俺はゴリラに恋をする

ゆまた

文字の大きさ
29 / 29

最終話 梨央と浮夫君

しおりを挟む
 鬼島大  4ー3  紺具大



 照りつける太陽の下で行われている、鬼島大と我が紺具大の試合。1点差で迎えた、9回裏2アウト。ランナー1塁。俺はバットを肩に乗せ、ゆっくりと歩を進める。



「いけー! 猿山!」



「そのままサヨナラだー!」



 チームメイトの声援を背に受け、俺はバッターボックスに入った。俺の耳にはハッキリと聞こえる。その野太い声に混じる、麗しく可憐な1人の声援が。その声援がある限り、俺は誰にも負けない。

 相手ピッチャーが振りかぶった。狙うは初球。来た! 狙い通りの外角高めストレート!



「ウッホオオーーー!!」



 雄叫びと共に振られた俺のバットは、球を完璧に真芯で捕らえた。斜め45度の角度で高々と打ち上げられた打球は、紺具大校舎の屋上へと消えていった。



「いったーーー! ホームランだああ!」



「うおおー! 猿山ーー!」



 たかが練習試合ではしゃぎ過ぎだっつーの。そう思いつつ、俺は両手に残るホームランの感触を確かめつつ、一つ一つのベースをしっかりと踏みしめて回った。1番はしゃいでいるのは、他でもない俺自身だ。

 ゲームセットの合図と共に、選手全員がグラウンドに集まり、お互いのチームが横1列に並び立った。



「4対5で、紺具大の勝ち! 互いに、礼!」



「あざっしたー!」



 帽子を取りながら、一斉に礼をする。そして、俺の目の前に立っていた雉田が、にこやかに右手を差し出してきた。



「負けたよ、見事なホームランだった」



 俺もそれを握り返し、健闘を讃え合う固い握手を交わす。



「ありがとよ。お前も、7回表の3塁打には驚かされたぜ。いつの間にあんな長打を打てるようになったんだ?」



「へへ、まあね。ところで、バット振る度に何か叫んでたけど、あれ何なの?」



「あ~……あれはパワーが出るおまじないだ」



 言うまでもないが、彼女直伝だ。あれだけて打率が1割も増すんだから、まったく彼女には頭が上がらない。



「今度は公式戦で会おうね。と言っても、僕ら1年生はまだまだ当分出られそうにないけど」



「まあな。でも練習試合とはいえ、1年生だけで試合をやらせてもらえるのは有難いよな」



「まったくだね。あっ、猿山君、彼女が待ってるよ。早く行ってあげたら?」



 そう言われて振り返ると、彼女……梨央がチームメイト達にドリンクを配っていた。梨央は当然うちのマネージャーなどではないが、うちには正式なマネージャーがいないため、休日の練習や試合の時にはこうして手伝いと応援に来てくれる。

 最初にチームメイト達に梨央を紹介した時は、当然ながら驚かれたが、今ではすっかり打ち解けている。後藤さんの優しい人柄あってのものだ。



「浮夫君、お疲れ様。はい、これ」



「ああ、サンキュー」



 俺は梨央からドリンクを受け取り、一気に咽に流し込んだ。バナナジュース……スポーツの後に飲むような物ではない。それなのに、妙にサッパリしていて、不思議と疲れが取れるのだ。

 梨央は俺にドリンクを渡して、すぐに後片付けに行ってしまった。忙しそうだな。マネージャーじゃないんだから、そこまでしてくれなくてもいいのに。面倒見が良すぎるというか何というか。

 まあ、梨央とは後でいくらでも2人きりで話す時間は取れる。俺達は、恋人同士なんだから。



「うぃーっす。お疲れさんっと」



 聞き慣れたを通り越して聞き飽きた声が、俺の耳に入った。声の主の方へ振り向くと、そこにいたのはやはり乾だった。



「あれ? 何だ、来てたのかよ」



「おいおい、つれねえ言い方だな。せっかく応援に来てやってたのによ」



「噓つけ、冷やかしだろ」



 俺はフッと笑いながら、乾の肩を軽くグーで叩いた。そして、視線を横にずらした。来ていたのは、乾だけではない。



「よう、熊井」



「おっす」



 熊井が手を上げて応える。高校時代は挨拶してもシカトされるだけだったが、今はもうそんな事はなくなった。口調こそ以前のままだが、あの頃と比べると険が取れて大分穏やかになっている。



「しかしまあ、あの頃はまさかお前らが付き合う事になるとは、夢にも思ってなかったよ。乾が一方的に熊井に言い寄って、熊井はそれをあしらってただけの関係だったのにな」



「付き合ってないっつーの! こいつがあんまりしつこかったから、たまに遊んでやってるだけだよ。卒業した後もあたしにメールやら電話やらしてきて。まったく、ストーカーじゃあるまいし」



 熊井が呆れた様子で乾を親指で指差した。何だ、俺はてっきり付き合っているものだとばかり思っていた。しかし確かに一歩間違えばストーカーだな。でもそれだけ本気だったって事だろう。熊井が卒業式でイメチェンして以来、乾はますます熊井の事が気に入ったようだし。

 そして熊井は満更でもなさそうだ。男嫌いもすっかり克服したようで良かった。



「ふっふっふ。根負けしてうっかり俺に連絡先を教えちまったのが、月乃ちゃんの運の尽きってやつよ。まあ安心しろって。後悔だけはしないようにしてやるからよ」



「はいはい、そーですか」



 乾は軽い奴だが、決して悪い奴じゃない。むしろ、こんないい奴を俺は知らない。多少他の女の子に色目を使う事はあるだろうが、必ずお前を幸せにしてくれるだろうよ。俺は心の中で熊井に言った。



「あんたの方はどうなの? 梨央とは順調?」



「ああ、仲良くやってるよ。喧嘩の1つもしたことない」



「それならいいけどね。もし浮気なんかしたら、あたしが梨央に変わってあんたをぶん殴りに行くからね。肝に銘じときなよ」



「するかっての!」



 するわけがない。俺にとって梨央以上に魅力的な女性など、この世に存在するはずがない。



「じゃあ、俺らはもう行くわ。これから2人で映画館デートなんでな。行こうぜ、月乃ちゃん」



「だからデートとか言うな! ったく……じゃあね、猿山」



「おう、またな」



 乾と熊井は並んで歩き出し、反対ベンチにいる雉田に一言二言声をかけてから、グラウンドを去っていった。未だにあの2人が並んで歩いているのを見るのは違和感があるな。でもこうして見ると、やっぱりお似合いだ。本当に付き合っちゃえばいいのにと思う。

 デートか……仲睦まじい事だ。そして羨ましい。よし……それなら俺も。俺は忙しなく動く梨央の元に駆け寄った。



「梨央!」



「あっ、はい。どうしたの?」



「この後デート行こう!」



 俺はチームメイト達が聞いている事などお構いなしに叫ぶと、梨央がみるみるうちに顔を赤らめた。



「い、いいけど……そんな大きい声で言わなくても」



「おいおい、こんな公衆の面前でノロケかよ猿山ぁ」



「ヒュ~、熱いねぇ!」



 案の定、チームメイト達がからかってきた。しかし俺は一切気にしない。梨央の目をジッと見据え、その返答を待つ。初めて告白した時は心の底から震えたが、今の俺にとってはデートに誘うぐらいどうって事はない。



「じゃあ、着替え終わるまで待ってるね」



「ああ」



 俺達はそう言って微笑みあった。

 自分で言うのも何だが、俺は成長した。もちろんそれは、俺だけの力ではない。家族や友人、そして何より梨央のおかげだ。

 一度はきっぱり止めようとした野球も、続けて本当に良かった。門木ではなく紺具に入った事も、今では微塵の後悔もない。

 この大学野球でどこまで行けるかは分からない。高校の時のように冴えない結果で終わるかもしれないし、奇跡的に全国優勝できる可能性もゼロではない。ただ1つ願うのは、悔いだけは残したくないという事だけだ。

 それは野球の事だけじゃない。これからの、梨央との事も……。





 *





「わあ、凄い夜景」



 すっかり夜も更けた時間に俺と梨央は、デートスポットとしても有名な超高層ビル、アウストラタワーの展望台に来ていた。ここから見下ろす夜景は雑誌でも度々取り上げられるぐらい評判で、カップルの気分を盛り上げるには最適だそうだ。

 事実、まるで宝石箱をひっくり返したようで、男の俺でも思わず目を見張る素晴らしい光景だ。牧場へ行った時に見上げた星空を思い出す。

 しかし今日は、たまたま運良く他の客が極端に少ない。貸し切りに近い状態だ。俺は夜景に見とれる梨央の横顔をチラリと見た。

 ゴリラだ。やはりどう見てもゴリラだ。実は本当に人間じゃなくてゴリラでしたとカミングアウトされても、全く驚かないレベルのゴリラだ。 一般的な価値観で見る美少女とは、共通点の欠片もない。それでも俺は、その容姿も含めて梨央の事が誰よりも愛しい。

 俺の視線に気付いたのか、梨央がこちらに目を向ける。俺は何となく気恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らした。



「浮夫君、どうしたの?」



「いや、何でもないよ」



 俺は無意識に梨央の巨大な手を握っていた。梨央は一瞬驚いた後に、俺の手を握り返した。

 ……痛い。梨央は軽く握っているつもりなのだろうが、元々が凄まじい握力だから、俺の手の骨が悲鳴を上げている。しかし男としてここはぐっと我慢だ。



「あれ? 浮夫君暑いの? 汗掻いてるけど」



「ん? ああ、ちょっとな。はは……」



 手の痛みで流れ出た汗とは言えない。梨央に対して、変に格好つける必要などないとは分かっているのだが、やはりなかなかそうもいかないらしい。



「……浮夫君」



「何だ?」



「私、今思えば浮夫君にずっと言ってなかった事があるの」



 ……何だろう? まさか、本当に実はゴリラでしたとカミングアウトする気なのでは?

 ちょっと待ってくれ。驚かないと言ったが、やはりあれは嘘だ。そんな事言われたら驚くに決まってるだろう。



「……私も、浮夫君の事が好き」



「えっ。ど、どうしたんだよ。いきなり改まって」



「だって、浮夫君が告白してくれたのを受け入れただけで、私からちゃんと言葉で伝えたことはなかったでしょ?」



「確かに、そうかも……」



「ふふ、やっと言えた」



 まあ、承諾してくれた時点で好きでいてくれている事は分かってはいたが。それでもこうして言葉で伝えられると、嬉しくもあり照れ臭くもあるな。梨央なりのケジメというやつなのかもしれない。

 梨央は恥ずかしそうに顔を背けていた。可愛い……。こんなに大きくてゴツい体をしているのに、何だかとてもか弱く見え、俺が守ってあげなければという気分になる。

 俺は梨央のもう片方の手を握り、こちらを向かせた。梨央は再び驚いた顔を浮かべる。そして、俺達はじっと見つめ合った。もう、これ以上の言葉はいらない。梨央が目を閉じ、俺は背伸びをしながら、ゆっくりと顔を近付ける。



 ────初めて触れた梨央の唇はとても分厚く、ほのかにバナナの味がした。









『俺はゴリラに恋をする』


しおりを挟む
感想 3

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(3件)

miya
2019.07.06 miya
ネタバレ含む
2019.07.06 ゆまた

最後まで読んでいただきありがとうございました!
既に書き終えていた作品だったので、まとめて一気に投稿させてもらいました。バッドエンド作品は個人的には好きですが、やはり恋愛物は素直にハッピーエンドな方がいいですよね。

解除
miya
2019.07.05 miya
ネタバレ含む
2019.07.06 ゆまた

この作品唯一と言っていい伏線なので、驚きのコメントはとても嬉しいです。

解除
miya
2019.07.05 miya

見た目パワフルゴリラだけど、中身はめちゃめちゃ女子の後藤さんと、ヘタレ野球バカ?(笑)の猿山くんのこれからの恋愛模様が楽しみです♫恋のライバル女子と、妹の登場で、色々掻き回されて行くのかな?!

2019.07.05 ゆまた

感想ありがとうございます。二人の友人達や妹もこれからいろいろ見せ場があり、様々な人間模様が描かれていきます。応援宜しくお願いします!

解除

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

堅物御曹司は真面目女子に秘密の恋をしている

花野未季
恋愛
真面目女子が、やはり真面目で堅物な御曹司と知り合う純愛もの。 サラッと読める短編です♪

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。