亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第9章 呪怨事件編

人魚の魔法

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紫音の前には七体ものシードレイクの集団が。
本来ならば絶望的な場面なのだろうが、紫音はむしろこの状況を楽しんでいた。

(この形態での戦闘は始めてだからな……。ちょうどいい練習相手がいてくれて本当によかった)

テストをするような感覚でシードレイクたちに挑もうとする中、まず動き出してきたのはシードレイクのほうだった。

(……さて、まずは……こいつの調子から――っ!?)

腰に下げていた妖刀の鏡華に手を伸ばそうとしたところ、シードレイクの一体が海中を駆け抜け、突進してきた。
そのスピードはあまりにも速く、鞘から鏡華を抜き、構えてからでは対応が間に合わないと即座に判断し、真正面から立ち向かうことにする。

「――ッ!?」

手を前に伸ばしただけで力もなにもいれてないはずなのに、全体重を乗せたシードレイクの突進はいとも簡単にその手に阻まれた。
シードレイクは、目を見開き、驚いた顔を見せる。

(……なんだ、こいつの目? 充血したみたいに真っ赤になってるが……元々こういう目なのか?)

シードレイクの目は、まるで血で塗りたくったように真っ赤になっていた。
さらによく見れば、興奮したように息を荒げており、これまで見てきた魔物の中でも群を抜いて気性の荒いように見えた。

「……まっ、とりあえずおとなしくさせるか」

紫音はシードレイクの体を掴み、そのまま力任せに自分のほうへと引き寄せ、一気に海底へと叩きつける。

「ガアァッ!?」

短い悲鳴を上げながら頭から海底に激突し、シードレイクは痛みに耐えるようにのたうち回っていた。

(ひとまず……これで一体……か?)

あれだけで終わるわけないだろうが、七体もいるうちの一体の動きを止め、次に行こうとするが、

「……っ?」

休む暇もなく、次のシードレイクからの攻撃が始まる。

「シャアアアアアァァッッ!」

雄叫びにも似た声を上げた瞬間、シードレイクの口から渦のような衝撃波が発生し、紫音に襲い掛かる。

(……デ、デカい。避けるのも難しそうだし、ここはアレを試してみるチャンスだな)

紫音は再び手を前に伸ばし、詠唱を始める。

人魚の魔法マギア・セイレーヌ――《海皇かいおうの鱗盾》」

すると、紫音の前に鱗模様の大きな盾が出現した。
その鱗盾は紫音の体を覆えるほど大きく、すぐさま紫音はその盾の後ろに隠れるように身を寄せた。

「……へえ、なかなか使えるな……こいつ」

シードレイクから放たれた衝撃波はすべてこの鱗盾によって防がれ、傷一つすらない。

(次はこいつだな……)

防いだのを確認した紫音は、すぐに攻撃態勢に入る。

人魚の魔法マギア・セイレーヌ――《トリシューラ》!」

詠唱後、巨大な三叉槍さんさそうが紫音のもとに顕現する。
左腕を動かすと、三叉槍もそれに呼応するように動いていく。

「オラアァッ!」

大きく振りかざし、投げる動作をしながら三叉槍は放った。

「ギャアアアァァァッ!」

放たれた三叉槍は一直線にシードレイクの体に突き刺さり、海中に鮮血が舞い散る。

(練習のときもそうだったが、どうやら男と女、両方の『人魚の魔法』が使えるようだな。本当ならどちらか片方しか使えないのに……)

本来『人魚の魔法』は男性と女性とで使用できる魔法は異なっているが、不思議なことに紫音にはそれが適応しておらず、両方の魔法が使用することができていた。

(……だが、おかげで水中戦での戦略の幅も広がるし、この形態もなかなか使い勝手がいいな)

水中戦において強力な能力を身に付けることができ、紫音は胸中で歓喜した。

「――ッ!?」

一方で立て続けにやられていく仲間の姿に、怒り狂ったシードレイクたちは咆哮を上げながら一斉に襲いかかってきた。

(なんだ? あいつらが恐れるくらいだから、知能が発達しているんだと思ったが、これくらいで理性を失うなんて……俺の見込み違いか?)

いまのシードレイクは、知能などの欠片もなく、ただ本能に従うだけの獣にしか過ぎない。
しかしこの状況は、紫音にとっては好都合なものだった。

(これだけ群れて向かってくるならアレが試せるな)

紫音はこの姿でしか使えないある技をシードレイクたちに試すために動き始める。
腰に下げていた鏡華に手を伸ばし、この戦いで初めて刀を取り出した。

「鏡華、アレやるぞ」

『ようやく我の出番か……。ククク、存分に力を振るいがいい』

「それじゃあ行くぞ! 人魚の魔法マギア・セイレーヌ――《マーレ・コントロール》」

瞬間、紫音の体が藍色の光に包まれる。

(この魔法は一時的にだが、周囲の海を意のままに操れる魔法だ)

この魔法は数ある『人魚の魔法』の中でも男女問わず扱うことができる魔法であり、本来であれば、波を起こしたり、巨大な渦を発生させたりすることができる。

しかし紫音は、従来の用途で行使しようとせず、光を纏った状態で鏡華に触れ、

「――付与エンチャント

鏡華にも紫音と同じ藍色の光を付与する。

(強力な魔法ではあるが、いろいろ試してみた結果、他にも使い道があることが分かった。……それが、これだ)

深呼吸しながら静かに目を閉じると、居合切りをするような姿勢で鏡華を構える。すると、刀身に付与された光がさらに強まっていく。

(俺にはまだ気を遠方に向かって飛ばす技術なんてまだ身に付けていない。……だけど、この方法ならほぼ同じことができる!)

カッと目を見開いた瞬間、弧を描くように刀を振る。

「《海斬覇かいざんは》!」

鏡華の刀身から三日月型の斬撃が飛び交い、海中を突き進んでいく。

「ギャオオオォォッ!」

紫音が放った斬撃は、複数のシードレイクたちを巻き込みながら直撃。
シードレイクたちは悲痛の叫びを上げながら力を失くしたように海底へと落ちていった。

「……ふう。練習通りうまくいったな」

『まさか我を軸に海を支配する術を与えることで、疑似的な飛炎を編み出すとは恐れ入った』

「ああ、強いイメージさえあればどんな形にも変えられることが分かったから、やってみたけど、意外とうまくいったな」

『……主よ。どうやらまだ次が来るようだぞ』

鏡華にそう言われ、すぐさま戦場に意識を向けると、まだ残っていたシードレイクが口を開けながら攻撃に構えを取っていた。

「……? またさっきの衝撃波か?」

先ほど見た技が来るのかと思いきや、

「――ッ!」

エネルギーが込められた水色の弾丸がシードレイクの口から発射された。

「魔力弾と似た感じのものか? それにしてもかなり大きいな……」

『ふむ……主よ。いかように対処するおつもりかな?』

「全部跳ね返す。鏡華、手を貸せ」

『なるほど……。あの技か』

紫音は鏡華と打ち合わせをした後、襲いかかってきた弾丸を、

「蒼破水明流――《水鏡》」

円を描くように刀を振るうことですべての弾丸が刀に衝突した後、そこで爆発することなく、跳ね返されたように反対側へ向きを変える。そしてそのまま、発射させたシードレイクのほうへと飛んでいった。

「……これで後は……二体か……」

七体もいたシードレイクたちもいまとなってはわずか二体を残すのみ。
紫音は最後の決着をつけるために鏡華を鞘に納め、拳に力を入れた。

「鏡華での動きはここまでにして、次はこっちでの新技を試してみるか」

そう言いながらグッと拳を握りしめる紫音。
藍色の光を纏わせた状態で紫音は、残りのシードレイクたちのもとへと泳いでいく。

残されたシードレイクたちは、逃げる素振りなど見せず、むしろ戦意が増しているように見える。

「シャアアアァァッ!」

獰猛な獣のように襲いかかってくるシードレイクたちだが、紫音は軽々と、その攻撃の数々を躱していきながらスキを窺う。

「――っ! ここだ!」

紫音は、纏っていた光のすべてを右拳に集中させ、スキを見せたシードレイクに向かって解き放つ。

「《海皇崩拳》ッ!」

海の力を凝縮させ、放った拳は深海の水圧以上の重みのある拳。
そのあまりの重圧にシードレイクは顔を歪ませ、勢いよく海底へと殴り飛ばされた。

「オラアァッ!」

「ギャオオォッ!?」

すかさず最後の一体にも同じ攻撃を喰らわせる。

「……ふう」

一仕事を終え、紫音は大きく深呼吸しながら辺りを見渡す。
そこには、紫音の攻撃を喰らい、気絶したシードレイクたちの姿が海底に広がっていた。

「おーい、マスター!」

「……グリゼル? もしかして、もう終わったのか?」

シードレイクを引きずりながら合流してきたグリゼルに、紫音は驚いた顔を見ながら問いかける。

「オウ、見ての通りだ。あんまり大したことなかったぜ」

なんてことないという顔を見せたグリゼルだが、周囲に広がっている光景を見た瞬間、

「えっ!?」

思わず声に出して驚いた。

「なんだ、マスターのほうも終わっちまったのか? ずいぶんと早いじゃないか?」

「……まあ俺は、魔物相手だと苦戦はしないからな。これくらい当然だ」

「ハハハ、さすがマスターだな」

改めて紫音の強さを思い知ることとなり、グリゼルは紫音に賞賛の言葉をかけた。

紫音は誇らしげな顔をしながらシードレイクを倒したことをフィリアたちに伝えるため、念話越しに連絡をすることにした。
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