【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第三章 天涯孤独になりました

戦慄

「ふぅ、えらい目に遭ったぜ……」

 ラズリの眠る宿屋の室内へ突如姿を現した奏は、開口一番そう言った。

 そんな彼のいきなりの登場に驚くこともなく、緋色の髪の青年魔性──あん──は、外からの視線に注意しながら窓を閉める。

「あんなにも堂々と顔を晒していたら、注目を集めるのは当然でしょう。私達魔性の造形は人間のそれよりも格段に優れているのですから、もう少し自覚を持つべきかと」
「んなこと言われても、俺の顔は魔性の中では普通に分類されるんだから、忘れててもしょうがなくね?」

 苦言を呈するも、ケラケラと楽し気に笑う奏は何も気にしてはいないようだ。

 奏を追いかけていた女性達は、目の前から突然彼が姿を消したことに驚き、目を皿のようにして探し回っているというのに、当の本人は既に彼女達のことなどどうでも良いと、意に介そうともしない。

「貴方が注目を集めれば集めるほど、ラズリ殿が王宮騎士達に見つかる確率が上がってしまいます。できれば無用な争いは避けたいですし、貴方だってラズリ殿が嫌な思いをするのは本意ではないでしょう?」

 仕方なくラズリのことを持ち出せば、そこで漸く奏は若干真面目な顔をし、嫌々ながらも「まぁな」と頷いた。

「けど、アイツらは人間だろ? 見つかったところで空に飛んで逃げればいいし、なんだったら空間移動で逃げればいいんだから楽勝じゃね?」

 何処までも楽天的な考えの主に、闇は内心で頭を抱えるしかない。

 ラズリはつい先ほど住んでいた村をなくし、大切な人達を根こそぎ全員奪われたばかりなのだから、少しでも平穏に過ごさせてあげたいと、彼女のことをあまり知らない闇でさえも思う。だというのに目の前にいる彼は、そんな考えを欠片も抱いてはいないようなのだ。

 これでよく好きだなんだと言えるものだな……。

 こんな状態で奏が本当の意味でラズリのことを好きだなどとは、闇には到底思えなかった。

 ただ、奏本人が好きだと言っている以上、表立って否定することはなく、受け入れている振りをしているが。

 好きだの嫌いだの、愛だの恋だの、そんな気持ちは人間が持つものであり、魔性である自分達には馴染みもなく、必要のないものだと思っている。魔性にあるのは、自分が主と定めた者に対する執着心、それだけ。

 だから魔性は、通常魔神ましんと呼ばれる強い力を持つ者を主として集団を形成する。

 魔神とは、個々が勝手に名乗るものではなく、その見た目、強さに惹かれる者達が集い、集団を形成することで認められ、認知されていくものなのだ。

 魔神の配下として認められると、その者の色と能力を下賜され、名前から何から全てが塗り替えられる。顔の造形以外はほぼ別人になると言ってもいい。

 闇とて奏に出会うまでは、闇という名ではなかったし、雷を操る能力を基本としていた。けれど、奏と出会い色々な事情を経て、全身の色彩が緋色になり、操る能力が緋色の闇へと変化したことで、名前が闇へと変わったのだ。

 そこに忠誠心という執着はあっても、それだけ。愛や恋などという感情は理解できないし、知る必要もない。

 それなのに──闇の主ともいえる奏は、突然ラズリという人間の娘を好きになったと宣った。だが、無理矢理手に入れたいわけではないから暫く見守ると、自由にさせて様子を見たいと言って放置していた。

 実際は放置ではなかったかもしれないが、あまりにも気に掛けている様子がなかったから、一時の気の迷いだったのかと思っていたぐらいだ。

 しかし、そうではなかった。彼女の身に危険が迫った瞬間、奏は動いた。

 もう既に存在を忘れているだろうと思っていた為、彼が動いたことに闇はかなり驚かされたが、ひとたび動けば行動は迅速だった。ただ一つ言わせてもらえるのなら、彼女の身だけでなく、その周囲にも奏が気を配っていたならば、村を焼かれることはなかったかもしれないとは思うが。

 兎にも角にもラズリの身に危険が迫ると同時に奏は動き、当初の思惑通り彼女を手に入れることに成功した。否、まだ手に入れたと言えるほどの信頼関係は構築されていないが、天涯孤独になったラズリに行く宛がない以上、成功したと言えるだろう。

 だが、今後の問題は山積みだ。

「ご存知だとは思いますが、ラズリ殿を狙っているのは王宮の人間だけではありません。そちらへの対処はどうなされるおつもりですか?」

 まだ直接手を出されたわけではないが、もう一人、ラズリを狙っている者がいる。それは王宮の人間などより余程厄介で、真正面から事を構えれば、たとえ奏といえども無事に済むかどうかさえ分からないほどの相手だ。

「ん~……取り敢えずまだ手は出して来てないし、対策は……考えてるから大丈夫だろ」

 顎に手を当て、考えながら言う奏に、闇は鋭い瞳を向ける。

「嘘ですね。本当は対策など考えてはいませんよね? 嘘を仰らないでいただきたいのですが?」
「……悪かったよ」

 口を尖らせつつ謝罪の言葉を述べる奏に、闇は大仰にため息を吐いてみせた。

「まったく、これだから……。お願いですから、もう少しぐらい危機感というものをお持ちくださいね?」
「分かった……善処する」

 わざとらしく、しょんぼりと肩を落として見せる奏に、こんな状態で相手が本気を出してラズリに手を伸ばしてきた場合、無事に守り切れるのかと闇は不安に苛まれた。

 もう一人の相手は魔性。配下がいない為、魔神として周知されてはいないが、恐らく魔神に近しい強大な力と能力を有す者。

 対して奏は、訳ありで闇が配下になっただけの魔性であり、魔神としての力も能力も有してはいない──だからこそ、闇を配下として認めていないのだが。

 あちらが本気を出してきたら、絶対に敵わない。

 そう遠くない未来に起こり得る出来事に、闇は一人戦慄したのだった──。




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