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第三章 天涯孤独になりました
緋色の魔性
ラズリの手を引き、宿屋へと連れて来た男の顔は、奏に勝るとも劣らないぐらいに美しかった。
奏の顔が男らしい美形であるなら、その人物は男女の境が曖昧で、見ようによっては男にも女にも見える中性的な美しさをしている。
けれどラズリが青年を見て驚いたのは、そういった見た目によるものではなく、彼の持つ色彩のせいだった。
燃え盛る炎のように真っ赤な髪と瞳を持つ奏と同じく、目の前の青年の髪と瞳は、人間では決して持ち得ない鮮やかな緋色であったからだ。
また、魔性……。
瞬間、ラズリの頭に浮かんだのは、その一言だけだった。
魔性との関わりは既に奏だけでお腹いっぱいの状態なのに、ここへ来て新たな魔性が現れるなんて。
王宮騎士達をまいたと思ったら、今度は別の魔性が現れるなど、一体どうなっているのだろうか。
村に騎士達がやって来るまでは、何事もなく平穏な日々を過ごせていたのに。
ふと、今までの暮らしは幻想だったのではないかと疑いたくなってしまった。それとも、今の状況が悪い夢であるのか。
それなら一秒でも早く覚めてほしい──そう願うも、頭を振っても、目を擦っても、目の前の青年の姿は消えず。
……そうだ、そんなことがあるはずはない。最初から分かっていたことだ。
ラズリは誤魔化しようのない現実に諦めたようにため息を吐くと、青年に向かって口を開いた。
「あなたは……誰なの? もしかして奏の知り合いだったりする?」
先ずは、彼が敵か味方かの確認から。
なんとなく彼が現れた時の奏の様子から、敵ではないような気はしているが、万が一ということもある。
「………………」
けれど、すぐには答えが返されず、そんな青年の態度にラズリは首を傾げた。
まさか、聞こえなかったとかは……ないわよね?
そんなに小さな声で問うたつもりはない。距離だって然程離れていないし、十分に聞こえて然るべきだったと思う。なのに、青年は何も答えない。
え……どうして?
もう一度質問した方が良いのか、もう少し返事を待つ方が良いのか、決めかねてラズリは顎に手を当てる。
言葉が通じていないわけじゃないと思うんだけど……。
彼に宿屋に連れて来られる時は通じる言葉を話していたし、奏だって普通に人間語? を話しているのだから、言葉は理解できるはず。──尤も、魔性特有の言語があるかどうかなんて、ラズリには知るよしもないが。
だったらどうして彼は答えないんだろう?
もしかして自分は、聞いてはいけないことを聞いたのだろうか?
そんな風にラズリが考え込んでいると、そこで漸く青年が声を発した。
「私は奏の知り合いというか……友達? らしいです、奏いわく。私自身は彼の配下だと思っているのですが、どうにもあの方はそういう言い方が嫌いなようで……」
「そう……なんですね……」
突然言葉が返されたことに驚きつつ、ラズリは困ったように眉尻を下げる。
今までの間はなんだったんだろう? それに、友達なのに配下って?
配下より友達の方が立場的には上のような気がするし、そっちの方が断然良いと思うのだけれど、何故青年が配下だと言い張るのかが理解できない。
対等な友達という間柄より上下関係の方が良いなんて、変わってるというか、なんというか……。
考え方は人それぞれだから咎める気はないが、なんとなく、この人とは仲良くなれそうにないな──などと思ってしまう。
青年の纏う雰囲気も、気さくな奏とは明らかに違い、冷たく怜悧な感じがして近寄りがたい。
この人と奏は、どうやって友達になったんだろう……。
あまりにも二人の性質が違いすぎて、ラズリは不意にそんなことが気になった。しかし当然ながら目の前の青年には聞けないため、後で奏に聞いてみようと心に決める。
「そ、そういえば、奏はどうなったかしら?」
青年と二人でいるのを気まずく感じ、ラズリは助けを求めるべく窓を開け、街道を見下ろす。
そのまま奏の姿を探していると、背後から伸びてきた指が、ある方向を指し示した。
「あのまま貴女達二人が宿屋に向かったところで後をつけられるのは明白であった為、奏には生贄になってもらいました。あの方が甘んじてそれを受け入れたのも、貴女の手を引くのが私であると分かっていたからです。もしも相手が他の何者かであったなら、すぐさま奪い返されて居たことでしょう」
青年の言葉に耳を傾けつつ、ラズリは彼が指さす方角を見る。
すると其処には、たくさんの女性達に囲まれ、心底嫌そうに顔を顰めている奏の姿があった。
「え? あれって……生贄ってそういうこと?」
振り返って問うと、青年は肩を竦めて頷きを返す。
「宿屋へ向かい奏と歩いている時、貴女も思いましたよね? このまま行けば、女性達が何人か宿屋までついて来てしまうかもしれない、と──」
「う、うん……」
確かに彼の言う通り。
あまりにも奏が格好良くて女性達の視線を集めていたから、このまま宿屋まで行って良いものかとラズリは悩んでいた。
ミルド達から一旦は逃げ出したとはいえ、自分は彼等に追われる身。目立つことは極力避けたいのに、こんな状態で宿屋まで行っても良いものかと。
「ですから私はあそこで奏を突き飛ばし、貴女の腕をとって走ったのです。もし奏がそれで追って来るようなら攻撃も辞さないと考えていましたが、そこまで馬鹿じゃなかったようで、安心しました」
「そ、そうなんだ……」
とてもにこやかな表情で青年は話しているが、二人は友達なんだよね? とラズリは疑問に思わずにはいられなかった。
友達を生贄にしたり、攻撃したり──人間と魔性では、友達の定義が違うのだろうか?
「この街の追手は貴女狙いではなく、奏狙いの女性ばかりなので、貴女は安心してお休みいただければと思います。……それと、奏が戻ったら私が適当に相手をしておきますので、其方もご心配なく」
「それはどうもありがとう……」
着替えは置いてありますと浴室に誘導され、バタンと扉を閉められる。
今日は一日色々なことがありすぎて自分の格好にまで気を遣う余裕はなかったが、落ち着いて見れば泥まみれの酷いありさまだった。
私ってばこんな状態で、奏の隣を歩いてたんだ……。
その事実に今更ながら羞恥心が湧きあがり、ラズリはそれを洗い流すかのように頭の上から何度もお湯をかけた。
そうして気が済んだ頃に湯船へと浸かり、全身を温めた後は、用意されていた服へと着替え、ベッドで暫しの眠りについたのだった──。
奏の顔が男らしい美形であるなら、その人物は男女の境が曖昧で、見ようによっては男にも女にも見える中性的な美しさをしている。
けれどラズリが青年を見て驚いたのは、そういった見た目によるものではなく、彼の持つ色彩のせいだった。
燃え盛る炎のように真っ赤な髪と瞳を持つ奏と同じく、目の前の青年の髪と瞳は、人間では決して持ち得ない鮮やかな緋色であったからだ。
また、魔性……。
瞬間、ラズリの頭に浮かんだのは、その一言だけだった。
魔性との関わりは既に奏だけでお腹いっぱいの状態なのに、ここへ来て新たな魔性が現れるなんて。
王宮騎士達をまいたと思ったら、今度は別の魔性が現れるなど、一体どうなっているのだろうか。
村に騎士達がやって来るまでは、何事もなく平穏な日々を過ごせていたのに。
ふと、今までの暮らしは幻想だったのではないかと疑いたくなってしまった。それとも、今の状況が悪い夢であるのか。
それなら一秒でも早く覚めてほしい──そう願うも、頭を振っても、目を擦っても、目の前の青年の姿は消えず。
……そうだ、そんなことがあるはずはない。最初から分かっていたことだ。
ラズリは誤魔化しようのない現実に諦めたようにため息を吐くと、青年に向かって口を開いた。
「あなたは……誰なの? もしかして奏の知り合いだったりする?」
先ずは、彼が敵か味方かの確認から。
なんとなく彼が現れた時の奏の様子から、敵ではないような気はしているが、万が一ということもある。
「………………」
けれど、すぐには答えが返されず、そんな青年の態度にラズリは首を傾げた。
まさか、聞こえなかったとかは……ないわよね?
そんなに小さな声で問うたつもりはない。距離だって然程離れていないし、十分に聞こえて然るべきだったと思う。なのに、青年は何も答えない。
え……どうして?
もう一度質問した方が良いのか、もう少し返事を待つ方が良いのか、決めかねてラズリは顎に手を当てる。
言葉が通じていないわけじゃないと思うんだけど……。
彼に宿屋に連れて来られる時は通じる言葉を話していたし、奏だって普通に人間語? を話しているのだから、言葉は理解できるはず。──尤も、魔性特有の言語があるかどうかなんて、ラズリには知るよしもないが。
だったらどうして彼は答えないんだろう?
もしかして自分は、聞いてはいけないことを聞いたのだろうか?
そんな風にラズリが考え込んでいると、そこで漸く青年が声を発した。
「私は奏の知り合いというか……友達? らしいです、奏いわく。私自身は彼の配下だと思っているのですが、どうにもあの方はそういう言い方が嫌いなようで……」
「そう……なんですね……」
突然言葉が返されたことに驚きつつ、ラズリは困ったように眉尻を下げる。
今までの間はなんだったんだろう? それに、友達なのに配下って?
配下より友達の方が立場的には上のような気がするし、そっちの方が断然良いと思うのだけれど、何故青年が配下だと言い張るのかが理解できない。
対等な友達という間柄より上下関係の方が良いなんて、変わってるというか、なんというか……。
考え方は人それぞれだから咎める気はないが、なんとなく、この人とは仲良くなれそうにないな──などと思ってしまう。
青年の纏う雰囲気も、気さくな奏とは明らかに違い、冷たく怜悧な感じがして近寄りがたい。
この人と奏は、どうやって友達になったんだろう……。
あまりにも二人の性質が違いすぎて、ラズリは不意にそんなことが気になった。しかし当然ながら目の前の青年には聞けないため、後で奏に聞いてみようと心に決める。
「そ、そういえば、奏はどうなったかしら?」
青年と二人でいるのを気まずく感じ、ラズリは助けを求めるべく窓を開け、街道を見下ろす。
そのまま奏の姿を探していると、背後から伸びてきた指が、ある方向を指し示した。
「あのまま貴女達二人が宿屋に向かったところで後をつけられるのは明白であった為、奏には生贄になってもらいました。あの方が甘んじてそれを受け入れたのも、貴女の手を引くのが私であると分かっていたからです。もしも相手が他の何者かであったなら、すぐさま奪い返されて居たことでしょう」
青年の言葉に耳を傾けつつ、ラズリは彼が指さす方角を見る。
すると其処には、たくさんの女性達に囲まれ、心底嫌そうに顔を顰めている奏の姿があった。
「え? あれって……生贄ってそういうこと?」
振り返って問うと、青年は肩を竦めて頷きを返す。
「宿屋へ向かい奏と歩いている時、貴女も思いましたよね? このまま行けば、女性達が何人か宿屋までついて来てしまうかもしれない、と──」
「う、うん……」
確かに彼の言う通り。
あまりにも奏が格好良くて女性達の視線を集めていたから、このまま宿屋まで行って良いものかとラズリは悩んでいた。
ミルド達から一旦は逃げ出したとはいえ、自分は彼等に追われる身。目立つことは極力避けたいのに、こんな状態で宿屋まで行っても良いものかと。
「ですから私はあそこで奏を突き飛ばし、貴女の腕をとって走ったのです。もし奏がそれで追って来るようなら攻撃も辞さないと考えていましたが、そこまで馬鹿じゃなかったようで、安心しました」
「そ、そうなんだ……」
とてもにこやかな表情で青年は話しているが、二人は友達なんだよね? とラズリは疑問に思わずにはいられなかった。
友達を生贄にしたり、攻撃したり──人間と魔性では、友達の定義が違うのだろうか?
「この街の追手は貴女狙いではなく、奏狙いの女性ばかりなので、貴女は安心してお休みいただければと思います。……それと、奏が戻ったら私が適当に相手をしておきますので、其方もご心配なく」
「それはどうもありがとう……」
着替えは置いてありますと浴室に誘導され、バタンと扉を閉められる。
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私ってばこんな状態で、奏の隣を歩いてたんだ……。
その事実に今更ながら羞恥心が湧きあがり、ラズリはそれを洗い流すかのように頭の上から何度もお湯をかけた。
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