようで止めようとするが、その前に吐き気を起こしてしまっていた。

「やはり姫様でしたか。今まで助けに行けず申し訳ありませんでした。この悪漢はここで始末いたします」

「くっ……この野郎」

アイザックと呼ばれた騎士は、紫音を始末するため剣に込める力を強める。あまりの強さに紫音の方が力負けしそうになるほどだった。

「こいつ、兄貴から離れろ!」

紫音を助けるべくレインが横から襲い掛かる。

「チッ!」

レインの存在に気付いたアイザックは、すぐさま後ろに跳び、レインの攻撃を躱した。

「オイ、お前! 俺たちは敵じゃない! こいつを送り届けに来たんだ!」

このままでは戦闘に発展しそうになるので慌てて紫音は、アイザックに事情を説明する。
しかし、アイザックはその声に聞く耳を持たず、敵意を剥き出しにしていた。

「そのような甘言に惑わされてたまるか! 貴様ら数ヶ月前に我が国を攻めてきた侵入者どもだな。となると、始末はまずいな。残りのエルフの民の居場所を聞き出すためにも貴様らには投降してもらう!」

紫音たちのことを勘違いしている様子のアイザックは、投降させるために再び襲い掛かってきそうな雰囲気を醸し出していた。

(クソッ! これじゃあ戦闘は避けられなさそうだな。ティナに事情を説明してもらうのも一つの手だが聞く耳を持ちそうにないな。……しかたない、こうなったらやるしかないか)

頭の中でそう結論した紫音は、守りに入らずこちらから打って出ようとする。
そのために紫音は、フィリアたちにそっと指示を送る。

「いいかお前ら。まずは俺が、あのアイザックとかいう奴の注意を逸らすために一発攻撃する。その隙にレインとリースは左後方の敵を、フィリアは右後方の敵を制圧してくれ」

「……? 倒すじゃなくて捕まえるの?」

「さっきも言っただろ。俺たちには敵意はないって。それを証明するために相手を制圧させるか降参させるだけで十分だ。向こうに俺たちの話を聞いてもらえる姿勢を取ってくれさえすればそれでこの状況は解決するはずだ」

紫音の言葉にレインとリースは納得してくれたが、フィリアだけは少し不満げな顔をしていた。

「フィリア、なるべく手荒なマネはしないように。それと、ここでは竜化はするなよ」

「な、なんでよ!?」

「お前が竜化なんてしたらこの国を攻め入ろうとしていると誤解されるだろ。なるべく穏便に済ませたいんだから今だけは言うことを聞いてくれ」

「わ、わかったわよ……これもアルカディアの発展のためなら……」

自分に言い聞かせるようにそう言いながらフィリアは自分を諫める。

「あと大規模な炎系の攻撃はするなよ。フィリアの場合、辺り一面火の海にすれば敵も一網打尽と考えているだろうけどそのせいで火事になったらそれこそ大事だ」

「……っ!? ちょっと! 私だけ条件厳しすぎない!」

「お前ならやれるだろ」

フィリアを信頼していなくては出ないその言葉に顔を赤くしながら照れたような表情を浮かべるフィリア。
そんな中、紫音は残りのディアナとメルティナにもこれからの行動について指示する。

「ディアナはこの戦闘に参加するな。この先、お前の力が必要になる時が来るはずだ。こんなところでお前の力を消耗させるわけにはいかない」

「それはいいが大丈夫か?」

「この場は俺たちだけでやる。それとティナは俺たちの後方支援だ。いざとなったらその弓矢で俺たちを援護してくれ」

「で、でも……アイザックさんたちに矢を射るなんて……」

当然のことながら同族への攻撃に対してメルティナは躊躇う様子を見せていた。
そんなメルティナに紫音はバックからあるものを手渡しながら言った。

「俺たちが今やるべきことはあいつらを捕まえてこちらの事情を聞いてもらうことだ。俺たちもなるべく手荒なマネをせずに捕まえる。だからティナにはその手伝いをしてもらいたいんだ」

「こ、これは……?」

「ティナには前に言ったことがあるよな。アルカディアにある攻撃性な特徴を持つ植物を利用して武器を造ったって。これは限りなく威力を小さくした爆弾だ。これを当てるだけで爆発する」

紫音がメルティナに手渡したものは以前から試作していた異世界式爆弾。紫音が対人間用に造り上げたものであり、今回の度でも必要になると思い、いくつかバックにしまっておいていた。

「威力は小さいから当たっても少しやけどする程度だ。これを矢じりに取り付けて放ってくれ。多少重くなるだろうがお前なら百発百中だろ」

「……わ、わかりました。シオンさんがそう言うなら私覚悟を決めました」

腹をくくったメルティナは紫音とともに戦うことを決意する。

「話し合いは終わったようだな」

律儀に紫音たちが話し終わるのを待っていたアイザックは、再び剣を構え直し、そして。

「であああああああぁっ!」

突進するような勢いでこちらに向かってくる。
それに対して紫音は、手を前に突き出し、魔法の詠唱を行う。

(ウインド・ブレス――10連詠唱。多重重複魔法――《オルタナティブ・サイクロン》)

複数の重なった魔法陣を発動させ、その魔法陣から怒涛に押し寄せる暴風がアイザックを襲う。その威力は後方にも広がり、遠くからは二つの悲鳴のような声が聞こえる。

「紫音、やりすぎよ」

「悪かったな。でもこれで残りの二人の位置も分かっただろ。あの騎士は俺に任せてお前らは指示通り向かってくれ」

「任せなさい」

「いってきますお兄ちゃん!」

「兄貴の期待に応えられるようにガンバるぜ!」

紫音が放った牽制とともにフィリアたちはそれぞれ自分たちが相手をするエルフのもとへ向かっていった。

「よし! 制圧作戦開始だ!」

予期せぬ出来事からのエルヴバルムでの戦闘が突然始まった。
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