【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第九章 魔力を吸う札

取り引き

「……人間、我と取り引きするつもりはないか?」

 わざとらしく氷依の首を緩く絞めながら、死灰栖はそう目の前の青年へと持ちかけた。

 彼がこの女魔性を大切に思っていることは分かっている。だからこそ、取り引きに使えると思った。

 この女魔性を盾に脅せば、恐らく大抵のことには乗ってくるだろう。でなければ、人間相手に取り引きなど持ち出すわけがない。

「取り引きとは……どういうことだい?」

 ほうら、乗ってきた。

 死灰栖は、青年の言葉に内心で笑みを浮かべる。

「我は、この紙切れの謎が知りたい。この紙切れは何なんだ? 誰がどのようにして作った? 魔性の魔力を吸収するなど……簡単にできることではないだろう」

 ついでに、未だ自分の右腕に貼り付いている紙切れを剥がせ、と腕を出す。

 しかし青年は軽く肩を竦めると、ため息を吐いてこう答えた。

「取り引きと言いつつ随分と質問が多いね。こちらは単に氷依を返して欲しいだけなのに、それに対する質問の量が多すぎるんじゃないかい? これでは公平な取り引きとは到底言えないと思うのだけれど」

 青年の言うことは尤もだ。

 しかし死灰栖は当然それを受け入れるつもりはない。なにしろ此方は、女魔性の『命』を握っているのだ。幾つかの質問に答えるだけで命が救えるというのなら、黙ってそれに従うべきだろう。

 故に死灰栖は、青年の言葉を撥ねつけた。

「我は人間相手に公平な取り引きなどするつもりはないのだ。元より公平な立場にない相手に対し、何故そんなことをしなければならない? 貴様達はこの女魔性の命を我に縋る立場だということを忘れるな」

 見せしめのように、一度女魔性の首をキツく締める。

 それによって女が呻き、意識を失えば、人間どもの顔色は面白いぐらいに変わった。

「氷依!」
「ルーチェ様、ここは取り引きに応じた方が良いのでは……」
「けど、応じたからといって、氷依を無事に返してくれる保証はないだろう?」
「た、確かにそれはそうですが……」

 おや、若いながらに偉そうにしているだけあって、美しい青年は少しばかり頭も良く回るらしい。

 それに比べてミルドとかいう男は──思った通り、言われたままに動くだけの体力馬鹿だな。

 そんな風に死灰栖が冷静に二人のことを分析していると──美しい青年が、徐にもう一枚の紙切れを投げつけてきた!

「なっ……!」

 まさか、もう一枚隠し持っていたとは──!

 驚き、瞬時に結界を張るも、死灰栖の結界では紙切れを防ぎ切ることはできないらしく、忌々しいそれは徐々に結界内へと侵入してくる。

 何故だ? 我の結界は、魔人の攻撃とて防ぐことができるのに──。

 驚愕に目を見張る死灰栖に答えを教えたのは、他ならぬ紙切れを投げつけてきた青年だった。

「そのお札はさ、魔性の魔力を吸収するんだ。つまり……魔力で作られた物なら何だって吸収して無効化できる。言ってる意味……分かるよね?」

 それは死灰栖にとって、知りたいことの一つではあった。故に、答えが得られたことに喜ぶべきであったのかもしれないが──、悲しいことに、そうできるだけの余裕が今の彼には全くなかった。

 いくら結界とて、元となっているのは死灰栖の魔力だ。

 あの『お札』と呼ばれた紙切れが魔性の魔力を吸収する性質を持つ以上、結界自体の魔力を吸収することによって無効化しているのは間違いない。

 だから先ほども結界を張ったにも関わらず、札は何の障害もなく死灰栖へと張り付くことができたのだ。

 ここにきて漸くその理由が解けた。が、時すでに遅し。

 このままでは、何重に結界を張ったところで単なる時間稼ぎにしかならない。再度女魔性の身体を盾にしたとして、既に限界まで弱っているであろう彼女は、悪くすれば魔力を失い消滅してしまう可能性もある。そうなれば、此方の取り引き材料は一切なくなってしまう。

 だが、だからといってどうすれば良いのかが咄嗟には思い浮かばなかった。

 日々、居城の床で寝そべっているだけの死灰栖は、ほぼ自分で動くことがない。気まぐれに人間や魔性に自らの魔力を分け与え、駒のように動かして楽しんではいるが──自分自身が動くとなると、当然ながら話は違う。

「こういう時は……」

 どうするべきだ?

 と聞きたくとも、当然そんな相手はいない。

 こうなったら──。

 自らの取るべき行動が分からなくなった死灰栖は、投げつけられた札が貼り付く寸前、氷依を伴い迷うことなくその場から転移した。

「氷依‼︎」

 姿を消す瞬間、青年の悲痛な声が聞こえたような気がしたが、無論それを気に留めることはなかった──。








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