俺はゴリラに恋をする

ゆまた

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第9話 ゴリラとギャル

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 中間テストが戻ってきた。先生や他のクラスメート達も驚いていたが、俺の点数は過去に比べてずば抜けて良かった。もちろん、初めて本気で勉強したからというのもある。しかし、それだけではない。後藤さんの教え方が抜群に上手いのだ。先生よりもよっぽど分かり易い。このままのペースで学力を向上させていけば、平均以上の大学には普通に入れるだろう。

 だが、俺の今の目標は未だに遥か上にある。後藤さんと同じ門木大学に入るには、この程度では話にならない。後藤さんと釣り合う男になるには、まずは同じ大学に入らないと話にならない。

 というわけで、今日の放課後も図書室で勉強だ。俺は心躍らせながら、油断するとスキップに変わってしまいそうな足取りでそこへと向かった。まさか勉強が好きになる時が来るとは夢にも思わなかった。言うまでもないが、実際は勉強が好きなのではなく、後藤さんに教えてもらうのが好きなのだ。

 図書室前に着いた俺は、そっと中を覗き込む。後藤さんがいなければこんな所に用はない……が、やはり彼女は今日もここに来ていた。俺は小さくガッツポーズする。



「ん?」



 しかし、俺はいつもと違う光景に気付いた。後藤さん1人ではないのだ。後藤さんの向かいの席に今風のギャルが座っていて、後藤さんと何か話をしている。金髪のツインテールで、小麦色に焼けた肌。パンティが見えそうなミニスカート。一目で後藤さんとは正反対の人種だと分かる。しかしどうやらそのギャルも、後藤さんに勉強を教わっているらしい。

 先客か……参ったな。男じゃなくて良かったが、いずれにしてもやりづらい。今日のところは帰るか? そんな事を考え始めた時、後藤さんが俺に気付いてしまい、小さく手を振った。ギャルもそれを見て後ろを振り返り、俺と目が合った。

 思い出した。確かあのギャル、後藤さんの隣の席の女子だ。球技大会の時にも後藤さんに声援を送っていたな。同じクラスの友達にも勉強を教えていたというわけか。

 見つかってしまっては仕方ない。俺は他に自習をしている生徒達の席の間を静かにすり抜け、ギャルの隣の隣の席に座った。



「こんにちは、猿山君」



「や、やあ」



 後藤さんの優しい微笑みに、俺はだらしない笑顔を返す。今日も素敵なゴリラスマイルだ。大多数の男は引いてしまうのだろうが、俺からしたら何物にも代え難い、一日の疲れが吹き飛ぶ極上の癒しなのだ。

 ……ん? ギャルが俺の顔をジロジロ見てくる。顔に何か付いてるのだろうか?



「誰だっけあんた。あ~……そうそう、思い出した。球技大会で梨央にぶっ飛ばされて気絶してた奴ね。あの時は笑ったわ~」



「そ、それは忘れてよぉ……」



 後藤さんが恥ずかしそうに顔を隠した。くっ……可愛いな畜生。最初は後藤さんの人柄に惚れた俺だが、いつの間にかそのゴリゴリしい見た目も好きになっていた。それは、犬や猫を愛でる感覚とはまるで違う。あくまで後藤さんを1人の女性として見た上でだ。



「で、あんたは何しに来たの?」



「いや、その……俺も後藤さんに勉強を教えてもらおうかと」



「あっそうなんだ。でも残念だったね。今は梨央はあたしのセンセーでーす」



 ……やはり俺はこういう女は苦手だ。いや、もっと言えば家族と後藤さん以外の全ての女が苦手なのだが。まあしかし、実際に邪魔になってしまうなら潔く帰るしかない。友達を押し退けてまでマンツーマンで教えてもらう権利はない。



「月乃、そんな意地悪言わないでよ。猿山君、遠慮しないでいいですからね?」



「あ、ありがとう」



 ギャルはわざとらしくそっぽを向いてから、それ以上は何も言わずに机に向き直った。こう言っては失礼だし俺も人の事は言えないが、真面目に勉強している姿が似合わないな。乾といい後藤さんといいこのギャルといい、俺の周りには見かけによらない人が多く集まるようだ。

 後藤さんからこのギャルの紹介を受ける。彼女の名は熊井月乃くまいつきの。1年の時からの後藤さんの親友らしい。となると、クリスマスパーティーには後藤さんの付き添いという形で、この熊井に来てもらうのが最も都合がいいか。熊井が来るなら、引っ込み思案な後藤さんも安心してパーティーに参加出来るだろうし。

 それにルックスはそれなりにいいし、乾も嫌とは言わないだろう。いや、むしろお似合いだ。俺としては熊井を誘うのはあまり気が進まないが、何にせよ後藤さんに来てもらわなければ何も始まらないのだから。



「そういえば猿山君。中間テストどうでした?」



「おかげさまで、自分でも驚くような結果だったよ。平均点超えたのは初めてかもしれない」



「良かった……。私のせいで成績落ちたらどうしようかと思ってました」



「梨央が教えてそんな事になるわけないじゃん。もしそうなったら、そいつが馬鹿なだけだよ」



 熊井が問題を解きながら口を挟んだ。問題集をチラリと見ると、江手保育専門学校の過去問のようだ。保育士志望か……意外と子供好きなのか? それに、確かそこそこの偏差値が求められるところだ。少なくとも今の俺では到底手が届かない。わざわざ放課後に友達に教えを請うだけあって、志は高いようだ。女目当てでここに来た自分が、急に情けなくなってきた。

 名門の門木大学志望といっても、別にそこで学びたいわけではなく、後藤さんと同じ大学に行きたいという理由だけだ。こんなんじゃ駄目だ。後藤さんにも申し訳ない。俺も何かしっかりとした目標を立てなければ。でも何をするにしても、まずは合格目指して勉強だな。俺は気合いを入れ直し、ペンを握った。



「後藤さん、この文法がよく分からないんだけど」



「ああ、これはですね……」



「ねえ梨央-。これ分かんないんだけど教えてー」



「ちょ、ちょっと待って。順番に見るから」



 熊井が俺をジッと睨み、ふて腐れたように鼻を鳴らした。何なんだ一体。ていうか、よく見たら今やってるのは世界史じゃないか。歴史なんて基本暗記するだけなんだから、誰かに教えてもらうとかはあまり無いと思うが……。

 そんな調子で小一時間。後藤さんは嫌な顔一つせず、忙しそうに俺と熊井を交互に見た。そして、落ち着いたところで席を立った。 



「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」



「いてら~」



 後藤さんが図書室から出て行き、この場には俺と熊井の2人きり。つまり気まずい。熊井は俺をあからさまに邪魔者扱いしているみたいだし。まあすぐに戻ってくるだろうし、放っておいて気にせず続きをやろうか……。



「ねえあんた」



 熊井が俺を放っておいてくれなかった。



「な、何?」



「何であんたみたいなのが門木大学に行こうとしてんの? 今からいくら頑張ったって無理じゃね?」



「それは……」



 俺が答えに詰まっていると、熊井は追い打ちをかけるように言葉を繋げる。



「単刀直入に聞くけど、もしかして梨央のこと好きなの? だから同じ大学行こうとしてる?」



「……!」



 いきなり何を言い出すんだ。しかもドンピシャで当たってるし。そんなに俺の態度が分かり易かったのか?



「あ~、やっぱ言わなくていい。その反応で分かったし、聞きたくもない。でもさ、本気なの? 梨央って見た目はまるっきりゴリラじゃん。あんたら男子って可愛い女の子にしかそういう感情は抱かないんじゃないの?」



「それはお互い様だろ。女子だってイケメンしか見えてないじゃないか。ていうか、本人がいないところで友達をゴリラ呼ばわりかよ」



「言っておくけど、梨央を悪く言ったつもりは全くないよ。ゴリラって言われるのは梨央にとっては悪口でも何でもないの。だからといって、それで梨央をあからさまに避けたり虐めたりするような奴がいたら梨央は傷つくし、あたしは絶対に許さないけどね」



 そ、そうなのか。ゴリラに似ているなんて言われたら、男でも普通はムッとすると思うが、後藤さんは気にしないんだな。例えば俺が、「やーい、お前の母ちゃん人間~!」などと囃し立てられても、「ええ、その通りですが……」と全く気にならないのと同じような事なのだろうか。



「それにあたしはね、梨央のそんなゴリラなところが大好きなの。友達としてじゃなくて、1人の女の子として……」



「……は?」



「あんたが梨央を狙ってるなら、あたしは絶対にあんたには負けないからね。梨央はあたしがもらう。誰にも渡さないから」



 一瞬、自分の中の常識を再確認した。恋愛感情を持つのは、通常は異性同士だ。でも後藤さんは女。熊井も女。てことはつまり……あれだ……話で聞いたことしかないが。レズビアンというやつか。

 その結論に至ってから、俺は時間差で仰天した。道理で俺に突っかかってくるわけだ。俺は最初、一緒にいたのが男じゃなくて安心したが、熊井の方は最初から敵意剥き出しだったのだ。

 恋路にライバルや三角関係というものは付き物だと聞く。だが俺は、まさか後藤さんに惚れるような男は自分以外いないだろうと安心しきっていた。だが、やはりいたのだ。それがまさか、後藤さんと同じ女だとは夢にも思っていなかった。
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