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第一章 天涯孤独になりました
天涯孤独になりました
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どうして、どうして、どうして──。
信じられないという気持ちが、ラズリの中で渦巻く。
命令だったから。
ただそれだけの理由で村に火を放ち、何の罪もない沢山の人達を死なせるなんて、とても同じ人間のすることだとは思えない。
しかも、その実行犯とも呼べる人達は、国の誉れとして名高い王宮騎士の人達で。
そんな人達が、いくら命令といえどもこんな酷いことをするなんて、ラズリにはとても信じることができなかった。
だから、聞いたのだ。
「あなた達は、命令であれば何でもするの?」
と──。
「それは……っ!」
違う、と言いかけて、ミルドの唇が悔し気に噛み締められる。
それだけで、答えとして十分だった。ラズリは気付いてしまったのだ。目の前の騎士が抱える葛藤に。
彼は恐らく、こんな事はしたくなかったのだろう。けれど、命令に逆らえなかったから、嫌々ながらも村に火を放ったのだ。無事に任務を完了し、家族の元へと戻るために。
だけど──。
「自分達さえ良ければ、それでいいの? お城に帰れないあなた達のことは可哀想だと思うけど、その為なら他の人の命はどうでも良いの? あなた達は誉れある──」
「王宮騎士だって人間だ!」
ラズリの言葉は、ミルドの怒号によって掻き消された。
まさか、いきなりそんな大声をあげられるとは思ってもいなくて、ラズリは思わず口を噤んでしまう。
するとミルドは、ラズリが黙ったのをいいことに、好き勝手に喋り出した。
「私達王宮騎士だってなぁ、人間なんだよ。誉れがあろうと偉かろうと、一番じゃない。一番偉くならない限り、王様でもない限り、命令に従うしかないんだ! そこに自分達の感情は必要ない。無用な口出しをすれば容赦なく制裁される。だったら言う通りにするしかないだろうが!」
「で、でも……その為に罪もない人達を殺すなんて……」
ラズリは懸命に声を搾り出す。
しかし、ミルドはそんなラズリの様子にやれやれと肩を竦めると、諦めたように微笑った。
「おかしいか? でも、それしか自分に生きる術がないのだとしたら? 誰しも皆、自分の為に生きている。自分が一番可愛いと、自分さえ幸せであればいいと思っている。それの何がおかしい? 当たり前のことではないか。他人の幸せで自分の腹は膨れない。生きて行く為に多少の犠牲はつきものなんだ!」
「…………!」
ミルドの言葉に衝撃を受けて、ラズリはよろよろと後ずさる。
今の今まで、そんな風に考えたことはなかった。
祖父の為、村のみんなの為に何かしたいと、それだけを考え、そのためだけに生きてきた。
なのに、ミルドはそれを真っ向から否定したのだ。
自分さえ幸せであればいい、と。
そんな考えをする人がいるとは思わなかった。
無論、世界は広いのだから、自分と考え方の違う人など数えきれない程に存在するだろう。
それは分かっている。分かっているが、王宮騎士ともあろう人達がそういう考えを持っているなど、ラズリには予想だにしないことであったのだ。
「あなたにとって、村の人達の命は多少の犠牲でしかないというの?」
「まあ……多少と言うには少し人数が多過ぎた気もするが、必要な犠牲であったことは確かだな」
それを聞いて、ラズリはぐっと喉を詰まらせる。
そこで奏が、彼女の言葉の後を継いだ。
「村を燃やしたのが命令であることは分かった。だが、俺が聞きたいのはなんで村を燃やせという命令をしたか、だ。理由は勿論聞いてるんだよな?」
「それ、は……」
ミルドが答えを言い淀む。
明らかに知っているのに、言いたくない素振りだ。
ラズリはその答えが一番知りたいのに、彼は何故素直に教えてくれないのか。
「ねえ、どうして──」
その理由を聞こうとすると、それに被せるようにして、奏が言葉を発した。
「どうせラズリが逃げ出さないよう、帰るべき場所をなくしちまえばいい、とか考えたんだろ?」
「え……」
「そもそもお前達は、ラズリの村を見つけること自体に相当な苦労をした。で、漸く見つけた村でラズリに出会い、連れ出したまでは良かったが、性格的に大人しく王宮に来るとは思えなかった。で、たとえ上手く王宮へ連れて行けたとしても、逃げ出されてはたまらない。だったら住む場所をなくしてしまおうとでも考えたんじゃないのか?」
「ち、違う! それもあるが、それだけじゃない!」
言ってしまってから、ミルドは何かに気付いた様子で、慌てて口を覆った。だが、もう遅い。
「それだけじゃないって? んじゃ後は何があるんだ?」
奏がミルドの肩に手を置き、にんまりと笑う。
ミルドは口を覆ったまま首を横に振ったが、奏に手を置かれた肩がミシミシと音をたてると、悲鳴をあげた。
「わ、分かった! 娘の目撃者は全員殺せ! 娘に関する記憶を持つ者を残らず抹殺しろと言われたんだ!」
言い終わるが早いか、奏の手が離され、ミルドはガクリと膝をつく。
傍目には、それほど力を入れているようには見えなかったけれど、呻くミルドの肩を見れば、肩当てがあらぬ形にひん曲がっていた。
「どうして目撃者は殺さないといけないんだ?」
奏が重ねて聞く。
しかし、ミルドもそれ以上は何も知らないようだった。
「そこまでしか私は知らない。その理由については私も気になったが、基本、主君に対する質問は、余程のことがない限り許可されていないからな……」
余計な質問をしようものなら、無能と言われて制裁が下る。
だからそれしか知らないのだと、肩を押さえながらミルドは呻いた。
その様子を何の感慨もなく見下ろした後、奏がラズリを笑顔で振り返った。
「じゃあラズリどうする? 王宮に行く? やめる?」
「へ? え? なに? なんで?」
突然何を言い出すのかと、ラズリはびっくりしてしまう。
今更自分が王宮に言っても行かなくても、村のみんなは戻ってこないし、自分が独りぼっちになってしまったことに変わりはない。
それとも、王宮へ行ったら何か変わるとでもいうのだろうか。
「俺は別にどっちでもいいんだけどさ、王宮から狙われる理由、気にならないかな? と思って」
「そ、それは確かに気になるけど……でも、こんな酷いことされて素直に行くのも嫌っていうか……」
王宮が自分を欲しがっているのなら、寧ろ絶対に行ってやりたくない、と思う。
けれど反対に、どうして自分を招きたがるのか、何故村の人達を殺さなければならなかったのか、についての理由を、知りたいとも思っていて。
「だからさ、取り敢えず俺と旅でもしながら考えないか? ラズリは天涯孤独になったわけだけど、俺が絶対独りぼっちにはしないからさ」
『天涯孤独』──その言葉が、ラズリの胸を締め付ける。
おじいちゃんも、村の人達も、みんなみんな、いなくなってしまった。
魂だけはまだ、そこにあるけれど、自分はもう二度と彼らと話すことも触れ合うこともできなくなってしまったのだ。
「な? ラズリ……俺がずっと一緒にいるから、二人で旅でもしてみよう?」
「………………」
重ねて言われた奏の言葉に、ラズリは黙って考える。
暫く考えた後、彼女は無言で頷いた。
大好きな人達は皆いなくなってしまったけれど、自分はまだ生きている。
後を追うことも考えなくはなかったが、皆の魂はまだ村にあるから、後を追ったところですれ違ってしまうだろう。
だったら、自分は自分にできることをしよう、と。
村のある方角を振り返り、大好きな人達の姿を、頭に思い浮かべる。
「皆……私、行ってくるね。今すぐは無理だけど、そのうち絶対に王宮へ行って、皆が殺された理由を聞いてくるから。そして絶対、皆に謝らせるから待っててね」
聞こえることはないと知りつつ、大好きな人達に向かって声をかけた。
「……大丈夫か?」
気遣うように声をかけてくる奏に、僅かながら微笑む。
本当は、大丈夫なんかじゃない。
だけど、いつまでも立ち止まっていたところで、状況は何も変わらないから。
「よし! じゃあ……行くか」
腰に腕を回されたと思ったら、次の瞬間にはふわりと体が空へと浮かび上がっていて。
「まっ、待ってください! どうせ王宮へ向かわれるのなら、是非私達とっ……!」
地上からミルドの叫び声が聞こえたが、それには奏が嫌味たっぷりに叫び返した。
「やーだね! 俺達は行きたくなったら勝手に行くから、お前達はさっさと帰って謝罪でもしておけばー?」
「だから、手ぶらでは帰れないと──」
まだ言葉を叫び続けるミルドから、物凄い速さで遠ざかる。
あっという間にミルドの姿は見えなくなり、ついでに村の場所さえも分からなくなって、ラズリはじわりと目に涙を浮かべた。
「ラズリ……」
「ごめん。でも大丈夫。……殺されちゃった皆のためにも、頑張らなきゃね」
精一杯の強がりを言って、涙を拭う。
泣いていても、大好きな人達は戻ってこない。落ち込んでいても、分かることは何もない。
だから。
泣いている暇などないのだと、ラズリは自分に言い聞かせた。
信じられないという気持ちが、ラズリの中で渦巻く。
命令だったから。
ただそれだけの理由で村に火を放ち、何の罪もない沢山の人達を死なせるなんて、とても同じ人間のすることだとは思えない。
しかも、その実行犯とも呼べる人達は、国の誉れとして名高い王宮騎士の人達で。
そんな人達が、いくら命令といえどもこんな酷いことをするなんて、ラズリにはとても信じることができなかった。
だから、聞いたのだ。
「あなた達は、命令であれば何でもするの?」
と──。
「それは……っ!」
違う、と言いかけて、ミルドの唇が悔し気に噛み締められる。
それだけで、答えとして十分だった。ラズリは気付いてしまったのだ。目の前の騎士が抱える葛藤に。
彼は恐らく、こんな事はしたくなかったのだろう。けれど、命令に逆らえなかったから、嫌々ながらも村に火を放ったのだ。無事に任務を完了し、家族の元へと戻るために。
だけど──。
「自分達さえ良ければ、それでいいの? お城に帰れないあなた達のことは可哀想だと思うけど、その為なら他の人の命はどうでも良いの? あなた達は誉れある──」
「王宮騎士だって人間だ!」
ラズリの言葉は、ミルドの怒号によって掻き消された。
まさか、いきなりそんな大声をあげられるとは思ってもいなくて、ラズリは思わず口を噤んでしまう。
するとミルドは、ラズリが黙ったのをいいことに、好き勝手に喋り出した。
「私達王宮騎士だってなぁ、人間なんだよ。誉れがあろうと偉かろうと、一番じゃない。一番偉くならない限り、王様でもない限り、命令に従うしかないんだ! そこに自分達の感情は必要ない。無用な口出しをすれば容赦なく制裁される。だったら言う通りにするしかないだろうが!」
「で、でも……その為に罪もない人達を殺すなんて……」
ラズリは懸命に声を搾り出す。
しかし、ミルドはそんなラズリの様子にやれやれと肩を竦めると、諦めたように微笑った。
「おかしいか? でも、それしか自分に生きる術がないのだとしたら? 誰しも皆、自分の為に生きている。自分が一番可愛いと、自分さえ幸せであればいいと思っている。それの何がおかしい? 当たり前のことではないか。他人の幸せで自分の腹は膨れない。生きて行く為に多少の犠牲はつきものなんだ!」
「…………!」
ミルドの言葉に衝撃を受けて、ラズリはよろよろと後ずさる。
今の今まで、そんな風に考えたことはなかった。
祖父の為、村のみんなの為に何かしたいと、それだけを考え、そのためだけに生きてきた。
なのに、ミルドはそれを真っ向から否定したのだ。
自分さえ幸せであればいい、と。
そんな考えをする人がいるとは思わなかった。
無論、世界は広いのだから、自分と考え方の違う人など数えきれない程に存在するだろう。
それは分かっている。分かっているが、王宮騎士ともあろう人達がそういう考えを持っているなど、ラズリには予想だにしないことであったのだ。
「あなたにとって、村の人達の命は多少の犠牲でしかないというの?」
「まあ……多少と言うには少し人数が多過ぎた気もするが、必要な犠牲であったことは確かだな」
それを聞いて、ラズリはぐっと喉を詰まらせる。
そこで奏が、彼女の言葉の後を継いだ。
「村を燃やしたのが命令であることは分かった。だが、俺が聞きたいのはなんで村を燃やせという命令をしたか、だ。理由は勿論聞いてるんだよな?」
「それ、は……」
ミルドが答えを言い淀む。
明らかに知っているのに、言いたくない素振りだ。
ラズリはその答えが一番知りたいのに、彼は何故素直に教えてくれないのか。
「ねえ、どうして──」
その理由を聞こうとすると、それに被せるようにして、奏が言葉を発した。
「どうせラズリが逃げ出さないよう、帰るべき場所をなくしちまえばいい、とか考えたんだろ?」
「え……」
「そもそもお前達は、ラズリの村を見つけること自体に相当な苦労をした。で、漸く見つけた村でラズリに出会い、連れ出したまでは良かったが、性格的に大人しく王宮に来るとは思えなかった。で、たとえ上手く王宮へ連れて行けたとしても、逃げ出されてはたまらない。だったら住む場所をなくしてしまおうとでも考えたんじゃないのか?」
「ち、違う! それもあるが、それだけじゃない!」
言ってしまってから、ミルドは何かに気付いた様子で、慌てて口を覆った。だが、もう遅い。
「それだけじゃないって? んじゃ後は何があるんだ?」
奏がミルドの肩に手を置き、にんまりと笑う。
ミルドは口を覆ったまま首を横に振ったが、奏に手を置かれた肩がミシミシと音をたてると、悲鳴をあげた。
「わ、分かった! 娘の目撃者は全員殺せ! 娘に関する記憶を持つ者を残らず抹殺しろと言われたんだ!」
言い終わるが早いか、奏の手が離され、ミルドはガクリと膝をつく。
傍目には、それほど力を入れているようには見えなかったけれど、呻くミルドの肩を見れば、肩当てがあらぬ形にひん曲がっていた。
「どうして目撃者は殺さないといけないんだ?」
奏が重ねて聞く。
しかし、ミルドもそれ以上は何も知らないようだった。
「そこまでしか私は知らない。その理由については私も気になったが、基本、主君に対する質問は、余程のことがない限り許可されていないからな……」
余計な質問をしようものなら、無能と言われて制裁が下る。
だからそれしか知らないのだと、肩を押さえながらミルドは呻いた。
その様子を何の感慨もなく見下ろした後、奏がラズリを笑顔で振り返った。
「じゃあラズリどうする? 王宮に行く? やめる?」
「へ? え? なに? なんで?」
突然何を言い出すのかと、ラズリはびっくりしてしまう。
今更自分が王宮に言っても行かなくても、村のみんなは戻ってこないし、自分が独りぼっちになってしまったことに変わりはない。
それとも、王宮へ行ったら何か変わるとでもいうのだろうか。
「俺は別にどっちでもいいんだけどさ、王宮から狙われる理由、気にならないかな? と思って」
「そ、それは確かに気になるけど……でも、こんな酷いことされて素直に行くのも嫌っていうか……」
王宮が自分を欲しがっているのなら、寧ろ絶対に行ってやりたくない、と思う。
けれど反対に、どうして自分を招きたがるのか、何故村の人達を殺さなければならなかったのか、についての理由を、知りたいとも思っていて。
「だからさ、取り敢えず俺と旅でもしながら考えないか? ラズリは天涯孤独になったわけだけど、俺が絶対独りぼっちにはしないからさ」
『天涯孤独』──その言葉が、ラズリの胸を締め付ける。
おじいちゃんも、村の人達も、みんなみんな、いなくなってしまった。
魂だけはまだ、そこにあるけれど、自分はもう二度と彼らと話すことも触れ合うこともできなくなってしまったのだ。
「な? ラズリ……俺がずっと一緒にいるから、二人で旅でもしてみよう?」
「………………」
重ねて言われた奏の言葉に、ラズリは黙って考える。
暫く考えた後、彼女は無言で頷いた。
大好きな人達は皆いなくなってしまったけれど、自分はまだ生きている。
後を追うことも考えなくはなかったが、皆の魂はまだ村にあるから、後を追ったところですれ違ってしまうだろう。
だったら、自分は自分にできることをしよう、と。
村のある方角を振り返り、大好きな人達の姿を、頭に思い浮かべる。
「皆……私、行ってくるね。今すぐは無理だけど、そのうち絶対に王宮へ行って、皆が殺された理由を聞いてくるから。そして絶対、皆に謝らせるから待っててね」
聞こえることはないと知りつつ、大好きな人達に向かって声をかけた。
「……大丈夫か?」
気遣うように声をかけてくる奏に、僅かながら微笑む。
本当は、大丈夫なんかじゃない。
だけど、いつまでも立ち止まっていたところで、状況は何も変わらないから。
「よし! じゃあ……行くか」
腰に腕を回されたと思ったら、次の瞬間にはふわりと体が空へと浮かび上がっていて。
「まっ、待ってください! どうせ王宮へ向かわれるのなら、是非私達とっ……!」
地上からミルドの叫び声が聞こえたが、それには奏が嫌味たっぷりに叫び返した。
「やーだね! 俺達は行きたくなったら勝手に行くから、お前達はさっさと帰って謝罪でもしておけばー?」
「だから、手ぶらでは帰れないと──」
まだ言葉を叫び続けるミルドから、物凄い速さで遠ざかる。
あっという間にミルドの姿は見えなくなり、ついでに村の場所さえも分からなくなって、ラズリはじわりと目に涙を浮かべた。
「ラズリ……」
「ごめん。でも大丈夫。……殺されちゃった皆のためにも、頑張らなきゃね」
精一杯の強がりを言って、涙を拭う。
泣いていても、大好きな人達は戻ってこない。落ち込んでいても、分かることは何もない。
だから。
泣いている暇などないのだと、ラズリは自分に言い聞かせた。
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