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最終話 梨央と浮夫君
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鬼島大 4ー3 紺具大
照りつける太陽の下で行われている、鬼島大と我が紺具大の試合。1点差で迎えた、9回裏2アウト。ランナー1塁。俺はバットを肩に乗せ、ゆっくりと歩を進める。
「いけー! 猿山!」
「そのままサヨナラだー!」
チームメイトの声援を背に受け、俺はバッターボックスに入った。俺の耳にはハッキリと聞こえる。その野太い声に混じる、麗しく可憐な1人の声援が。その声援がある限り、俺は誰にも負けない。
相手ピッチャーが振りかぶった。狙うは初球。来た! 狙い通りの外角高めストレート!
「ウッホオオーーー!!」
雄叫びと共に振られた俺のバットは、球を完璧に真芯で捕らえた。斜め45度の角度で高々と打ち上げられた打球は、紺具大校舎の屋上へと消えていった。
「いったーーー! ホームランだああ!」
「うおおー! 猿山ーー!」
たかが練習試合ではしゃぎ過ぎだっつーの。そう思いつつ、俺は両手に残るホームランの感触を確かめつつ、一つ一つのベースをしっかりと踏みしめて回った。1番はしゃいでいるのは、他でもない俺自身だ。
ゲームセットの合図と共に、選手全員がグラウンドに集まり、お互いのチームが横1列に並び立った。
「4対5で、紺具大の勝ち! 互いに、礼!」
「あざっしたー!」
帽子を取りながら、一斉に礼をする。そして、俺の目の前に立っていた雉田が、にこやかに右手を差し出してきた。
「負けたよ、見事なホームランだった」
俺もそれを握り返し、健闘を讃え合う固い握手を交わす。
「ありがとよ。お前も、7回表の3塁打には驚かされたぜ。いつの間にあんな長打を打てるようになったんだ?」
「へへ、まあね。ところで、バット振る度に何か叫んでたけど、あれ何なの?」
「あ~……あれはパワーが出るおまじないだ」
言うまでもないが、彼女直伝だ。あれだけて打率が1割も増すんだから、まったく彼女には頭が上がらない。
「今度は公式戦で会おうね。と言っても、僕ら1年生はまだまだ当分出られそうにないけど」
「まあな。でも練習試合とはいえ、1年生だけで試合をやらせてもらえるのは有難いよな」
「まったくだね。あっ、猿山君、彼女が待ってるよ。早く行ってあげたら?」
そう言われて振り返ると、彼女……梨央がチームメイト達にドリンクを配っていた。梨央は当然うちのマネージャーなどではないが、うちには正式なマネージャーがいないため、休日の練習や試合の時にはこうして手伝いと応援に来てくれる。
最初にチームメイト達に梨央を紹介した時は、当然ながら驚かれたが、今ではすっかり打ち解けている。後藤さんの優しい人柄あってのものだ。
「浮夫君、お疲れ様。はい、これ」
「ああ、サンキュー」
俺は梨央からドリンクを受け取り、一気に咽に流し込んだ。バナナジュース……スポーツの後に飲むような物ではない。それなのに、妙にサッパリしていて、不思議と疲れが取れるのだ。
梨央は俺にドリンクを渡して、すぐに後片付けに行ってしまった。忙しそうだな。マネージャーじゃないんだから、そこまでしてくれなくてもいいのに。面倒見が良すぎるというか何というか。
まあ、梨央とは後でいくらでも2人きりで話す時間は取れる。俺達は、恋人同士なんだから。
「うぃーっす。お疲れさんっと」
聞き慣れたを通り越して聞き飽きた声が、俺の耳に入った。声の主の方へ振り向くと、そこにいたのはやはり乾だった。
「あれ? 何だ、来てたのかよ」
「おいおい、つれねえ言い方だな。せっかく応援に来てやってたのによ」
「噓つけ、冷やかしだろ」
俺はフッと笑いながら、乾の肩を軽くグーで叩いた。そして、視線を横にずらした。来ていたのは、乾だけではない。
「よう、熊井」
「おっす」
熊井が手を上げて応える。高校時代は挨拶してもシカトされるだけだったが、今はもうそんな事はなくなった。口調こそ以前のままだが、あの頃と比べると険が取れて大分穏やかになっている。
「しかしまあ、あの頃はまさかお前らが付き合う事になるとは、夢にも思ってなかったよ。乾が一方的に熊井に言い寄って、熊井はそれをあしらってただけの関係だったのにな」
「付き合ってないっつーの! こいつがあんまりしつこかったから、たまに遊んでやってるだけだよ。卒業した後もあたしにメールやら電話やらしてきて。まったく、ストーカーじゃあるまいし」
熊井が呆れた様子で乾を親指で指差した。何だ、俺はてっきり付き合っているものだとばかり思っていた。しかし確かに一歩間違えばストーカーだな。でもそれだけ本気だったって事だろう。熊井が卒業式でイメチェンして以来、乾はますます熊井の事が気に入ったようだし。
そして熊井は満更でもなさそうだ。男嫌いもすっかり克服したようで良かった。
「ふっふっふ。根負けしてうっかり俺に連絡先を教えちまったのが、月乃ちゃんの運の尽きってやつよ。まあ安心しろって。後悔だけはしないようにしてやるからよ」
「はいはい、そーですか」
乾は軽い奴だが、決して悪い奴じゃない。むしろ、こんないい奴を俺は知らない。多少他の女の子に色目を使う事はあるだろうが、必ずお前を幸せにしてくれるだろうよ。俺は心の中で熊井に言った。
「あんたの方はどうなの? 梨央とは順調?」
「ああ、仲良くやってるよ。喧嘩の1つもしたことない」
「それならいいけどね。もし浮気なんかしたら、あたしが梨央に変わってあんたをぶん殴りに行くからね。肝に銘じときなよ」
「するかっての!」
するわけがない。俺にとって梨央以上に魅力的な女性など、この世に存在するはずがない。
「じゃあ、俺らはもう行くわ。これから2人で映画館デートなんでな。行こうぜ、月乃ちゃん」
「だからデートとか言うな! ったく……じゃあね、猿山」
「おう、またな」
乾と熊井は並んで歩き出し、反対ベンチにいる雉田に一言二言声をかけてから、グラウンドを去っていった。未だにあの2人が並んで歩いているのを見るのは違和感があるな。でもこうして見ると、やっぱりお似合いだ。本当に付き合っちゃえばいいのにと思う。
デートか……仲睦まじい事だ。そして羨ましい。よし……それなら俺も。俺は忙しなく動く梨央の元に駆け寄った。
「梨央!」
「あっ、はい。どうしたの?」
「この後デート行こう!」
俺はチームメイト達が聞いている事などお構いなしに叫ぶと、梨央がみるみるうちに顔を赤らめた。
「い、いいけど……そんな大きい声で言わなくても」
「おいおい、こんな公衆の面前でノロケかよ猿山ぁ」
「ヒュ~、熱いねぇ!」
案の定、チームメイト達がからかってきた。しかし俺は一切気にしない。梨央の目をジッと見据え、その返答を待つ。初めて告白した時は心の底から震えたが、今の俺にとってはデートに誘うぐらいどうって事はない。
「じゃあ、着替え終わるまで待ってるね」
「ああ」
俺達はそう言って微笑みあった。
自分で言うのも何だが、俺は成長した。もちろんそれは、俺だけの力ではない。家族や友人、そして何より梨央のおかげだ。
一度はきっぱり止めようとした野球も、続けて本当に良かった。門木ではなく紺具に入った事も、今では微塵の後悔もない。
この大学野球でどこまで行けるかは分からない。高校の時のように冴えない結果で終わるかもしれないし、奇跡的に全国優勝できる可能性もゼロではない。ただ1つ願うのは、悔いだけは残したくないという事だけだ。
それは野球の事だけじゃない。これからの、梨央との事も……。
*
「わあ、凄い夜景」
すっかり夜も更けた時間に俺と梨央は、デートスポットとしても有名な超高層ビル、アウストラタワーの展望台に来ていた。ここから見下ろす夜景は雑誌でも度々取り上げられるぐらい評判で、カップルの気分を盛り上げるには最適だそうだ。
事実、まるで宝石箱をひっくり返したようで、男の俺でも思わず目を見張る素晴らしい光景だ。牧場へ行った時に見上げた星空を思い出す。
しかし今日は、たまたま運良く他の客が極端に少ない。貸し切りに近い状態だ。俺は夜景に見とれる梨央の横顔をチラリと見た。
ゴリラだ。やはりどう見てもゴリラだ。実は本当に人間じゃなくてゴリラでしたとカミングアウトされても、全く驚かないレベルのゴリラだ。 一般的な価値観で見る美少女とは、共通点の欠片もない。それでも俺は、その容姿も含めて梨央の事が誰よりも愛しい。
俺の視線に気付いたのか、梨央がこちらに目を向ける。俺は何となく気恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らした。
「浮夫君、どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
俺は無意識に梨央の巨大な手を握っていた。梨央は一瞬驚いた後に、俺の手を握り返した。
……痛い。梨央は軽く握っているつもりなのだろうが、元々が凄まじい握力だから、俺の手の骨が悲鳴を上げている。しかし男としてここはぐっと我慢だ。
「あれ? 浮夫君暑いの? 汗掻いてるけど」
「ん? ああ、ちょっとな。はは……」
手の痛みで流れ出た汗とは言えない。梨央に対して、変に格好つける必要などないとは分かっているのだが、やはりなかなかそうもいかないらしい。
「……浮夫君」
「何だ?」
「私、今思えば浮夫君にずっと言ってなかった事があるの」
……何だろう? まさか、本当に実はゴリラでしたとカミングアウトする気なのでは?
ちょっと待ってくれ。驚かないと言ったが、やはりあれは嘘だ。そんな事言われたら驚くに決まってるだろう。
「……私も、浮夫君の事が好き」
「えっ。ど、どうしたんだよ。いきなり改まって」
「だって、浮夫君が告白してくれたのを受け入れただけで、私からちゃんと言葉で伝えたことはなかったでしょ?」
「確かに、そうかも……」
「ふふ、やっと言えた」
まあ、承諾してくれた時点で好きでいてくれている事は分かってはいたが。それでもこうして言葉で伝えられると、嬉しくもあり照れ臭くもあるな。梨央なりのケジメというやつなのかもしれない。
梨央は恥ずかしそうに顔を背けていた。可愛い……。こんなに大きくてゴツい体をしているのに、何だかとてもか弱く見え、俺が守ってあげなければという気分になる。
俺は梨央のもう片方の手を握り、こちらを向かせた。梨央は再び驚いた顔を浮かべる。そして、俺達はじっと見つめ合った。もう、これ以上の言葉はいらない。梨央が目を閉じ、俺は背伸びをしながら、ゆっくりと顔を近付ける。
────初めて触れた梨央の唇はとても分厚く、ほのかにバナナの味がした。
『俺はゴリラに恋をする』
完
照りつける太陽の下で行われている、鬼島大と我が紺具大の試合。1点差で迎えた、9回裏2アウト。ランナー1塁。俺はバットを肩に乗せ、ゆっくりと歩を進める。
「いけー! 猿山!」
「そのままサヨナラだー!」
チームメイトの声援を背に受け、俺はバッターボックスに入った。俺の耳にはハッキリと聞こえる。その野太い声に混じる、麗しく可憐な1人の声援が。その声援がある限り、俺は誰にも負けない。
相手ピッチャーが振りかぶった。狙うは初球。来た! 狙い通りの外角高めストレート!
「ウッホオオーーー!!」
雄叫びと共に振られた俺のバットは、球を完璧に真芯で捕らえた。斜め45度の角度で高々と打ち上げられた打球は、紺具大校舎の屋上へと消えていった。
「いったーーー! ホームランだああ!」
「うおおー! 猿山ーー!」
たかが練習試合ではしゃぎ過ぎだっつーの。そう思いつつ、俺は両手に残るホームランの感触を確かめつつ、一つ一つのベースをしっかりと踏みしめて回った。1番はしゃいでいるのは、他でもない俺自身だ。
ゲームセットの合図と共に、選手全員がグラウンドに集まり、お互いのチームが横1列に並び立った。
「4対5で、紺具大の勝ち! 互いに、礼!」
「あざっしたー!」
帽子を取りながら、一斉に礼をする。そして、俺の目の前に立っていた雉田が、にこやかに右手を差し出してきた。
「負けたよ、見事なホームランだった」
俺もそれを握り返し、健闘を讃え合う固い握手を交わす。
「ありがとよ。お前も、7回表の3塁打には驚かされたぜ。いつの間にあんな長打を打てるようになったんだ?」
「へへ、まあね。ところで、バット振る度に何か叫んでたけど、あれ何なの?」
「あ~……あれはパワーが出るおまじないだ」
言うまでもないが、彼女直伝だ。あれだけて打率が1割も増すんだから、まったく彼女には頭が上がらない。
「今度は公式戦で会おうね。と言っても、僕ら1年生はまだまだ当分出られそうにないけど」
「まあな。でも練習試合とはいえ、1年生だけで試合をやらせてもらえるのは有難いよな」
「まったくだね。あっ、猿山君、彼女が待ってるよ。早く行ってあげたら?」
そう言われて振り返ると、彼女……梨央がチームメイト達にドリンクを配っていた。梨央は当然うちのマネージャーなどではないが、うちには正式なマネージャーがいないため、休日の練習や試合の時にはこうして手伝いと応援に来てくれる。
最初にチームメイト達に梨央を紹介した時は、当然ながら驚かれたが、今ではすっかり打ち解けている。後藤さんの優しい人柄あってのものだ。
「浮夫君、お疲れ様。はい、これ」
「ああ、サンキュー」
俺は梨央からドリンクを受け取り、一気に咽に流し込んだ。バナナジュース……スポーツの後に飲むような物ではない。それなのに、妙にサッパリしていて、不思議と疲れが取れるのだ。
梨央は俺にドリンクを渡して、すぐに後片付けに行ってしまった。忙しそうだな。マネージャーじゃないんだから、そこまでしてくれなくてもいいのに。面倒見が良すぎるというか何というか。
まあ、梨央とは後でいくらでも2人きりで話す時間は取れる。俺達は、恋人同士なんだから。
「うぃーっす。お疲れさんっと」
聞き慣れたを通り越して聞き飽きた声が、俺の耳に入った。声の主の方へ振り向くと、そこにいたのはやはり乾だった。
「あれ? 何だ、来てたのかよ」
「おいおい、つれねえ言い方だな。せっかく応援に来てやってたのによ」
「噓つけ、冷やかしだろ」
俺はフッと笑いながら、乾の肩を軽くグーで叩いた。そして、視線を横にずらした。来ていたのは、乾だけではない。
「よう、熊井」
「おっす」
熊井が手を上げて応える。高校時代は挨拶してもシカトされるだけだったが、今はもうそんな事はなくなった。口調こそ以前のままだが、あの頃と比べると険が取れて大分穏やかになっている。
「しかしまあ、あの頃はまさかお前らが付き合う事になるとは、夢にも思ってなかったよ。乾が一方的に熊井に言い寄って、熊井はそれをあしらってただけの関係だったのにな」
「付き合ってないっつーの! こいつがあんまりしつこかったから、たまに遊んでやってるだけだよ。卒業した後もあたしにメールやら電話やらしてきて。まったく、ストーカーじゃあるまいし」
熊井が呆れた様子で乾を親指で指差した。何だ、俺はてっきり付き合っているものだとばかり思っていた。しかし確かに一歩間違えばストーカーだな。でもそれだけ本気だったって事だろう。熊井が卒業式でイメチェンして以来、乾はますます熊井の事が気に入ったようだし。
そして熊井は満更でもなさそうだ。男嫌いもすっかり克服したようで良かった。
「ふっふっふ。根負けしてうっかり俺に連絡先を教えちまったのが、月乃ちゃんの運の尽きってやつよ。まあ安心しろって。後悔だけはしないようにしてやるからよ」
「はいはい、そーですか」
乾は軽い奴だが、決して悪い奴じゃない。むしろ、こんないい奴を俺は知らない。多少他の女の子に色目を使う事はあるだろうが、必ずお前を幸せにしてくれるだろうよ。俺は心の中で熊井に言った。
「あんたの方はどうなの? 梨央とは順調?」
「ああ、仲良くやってるよ。喧嘩の1つもしたことない」
「それならいいけどね。もし浮気なんかしたら、あたしが梨央に変わってあんたをぶん殴りに行くからね。肝に銘じときなよ」
「するかっての!」
するわけがない。俺にとって梨央以上に魅力的な女性など、この世に存在するはずがない。
「じゃあ、俺らはもう行くわ。これから2人で映画館デートなんでな。行こうぜ、月乃ちゃん」
「だからデートとか言うな! ったく……じゃあね、猿山」
「おう、またな」
乾と熊井は並んで歩き出し、反対ベンチにいる雉田に一言二言声をかけてから、グラウンドを去っていった。未だにあの2人が並んで歩いているのを見るのは違和感があるな。でもこうして見ると、やっぱりお似合いだ。本当に付き合っちゃえばいいのにと思う。
デートか……仲睦まじい事だ。そして羨ましい。よし……それなら俺も。俺は忙しなく動く梨央の元に駆け寄った。
「梨央!」
「あっ、はい。どうしたの?」
「この後デート行こう!」
俺はチームメイト達が聞いている事などお構いなしに叫ぶと、梨央がみるみるうちに顔を赤らめた。
「い、いいけど……そんな大きい声で言わなくても」
「おいおい、こんな公衆の面前でノロケかよ猿山ぁ」
「ヒュ~、熱いねぇ!」
案の定、チームメイト達がからかってきた。しかし俺は一切気にしない。梨央の目をジッと見据え、その返答を待つ。初めて告白した時は心の底から震えたが、今の俺にとってはデートに誘うぐらいどうって事はない。
「じゃあ、着替え終わるまで待ってるね」
「ああ」
俺達はそう言って微笑みあった。
自分で言うのも何だが、俺は成長した。もちろんそれは、俺だけの力ではない。家族や友人、そして何より梨央のおかげだ。
一度はきっぱり止めようとした野球も、続けて本当に良かった。門木ではなく紺具に入った事も、今では微塵の後悔もない。
この大学野球でどこまで行けるかは分からない。高校の時のように冴えない結果で終わるかもしれないし、奇跡的に全国優勝できる可能性もゼロではない。ただ1つ願うのは、悔いだけは残したくないという事だけだ。
それは野球の事だけじゃない。これからの、梨央との事も……。
*
「わあ、凄い夜景」
すっかり夜も更けた時間に俺と梨央は、デートスポットとしても有名な超高層ビル、アウストラタワーの展望台に来ていた。ここから見下ろす夜景は雑誌でも度々取り上げられるぐらい評判で、カップルの気分を盛り上げるには最適だそうだ。
事実、まるで宝石箱をひっくり返したようで、男の俺でも思わず目を見張る素晴らしい光景だ。牧場へ行った時に見上げた星空を思い出す。
しかし今日は、たまたま運良く他の客が極端に少ない。貸し切りに近い状態だ。俺は夜景に見とれる梨央の横顔をチラリと見た。
ゴリラだ。やはりどう見てもゴリラだ。実は本当に人間じゃなくてゴリラでしたとカミングアウトされても、全く驚かないレベルのゴリラだ。 一般的な価値観で見る美少女とは、共通点の欠片もない。それでも俺は、その容姿も含めて梨央の事が誰よりも愛しい。
俺の視線に気付いたのか、梨央がこちらに目を向ける。俺は何となく気恥ずかしくなり、慌てて視線を逸らした。
「浮夫君、どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
俺は無意識に梨央の巨大な手を握っていた。梨央は一瞬驚いた後に、俺の手を握り返した。
……痛い。梨央は軽く握っているつもりなのだろうが、元々が凄まじい握力だから、俺の手の骨が悲鳴を上げている。しかし男としてここはぐっと我慢だ。
「あれ? 浮夫君暑いの? 汗掻いてるけど」
「ん? ああ、ちょっとな。はは……」
手の痛みで流れ出た汗とは言えない。梨央に対して、変に格好つける必要などないとは分かっているのだが、やはりなかなかそうもいかないらしい。
「……浮夫君」
「何だ?」
「私、今思えば浮夫君にずっと言ってなかった事があるの」
……何だろう? まさか、本当に実はゴリラでしたとカミングアウトする気なのでは?
ちょっと待ってくれ。驚かないと言ったが、やはりあれは嘘だ。そんな事言われたら驚くに決まってるだろう。
「……私も、浮夫君の事が好き」
「えっ。ど、どうしたんだよ。いきなり改まって」
「だって、浮夫君が告白してくれたのを受け入れただけで、私からちゃんと言葉で伝えたことはなかったでしょ?」
「確かに、そうかも……」
「ふふ、やっと言えた」
まあ、承諾してくれた時点で好きでいてくれている事は分かってはいたが。それでもこうして言葉で伝えられると、嬉しくもあり照れ臭くもあるな。梨央なりのケジメというやつなのかもしれない。
梨央は恥ずかしそうに顔を背けていた。可愛い……。こんなに大きくてゴツい体をしているのに、何だかとてもか弱く見え、俺が守ってあげなければという気分になる。
俺は梨央のもう片方の手を握り、こちらを向かせた。梨央は再び驚いた顔を浮かべる。そして、俺達はじっと見つめ合った。もう、これ以上の言葉はいらない。梨央が目を閉じ、俺は背伸びをしながら、ゆっくりと顔を近付ける。
────初めて触れた梨央の唇はとても分厚く、ほのかにバナナの味がした。
『俺はゴリラに恋をする』
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感想ありがとうございます。二人の友人達や妹もこれからいろいろ見せ場があり、様々な人間模様が描かれていきます。応援宜しくお願いします!