【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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最終章 飛翔

残されたもの

 真っ黒に染まった札を握りしめ、ルーチェは目の前の男の様子を窺う。

 死灰栖を強化する方法を見つけた以上、今すぐにでも試してみたいが、どう考えても邪魔される未来しか見えない。

 そもそも彼は最初にこの部屋に姿を見せた時、何よりもまず、魔力を吸収する札を自分が手に取ることができないように仕向けたのだ。ということはつまり、彼自身、この札を警戒しているということになる。

 そんな状況の中、何とか札を一枚掴むことができたとはいえ、それを死灰栖に使用するなど不可能に近いだろう。

 けれど、そうしなければ男に勝てないどころか、足止めさえもできないことは確かだ。

 ルーチェは魔性の男と死灰栖とに視線を走らせながら、どうするのが最適なのか、懸命に考えを巡らせる。

 そして──。

「死灰栖、その男の足止めを頼む。短時間で構わない。僕にその男を絶対に近づけないようにしてくれ」

 そう命令を下した。

 無論、今の状態の死灰栖に男の足止めができるなど、本気で思ったわけではない。ただほんの少し、自分が札から死灰栖の魔力を抜き取る間だけでも時間を稼いでくれればそれでよかった。

 もしそのほんの僅かな間に死灰栖が敗北を喫し、消滅させられたとなれば話は別になってしまうが、それさえ回避できれば、あとはどうとでもなる。故にルーチェは死灰栖に命令し終わると同時に瞳を瞬時に黄金色へと煌かせると、黒い札へと手を翳した。

「さあ……死灰栖の魔力よ、僕の元へ来い!」

 刹那、その声に応えるかのように、札の中の黒い靄が大きく脈打つように波立った。




※※※※




 悪夢にうなされながらも眠り続けるラズリを、闇はただひたすらに見つめていた。

 眠りの術をかけられているわけでもなく、精神的ダメージを負ったことにより眠っているのだろうと推察できる彼女は、起こそうと思えばいつでも起こすことができる。しかも悪夢にうなされているのなら尚のこと覚醒させてやった方がいいのかもしれないが、何故だか闇はそうする気になれず、微動だにせずに彼女の寝顔を見つめ続けていた。

「我が君は、何故……貴女を……」

 闇の知る奏は、これまで何か──誰か一人──に興味を持つことなどなかった。

 全くなかったと言えば、それは嘘になるが、今までは気付けば興味を失っていることが多かったし、今回のように大っぴらにそれを表現することもなかった。

 しかも、自分の身を呈して他人を守るなどあり得ないことだ。

 あんな危険なもの──魔性の魔力を吸収する札──を持つ相手の居城へ、たかが気に入りの少女を助けるためだけに乗り込むなど、以前の彼からしたら、どう考えても理解できない行動でしかない。

 しかも相手は弱っているとはいえ魔神に匹敵する魔力量の持ち主であり、その扱いに誰よりも長けた方であるというのに──。

 そんな存在を相手に、奏では分が悪すぎる。

 しかし透耶に頼ることもできないし、自分では奏以上に魔力が足りず、相手にもならないのが現実だ。

 もし闇が奏より強ければ、お互いのこの城での役割は、逆のものになっていただろう。

「向こうより有利な点があるとすれば、青麻殿が命懸けで手に入れてくれた青年の情報ということになりますが……」 
 
 透耶達と別れる前、何故青麻に人間へ擬態させてまで人間の城に潜り込ませていたのかを透耶に聞いたところ、『嫌な気配というか、なんか気持ち悪い感覚がしたから』という簡単明瞭な答えをもらった。

 その時に、普段は異界に居を構える自分が気づくほどの気配を発する相手なら──と用心して側近である青麻を送り込んだら、戻ってこなくて焦ったのだと。

 その後の話は青麻が引き継ぎ、『最初のうちは青年の発する気配の元を探ったら戻るつもりであったものの、気づけば幾重にも魅了の術を重ね掛けされ、そのせいで自分が魔性である事実を忘れて完全なる人間に成り下がっていました。故にあの青年に従属することしか考えられず、いいように使われた結果がこの体たらくというわけです……』と肩を落としていた。

 そんな青麻を慰めるのに少々時間を要したが、さすが魔神の側近というべきか、彼は魅了されていた時のことを細部まで事細かに記憶していて、天使の血を引く青年のことを分かる範囲で全て闇に話してくれた。

 彼の性格、秘めたるその残虐性。そして何より、彼が最終的にやろうとしていることまでも……──。

 もっとも、それについては『これはあくまでも私の推測に過ぎませんが』と言っていたが。

「ラズリ殿をどう説得するかが問題ですね……」

 おそらく青年に能力を奪われたであろう彼女に、どれだけのものが残っているのかは不明だし、価値があるのかも分からない。

 けれど、奏がラズリを必要とする以上、彼の配下として放っておくこともまた、できないのだ。

 未だ眠り続ける少女の寝顔を見続けながら、闇は大きなため息を吐くのだった──。 

 






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