【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第三章 天涯孤独になりました

ミルドの恐怖  

 鬱蒼とした森の中、一箇所だけ焼け野原となった開けた場所で、王宮騎士であるミルドは一人、ただただ立ち尽くしていた。

 どうしたらいい? 私はこれからどうするべきなんだ?

 目的であった娘──ラズリは、既に魔性の手によって連れ去られてしまった。

 慌てて後を追おうとしたが、空を自由に飛べる相手を、視界の悪い森の中で追いかけることなど不可能であり。方向だけはなんとか知ることができたが、何処へ向かったのかまでは分からず、取り敢えず村の前に戻っては来たが。

 一瞬であの大火を消してしまうような能力を持つ者相手に、どうやって戦えば良いというのか。

 たとえ居場所を見つけたところで、返り討ちに遭うのがおちだろう。それでは何の意味もない。

「一度……城へ戻る必要があるか……」

 娘を手に入れるまで戻るなと厳命されているが、魔性が現れたとなれば話は違う。

 ミルドの主君であるルーチェは、何故だか魔性に対して異常とも思える興味を持っているようだった。

 自分達人間が魔性と戦うのは不可能で、運悪く彼等と遭遇してしまった際は、命を手放す覚悟だけが唯一できることであるのだと、この島に住む人間なら誰だって知っている。

 故に誰も、魔性に対抗しようなどとは考えない。彼等の目に付かないよう、間違っても気を惹くことなどないよう、目立たず騒がずを心掛けて生きるのだ。

 だというのに、ルーチェだけは最初からそうではなかった。

 人知れず魔性のことを調べ、研究し、その為の機関まで彼は城内に作り上げた。

 一体何の為に──?

 疑問には思ったが、立場的に聞くことは叶わず、ミルドは首を傾げるしかなかった。

 何をどう研究したところで、魔性に敵う筈はない。やるだけ無駄だ……。

 誰もがそう思っていた。

 だが、違った。驚くべきことに、そうではなかったのだ。

「魔性を大人しくさせる札の試作品ができたんだ。これ、試して来てくれる?」

 ある日突然呼び出されたミルドは、そう言って一枚の札を渡された。

 何やら不思議な光を放っているが、それ以外では、特にこれといった特徴のない札。薄い小さな長方形をしただけの薄い紙。

 こんな物で……?

 それを見た瞬間、ミルドは反射的にそう思った。

 だから自分のような一介の騎士が、主君に意見を述べるなど出過ぎた真似だと知りつつも口を開いた。

「恐れながら申し上げます。こんな小さな紙っぺら一枚で、魔性を抑えることができるとは思えません」

 それが正直な感想だった。

 冷酷と言われる主君に意見を述べることは命懸けだと理解していたが、こんな物紙っぺらを頼りに魔性と戦わされるよりはマシだと思い、恐れに若干声を震わせながらも勇気を奮い立たせ、申し立てた。

 だが──。

「僕が作った物が信用できない? それって、主君を信じられないってことだよね。じゃあ仕方ないか。反逆罪ってことで──」
「お、お待ちくださいっ! 承知致しました! すぐさま検証へと行ってまいります!」

 魔性と戦いたくはないが、ここで命を奪われては元も子もない。

 その場で始末されそうになったミルドは慌てて立ち上がり、札を懐へ仕舞い込むと、頭を下げて謁見の間を辞した。

「最初から素直にそう言えばいいのに。面倒だなぁ」

 そう言うルーチェの言葉を、背中に受けながら。

 その時は死にたくない一心で無謀な任務を引き受けたが、これはもう脅しだと分かっていた。

 任務を断れば叛意を疑われ、反逆罪と称して牢に入れられる。

 そこでまだ自分の使い道が見つかれば良し、見つからなければ殺されるか、そのまま死ぬまで牢の中だ。

 たとえ相手が一国の王であろうと、そんな暴挙は許されないと思うのに、王宮騎士になりたい者は後を絶たず、その為ルーチェはいくら騎士達を使い捨てても手駒に困ることがない。

 所詮、自分達は主君にとって、使い捨ての駒でしかないのだ──。

 王がルーチェになる前は、決してそんなことはなかったのに。

 何故、あんな若者が。どうして急に。

 前王は、まだ退位するほど老齢ではなかった。寧ろ、これから後継者を選び、育てても間に合うほどに若く、溌剌としていた。

 それが突然の王位継承。

 理由はまったく語られず、次代がルーチェになった根拠すらも語られなかった。

 王宮騎士も国民も、いきなりの出来事に戸惑いと困惑を隠せなかったが、新たな王としてルーチェが姿を見せた瞬間、それまでの不安がなかったかのように、国民は大きく沸き立った。

 何て美しい王だろう。これ程の人物が王になってくれるなんて。自分達はなんて幸運なのか。

 そんな声が広場のあちこちから聞こえた。

 そしてそれは、王城や王宮に勤める者達も一律同じで。誰もが皆、新しい君主に心奪われたのだ。

 あれはもう魅了といっても間違いではないだろう。

 人間離れした美貌、所作、永遠に聴いていたくなるような声──。

 気持ちは分かる。あれほど人間らしくない、美しい人間はこれまでに見たことがない。だから、皆の気持ちは理解できる。

 だが、それでも。

 美しい見た目に削ぐわない残忍な性格。

 ルーチェに仕え始めてから気付いたあの性格に、ミルドはいつしか恐怖を覚えるようになっていた。

 この世の者とも思えぬ美貌で、無慈悲に部下の命を奪う。まるで魔性のようだ、とミルドは思った。

 しかしルーチェは魔性ではなく、逆に魔性を大人しくさせる術を、長年の研究によって見つけ出した。

 だから彼は魔性ではない──と決めつけるのも早計だとは思うが、それでも彼は魔性ではないのだろう、と何故だか感じるものがある。

「とにかく今は、そんなことより……」

 ラズリを連れ去った魔性を捕らえるため、魔性封じの札をルーチェからもらわなければならない。

 過去に一度試して、効果は実証済み。あれさえあれば、態度のでかいあの魔性も、なんとかなるはず。

「よし……。皆、話があるから集まってくれ!」

 一時王城へ帰還するため、ミルドは部下達に声を掛けた。


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