亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

文字の大きさ
154 / 255
第8章 人魚姫の家出編

人魚の少女は恋焦がれる

しおりを挟む
ここは深い深い海の底。

人や亜人種などに到底辿り着けなさそうな場所には魚や水棲の魔物たちが生息している。
しかしここには、唯一深海に暮らす生物と共存共栄の形で国を築いている亜人種がいた。

その種族の名は人魚族。
はるか昔から深海を住処とし、いくつもの国々を繁栄させてきた。
そしていまとなっては、海底のあちこちに人魚族の国が築かれており、いつしか海の支配者とも呼ばれていた。

そんな海底に数多くの国々を築いている人魚の国の中でも広大な国土を誇る国があった。

海底国家――オルディス。
人口数は十万人を超え、それに見合う住居の数々や主要施設などの建物がずらりと並んでいる。
さらにこの国は、最初に建国された人魚の国でもあるためその国には大昔の歴史が刻まれていた。

そして数多くの建物があるオルディスの中でもひときわ目立つ宮殿には一人の少女がいた。
少女は、宮殿内にある自室でベッドに横たわりながらなにかの本を嬉々として読みふけっていた。

一ページ読み進めていくごとに笑みを見せたり、悲しみの表情を見せたりなどと、ころころと表情を変化させながら読んでいる。

「…………ハア」

やがて少女は読み終えた本を閉じ、満足げに顔を綻ばせながら長いため息をついた。

「何度読んでもいい話だわ……。ああ、私もこんな恋がしてみたい!」

少女は本を胸に抱きよせ、まるで恋に焦がれる乙女のようにキラキラとした顔を浮かべている。

少女が先ほどまで読んでいた本は『人魚伝説』と呼ばれる小説。
過去の史実をもとに構成された小説であり、同じタイトルのものが数多く書籍化されている。

少女が読んでいたものはその中でも恋愛ものの部類である。
内容としては、大昔に実際にあった人魚族の女性と地上に生きる人間との恋愛模様を赤裸々に描かれた物語。

少女はこういった恋愛小説を好み、これ以外にもこれまで多くの恋愛小説を読み漁っていた。
特にこの『人魚伝説』に綴られた話は何度も読み返すほどお気に入りの本でもある。

そして少女はこの本を読むと、決まってある決断をする。

「…………よし! 家出しよう!」

まるで日課のような軽い口調でそう宣言すると、あらかじめ部屋に隠していたリュックを取り出す。
その中には、着替えや保存食など家出して外の世界に出ても困らない程度の荷物が詰められていた。

「準備完了っ! 今度こそ家出してみせるぞ!」

大きなリュックを背負い、意気揚々と少女は自室のドアを開けた。

ちなみに、先ほど口にした言葉通り実はこの少女、今回が初めての家出ではない。
これまで幾度となく、家出を実行するも途中で家族や兵士たちに止められ、何度も失敗に終わったため成功した試しがない。

それでも少女が家出を実行するのには、ある叶えたい願いがあったからだ。

それは『人魚伝説』に出てくる人魚族の女性の物語のように自分も同じように地上の人間と恋をしてみたいという切実な願いだった。

それもそのはず。
少女が置かれている環境では、それは絶対に叶うことのない願いだった。少女のこれまでの人生はほとんどがこの宮殿内で完結しており、外に出ることなどほとんどない。

だからこそ少女は、家出という形で自分が置かれた環境から抜け出し、外の世界へと足を踏み入れたかった。
そして今日も少女は、家出を成功させるために最初の難関である宮殿からの脱出を試みる。

「フフフ、思った通りここは手薄のようね。わたしだって毎回やられてばっかりじゃないんだから」

こういうときに備えて少女は、前もって兵士たちの巡回経路や交代の時間帯を調べておいて安全な経路を確保していた。
そのおかげで、ここまで誰にも見つからずに宮殿の出口まであと少しというところまで来ていた。

「やっぱり門の前にも人はいるか……。さすがに見つからずに通り抜けるのは難しそうだけど……2人か」

こっそりと様子を窺っていた少女は門番の数を見てニヤリと笑う。

「えーい! 強行突破よっ!」

その言葉通り少女は、一直線に海中を泳ぎ、門番たちが少女の存在に気付かれる前に門から飛び出した。

「――っ!?」

「ひ、姫様っ!」

門番たちが少女に気付いたときにはもう遅い。
荷物があるせいで速度が落ちているとはいえ、もはや追いつけない距離にまで離されていた。

「マ、マズい! また姫様の家出だ!」

「いったいどうやって見つからずにここまで!?」

「そんなこと言っている場合じゃないだろ! 早く捕まえないと処罰の対象になるぞ」

「だ、だが、その前に応援を呼ぶべきでは?」

「それだと、見失ってしまうだろ!」

などと少女を追うか、応援を呼ぶかで門番たちが言い合いをしていると、

「まったくお前ら、職務中だというのに一体なにをしている!」

「だ、団長!」

団長と呼ばれている屈強な体つきに騎士甲冑を身に纏った男の人魚が現れた。
門番たちは先ほどの出来事を団長に伝えると、団長は一度頭を抱えながらため息を吐き、その後冷静さを取り戻しながら指示する。

「しかたない……姫様はオレが捕まえる。お前らは至急警備のものにこのことを伝え、国中に警備網を張れ!」

「は、はい!」

「いいか! 姫様が国外に出られるはずがない! 必ずこの国のどこかに潜伏しているはずだ。オレが姫様を見失った際には即座に内部の捜索へと切り替える! 行け!」

「了解しました!」

門番たちが慌てて宮殿内に戻っていく中、団長はすぐさま少女が逃げた先へと追走を始める。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「フフフ、完璧だわ。初めて宮殿を出られたうえに、ここまで来れば当然追ってなんて――」

「姫様、見つけましたよ」

「な、なんで!? どうやって?」

安心したのも束の間、引き離したつもりが、逆に追いつかれてしまった。
予想外のことに少女はあたふたとしながら動揺した顔を見せている。

「オレたち騎士団の連中は、この国で厳しい訓練に明け暮れていたんですぜ。たとえハンデがあろうと、簡単に追いつけるんですよ。それに姫様は自分で枷を背負っていたんでもっと簡単に追跡することができましたよ」

「うぅ……」

こうも簡単に追い詰められた現状に悔しさのあまり少女は頬を膨らませながら唸り声を上げていた。
あと少しで国外に出られるというのに、このチャンスを逃したらもう次はない。そう考え、少女は賭けに出る。

「絶対に捕まってなんかやらないもんね!」

即座に向きを反転させ、国の外の方向へと体を動かす。

団長は、やれやれといった表情を見せながら少女を追いかけ、説得を試みる。

「そんなことをしても無駄ですよ姫様。この先は何層にも張り巡らされた結界が待っているだけ。行き止まりなのでもう鬼ごっこは終わりです」

「わかっているわよ、それくらい!」

このオルディスには、他者からの侵入を防ぐために何層もの結界がドーム状に広がっている。
そのため正規の手続きを踏まない限り国外に出ることなど、もとより不可能だというのに少女は泳ぐ速度を緩めず一直線に結界へと向かっていた。

「姫様! 一体なにをする気ですか!」

「結界なんかにわたしの夢を邪魔されてたまるものですか! 《秘技・結界破壊》!」

高らかに技名を叫びながら少女は前方に魔法陣を展開させると、その魔法陣から光線が放たれる。
その光線が少女の先にある結界に衝突した瞬間、光線は結界を貫き、驚くべきことに国外へと通じる道を作り出してしまった。

「ひ、姫様っ!? なぜこんなことがっ!」

「結界の術式さえわかってしまえば、これくらいわたしには簡単なことなのよ。残念だったわね……じゃあね」

「ま、待ちなさい!」

オルディス以上の面積はある海底で見失ってしまえば、もう二度と見つけ出すことなどできるはずがない。
団長は必ず捕まえるために少女との鬼ごっこを再開する。

「姫様、すぐにお戻りを! 近辺には凶悪な魔物もいるので危険です」

「そんな理由でわたしがあきらめるとでも思ったのですか! せっかくここまで来たんですよ!」

「それでも今だけは言うことを聞いてください。最近、なぜか魔物たちが凶暴化し、外で働く国民たちが魔物に襲われるという事件が多発しているんです。姫様にも同様のことが起きてしまったら国王様たちになんと言えばいいのやら……」

「……で、でも」

団長の話に多少心が揺らぐものの、それでも少女は外の世界に出たいという気持ちが抑えきれずにいた。
しかし現状、このまま少女が逃げ切れる可能性はゼロに近い。

なにかないかと、必死になって思考を巡らせていると、

「――っ!?」

「なっ!?」

突如、少女の後ろに凄まじい海鳴りとともに巨大な海流が出現する。
まるで海の通り道のように渦を帯びたその海流はどこまでも続き、先が見えないほど果てしない。

「こ、これは……アビス海流か! くそっ! こんなときに……」

「アビス海流……っ!? やっぱり天はわたしを見放していなかったのね!」

この海流の正体がアビス海流だと知り、少女は大喜びで海中を飛び跳ねる。

アビス海流とは、まれに深海に出現する海流の名前。
流れが速く、一度入ってしまえば途中で抜け出すことができない檻のようなもの。さらにこの海流自体、一本の道になっているため必ず最後には出ることができるのだが、どこに繋がっているのか分からないため決して足を踏み入れてはいけない禁断の場所でもある。

「ま、まさか……姫様!?」

「わたしは夢を叶えるためにこの国を出ることにするわ。……ああ、そうだ! お父さまたちにはこう伝えておいて。『行ってきます。次会うときは旦那様を連れて戻ってきますね』って」

そう言い残しながら少女は唯一の脱出経路である海流へと迷わず飛び込んだ。

「ひ、姫様ぁぁぁぁぁっ!?」

団長の声が少女に届くことはなく、海の泡へと消えていった。

そして、見事初めての家出を成功させた少女はアビス海流に身を任せながらこれからのことについての想いに耽っていた。

「待ってなさい! わたしの未来のお婿さん! 絶対に見つけ出してやるんだから!」

そう力強い宣言をする少女をよそに、アビス海流は予測不可能な航路を辿りながら少女を目的地不明の場所へといざなうのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

処理中です...