加護なし少年の魔王譚

ジャック

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2章

夢③

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その日からたまにではあるが夜にファナ様から戦いの手ほどきを教えてもらうことが出来た。

そしてそんな日が何日か続いた。

「ゼェ…はぁ……ゼェ……はぁ……」

今日もいつものようにゼノンが地面に寝転びがり、ファナは息もきらさずゼノンを上から眺めている。

「今日はここまでにしましょう。……せっかくですので少しお話しませんか?」

「は、はひぃ…」

ファナは近くに座れそうな場所を探して腰を下ろす。ゼノンもよろよろと立ち上がり、ファナが地面をトントンと叩くところから少し離れたところに腰を下ろした。

「…少し遠くありませんか?」
「いえ、そんなこと……ありませんよ」

事実2人の距離は1mほどあった。

ゼノンは近づくのが恐れ多いということ…そして今は汗だくなので近づく訳には行かないということ。そして純粋にファナは綺麗なので近づくのは緊張してしまうということ。

「まぁ、構いませんが。あなたとこうして2人で話すのは初めてですね」

「そ、そう…です……ね……」

ゼノンはここでは話す相手などいなかった。自分から話しかけることはないし、みんなも彼を煙たがっているので近づかない。なのでミオが話しかけて来ること以外は誰かと2人で話すということは無かった。

「…私たちのことを恨んだりしてないんですか?」

ファナから来た質問はゼノンにとってとても意外なものだった。その質問に思わずばっとファナの方を向くが彼女はそんなことに気づかず、ただ月を眺めていた。

「……恨んでませんよ。僕がここにいるのは分不相応だとわかってますし、アルス達の気持ちが全く分からないということはありませんから」

ゼノンもアルスが自分を嫌う理由が全く分からないわけではなかった。世界を救うという壮大な目標を掲げるパーティーに足を引っ張る者が居ればイラつきもするだろう。

(でも、どうしてアルスが俺をパーティーに入れてるんだろうな?)

ゼノンには未だにアルスが自分を入れている理由がわからなかった。荷物持ちならもっと適任がいそうなものだが…

ゼノンは自分が無加護なので奴隷として扱えるからだと思っている。たとえ加護が弱かろうがそれは神の祝福に他ならない。故にその人達を奴隷のように扱うことはあまり許されない。例外として自ら奴隷となったものや、人間との戦争に敗れた亜人がいる。

「…あなたは不思議な人ですね。昼のことにしてもそうです」

「…昼?…あぁ」

この日の昼。ミオ達と別行動をしていたゼノンはたまたまご飯を求める小さな女の子がいた。ゼノンがいた場所ではそんなに珍しいことではなく、誰も見ぬ振り。全員自分の生活に余裕があるわけではなかった。それはゼノンとて例外ではない。だが、ゼノンはその女の子にその少ないお金でご飯を買った。

それによりゼノンは昼ごはん抜きとなり、アルス達にもまた暴力を振るわれることになった。

「……何となくですよ……」

ゼノンは小さな声でそう答える。

(まさか見られていたとは……。恥ずかしい………)

謎の恥ずかしさで顔を羞恥に染め、下を向く。

その姿を見てファナは「ふふ」と軽く微笑んでいた。

その時、不意に大きな風が「ビュウッ」と二人の間を通り過ぎた。

それによりファナの長い銀髪が舞う。ファナはそのサラリとした髪をかきあげた。

月に照らされたその姿は女神を思わせるようでゼノンはしばらくの間彼女に魅入ってしまっていた。

でも、どこかゼノンにはその姿が儚げに見えた。

「…あなたは風のような人ね……」

「…え?」

不意にファナから呟かれたその言葉をゼノンは逃さなかった。

「……誰にでも平等で優しく包むように吹くの。こんな私にさえ、平等に届くのだから…」

ゼノンにはファナの言っていることがよく分からなかった。だけど褒められているのだろうとは思う。そして…そう言うファナの顔は少し歪められているように見えた。

(この人は……後悔…しているのだろうか?よく分からないけどひとつ思うのは…)

この人を一人にしてはいけない。不思議とゼノンにはそう思えた。なぜか?と言われると答えることは出来ないが、どこか彼女は消えてしまいそうに見える。

「風は…嫌いなんですか?」

「……いいえ…好きよ。今も昔も変わらないでしょう?だから好き」

やはりゼノンにはファナの言っていることはよく分からなかった。

「あの……何か後悔しているんですか?」

「後悔………。してないわ。後悔とは何かをやり終えて初めてするものです。何も成し遂げていない私には…悔いる権利すらないのですから」

そういうファナの表情は少し寂しそうに見えた。

そうして二人の間には長い沈黙が続いた。特に話しかけることもせずただ2人揃って月を眺めていた。

ゼノンも話しかけようとは思ったが特に話題はないし、話しかけることには慣れていなかったのでどうしたらいいかも分からない。

(はぁ~。どうしたらいいんだろ?っていうかこんな状況をほかのみんなに見られたら殺されるだろうな……)

ここのパーティーはほとんどファナを好いている。特に賢者が1番わかりやすく、ゼノンがファナに近づこうものなら遠慮なく魔法を放つ。多分好きなんだろう。

ゼノンは月を眺めながら自分のこれからを案じていた。

「…………リズ………」

「……え?」

ゼノンが顔を少し青くしながらこれからの事を考えていた時、ファナが唐突に呟いた。

「……リズって呼んでくれないかしら?」

ファナは月から目を離し、視線を地面と平行にしてゼノンを見つめてお願いする。

「え…え、えと……ど、どうして……ですか?」

ファナに見つめられることで緊張してしまうゼノンはおずおずと質問する。

「……私の…本当の名前…なの。あなたに呼んでもらえたら私は…もう少し頑張れる気がする……から」

色々と聞きたいことはあった。本当の名前ってどういうことですか、どうして僕なんですか、など。でもそんな考えはすぐに吹き飛んだ。

なぜなら彼女の顔がとても寂しそうに見えた。いつもはもっと勇ましく、覇気があるというのに、今は全く感じない。寂しげで儚げで今にも泣きそうな……うさぎのようにも見えてしまう。

「……いえ、ごめんなさい…。やっぱり忘れてちょうだい。あなたももう寝なさい」

そう言ってファナは立ち上がり、どこかへ立ち去ろうとする。

(ダメだ!ここで行かせては!)

ただの本能的勘でしかない。けれどここでいかせてはダメだ!どうしてもそう思ってしまった。

「リ、リズ!!!…さん!」

気づいた時には声に出していた。

ゼノンの言葉にファナは立ち止まり、ゼノンの方を振り返る。
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