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第二章 赤い魔性
無力な現実
許せない、許せない、許せない──!
ラズリの放った言葉に激しい怒りが湧き上がり、その気持ちのまま、ミルドは目の前の青年魔性へと全力で斬りかかる。
王宮騎士である自分より、魔性の方が良いと彼女は言った。
何を馬鹿な。そんな事あるわけが無い。
人間に害を為すしか脳がない魔性について行くなど、一体何を考えている? 彼女は頭が狂っているのか?
それとももしかしたら、自分が側を離れている間に、魔性によって洗脳でもされたのかもしれない。若しくは、何か嘘を吹き込まれたか。
であれば、正気に戻さなければならないだろう。頭のおかしい娘を王宮へ連れ帰りなどしたら、それこそ主君であるルーチェに、何を言われるか分かったものではないのだから。
なんの武器も持っていないくせに、余裕たっぷりといった青年魔性の表情が、ミルドの怒りを最高潮に煽り立てる。あの美しい顔を斬り裂いてやったなら、どれだけ爽快な気分になれるだろう。
「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」
目にも止まらぬ速さで、ミルドは青年に向かい、真っ直ぐに剣を振り下ろす。
それとタイミングを合わせるようにして、反対側からアランも同時に剣を振り下ろすのが見えた。
しかし──次の瞬間、激しい衝撃が二人を襲った。
※※※
「…………っ!」
奏に向かって振り下ろされる凶刃を、ラズリはただ、見つめる事しかできなかった。
前に出て刃を受け止める事も、奏を庇う事もできない。ただ奏を傷付けるためだけに振り下ろされる刃を、見開いた目で見つめるだけ。
たとえ目の前に立つのが祖父であったとしても、ラズリにはどうする事もできなかっただろう。相手が誰かなんて関係ない。突きつけられるのはいつも、自分が無力であるという現実だけだ。
ふと、乱暴な騎士に暴力を振るわれた、村人達の辛そうな姿がラズリの脳裏を過ぎった。
また、同じ事が繰り返されるのか。
あの時も、自分は何もできなかった。祖父と別れる時もそうだ。
いつも守られるばかりで、自分には何もできない。みんなを助けたいと思うだけで、行動が伴わない。
毎回それで良いのだろうか? 良いわけがない。
奏もまた、あの時の彼等と同じような目に遭わせて良いのだろうか? 良くないに決まっている。
自分を助けようとしたせいで、理不尽に傷付けられる人を、これ以上増やしてはいけない。
それなら、自分は──。
決意を胸に、ラズリは足を一歩前に踏み出す。そうして、奏の前へ出ようとした──のだが。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」」
そうするよりも早く、ミルド達の叫び声が、ラズリの耳へと飛び込んできた。
「えっ、なに⁉︎」
驚き、思わず奏の前へと飛び出せば、やや遠い場所で人間らしきものが空中から地面に落ちる所が目に入った。と同時に聞こえた、「ぐぎゃっ!」という蛙が潰れたような声。
「あれって、まさか……」
折り重なるようにして倒れている人影の一つが、青いマントを羽織っていることで、その正体に否が応でも気付いてしまう。間違いなく、あれは奏に襲い掛かった二人の騎士達だろう。
「でも、どうして……」
遠くに落ちた人影から、隣にいる奏へラズリが視線を移すと、何やらばつの悪そうな顔でこちらを見ていた、赤い瞳と目が合った。
「ははは……。お前にかっこいいとこ見せようと思ったら、ちょっと力が入り過ぎちまって……まさか、あんなに飛ぶとは……」
重そうなもん着けてんのに、案外軽いんだな……。
などと呟きながら、苦笑いして頬を掻いている。
奏がどうやって騎士達をあんな所まで飛ばしたのかは分からないが、力技で飛ばしたようには見えなかったから、そうなると重さは関係ないような気がしないでもないのだけれど、ラズリは敢えて余計な事は言わなかった。
そんな事より、今は彼等に話を聞く方が先決だ。
村に火を放ったのは本当に、彼等、王宮騎士達なのだろうか。だとしたら、その理由はなんなのか。
これだけは、絶対に聞き出さなければ納得できない。否、聞いたところで納得できるとは、到底思えないが。
それでも聞くだけは聞こうと、騎士達のいる場所へ向かうため、ラズリは足を踏み出そうと──したところで、またも地響きによって地面が大きく揺れ、足元がふらついた。
「わっ……!」
「おっと、大丈夫か?」
若干空中に浮いているためか、地面の揺れに左右されないらしい奏が、よろけた身体を支えてくれる。
その事にお礼を言いつつ、村があった場所へなんとなく視線を向けると、未だ炎は激しく燃え盛っていた。
「…………」
この炎を放置しておいて良いのだろうか?
ラズリの中に、迷いが生まれる。
果たして今、優先すべきは、どちらなのだろうか。
尋問? 消火?
無論、今更消火したところで、手遅れな事は理解している。
だとしても、今なお炎は燃え広がり続けていて、このまま放っておけば森全体を焼き尽くしてしまう事は間違いないだろう。
ならば、そうなる前に、炎を消すべきではないのか?
ミルド達への尋問なんて、火を消した後でも問題はない。彼等が自分を捕らえようとしている以上、ここから居なくなる事などあり得ないのだから。
だったら答えは一つしかない。けれど問題は、火をどうやって消火するかだ。小さな火事とはわけが違う。ここまで大きくなった炎への対処の仕方なんて、聞いた事も習った事もない。
「……どうかしたのか?」
難しい顔をしていたからだろうか。ラズリの悩みに気付いたかのように、タイミング良く奏が声を掛けてくれる。
いくら魔性であるといえども、万能ではないかもしれない。けれど今のラズリには、彼しか頼れる存在がいなかった。
だから、縋る事にした。
「奏……お願い、助けて……」
悲痛な声で、訴えた──。
ラズリの放った言葉に激しい怒りが湧き上がり、その気持ちのまま、ミルドは目の前の青年魔性へと全力で斬りかかる。
王宮騎士である自分より、魔性の方が良いと彼女は言った。
何を馬鹿な。そんな事あるわけが無い。
人間に害を為すしか脳がない魔性について行くなど、一体何を考えている? 彼女は頭が狂っているのか?
それとももしかしたら、自分が側を離れている間に、魔性によって洗脳でもされたのかもしれない。若しくは、何か嘘を吹き込まれたか。
であれば、正気に戻さなければならないだろう。頭のおかしい娘を王宮へ連れ帰りなどしたら、それこそ主君であるルーチェに、何を言われるか分かったものではないのだから。
なんの武器も持っていないくせに、余裕たっぷりといった青年魔性の表情が、ミルドの怒りを最高潮に煽り立てる。あの美しい顔を斬り裂いてやったなら、どれだけ爽快な気分になれるだろう。
「死ねぇぇぇぇぇぇっ!」
目にも止まらぬ速さで、ミルドは青年に向かい、真っ直ぐに剣を振り下ろす。
それとタイミングを合わせるようにして、反対側からアランも同時に剣を振り下ろすのが見えた。
しかし──次の瞬間、激しい衝撃が二人を襲った。
※※※
「…………っ!」
奏に向かって振り下ろされる凶刃を、ラズリはただ、見つめる事しかできなかった。
前に出て刃を受け止める事も、奏を庇う事もできない。ただ奏を傷付けるためだけに振り下ろされる刃を、見開いた目で見つめるだけ。
たとえ目の前に立つのが祖父であったとしても、ラズリにはどうする事もできなかっただろう。相手が誰かなんて関係ない。突きつけられるのはいつも、自分が無力であるという現実だけだ。
ふと、乱暴な騎士に暴力を振るわれた、村人達の辛そうな姿がラズリの脳裏を過ぎった。
また、同じ事が繰り返されるのか。
あの時も、自分は何もできなかった。祖父と別れる時もそうだ。
いつも守られるばかりで、自分には何もできない。みんなを助けたいと思うだけで、行動が伴わない。
毎回それで良いのだろうか? 良いわけがない。
奏もまた、あの時の彼等と同じような目に遭わせて良いのだろうか? 良くないに決まっている。
自分を助けようとしたせいで、理不尽に傷付けられる人を、これ以上増やしてはいけない。
それなら、自分は──。
決意を胸に、ラズリは足を一歩前に踏み出す。そうして、奏の前へ出ようとした──のだが。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」」
そうするよりも早く、ミルド達の叫び声が、ラズリの耳へと飛び込んできた。
「えっ、なに⁉︎」
驚き、思わず奏の前へと飛び出せば、やや遠い場所で人間らしきものが空中から地面に落ちる所が目に入った。と同時に聞こえた、「ぐぎゃっ!」という蛙が潰れたような声。
「あれって、まさか……」
折り重なるようにして倒れている人影の一つが、青いマントを羽織っていることで、その正体に否が応でも気付いてしまう。間違いなく、あれは奏に襲い掛かった二人の騎士達だろう。
「でも、どうして……」
遠くに落ちた人影から、隣にいる奏へラズリが視線を移すと、何やらばつの悪そうな顔でこちらを見ていた、赤い瞳と目が合った。
「ははは……。お前にかっこいいとこ見せようと思ったら、ちょっと力が入り過ぎちまって……まさか、あんなに飛ぶとは……」
重そうなもん着けてんのに、案外軽いんだな……。
などと呟きながら、苦笑いして頬を掻いている。
奏がどうやって騎士達をあんな所まで飛ばしたのかは分からないが、力技で飛ばしたようには見えなかったから、そうなると重さは関係ないような気がしないでもないのだけれど、ラズリは敢えて余計な事は言わなかった。
そんな事より、今は彼等に話を聞く方が先決だ。
村に火を放ったのは本当に、彼等、王宮騎士達なのだろうか。だとしたら、その理由はなんなのか。
これだけは、絶対に聞き出さなければ納得できない。否、聞いたところで納得できるとは、到底思えないが。
それでも聞くだけは聞こうと、騎士達のいる場所へ向かうため、ラズリは足を踏み出そうと──したところで、またも地響きによって地面が大きく揺れ、足元がふらついた。
「わっ……!」
「おっと、大丈夫か?」
若干空中に浮いているためか、地面の揺れに左右されないらしい奏が、よろけた身体を支えてくれる。
その事にお礼を言いつつ、村があった場所へなんとなく視線を向けると、未だ炎は激しく燃え盛っていた。
「…………」
この炎を放置しておいて良いのだろうか?
ラズリの中に、迷いが生まれる。
果たして今、優先すべきは、どちらなのだろうか。
尋問? 消火?
無論、今更消火したところで、手遅れな事は理解している。
だとしても、今なお炎は燃え広がり続けていて、このまま放っておけば森全体を焼き尽くしてしまう事は間違いないだろう。
ならば、そうなる前に、炎を消すべきではないのか?
ミルド達への尋問なんて、火を消した後でも問題はない。彼等が自分を捕らえようとしている以上、ここから居なくなる事などあり得ないのだから。
だったら答えは一つしかない。けれど問題は、火をどうやって消火するかだ。小さな火事とはわけが違う。ここまで大きくなった炎への対処の仕方なんて、聞いた事も習った事もない。
「……どうかしたのか?」
難しい顔をしていたからだろうか。ラズリの悩みに気付いたかのように、タイミング良く奏が声を掛けてくれる。
いくら魔性であるといえども、万能ではないかもしれない。けれど今のラズリには、彼しか頼れる存在がいなかった。
だから、縋る事にした。
「奏……お願い、助けて……」
悲痛な声で、訴えた──。
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