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第二章 赤い魔性
美貌の青年
突如として全身が自由になり、訳も分からず周囲を見回したラズリの目に入ったのは、見た事もない青年だった。
「よっ! 大丈夫か?」
この世の者とは思えない、美しい顔立ちの青年が、その見た目に全くそぐわない、軽い口調で声を掛けてくる。
乱雑に切られた髪は燃え盛る炎のように赤く、瞳も同色で、着ている服もそれと揃えたかのように同じ色をしている彼は、とても人間とは思えない。袖からすらりと伸びた手と、白磁のように滑らかな肌は真っ白で、青年の纏う色彩をより際立たせているかのようだ。
顔の造作も人間とは思えないほどに美しく、街中で彼とすれ違おうものなら、二度見三度見をしてしまいそうなほど。
ただ、唯一髪型だけが残念で、肩に付くか付かないか程度の長さの髪は、好き勝手な方向へと跳ねまくっていた。
これだけ格好良ければ、実は王子様だと言われても遜色ないのに、どうしてそこだけ無頓着なのか。
否、よく見れば着ている服も、単に大きな赤い布切れを上から羽織っているだけのような……?
見れば見るほど残念度が増していく青年から、思わずラズリは視線を逸らした。
何となくだが、これ以上直視しない方がいい、という声が頭の中から聞こえた気がして。世の中には、知りすぎない方が幸せってこともある。一人でそう納得していたのだが──。
視線を逸らしたことに、何故か当の本人から喰いつかれた。
「あれ? なんで目を逸らすんだ? もしかして、俺がかっこよすぎて直視できない感じか?」
そうだろう、そうだろうと、得意気に青年は顎を上げて見下ろしてくる。
なんというか……彼はとても素敵な性格──良い意味ではない──をしているらしい。
ラズリの気持ちになどまったく気付かず、機嫌良さ気にしている。
完全にすべてが間違いではないけれど……。
かっこよすぎるのは本当。そこは素直に認めても良い。
だけど、かっこよすぎて直視できないのは間違いだ。
寧ろ、彼に対する残念度を上げたくないから目を逸らしたのに、まったく逆の意味で捉えられている。
こんな風に何でも前向きに物事を考えられたら、毎日楽しいんだろうな……。
そんな気持ちが、うっかり表情に出ていたのだろうか。青年は突如、険しい顔をすると、不機嫌も露わな声でラズリへと言葉を投げかけてきた。
「なんだよ。せっかく助けに来てやったのに、そういう顔して良いと思ってんのか?」
「えっ⁉︎」
そういう顔ってどんな顔? あと、助けに来たって、どういう事なの?
「あの……それってどういう意味?」
青年の言う事が素直には信じられず、聞き返してしまう。自分に縁もゆかりも無い青年が、助けに来てくれるなんてあり得ない。
けれど美貌の青年は、訝しむラズリに対し、再び同じ台詞を吐いた。
「どういう意味も何も……俺はお前を助けに来たんだ。……言葉の意味、分かるか?」
「分かるか?」って……普通に分かりますけど⁉︎ と思ったものの、口にはしない。
ここで言い返したところで、良い結果にならない事ぐらいは分かるから。青年と言い合いをしても、得るものなど何もないだろう。
そこでラズリは、微妙に話を逸らすことにした。
「……あなたは誰で、どうして私を助けてくれるの?」
それだけは、聞かねばならない。
王宮騎士達のように、よく分からない名目で連れ去られるのはごめんだし、助けに来たと青年が言っているだけで、実際は単に騎士達から自分を奪いに来ただけなのかもしれないから。尤も、連れ去ったところで何処に連れて行かれるかというのは、また別の問題であるのだが。
──そんな風に考えていると。
ラズリの問いを聞いた青年は、何故だか待ってましたとばかりに、嬉しそうな顔をした。
「俺の名は奏。見れば分かると思うが、人間でなく魔性だ。俺はお前を気に入ってるから、居場所をなくしたお前を引き取りに来た。……これで良いか?」
なんとなくドヤ顔をしているような気がするが、問題はそこじゃない。
問題は、そう──。
「魔性⁉︎」
青年が、魔性だというところにあった。
世界が魔性に支配されていることは勿論知っているけれど、辺鄙な村に引き篭もって暮らして来たラズリには、ほぼ関係のないことであり。村に魔性が現れたことなどなければ、村人の誰かが襲われたという話も聞いたことがなかったから、どこか他人事として捉えていたのだ。
けれど、目の前の青年が魔性だというのなら、彼が人外な美貌を持っていることも、妙ちきりんな格好をしていることにも納得がいく。寧ろ全身真っ赤な時点で気付くべきだったが、そこはまぁ……冷静な思考回路を失っていたから、ということで。
「そっか。魔性だったんだ……」
改めて青年を見返す。
ラズリの持っている知識によると、魔性というのは最低最悪の性格をしていて、人間を玩具としてしか認識していない悪魔──のはずなのだが、目の前にいる青年は、そんな知識とはかけ離れた印象で、どうにも悪い人のようには──そもそも人間ではないのだが──思えない。
見てくれだけで言うのであれば、寧ろ自分を攫った王宮騎士達の方が、余程悪人のように見えた。
「でも、どうして──」
質問を重ねようとした瞬間。またも大きな地響きがし、ラズリの全身は大きく揺さぶられた。反射的に音のした方角へと視線を向ければ、炎がまるで壁のように大きくなっていて。
「嘘……」
茫然と炎を見つめ、呟く。
このまま放っておいたら、森が全て焼けてしまうかもしれない程に、炎は勢いを増していた。そうなったら確実に、村にも被害が及んでしまうだろう。
今いる場所が村からどれぐらい離れているかは見当もつかないが、森は村と繋がっている。このまま火が消える事なく燃え広がっていけば、いつか必ず村も呑み込まれてしまう事は間違いない。
早く火を消さないと、おじいちゃん達が……!
炎へ向かい、走り出す。
「おい、待て!」
背後から青年の声が聞こえたが、そんなものに構っている暇はなかった。
早く行かなければ、大好きな人達が危ない目に遭うかもしれない。
その時のラズリの頭の中は、それだけで一杯だった。
炎に向かって行ったところで、できる事など何もないのに。そんな事を考える余裕もなく、ラズリはただ、炎に向かって走った。
「よっ! 大丈夫か?」
この世の者とは思えない、美しい顔立ちの青年が、その見た目に全くそぐわない、軽い口調で声を掛けてくる。
乱雑に切られた髪は燃え盛る炎のように赤く、瞳も同色で、着ている服もそれと揃えたかのように同じ色をしている彼は、とても人間とは思えない。袖からすらりと伸びた手と、白磁のように滑らかな肌は真っ白で、青年の纏う色彩をより際立たせているかのようだ。
顔の造作も人間とは思えないほどに美しく、街中で彼とすれ違おうものなら、二度見三度見をしてしまいそうなほど。
ただ、唯一髪型だけが残念で、肩に付くか付かないか程度の長さの髪は、好き勝手な方向へと跳ねまくっていた。
これだけ格好良ければ、実は王子様だと言われても遜色ないのに、どうしてそこだけ無頓着なのか。
否、よく見れば着ている服も、単に大きな赤い布切れを上から羽織っているだけのような……?
見れば見るほど残念度が増していく青年から、思わずラズリは視線を逸らした。
何となくだが、これ以上直視しない方がいい、という声が頭の中から聞こえた気がして。世の中には、知りすぎない方が幸せってこともある。一人でそう納得していたのだが──。
視線を逸らしたことに、何故か当の本人から喰いつかれた。
「あれ? なんで目を逸らすんだ? もしかして、俺がかっこよすぎて直視できない感じか?」
そうだろう、そうだろうと、得意気に青年は顎を上げて見下ろしてくる。
なんというか……彼はとても素敵な性格──良い意味ではない──をしているらしい。
ラズリの気持ちになどまったく気付かず、機嫌良さ気にしている。
完全にすべてが間違いではないけれど……。
かっこよすぎるのは本当。そこは素直に認めても良い。
だけど、かっこよすぎて直視できないのは間違いだ。
寧ろ、彼に対する残念度を上げたくないから目を逸らしたのに、まったく逆の意味で捉えられている。
こんな風に何でも前向きに物事を考えられたら、毎日楽しいんだろうな……。
そんな気持ちが、うっかり表情に出ていたのだろうか。青年は突如、険しい顔をすると、不機嫌も露わな声でラズリへと言葉を投げかけてきた。
「なんだよ。せっかく助けに来てやったのに、そういう顔して良いと思ってんのか?」
「えっ⁉︎」
そういう顔ってどんな顔? あと、助けに来たって、どういう事なの?
「あの……それってどういう意味?」
青年の言う事が素直には信じられず、聞き返してしまう。自分に縁もゆかりも無い青年が、助けに来てくれるなんてあり得ない。
けれど美貌の青年は、訝しむラズリに対し、再び同じ台詞を吐いた。
「どういう意味も何も……俺はお前を助けに来たんだ。……言葉の意味、分かるか?」
「分かるか?」って……普通に分かりますけど⁉︎ と思ったものの、口にはしない。
ここで言い返したところで、良い結果にならない事ぐらいは分かるから。青年と言い合いをしても、得るものなど何もないだろう。
そこでラズリは、微妙に話を逸らすことにした。
「……あなたは誰で、どうして私を助けてくれるの?」
それだけは、聞かねばならない。
王宮騎士達のように、よく分からない名目で連れ去られるのはごめんだし、助けに来たと青年が言っているだけで、実際は単に騎士達から自分を奪いに来ただけなのかもしれないから。尤も、連れ去ったところで何処に連れて行かれるかというのは、また別の問題であるのだが。
──そんな風に考えていると。
ラズリの問いを聞いた青年は、何故だか待ってましたとばかりに、嬉しそうな顔をした。
「俺の名は奏。見れば分かると思うが、人間でなく魔性だ。俺はお前を気に入ってるから、居場所をなくしたお前を引き取りに来た。……これで良いか?」
なんとなくドヤ顔をしているような気がするが、問題はそこじゃない。
問題は、そう──。
「魔性⁉︎」
青年が、魔性だというところにあった。
世界が魔性に支配されていることは勿論知っているけれど、辺鄙な村に引き篭もって暮らして来たラズリには、ほぼ関係のないことであり。村に魔性が現れたことなどなければ、村人の誰かが襲われたという話も聞いたことがなかったから、どこか他人事として捉えていたのだ。
けれど、目の前の青年が魔性だというのなら、彼が人外な美貌を持っていることも、妙ちきりんな格好をしていることにも納得がいく。寧ろ全身真っ赤な時点で気付くべきだったが、そこはまぁ……冷静な思考回路を失っていたから、ということで。
「そっか。魔性だったんだ……」
改めて青年を見返す。
ラズリの持っている知識によると、魔性というのは最低最悪の性格をしていて、人間を玩具としてしか認識していない悪魔──のはずなのだが、目の前にいる青年は、そんな知識とはかけ離れた印象で、どうにも悪い人のようには──そもそも人間ではないのだが──思えない。
見てくれだけで言うのであれば、寧ろ自分を攫った王宮騎士達の方が、余程悪人のように見えた。
「でも、どうして──」
質問を重ねようとした瞬間。またも大きな地響きがし、ラズリの全身は大きく揺さぶられた。反射的に音のした方角へと視線を向ければ、炎がまるで壁のように大きくなっていて。
「嘘……」
茫然と炎を見つめ、呟く。
このまま放っておいたら、森が全て焼けてしまうかもしれない程に、炎は勢いを増していた。そうなったら確実に、村にも被害が及んでしまうだろう。
今いる場所が村からどれぐらい離れているかは見当もつかないが、森は村と繋がっている。このまま火が消える事なく燃え広がっていけば、いつか必ず村も呑み込まれてしまう事は間違いない。
早く火を消さないと、おじいちゃん達が……!
炎へ向かい、走り出す。
「おい、待て!」
背後から青年の声が聞こえたが、そんなものに構っている暇はなかった。
早く行かなければ、大好きな人達が危ない目に遭うかもしれない。
その時のラズリの頭の中は、それだけで一杯だった。
炎に向かって行ったところで、できる事など何もないのに。そんな事を考える余裕もなく、ラズリはただ、炎に向かって走った。
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