亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第7章 鬼の辻斬り編

気の暴発

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「ヨシツグ、それはなんだ?」

ヨシツグがおもむろに布袋から取り出した小さな球に紫音は怪訝そうに小首を傾げていた。

「これは錬丹薬れんたんやくというものだ。簡単に言えば気の塊とでも思ってくれてよい」

「……まさかこれを飲めって言うんじゃないよな?」

「ん? そのつもりだが……?」

当然のことのように言ってのけるヨシツグに紫音は絶句していた。
いくら教えてもらっている立場といえど、どのような効能があるのか、具体的な説明もなしに飲むには少し抵抗がある。

「それって、飲んだらいったいなにが起きるんだ?」

「これを飲めば体内に気を供給することができる。シオンたちの周りには似たようなものがあると聞いたが?」

おそらくヨシツグが言っているのはマナポーションのことだろう。
話を聞く限り錬丹薬というのは、東方の地におけるマナポーションと同じ位置づけのようだ。

「本来は気の回復用に使用されるものだが、まれに気の生成が不得手の者に対して補助薬として使われている」

「なるほどな。今の俺には絶好のアイテムなわけか」

「その通りだ。シオン殿にも効果があるかは分からないが、試してみる価値はあると思う」

一通り説明した後にヨシツグから錬丹薬を受け取った紫音。
しかし紫音は、すぐ飲むわけでもなく、その薬をじっと見つめていた。

「……? シオン殿、どうかしたか?」

「いや、気の生成で俺がこんなにも苦労しているっていうのにあの妖刀……鏡華は、お前の体なのにまるで自分のもののように使いこなしていたなって思ってさ」

紫音はあの夜の戦いを思い出しながら口に出していた。
ヨシツグに憑りついていた鏡華は、紫音の言うように気を使いこなしているだけでなく、ヨシツグの技を完全にマスターしていた。
あれを見てしまっては、本当に自分もできるようになるのか紫音は不安を感じていた。

「そこまで思いつめることはない。おそらく私の体に憑りついたときに記憶でも読み取ったのだろう。それで気の扱いや流派のことも知ったのだと私は思うぞ」

「あんなことができるなら……それくらいできて当然か」

「シオン殿はシオン殿の速度で歩めばいいだけだ。私もなるべく長く付き合ってあげるからまずはその錬丹薬を飲んで試してみろ」

そう言われ、覚悟を決めた紫音は錬丹薬を口に含み、ゴクリと体内へと飲み込んだ。

「……うっ!?」

少ししてから効いてくるのかと思いきや、わずか数秒足らずで効果が現れ始めた。

まるで体内に熱湯でも流し込まれたかのように内側から熱気が込み上げ、動悸が激しい。
あまりにもひどい体調の変化にもはや立ってもいられず、紫音は地に膝をつき苦しみもがき始めていた。

(あ、熱い……。な、なんだよこれ……。ただの回復薬じゃなかったのかよ)

思っていたものと遠くかけ離れている効能に紫音は戸惑いを隠せずにいた。

「ヨ、ヨシツグ……これは……いったい……」

「安心しろ。錬丹薬は死に至らしめるような薬ではない」

「な、なにを……言って……」

「今のシオン殿は気の扱い方も知らぬ赤子のようなものだ。今まで気の存在すら知らない者が錬丹薬を口にすれば、こうなるのも当然だ。今シオン殿の体の中では眠っていた気が無理やり呼び起こされ、暴れ回っているようだな」

この高熱と苦痛は気が暴発しているせいで起こっている症状だという。
それが分かったところでいまの紫音にはどうすることもできない。ただこの苦痛を黙って耐え凌ぐしか方法はない。

「それにしても……君には驚かされてばかりだ。これほどの気の量は私も初めて見たよ」

「こ、こんな状況で……ほめられても……うれしく……ないんだが……」

「いやいや、これは称賛に値するほどのことだ。普通、錬丹薬を口にしたとしてもシオン殿のような症状は起きないものだ。元々持っていた気の量が規格外だったからこそいまのような状況になっているようだな」

「オ、オイ……分析してないで……どうやったら収まるのか……早く教えてくれ……」

幾度となく襲いかかってくる苦痛に耐えながらヨシツグに助けを求める。
今こうしている間にも肉体が悲鳴を上げており、早急にどうにかしないと意識が失いそうになっていた。

「気の扱い方については先ほど教えたはずだ。それでも無理なようなら気の流れを緩やかにしてみろ。今、シオン殿の気は体中で暴れ回っているはずだ。息を整えながら気を鎮め、血液のように体中に気を循環すれば、少しは楽になるはずだ」

「ハア……ハア……」

ヨシツグの教え通り、ゆっくりと呼吸し、気を循環させるイメージを頭に思い浮かべながら制御を試みる。
先ほどまでは無理だったが、気の存在を痛いほど感じ取れているいまならできないこともない。

「ハア……ハア……くっ!」

まだ不慣れではあるが、徐々に痛みが薄れてくるのが肌で感じ取れる。

(こんなのディアナとの修行のときにやった魔力の制御みたいなものだ。アホみたいに練習してきたんだ。こんなところで終われるかよ)

気の制御をする中で2年前のディアナとの辛い修行の日々を思い出し、紫音の闘志に火が灯る。
紫音が得意とする魔力の制御と同じ方法で気も制御しようと試みる。

――あれからどれくらいの時間が経過したのだろう。
やはり魔力と気とでは勝手が違うようでなかなか歯車が嚙み合わない。

それでも、試行錯誤を繰り返していくうちに気の制御が成功し始めたのか、先ほどまで体を襲っていた苦痛が和らいでいた。

「……ふむ。最初に比べれば随分とコツを掴んだようだな。気の巡りも緩やかになってきたようだし、次の段階に移ってもいいだろう」

「……次の……段階?」

「そのままでは、少し気を緩んだだけでまた最初の状態に逆戻りしてしまう恐れがある。そうならないためにも循環させている気を一ヶ所にまとめて体内に内包する必要がある」

「いきなりそんなことを言われても……できるかどうか……」

いまの紫音は、慣れない気の制御に集中しすぎて肉体的にも精神的にも限界に近かった。
その状況でさらに要求を出されても無理難題を押し付けているようなものだ。

「気功術を会得している者は全員そのようにして気を保管している。これさえ会得すれば、必要なときに必要な分だけ内包している気を取り出すことができる。戦闘中では、気を生成する時間などないに等しいからな。できておいて損はないはずだ」

ヨシツグの言うことも分からないでもないが、まったくの初心者の紫音にやってみろと言われてもできないのが普通。
それでもわざわざ教えてもらっている立場でもあるため、紫音はダメもとで試してみることにする。

「いいか、一つに集約する際の形はなんでもいい。ただ、その状態を保つことを意識してみろ。慣れてくれば無意識で気を内包することができる」

(……さっきからやってはいるが、やっぱり維持が難しいな。油断していると、どうしても崩れそうになってしまう。……さて、どうするか?)

やはりつい先ほど知ったばかりの気を一日で使いこなすなど到底無理な話。
なんとか制御までこぎつけたが、そこから先へはどうしても進むことができずにいた。

苦しい状況の中、なにか打開策はないものかと思案を巡らせていると、ふと紫音の頭にある妙案が浮かんできた。

(……試してみる価値は……ありそうだな……)

紫音はすぐさま実行に移した。
再度、意識を集中させ、気を集約していく。

「……っ!」

「ほう……」

ヨシツグにも感じ取れているのだろう。
みるみるうちに紫音の中に気が一ヶ所に集まってきている。そしてついには、あれほど大量にあった気が圧縮されたように小さくなっていき、しまいには一つの球となって紫音の中へと内包されていた。

驚くべきことに紫音は、気の存在すら知らなかったというのにたった一日でここまでできるようになった。

(驚いたな……。半月……いや、一ヶ月以上はかかると見越していたのだが、まさか初日でできてしまうとはな……)

ヨシツグからしてみても、この状況は予想外だったようで胸中で感嘆の声を上げていた。

「ヨ、ヨシツグ……これで、どうだ?」

「……あ、ああ、合格だ。私の目で見ても体内に収まっているようだな。……いったい、どうやったのだ?」

「気の制御はできてもそこから先がどうしてもできなかったからな……。一度、形を作った後に外側を魔力で覆ってみたんだよ。魔力の制御に関しては得意中の得意だから試してみたんだが、どうやら正解だったようだな」

紫音が言うには、どうやら形付けた気が崩れそうになれば、外側を覆っている魔力の膜がそれを阻止するように動くことで気を維持しているようだ。
辛い修行の末、身についた魔力の制御がこんなところで活躍している。

「なるほど……。魔力を知っているシオン殿だからこそ思いついた方法か。なかなかに面白いな……」

型にはまっていない紫音のやり方にヨシツグは称賛の声を上げた。

「さあ、次はなにをすればいい……」

「……いいや、今日のところはここまでだ」

「ハアッ!? せっかくいいところなのにここで終わるなんて……」

「周りを見てみろ……」

ヨシツグに言われ、周囲を見渡してみると、

「……あ、あれ?」

気付けば太陽もすっかり沈み切り、すっかり夜の光景へと移り変わっていた。
昼過ぎに始めたというのにいったいどれくらいの時間、ヨシツグを付き合わせていたのだろう。

紫音も次第に冷静になり、これ以上ヨシツグの時間を取らせるわけにもいかないので、ここは大人しく従うことにする。

「悪かったなヨシツグ……。まさかこんなに時間を取らせてしまうなんて……」

「……気にするな。シオン殿が、教えがいのある弟子だということが分かってむしろ嬉しく思っているほどだ。

「そう言われると、なんかこっちもうれしいな」

「ふっ。……では、帰るとしようか? ああそれと、溜め込んだ気はそのまま維持するように。なにかあったらすぐに私を呼べ。弟子のためならすぐにでも駆けつけてやるからな」

「それは、心強いな。……今日はありがとうなヨシツグ」

そう言いながら二人は、帰路へとついた。
初日の修行は、大きな収穫とともに成功に終わった。
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