【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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最終章 飛翔

瞳の奥の闇

 魔力を吸収する札を二枚貼り付けられても怯まない魔性の男に、ルーチェは何とも言えない憤りを感じていた。

 死灰栖と戦う男の意識が自分から逸れた隙に札を投げつければ、貼り付けるのは簡単だった。ただ、その際に膝をついた男に向かい、間髪容れず死灰栖が攻撃を仕掛けたのには肝を冷やしたが。

 最初は、札一枚で事足りると思った。

 男は死灰栖と比べれば弱そうだったし、さほど力を有しているようには見えなかったから。

 けれど男は札のせいで魔力を失いつつもルーチェを無視し、ひたすらに自分を庇って傷ついた魔性を癒し続けた。札に魔力を吸収されたせいで、傍目にも無駄な努力なのは間違いないのに、それでもずっと──。

 だからこそルーチェはそんな魔性の男に腹が立ち、早々に諦めがつくよう、二枚目の札を投げつけたのだ。

 幸いにも、男は目の前の仲間の傷を癒すのに必死であったため、札を投げつけられたことに気付かず、一枚目よりも簡単に貼り付けることができた。刹那、視線だけで命を奪われるかのような鋭い瞳を向けられ、心臓が凍りつきそうになったが。

「その魔性は、どうせもう助からないよ」

 今も緋色の髪の魔性の傷を癒やそうと無駄な努力を続ける赤い髪の魔性の男に、ルーチェはゆっくりと近づきながら言葉を紡ぐ。

 心底から腹の立つ男に、現実を教えてあげよう。彼の努力は無駄でしかないということを、脳裏に刻み付けてやるんだ。

 そうだな……目の前の男を傀儡にしたら、最初の仕事は緋色の髪の男をその手で葬り去らせることにしようかな。

 そんなことを考えながら、ルーチェは赤い髪の魔性の前まで来ると、その場へと屈み込んだ。

「必死に助けようとした相手を自らの手で殺すだなんて……最高に面白い見せ物だよね」

 くすくすと楽し気に笑い、赤い瞳と視線を合わせようと覗き込む。

 目が合う寸前、男は嫌そうに顔を背けたが、ルーチェはそれを許さなかった。

「今更逃げられると思っているのかい? 駄目だよ……僕は絶対に君を逃してなんてあげないよ。さあ、僕の瞳を見て……」

 瞳を黄金色に輝かせ、目の前の男の両頬を掴み、ゆっくりと顔を近づけていく。

 そのまま、死灰栖にやった時と同じように赤い髪の魔性の意識も刈り取ろうとして──ルーチェは、びくりと肩を跳ねさせると、飛び退るようにして背後へと移動した。

「な、な、な、なんだ? お前……。お前は一体、何なんだ!?」

 床の上を這いずるようにして男から離れながら、ルーチェは今見たものを頭の中から追い払うべく、激しく頭を横に振る。

「何なんだと言われても、俺は……俺でしかないんだが?」

 答える声は魔力を奪われているせいで掠れてはいるが、幾分余裕を取り戻した声だった。

 追い詰められていたはずの男が、どうしてそんなに自信たっぷりでいられるのか。男を庇った美貌の魔性は、すでに虫の息だというのに。

「仲間を助けるのを……諦めたということかい?」

 問えば、男は緩く首を横に振った。

「そんなわけねぇだろ。こいつは俺の……たった一人の大切な配下だ。こんな俺のために命を投げ出すこいつを見捨てるような奴にはなりたくない。んなことしたらラズリにも嫌われちまうだろうし、何より俺自身がそれを望んでないからな。だから色々と吹っ切ることにした。それだけだ」

 吹っ切るとは、何のことを言っているのか。

 分からないが、赤い髪の男が全力で抗う姿勢を見せたことは明らかだった。

「札二枚分の魔力を吸われた状態で、僕と死灰栖に勝てると思っているのかい? 今だって、立ち上がることすらできていないのに」

 そうだ、自分が負けるはずはない。

 自分には死灰栖がいる。けれど向こうは死に損ないの魔性と魔力を吸い尽くされた魔性の二人だ。

 どう考えてもこちらが負けることなどないはず──。

 そう思うのに、ルーチェの中には拭いきれない一抹の不安があった。

 つい先ほど魔性を魅了しようとして覗き込んだ、赤い瞳の奥底に見えたやみ

 それはとても深く、ともすれば吸い込まれそうな錯覚を起こし、だからこそ逃げるようにして彼から離れた。

 あいつのやみ……あれは何だ?

 ゆっくりと赤い髪の魔性から距離をとりながら、ルーチェは懸命に頭を働かせた。

 

 











 

 

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