亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第8章 人魚姫の家出編

家出人魚姫 大捜索部隊

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ここは海底王国オルディス。
数ある人魚族の国の中でも最も人口と国土が大きく、首都のような位置付けとなっている王国。
その王国はいま、王国内を震撼させるほどの大事件の解決に追われていた。

「見つからないだと……。貴様らいったい今まで何をしていた!」

「も、申し訳ございません。……国王様」

「こちらも手を尽くしているのですが、手掛かりすら見つからない状況でして……」

オルディスの宮殿にある玉座の間にて国王と呼ばれている男が大臣たちに向かって怒号を上げていた。
大臣たちはなんの成果も上げらない自分と国王の存在に怯えながらその場に伏していた。

しかし国王に怯えるのも無理はない。
見上げるほどの巨体に精悍な顔つき。体は強靭な筋肉に覆われており、その腕力で凶悪な水棲型の魔物たちを討伐してきたという武勇伝がいくつもある。
そのため、臣下たちの中には国王を恐れるものも多い。

「わざわざ捜索部隊まで結成させてこの忙しい状況の中、人員を割いたというのに手掛かりすら見つからないとは何事だ!」

「し、しかし、あのアビス海流に飲まれたのであればこちらとしてもどこを捜索してよいものか……」

「そ、そうです。突発的に出現する海流のうえ、終着地点も毎回変わるので捜しようがないのです」

大臣たちは此度起きた大事件の進捗状況について弁明の言葉を口にするも、国王はまったく聞く耳を持たず、激しく落胆していた。

「まったく……これもすべてあの馬鹿娘が家出なんぞ馬鹿な真似をしたせいだ!」

国王が言うように王国を震撼させる大事件とは、この国の姫であるリーシアの家出である。

たった一人の家出娘のために国王はわざわざ捜索部隊を編成し、リーシアの行方を追わせている。
しかし現状、これといった成果は見つからず、いまだリーシアの影すら見つけられずにいた。

「あらあら、少しは落ち着いたらどうなの……アナタ?」

苛立ちを顔に出しながらいまにも暴れ出しそうな国王に対して、先ほどから彼の隣にいた一人の女性の人魚が鎮めさせようと努めていた。
この女性は国王の妻、つまりこの国の女王であり、彼女もまたリーシアの行方を案じていた。

「なっ!? これが落ち着いていられるか!」

「この報告書によれば、私たちの国が治めている海域はすべて捜索済みらしいじゃない。そうなると、私たちがするべきことはあれしかないわよね?」

女性の言葉に国王は、いったん怒りの感情を抑え、冷静になって考え始める。

「……これだけ捜しても見つからないとするなら、やはり国外の海域にまで捜索の手を広げるべきか?」

「それか、地上の国にも捜索範囲を広げたほうがいいかもしれないわね?」

「ち、地上だと!? 我々人魚族は地上では本来の力を発揮できないのだぞ。それに地上には亜人を奴隷落ちにさせる異種族狩りがいると聞く。そんな危ない地にリーシアがいるはずが……」

「これはあくまで可能性の範囲よ。これだけ海中を捜索してもいないとするならば最悪の場合を考えるべきだと言っているんです」

「……っ!? よし、分かった。……おい、お前たち!」

考えをまとめた国王は、大臣たちに次の指示を下す。

「ここから先は捜索範囲を広げ、国外の海域に部隊を向かわせろ!」

「し、しかし、国外ともなれば他国の者たちも黙ってはいないはずです。侵入目的を問われた際、どのように申せば……」

「理由は当たり障りのない内容にしなさい。あまり国の恥を他国に漏らすべきではありませんからね」

「分かったら、早く行け!」

「ハッ!」

そう返事をしながら大臣たちは玉座の間を後にする。

足早に去っていく大臣たちを見送った後、国王は頭に手を当てながら盛大なため息を吐いた。

「ひとまずこれで様子を見るとするか……。ハア、まったくあの馬鹿娘め……」

「でも、しょうがないわよ。あの娘、ずっと外の世界に出てみたいって言ってたじゃない」

「だとしてもだ。この大変な時期に問題を起こすこともないだろ。……そもそもだ。お前があんな本をリーシアに読ませたのがすべての原因だろ!」

リーシアは、幼いころから『人魚伝説』の本を愛読しており、その影響を色濃く受けていた。

「あら、私はなにもしていないわよ。あれはリーシアのほうから自分の意思で読み始めたのよ」

「……そうだったか? しかし、その本を読んでここまでするか普通?」

「あの娘はアナタに似て、好きなことや一つのことを決めたらそのまま一直線に向かうところがあるからね」

「くそ! こうならないためにも、定期的にステージを開いてリーシアの気を紛らわせていたというのに……」

「ステージ……。そうだわ、その問題もあったわね」

女王は、少し心配そうな顔をしながら国王に問いかける。

「そろそろ、ステージを開く時期になるわ。家出の件は国民たちには黙っているけど、このまま中止にでもなってしまったら不審に思うものも出てくるんじゃないかしら?」

「完全に忘れていたな……。そういえば、その件も対策しなくてはならない案件だったな」

リーシアは、国民たちからの人気が高く、皆から愛されるような存在だった。
そのため、無用な混乱を防ぐためにも今までリーシアが家出した事実を隠し続けていたが、それももう時間の問題のようだ。
改めて突き付けられた問題を前にして国王は、再度ため息を吐いた。

「リーシア……なぜこんな大変なときに家出なんかしたんだ! せっかく魔物の凶暴化の原因を突き止め、その解決にリーシアの能力ちからが必要だと分かったというのに……その矢先にこれだ!」

オルディスだけでなく、隣国の海域では魔物が凶暴化し、人魚族の街を襲うという事件がここ何ヶ月かで多発している。
この事件を解決すべくオルディスが主導となって原因の解明を目指し、つい先日、ようやく事件の解決にリーシアの能力が必要だと判明したのだが、もうすでに鍵となるリーシアは家出してしまっていた。

「きっと大丈夫ですよ。私たちの子どもたちが全員一丸となって捜索にあたっているのですよ。見つからないはずがありません」

「……だといいのだが」

国王が、何度目かのため息を吐いた頃、玉座の間の扉が突然開かれた。

「こ、国王様! 女王様! た、大変でございます!」

「なんだ騒々しい。……ん? お前、先ほど指示を出したというのになぜ戻ってきた?」

よく見れば、入室してきたものは、つい先ほどまで国王たちとリーシアの件で話し合っていた大臣の一人だった。

「ご、ご無礼をお許しください。国王様たちには今しがた手に入れた手掛かりについてお伝えしたくこのようなことになってしまい……」

「手掛かりだと……。まさか!? リーシアのか!」

「は、はい! 解析班のセレネ様が大まかではありますが、リーシア様の居場所を算出したとのことです」

「おお、セレネがか……」

「あの娘はこういうことが得意でしたからね」

「こちらがその結果になります」

そう言いながら大臣は、国王たちの前に地図を広げ、印が付けられた場所を示した。

「これは……オルディスからかなり離れているな。幸い海に面している人種の国が少ないのがせめてもの救いだな」

「でも、この印がつけられている範囲の中には、管轄外の海域もありますね」

「確かこの海域だけ、魔物が異様な進化を遂げ、人魚族の手には負えないから放置していた海域だな。そんな場所まで候補に挙がっているとは……」

なにはともあれ、有力な手掛かりを掴んだことには間違いない。
これを活用しない手はない。そう考えた国王は、すぐさま大臣に向けて新たな指示を与える。

「捜索部隊、総員に告げろ! 部隊の半数をこの海域の捜索にあたらせろ! 残りは念のために別の海域の捜索に専念させるようにしろ!」

「はっ! ただちに!」

指示を受けた大臣は再び足早に玉座の間から立ち去った。
残った国王と女王は大臣が置いていった地図を見ながら安堵した。

「これでようやく見つかるかもしれないな」

「ええ、セレネの予想を信じて待ちましょう」

二人は、少しだけ笑みを浮かべながらリーシアの無事を心から祈っていた。
そして、その地図に記された印の中には、捜索対象のリーシアがいるアルカディアの場所も含まれていた。
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