【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第九章 魔力を吸う札

村の消失

 その後のラズリは心に巣食う絶望を糧にした黒い靄の力で地下室の扉を壊すと、全身に靄を纏わせた状態のまま、母親だと思っていた女性の姿を探した。

「お母しゃん……お母しゃん……どこ?」

 彼女が自分の母親でないことは既に理解していたけれど、それ以外の呼び名を知らなかったから、また怒られるかもと思いつつ、ラズリはその人のことをお母さんと呼び続けた。

「お母しゃん……どこ? あたちの本当のお母しゃんは何処にいるの……?」

 覚束ない足取りで地上へと出る階段を上り、台所を覗いたところで──ラズリは目的の人物を探しあて、引き攣ったような笑みを浮かべた。──長年虐待され続けてきたラズリはその時、普通に笑うことさえ出来なかったから。

 しかし、ラズリに見つけられた相手はというと──彼女の姿を見た途端、驚愕に大きく目を見開き、その場から逃げ出そうと慌てて身体の向きを変えた。

「ひっ、ひぃぃぃ! ばっ、化け物! あたしに近寄らないでぇ!」
「え……? お母しゃん? どうちたの?」

 ラズリは今、自分が黒い靄に覆われている自覚がないため目の前の女性が何故怯えているのかが分からず、首を傾げる。

 ついさっきまで、この人はあたしのことを虐めていたのに。どうして急に怖がり出したんだろう?

「お母しゃん、あたちは化け物なんかぢゃないよ? なのにどうちてお母しゃんはそんなことを言うの?」

 それは何も知らない無邪気な子供の質問。人の心の裏を読む計算も悪意も何もない、ただ純粋な質問。

 だったのに──。

「だからあたしは、あんたの母親じゃな──!」

 その先を、彼女は口にすることができなかった。

 ラズリの幼心を無意識のうちに傷付けようとした女性の言葉を、ある者が強制的に封じたからだ。

 彼女がを口にしようとしなければ、或いはまだ村は残されていたかもしれない。

 しかし、一時の感情でその言葉を口にしかけてしまったがために、女性の住んでいた村はその存在ごと全てが消失し、最初からなかったものとされてしまったのだ。

 まさに、ある者の『逆鱗に触れた』がための結果であった。

 幸いにも、その村は人口の少ないとても小さな村であったため、なくなったところで大して気に留める者は居らず、人身売買を生業としていたせいで村の消失を大っぴらにされることもなく、村があった事実自体が秘密裏に処理されることとなった。

 まさかその騒ぎに乗じて一人の幼子が連れ去られていたなど、誰一人知る由もなく。

 かくして、幼いラズリが育てられた村は一瞬にして消失し、彼女自身は心優しい人間達が多く住む村近辺の森の中に人知れず置き去りにされた。

 その森で、将来的に自分の祖父と呼べるほどになる老人に拾われるまでの記憶を、一切消された状態で──。

 当然ながら、黒い靄に身体の中へと入り込まれた記憶も、それを使って地下室の扉を消した覚えもラズリにはない。辛かった頃の記憶は綺麗さっぱり消去され、忘れ去った今の自分がいる。

 そのことを素直に受け入れた瞬間、ラズリは自分の体内の何処に黒い靄が潜んでいるのかを閃きのように理解した。

 あの時……あの瞬間に私の心へ巣食ったというのなら、靄の居場所はあそこしかない……。

 自分の育ての親の女性に『自分は本当の母親じゃない』と言われた時に、ひび割れてしまった心の隙間。

 もしやみが入り込むとしたら、絶対にそこ以外は考えられない。

 だからこそ、ラズリは願った。

「どうか……私に力を貸して。憎しみじゃない、恨みでもない。ただ純粋に戦う術を私にちょうだい。守られてばかりなのはもう嫌なの。私は……私は、自分の意思で戦っていきたい」

 だから──お願い‼︎

 強く願った刹那、ラズリは自分の全身が暖かい何かに包み込まれたような気がした──。





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