亜人至上主義の魔物使い

栗原愁

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第10章 カルマーラ戦争編

変わり果てた人魚

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『フィリア! ローゼリッテ! 仕掛けるぞ!』

『っ!?』

突然念話より送られてきた紫音の言葉を聞き、フィリアとローゼリッテは覚悟を決めたような顔を見せた。

『ティナ、手筈通り頼む。あとの流れはさっき説明した通りだ。頼んだぞフィリア、ローゼリッテ!』

『『任せなさい!!』』

『は、はい、わかりました!』

その言葉を皮切りに、それぞれは自分に与えられた使命を全うすべく動き出す。

最初に仕掛けたのは、今回の作戦を決行するための開幕の役割を担っていたメルティナだった。
メルティナは、グラファたちに気取られないよう腕を前にかざしながら大きく息を吸い込み、

「あ、あの!」

自分でもビックリするくらいの声量でグラファたちを呼び止めた。

「……っ?」

後ろのほうから声を掛けられ、怪訝そうな顔をしながらもグラファたちは声のする方角へ体を向けた。

「ご、ごめんなさい!」

これから不意打ちをするようなマネをするためか、申し訳なさそうな顔を見せた後、メルティナは即座に詠唱を口にした。

「光よ解き放て――《ルミナスヴェール》」

瞬間、眩い光がメルティナを起点として、前方へと放たれた。

「ぐっ!?」

「っ!?」

それはほんの一瞬に過ぎない光だったが、目を覆いたくなるほどの光をまともに浴びてしまい、グラファたちはたまらず目を瞑る。
視界を完全に妨げられただけでなく、数秒ではあるが、二人の身動きを止めることにも成功した。

『ちゃんと合わせなさいよ! ヒキコウモリ!』

『ウルサイわね! そっちこそ、アタシの足を引っ張るんじゃないわよ、バカトカゲ!』

メルティナの先制攻撃が決まり、フィリアとローゼリッテも動き出す。
フィリアはコーラルの左側へ、ローゼリッテは反対の右側に回り込み、三人の位置が直線状に揃った瞬間、フィリアとローゼリッテは一斉に攻撃を仕掛けた。

(これで……)

(……終わりよ)

これで一人は無力化できる、そう確信したその瞬間、

「……悪いが、ウチのクライアントに手を出さないでもらえるか?」

「「――っ!?」」

その声が二人の耳に聞こえたときにはもう遅かった。

「ガハッ!?」

「くっ!?」

二人ともほぼ同時に何者かの攻撃を受け、その場に倒れ込んでしまった。
いったいなにが起きたのか、状況がまったく読めず、フィリアとローゼリッテは恐る恐る顔を上げる。

「な、なんで……あんたが?」

「動けるはずが……」

その視線の先には、先ほどまでコーラルの前に立っていたはずのグラファの姿があった。
グラファ自身、メルティナが放った光を浴び、満足に動けないというのに、なぜか一瞬にして、フィリアたちに反撃をしてきた。
しかもどういうわけか、本来ならば目も開けられないというのに、グラファの目はまるで先ほどの光など浴びていないと主張するようにパッチリと開けられていた。

「詰めが甘いな……。お前らの作戦なんか筒抜けだったに決まっているだろ? 念話が使える時点で怪しいと思えよな」

(……っ! や、やっぱり盗聴されていたのね)

想定していなかったわけではないが、恐れていた事態が起きてしまった。
先ほど、紫音が立てた決死の作戦が敵側に筒抜けだったらしく、作戦は失敗に終わってしまった。

「それにしても、まさか二回も攻撃を仕掛けてくるとは正直思っていなかったよ。盗聴していなかったら危うく引っかかるところだったぜ……」

(……こ、これまで……か)

これ以上打つ手がないため、フィリアは悔しがりながら静かに顔を伏せる。

「グ、グラファ……? いったいなにが起きたのよ?」

「ああ、コーラル。なあに、ちょっとしたアクシデントですよ。もう解決したので安心してください。……さて、そろそろこの素晴らしい作戦を立案した張本人の顔でも拝むと……します……か?」

作戦も失敗に終わり、さぞかし紫音も悔しがっているだろうなと思い、グラファは顔を向けるものの、そこに紫音の姿はなかった。

「……なっ!? いったいどこに……?」

忽然と消えた紫音の姿を探すべく、すぐさまグラファは周囲を見渡した。
しかし、どういうわけか紫音の姿はどこにも見当たらなかった。

(バ、バカな……。ちょっと目を離しただけなのに。アイツめ、どこに行きやがった!)

消えたカラクリがまったく解けず、戸惑いを隠せずにいると、

「――っ!?」

ふと背後から気配のようなものを感じる。
パッと後ろを振り返ると、そこには忽然と消えた紫音の姿があった。

「お、お前っ! いったいどうやって!」

「……お前に教えるわけねえだろうが」

自信満々な顔をしながら突き返していたが内心では、

(あ、危ねえ……。成功してよかった)

などと、心臓をバクバクと鳴らせながらひやひやしていた。

『……主殿よ。ちいとばかし移動地点がずれているぞ。しっかりせんか!』

『……無茶言うなよ。夢の中ではできているからって、現実じゃぶっつけ本番なんだぞ!』

『……我が指導したのだから、本来なら完璧を目指して欲しかったんだが……まあ及第点といったところだな』

『……まあ、なんにしても本当に成功してよかったよ。……縮地氣功術を』

――縮地氣功術。
以前、ヨシツグがアルカディアを侵入したときにも見せた移動術の一種である。

氣を足に集中させることで、まるで瞬間移動のように地面を移動し、あるいは空を駆けることができる。
これは主に、ヨシツグの故郷であるヤマトに伝わる技術であったが、ヤマト出身である妖刀の鏡花ももちろんこの技のことは知っていた。
それもあってか、監禁生活の最中、紫音は精神世界の中でずっとこの移動術の習得に励んでいた。

単純に時間があり余っていたからという理由で習得してみたものの、まさかこれほど早く披露する羽目になるとは、紫音は思いもしていなかった。

(……いや、それよりもその位置はマズイ!)

なぞの出現に困惑するものの、グラファはあることに気付き、慌てた顔を見せる。
まだ距離はあるが、紫音が今いる位置の直線状にコーラルがいた。いまだ光にやられ動けないコーラルに、グラファはようやくこれはオトリだったのだと気付かされた。

(気づいたようだな。……だが、もう遅い!)

紫音は鞘から鏡花を抜き、瞬時に魔力と氣を刀身に纏わせる。

「コーラルッ! 避けろ!」

「……っ?」

自分ではもう間に合わないため、コーラルに向かって声を上げるも、紫音はもうすでに攻撃へと差し掛かっていた。

「《斬氣・炎王牙》ッ!」

至近距離からの炎の斬撃がコーラルに襲い掛かった。

「キャアアァァァッ!?」

防御する暇もないまま紫音の攻撃を喰らい、コーラルの口から悲痛の声が上げられた。

「ちょっ!? 紫音! いまのはいったいなによ! そんなの打ち合わせにぜんぜんなかったじゃない!」

「ああ、悪い。盗聴される可能性もあったから、フィリアたちには途中までしか話していなかったな」

「……と、途中?」

「もしものときに備えて、俺も出るつもりだったんだよ。案の定、俺の予想が的中したから最後の仕上げとして出ただけだよ」

「そういうことは最初に言いなさいよね!」

(いや、言えるわけねえだろ……)

直接言うと、また怒り出しそうなので、胸中でツッコミを入れる。
その後、紫音は様子を窺うために再びコーラルのほうへと顔を向ける。

攻撃の余波で周囲に煙が立ちこんでいるため、相手の状況は見えないが、無傷では済まないはず。

『……直撃か?』

『……いいや、ダメだったよyだな。斬撃が直撃する前に彼奴あやつ、なにかしておったぞ』

『……え?』

「よ、よくも……やってくれたわね!」

「――っ!?」

煙の中からコーラルの怒り混じった声が聞こえてきた。
しばらくすると煙も晴れ、中の状況が鮮明に映し出されていく。

(しょ、障壁!? あれで直撃を回避したのか!)

まず目に入ったのは、砕けた魔法障壁だった。
もはや原型すら留めていなかったが、そのせいで斬撃の威力を最小限に抑えられたようだ。

さらに煙が晴れていくと、今度はコーラルの状況も映し出されていく。
やはり最小限に抑えたとはいえ、本人は無事では済まなかったようだ。腰に届くほど長い髪は肩の位置にまで斬り裂かれ、障壁を張っていた右腕が炎によって焼かれ、肌が露出している。

致命傷にまで至らなかったものの痛ましい有り様となったが、紫音たちはその姿を見てある驚くべき事実に気付いた。

「……なっ」

「なに……あれ……?」

人魚族の耳は、魚の胸びれのような形をしているのだが、人魚であるコーラルの耳はまるで人為的に引き裂かれたかのように一部分が欠損していた。
さらに、露出された右腕も腐敗でもしたようにただれている。

「エ、エメラルダ姉さん……なんですか、その姿は……」

「――ハッ!?」

ずっと隠し通していたものを姉弟に見られたため、慌てて隠そうとするが、体を覆っていたローブも、腕を覆っていた長い手袋も先ほどの攻撃により使い物にならなくなってしまったので、隠すことができずにいた。

「数か月前に再開したときにもなぜ体を隠すような恰好をしているのかと、疑問に思っていたが、そういうわけだったんだな。……エメラルダ姉さまは、いったいこの8年間、いったいなにがあったというのですか?」

心配するような声色でアウラムが問いかけるが、コーラルは真実を口にするつもりがないのか、頑なに口を閉じた。

「……呪術か禁術にでも手を出したんでしょう?」

すると突然、ローゼリッテの口からそのような言葉が飛び交ってきた。

「……ローゼリッテ?」

「最初に会ったときに思ったのよ。なんだか変なニオイがするなってね。しかもそれが、呪術や禁術みたいな自分の身を滅ぼすようなマネをしてきた人特有のニオイがしていたからそう思っただけよ」

「よくそんなニオイがわかったわね?」

「前にそういうニオイを嗅いだことがあるだけの話よ。……まあ正直言って、あんなのはヒドイ味で飲めたもんじゃないけどね」

「うるさいっ!」

話を聞くのに堪え切れなかったコーラルは声を上げながら場の空気を支配した。
そして辺りが静かになると、今度は紫音のほうへと視線を移し、ギロリと睨みつけてきた。

「あ、あんたのせいよ……。よくも家族に見られたくなかった姿を見せてくれたわね! もういいわ……。死になさい!」

血走った眼をしながら、コーラルを大きく息を吸い込んだ後、足元に魔法陣のようなものが浮かび上がった。

「呪歌――破滅の序曲・第一節《ルイン・プレリュード》」

そう口にした後、今度はコーラルが歌い出した。
きれいな歌声をしているが、どこか悲しみに満ちた歌だったが、

「……?」

紫音にはまったく通用していない様子で、ただただその歌を聞いているだけだった。

「うぅ……」

「なによこれ……。き、気持ち悪い……」

しかし、その歌を聞いたフィリアたちが不快感を訴えながら次々と床に突っ伏していた。

(……ま、まさか!? これがこの歌の効果なのか?)

異変に気付き、すぐさま紫音は阻止すべく前に出た。

(――っ!? ウ、ウソ……。なんでこいつに私の歌が通用しないの?)

「コーラル! そいつを普通の人種だと思うな!」

「――チッ! 《海皇の鱗盾》!」

紫音の行く手を阻むように鱗模様の大きな盾が出現した。
しかしその盾も刀を一振りするだけであっという間に真っ二つにされてしまう。

「な、なんなのよ……こいつ……」

「コーラル! 今すぐ『重力の陣』を発動しろ! さっきもあれで抑えつけられたろ!」

(させるか!)

あれを使われると、反撃のチャンスはもうないと踏んだ紫音は、その前にコーラルを無力化させようとするが、

「ここは通行止めだ!」

「どけええぇっ!」

紫音の前に今度はグラファが現れ、両手に持った短剣で紫音を足止めしようとする。
なんなく力任せで突破したが、もうそのときには遅かった。

「――《沈め》」

瞬間、体全体に計り知れないほどの力が重く圧し掛かり、紫音たち全員、床に倒れ込んでしまった。

「ハア……ハア……まったく、油断も隙もありませんね。……コーラル、また妙なマネをされる前にすぐにここから出ますよ」

「……ええ、もう満足したわ」

「……ま、待て」

今度こそこの部屋から出ようとするグラファたちに、紫音は苦しそうな声を上げながら呼び止める。

「グラファ……お前さっき、コーラルのことを『クライアント』とか口走っていたが、あれはいったいどういう意味だ? お前の主人はアトランタの国王だろうが!」

「……それはお前の思い違いだぜ。いまのオレの主人はここにいるコーラルだよ。あのバカ王子にはまだ気付かれていないようだが、奴隷契約もこいつによってすでに書き換えられているんだよ」

「……じゃあお前はすべてを知ったうえでアトランタを嵌めようとしているのか?」

「こいつに付いた理由と一緒さ。……オレはな、ただ退屈しのぎをしたいんだよ」

「……はあ?」

「今こいつがしようとしていることは、己の私欲のために実の父を殺し、二つの国を支配しようと画策しているんだぜ。こんなオモシロいことなかなかお目にかかれねえだろ?」

(……こいつ、とんでもなくヤバいな。しかも言っていること、ムチャクチャだぞ……)

グラファの言っていることに嘘偽りなどなかった。
ただ彼は己の欲を満たすために、これほどの事態に加担している様子だった。

「エメラルダ姉さま! 今ならまだ戻れます!」

「そうです! リーシアだって、あなたが帰ってくることをずっと待ち望んでいたんですよ!」

これまでずっと静観していたアウラムとエリオットだったが、コーラルが去ろうとする姿を見て必死に呼びかけた。

「……ごめんなさい。もう戻れないのよ……。でも安心して、きっとすべてが終わったら私が正しかったって分かってもらえるはずだから」

「……ふざけんなよ。リーシアがどれほどお前に会いたがっていたか、付き合いの浅い俺でも分かるっていうのに、お前はそれでもこの国を支配しようって言うのか!」

反論せずにいられず、紫音は怒り任せに声を上げた。
するとコーラルは、一瞬足を止め、静かに後ろを振り返りながら言った。

「……もう決めたことよ。リーシアにどう思われようと私は構わないわ。……ああ、あとそれと、家出した妹を連れ戻してくれてありがとうね」

最後にそうお礼を言いながらグラファとコーラルは、部屋の外へと出ていってしまった。
グラファたちが出てすぐ、紫音たちにかけられた魔法は解かれたが、それと引き換えに部屋の扉は再び閉じてしまった。

「し、紫音っ!」

紫音は一目散に扉に向かって駆け出し、力任せに体当たりをした。
しかし、無情にもその扉が開かれることはなかった。

「クソ……。チクショウがっ!」

悲鳴にも似た紫音の声が部屋中に響き渡った。
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