俺はゴリラに恋をする

ゆまた

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第18話 牧場にゴリラはいない

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 暖冬とはいえ、流石に早朝はかなり寒い。しかし昼は気温が一気に上がるらしい。時刻は午前6時40分。薄明るい空の下で、俺は乾の家に向けて自転車を走らせていた。

 晴香が最初、自分も行きたかったとごねていた。しかし今回の名目は卒業旅行である事と、車には5人しか乗れない事を告げると渋々納得した。残念ながら、今回は部外者を入れる余地はないのだ。



「おっ、皆早いな」



 既に乾の家の前には、雉田と後藤さんと熊井が立って待っていた。乾は車の荷台に荷物を乗せている最中だ。車にはしっかりと初心者マークが貼られている。俺は店の駐輪場に自転車を停めさせてもらった。



「おはようさん」



「おはようございます」



「うぃーっす」



「おはよー!」



「……」



 熊井だけ返事がない。まあいい。どうやら既に準備は出来ているようだ。



「予定より早いけど、もう行けるみたいだし出発しようぜ。ほれ、乗った乗った」



 乾が運転席に、俺が助手席に乗り込む。後部座席には、雉田、後藤さん、熊井という順番で並んで座った。後藤さんが1,5人分ぐらいの幅を取っているが、雉田と熊井が小柄なおかげで何とかなったようだ。



「よし、そんじゃーウータン牧場に向けて出発!」



 乾が意気揚々とアクセルを踏み込み、ハンドルを切った。その直後、車体の左後方からガリッという嫌な音が鳴った。



「……お、おい。今擦ったぞ」



「ん? ああ、平気平気。この車も擦った塀もうちのだし、警察沙汰にはならねえ。問題ナッシングだ」



 俺達4人は顔を引きつらせた。本当に大丈夫なのだろうか。免許取り立てのこいつの運転で、果たして無事に目的地まで辿り着けるのか不安になってきた。

 週末とはいえ、この時間は道が空いている。これが来月だともっと混んでいたのかもしれない。そう考えると、乾の読みは当たっていたと言える。

 しかし空いているのはいいが、乾の運転にかなりの不安要素がある。既に2回ほどヒヤッとなった。更にこれから高速に乗るというのだから、生きた心地がしない。

 それでも徐々に教習所での勘を取り戻したのか、ようやく安心して景色を楽しめるぐらいにはなった。車は高速に入り、朝日に向かって速度を上げていく。ビルや住宅など、白や灰色が目立つ景色も、少しずつ緑が増えていく。後部座席の3人も、日常ではあまり目にする事のない景色に目を奪われていた。

 思い返せば、俺が高校に入ってからは家族旅行にはほとんど行ってなかったな。こうして車に乗って地方に遊びに行くのも久しぶりだ。その子供のようなワクワク感は、不安でいっぱいだった俺の心を少しずつ埋めていった。



「あっ! いま猿がいた!」



「えっ、どこどこ!?」



 野生の猿を見つけてはしゃぐ後藤さんと熊井。まるで修学旅行だな。まあ楽しんでくれているなら、誘って良かったと思う。企画したのは乾だが。



「あとどんくらいで着くんだ?」



「道空いてるし、2時間もあれば着くんじゃねえかな。開園は9時だから、まあちょうどいいだろうな」



「ちなみに、2時間連続で運転した事は?」



「あるわけねえだろ」



「……」



「なあに、大丈夫だっての。泥船に乗った気でいろよ」



 こいつ、絶対にわざと言い間違えただろ。どう考えても、4人もの人間の命を預かっていい人間じゃないな。

 高速を降りた後も、車はどんどん山を登っていく。道が狭く、ちょっと運転を誤れば崖の下へ真っ逆さまだ。無謀な乾も、流石にここではかなり慎重にハンドルを回す。対向車が来た時には車内に凄まじい緊張感が漂うが、過ぎてしまえばそれすらも楽しみの1つと変わる。

 ウータン牧場の案内看板も出てきた。もう間もなく到着するだろう。坂を登り切ると、そこは広大な平地になっていた。遠くの方に、ウータン牧場の入場ゲートが見える。そのまま一気に真っ直ぐ車を走らせ、数百台は余裕で停められそうな駐車場に車を停めた。

 外へ出ると、山の上でありながら思ったほど寒くはなかった。やはり日が昇ると気温が一気に上がるようだ。



「ふい~、ようやく着いたぜ」



 乾が凝り固まった腰を伸ばすように、大きく腕を伸ばす。俺も座っていただけとはいえ、座りっぱなしは少し疲れたから、腰を軽く捻ってほぐした。



「乾君、お疲れ様でした。何もお手伝い出来なくてごめんなさい」



「ああ、いいって事よ」



 流石は後藤さんだ。こういう細かい気遣いも忘れない。道中、「まだ着かないの?」と3回も口にした熊井とは大違いだ。その熊井はというと、眠そうに山に向かって大あくびをしている。

 チケット売り場で入場チケットを購入して、いよいよ俺達はウータン牧場の中に足を踏み入れた。そして、その絶景に俺達の目と心は一瞬にして奪われてしまった。



「うわぁ……」



 見渡す限りの大草原。そこに点々と放牧されている家畜達。見る者を圧倒する真っ黄色の菜の花畑。遠くには木々で埋め尽くされた山々。見上げれば突き抜けるような青空。更に遥か遠くに目をやれば、まるでミニチュアのような街並みや、穏やかな海も見渡せる。まさに絶景。これぞ大自然。



「…………いいいぃぃやっほおおおう!! 天皇陛下ばんざーーい!!」



 テンションがマックスに達した乾が、意味不明な事を口走りながら駈け出した。



「あっ、待ってよ乾君! ひゃっほーーーう!」



 雉田も普段は見せないようなテンションで乾を追った。それを呆然と見送る後藤さんと、引きつった顔と冷たい目で見届ける熊井。彼女達には、この男子特有のノリは理解できないようだ。



「……凄いはしゃぎっぷりだね」



「うん。男子って本当ガキだよねぇ。恥ずかしいったらありゃしない」



 まったくだ。他にも客はいるというのに。少しは人目ってものを気にしたらどうなんだ。小学生じゃあるまいし。

 …………体が疼く。後藤さんの前で格好つけたい俺と、乾達を追って駆け出したい俺が戦っている。後藤さんが俺の異変を察知したのか、ジッと俺の方を見てくる。駄目だ、やはりここは我慢……。



「猿山君は行かないんですか? 2人共楽しそうですよ」



「!」



 馬鹿みたいに奇声を上げて走り続ける乾。それを追い続ける雉田。俺は息を大きく吸い込み、そして吐き出した。



「……うおおおおーー!!」



 吹っ切れた。野球のタッチアップで、本塁を目指す時と同じぐらいの勢いで全力疾走した。風だ。俺は今、風になっているんだ。風は人目など気にしたりはしないのだ。あはははははは。



「うはっ、すげえモフモフ。この感触たまんねえ~」



「もっと白いイメージあったけど、表面は汚れでほとんど灰色だね~。可愛いからいいけど」



 一足先に、乾と雉田が羊と戯れていた。くそ、俺にも触らせろ。早速手を伸ばすと、羊は全くの無抵抗で俺の愛撫を受け入れた。うーん、可愛い。そしていい感触だ。全てを跳ね返しそうな毛の弾力を堪能している間に、後藤さんと熊井も追いついた。



「ほら、2人も触ってみろよ。可愛いぞ」



「本当ですねぇ。ふわふわして、ぬいぐるみみたい」



 後藤さんが手を出しても、羊は全く動じない。よほど馴れているのか、そもそも危機感という物を持ち合わせていないのか。



「あっ! ママ見て見て-! ゴリラがいるよー!」



 その言葉に振り向くと、幼い兄弟が無邪気な笑顔を振りまきながら、後藤さんに走り寄ってきた。危うく飛び付きそうになるところを母親が捕まえ、申し訳なさそうに何度も後藤さんに頭を下げた。当然ながら、後藤さんは微塵も怒ってなどいない。それどころか、母親に引っ張られていく子供達に手を振っていた。



「梨央、こういう所に来る度にゴリラと間違われるよね」



「ふふ、そうだね。ゴリラは牧場にはいないんだけどな~」



 確かに……。って、ツッコむところはそこじゃないだろ。以前熊井も言っていたが、本当に自分の容姿の事は気にしていないんだな。むしろ子供にゴリラ扱いされて嬉しがってるようにも見える。寛大にも程があるだろう。俺は後藤さんのそんな所にも惚れたわけだが。



「おっ、あっちには牛がいるぜ牛! ヤッフーーー! マンマミィアアーー!」



 再び乾が走り出した。いちいち奇声を上げなきゃ気が済まないのかあいつは。どこぞのイタリア人じゃあるまいし。そう思いつつ、俺と雉田は軽い足取りで乾を追った。熊井は呆れた顔で見てくるが、後藤さんは何だか微笑ましそうだ。俺達3人がガキ丸出しな分、まるでそれを見守る保護者だな。
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