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第八章 黒い靄
失った魔力
「そういえば、あの少女と一緒にいるという赤い魔性……君は彼を倒すことはできないのかい?」
考え事の最中、不意に頭に浮かんだ疑問だった。ルーチェは実物を見たことはないが、ミルドと氷依の話によれば、何度も彼等の邪魔をしてきたという魔性の男。あの男さえいなければ、自分はもっと早くに目的の少女を手に入れることができていたかもしれない。ルーチェにとっては一番の障害とも言える魔性の男。
そいつさえ始末してしまえれば、恐らく問題は何もない。自分と少女はすぐにでも会うことができるだろう。
そう思うからこそ、ルーチェは氷依にずい、と詰め寄ってしまう。
「君も彼と同じ魔性であるなら、何か手はないのかい? 例えば彼の弱みを握るとか、そういったことでも構わない。何とかして、あの魔性を彼女から遠ざけたいんだ。何か思い付くことはないかい?」
何でも良いから言ってみてくれ──。
期待に目を輝かせ、氷依の顔を真っ直ぐに見つめる。
一言一句聞き漏らさぬよう側に人を控えさせるが──ルーチェの問いに答える氷依の声は、とても弱々しいものだった。
「申し訳ございません。わたくしは……まだ力が完全には回復しておらぬ故、今の状態では赤い魔性どころか他の魔性の相手ですらも厳しいかと……」
「なんだって⁉︎」
ガタン、と音を立ててルーチェは玉座から立ち上がった。
そんなことは知らない。そんな話は聞いていない。氷依が未だ本来の力を取り戻せずにいるなんて。
「何故僕に言わなかった⁉︎」
問い詰めるも、氷依は目を伏せ、唇を噛む。
「何故だ? 何故僕に言ってくれなかったんだ? そのことを話してくれてさえいれば、対処のしようもあったかもしれないのに」
……なんでだよ!
まるで癇癪を起こした子供のように頭を掻きむしり、美しい金髪を乱しながらルーチェは声を荒げる。
しかし氷依はそんな彼の姿を見ても表情を変えず、絶望を更に上乗せするような言葉を吐いた。
「言ったところでどうなりましょう? 人間である貴方に、我ら魔性の力を戻す方法など分かるわけがありませんのに。仮にお伝えしたとして、どのような対処をしていただけたと? 魔力を失くしたせいでわたくしは……これまで味わったことのない屈辱に晒されているというのに……」
最後の方は、声が震えていた。
魔性が涙を流すはずはないのに、氷依の声はまるで泣いているかのようで。
さすがのルーチェも、すぐには言葉を返すことができなかった。今の氷依に、なんと言えばいいのか分からなかったから。
ただ、魔力を失ったことで彼女がとても苦しんでいるのだということはよく分かった。
そして、その原因となったのが自分の作った魔力封じの札であるということも。
「魔力って……どうやったら回復することができるんだい?」
床へと頽れた氷依に近づき、ルーチェは極力優しい声で問う。けれど彼女は答えず、無言で首を横に振った。
恐らく、自分でもどうしたら回復するのか分からないのだろう。そんな表情をしていた。
「じゃあ……今までは? 使った魔力をどうやって回復していたんだい?」
その質問には、小さな声が返された。
「分かり……ません。今までは、気付けばいつも回復していたから……こんな風に魔力が戻らないなんてこと、一度もありませんでしたので……」
「そっか……」
ということはやはり、自分の作った札のせいで氷依の中の魔力が異常をきたしたと考えるのが正解だろう。
無尽蔵ともいえる魔力で人間を圧倒してきた魔性達。彼等の魔力は命の源──だからこそ魔力がなくなれば消滅すると言われているが、振るう力もすべて魔力に依存している。
そのため魔性を捕らえるためにルーチェは何年も試行錯誤して魔力封じの札を作成し、漸く魔人を捕まえた時には歓喜したものだったが。まさかその札を使ったことにより一時的でなく半永久的に魔性から魔力を奪ったままにしてしまうとなると、話は違ってくる。
ルーチェが作りたかったのは、魔性を捕らえるために、あくまでも一時的に魔力を失わせる札だ。
捕らえて自らの駒として洗脳した後は、元の力を振るってもらわなければ意味がない。魔力の減った魔人など、魔使と大して変わりがないのだから。
せっかく手に入れた氷依を有効活用するために、なんとかして彼女の魔力を取り戻す方法を考えなければならない。
けれど、魔力を奪うのと戻すのでは全く違う。たとえ正反対の手順で札をつくったところで、無いものを作り出すことはできない。
悲し気に俯く氷依を見つめながら、ルーチェは眉間に皺を寄せた。
考え事の最中、不意に頭に浮かんだ疑問だった。ルーチェは実物を見たことはないが、ミルドと氷依の話によれば、何度も彼等の邪魔をしてきたという魔性の男。あの男さえいなければ、自分はもっと早くに目的の少女を手に入れることができていたかもしれない。ルーチェにとっては一番の障害とも言える魔性の男。
そいつさえ始末してしまえれば、恐らく問題は何もない。自分と少女はすぐにでも会うことができるだろう。
そう思うからこそ、ルーチェは氷依にずい、と詰め寄ってしまう。
「君も彼と同じ魔性であるなら、何か手はないのかい? 例えば彼の弱みを握るとか、そういったことでも構わない。何とかして、あの魔性を彼女から遠ざけたいんだ。何か思い付くことはないかい?」
何でも良いから言ってみてくれ──。
期待に目を輝かせ、氷依の顔を真っ直ぐに見つめる。
一言一句聞き漏らさぬよう側に人を控えさせるが──ルーチェの問いに答える氷依の声は、とても弱々しいものだった。
「申し訳ございません。わたくしは……まだ力が完全には回復しておらぬ故、今の状態では赤い魔性どころか他の魔性の相手ですらも厳しいかと……」
「なんだって⁉︎」
ガタン、と音を立ててルーチェは玉座から立ち上がった。
そんなことは知らない。そんな話は聞いていない。氷依が未だ本来の力を取り戻せずにいるなんて。
「何故僕に言わなかった⁉︎」
問い詰めるも、氷依は目を伏せ、唇を噛む。
「何故だ? 何故僕に言ってくれなかったんだ? そのことを話してくれてさえいれば、対処のしようもあったかもしれないのに」
……なんでだよ!
まるで癇癪を起こした子供のように頭を掻きむしり、美しい金髪を乱しながらルーチェは声を荒げる。
しかし氷依はそんな彼の姿を見ても表情を変えず、絶望を更に上乗せするような言葉を吐いた。
「言ったところでどうなりましょう? 人間である貴方に、我ら魔性の力を戻す方法など分かるわけがありませんのに。仮にお伝えしたとして、どのような対処をしていただけたと? 魔力を失くしたせいでわたくしは……これまで味わったことのない屈辱に晒されているというのに……」
最後の方は、声が震えていた。
魔性が涙を流すはずはないのに、氷依の声はまるで泣いているかのようで。
さすがのルーチェも、すぐには言葉を返すことができなかった。今の氷依に、なんと言えばいいのか分からなかったから。
ただ、魔力を失ったことで彼女がとても苦しんでいるのだということはよく分かった。
そして、その原因となったのが自分の作った魔力封じの札であるということも。
「魔力って……どうやったら回復することができるんだい?」
床へと頽れた氷依に近づき、ルーチェは極力優しい声で問う。けれど彼女は答えず、無言で首を横に振った。
恐らく、自分でもどうしたら回復するのか分からないのだろう。そんな表情をしていた。
「じゃあ……今までは? 使った魔力をどうやって回復していたんだい?」
その質問には、小さな声が返された。
「分かり……ません。今までは、気付けばいつも回復していたから……こんな風に魔力が戻らないなんてこと、一度もありませんでしたので……」
「そっか……」
ということはやはり、自分の作った札のせいで氷依の中の魔力が異常をきたしたと考えるのが正解だろう。
無尽蔵ともいえる魔力で人間を圧倒してきた魔性達。彼等の魔力は命の源──だからこそ魔力がなくなれば消滅すると言われているが、振るう力もすべて魔力に依存している。
そのため魔性を捕らえるためにルーチェは何年も試行錯誤して魔力封じの札を作成し、漸く魔人を捕まえた時には歓喜したものだったが。まさかその札を使ったことにより一時的でなく半永久的に魔性から魔力を奪ったままにしてしまうとなると、話は違ってくる。
ルーチェが作りたかったのは、魔性を捕らえるために、あくまでも一時的に魔力を失わせる札だ。
捕らえて自らの駒として洗脳した後は、元の力を振るってもらわなければ意味がない。魔力の減った魔人など、魔使と大して変わりがないのだから。
せっかく手に入れた氷依を有効活用するために、なんとかして彼女の魔力を取り戻す方法を考えなければならない。
けれど、魔力を奪うのと戻すのでは全く違う。たとえ正反対の手順で札をつくったところで、無いものを作り出すことはできない。
悲し気に俯く氷依を見つめながら、ルーチェは眉間に皺を寄せた。
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