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第五章 新たな魔性
切り捨てられたアラン
あいつは一体何てことをしてくれたんだ。
ヘイドンからアランの仕出かした所業について報告を受けた後、ミルドは思わず頭を抱えた。
王宮へ出立する際、アランには何度もしつこく言い聞かせたはずだった。それこそ耳にタコができる程、「娘には絶対に手を出すな」と何度も何度も繰り返し、アランの馬鹿な脳みそに、その事を嫌というほど刻み付けた。
なのに結果は──これだ。
ある意味、彼女と共にいる魔性だけでなく、彼女自身も不可思議な能力が使えるのだという事が知れ、収穫が得られたと言えなくもないが。
「それに対する代償がこれではな……」
意識を取り戻し、血眼になって失くした腕の先を探すアランを見やりながら、ミルドはため息を吐いた。
可哀想だが、アランはここへ置いて行くしかない。
片腕では馬に乗る事もできないだろうし、ましてや剣も握れない。もしも失ったのが左腕であれば、まだ剣ぐらいは使えたかもしれないが、あいにく失くしたのは利き腕である右腕だ。騎士としては、もうやっていけないだろう。
失くした腕の先を見つけたところで、元通りに繋げることは不可能であるし、となればどうしたって彼のことは見捨てざるをえない。それが分かっていてもアランが腕を探すのは、騎士という職に対する未練からだろうか。
「いや……違うな」
周囲の部下達を怒鳴り付け、共に腕を探させるアランを見つつ、ミルドは首を横に振った。
アランはそんな殊勝な男ではない。
元々、大義名分を振り翳し、それによって堂々と暴力を振るうことが出来るからと、悪人を殺めても罰せられないから騎士になったのだと言っていた。
両親から虐待を受けて育ち、いつか親にやり返してやるという意志を持ったまま大人になり、念願の騎士になれた時の彼の初仕事は、自分の両親を血祭りにあげることだった。
アランの両親は実の息子を虐待していただけではなく、親のいない子供を集め、売りさばいてもいたから、アランの所業は罪に問われることはなく、寧ろ騎士として正しい行いだと受け入れられた。ただ、後日現場検証に行った者は、あまりにも凄惨な現場の様子に、入院を余儀なくされる程の心理的ダメージを負ったらしいが。
そのような男が片腕を失くしたからといって、騎士でいることを諦めるとは思えない。否、諦められるわけがない。
だから必死になって失くした腕を探しているのだ。僅かな希望に縋るために。
「……っ隊長!!」
そこでふと、アランと目が合った。
鬼気迫る表情で近付いてくる男に対し、ミルドは思わず眉間に皺を寄せてしまう。
あいつが気を失っている間に、さっさと置いて行けばよかった。
そう思うが、既に後の祭り。仕方なくミルドはアランへと言葉を返す。
「何か用か?」
途端に、アランの顔が怒りで赤く染まった。
どうやら、ミルドの放った言葉は彼のお気に召さなかったらしい。
「何か用か? って……何なんですか! あまりにも酷すぎるでしょう!」
真っ赤な顔でアランはそう捲し立ててくるが、何が酷いのかミルドには分からない。
酷い? 何が?
だから、わざとらしく首を傾げながら、ミルドはアランに言ってやった。
「悪いが、今のお前に私がしてやれる事は何も無い。失くした腕を見つけたところで繋げる事は不可能だから探す気は無いし、再三再四言い聞かせた私の命令に背いたのはお前であるから、現状は自業自得だ。よって、副隊長を解任する。無論、隊からも除隊だ。後は好きにしろ」
「なっ……! いくら何でもそれはないだろう! あんた鬼か⁉︎ 俺に死ねと言っているのか⁉︎」
残った左手で胸ぐらを掴まれる。
だが、ミルドは僅かに表情を歪めただけで、その手を振り解くことはなかった。
かわりに、侮蔑の表情を露わにしてアランに告げる。
「除隊したぐらいで死ねるなら、今すぐ死んで見せてみろ。そうしたら鬼である私でも、後悔の涙を一粒ぐらいは溢すかもしれないぞ? 私はお前に言ったはずだな? 何度も何度も何度も何度も……それこそ数えきれない回数言ったはずだぞ。あの娘には手を出すなと。その命令を無視し、酷い目に遭ったからといって、私が責任を取る必要が何処にある? 私は隊の隊長であって隊員の保護者ではない。それとも何か? お前は私の子供のつもりだったのか?」
「…………っ!」
屈辱を感じているのか、アランの腕がぶるぶると震える。
彼は騎士団を家族か何かと勘違いしていたのだろうか?
何をやっても許してもらえる。多少命令に背いても、子供の反抗期よろしく、叱責だけで許される。
そんな、親子のような関係であると?
──尤も、普通の家族の在り方を知らないアランが、真にそう思っていたのかは定かではないが。
「とにかく、私の命令がきけない者は隊には必要ない。不服があれば早急に王宮へと戻り、ルーチェ様に直談判なり何なりするがいい」
「そんな……。お、お願いです! どうか俺をこのまま隊に置いてください! 二度と命令違反はしません。隊長の言うことに従いますから──」
ルーチェの名を出した途端に態度を変え、アランはミルドの足元に平伏し、必死に頭を下げてくる。
通常、上から目線の彼が、他人にここまで頭を下げるのは珍しい。アランのこのような姿を見たのは、初めてであるかもしれない。
だが、既にアランを見限ることに決めていたミルドの決意は揺るがなかった。
「悪いが、今更だ。重大な命令違反を犯し、かつ利き腕を失くしたお前に、もう価値はない」
「隊……長……」
絶望も露わなアランの視線を真正面から受け止めると、ミルドはきっぱりと告げた。
「お前とはここまでだ。今までご苦労だった」
返事を待たず、踵を返す。
周囲に散らばっていた部下達に「行くぞ」と声を掛けて歩き出せば、彼らは皆ミルドの後に従った。
アランと共に腕を探していた者達も、本当は分かっていたのだ。見つけたところで、アランの腕が元に戻ることはないと。分かっていて、それでも自分達が腕を探すことが少しでも彼の慰めになればと思い、アランに言われるがまま従っていただけだった。
片腕を失い、自力で馬に乗れなくなったアランは、一人その場に取り残された。
「隊長……そんな……俺は……」
広い森の中、アランの絶望が叫びとなって響き渡ったのは、それから暫く経ってからのことだった。
ヘイドンからアランの仕出かした所業について報告を受けた後、ミルドは思わず頭を抱えた。
王宮へ出立する際、アランには何度もしつこく言い聞かせたはずだった。それこそ耳にタコができる程、「娘には絶対に手を出すな」と何度も何度も繰り返し、アランの馬鹿な脳みそに、その事を嫌というほど刻み付けた。
なのに結果は──これだ。
ある意味、彼女と共にいる魔性だけでなく、彼女自身も不可思議な能力が使えるのだという事が知れ、収穫が得られたと言えなくもないが。
「それに対する代償がこれではな……」
意識を取り戻し、血眼になって失くした腕の先を探すアランを見やりながら、ミルドはため息を吐いた。
可哀想だが、アランはここへ置いて行くしかない。
片腕では馬に乗る事もできないだろうし、ましてや剣も握れない。もしも失ったのが左腕であれば、まだ剣ぐらいは使えたかもしれないが、あいにく失くしたのは利き腕である右腕だ。騎士としては、もうやっていけないだろう。
失くした腕の先を見つけたところで、元通りに繋げることは不可能であるし、となればどうしたって彼のことは見捨てざるをえない。それが分かっていてもアランが腕を探すのは、騎士という職に対する未練からだろうか。
「いや……違うな」
周囲の部下達を怒鳴り付け、共に腕を探させるアランを見つつ、ミルドは首を横に振った。
アランはそんな殊勝な男ではない。
元々、大義名分を振り翳し、それによって堂々と暴力を振るうことが出来るからと、悪人を殺めても罰せられないから騎士になったのだと言っていた。
両親から虐待を受けて育ち、いつか親にやり返してやるという意志を持ったまま大人になり、念願の騎士になれた時の彼の初仕事は、自分の両親を血祭りにあげることだった。
アランの両親は実の息子を虐待していただけではなく、親のいない子供を集め、売りさばいてもいたから、アランの所業は罪に問われることはなく、寧ろ騎士として正しい行いだと受け入れられた。ただ、後日現場検証に行った者は、あまりにも凄惨な現場の様子に、入院を余儀なくされる程の心理的ダメージを負ったらしいが。
そのような男が片腕を失くしたからといって、騎士でいることを諦めるとは思えない。否、諦められるわけがない。
だから必死になって失くした腕を探しているのだ。僅かな希望に縋るために。
「……っ隊長!!」
そこでふと、アランと目が合った。
鬼気迫る表情で近付いてくる男に対し、ミルドは思わず眉間に皺を寄せてしまう。
あいつが気を失っている間に、さっさと置いて行けばよかった。
そう思うが、既に後の祭り。仕方なくミルドはアランへと言葉を返す。
「何か用か?」
途端に、アランの顔が怒りで赤く染まった。
どうやら、ミルドの放った言葉は彼のお気に召さなかったらしい。
「何か用か? って……何なんですか! あまりにも酷すぎるでしょう!」
真っ赤な顔でアランはそう捲し立ててくるが、何が酷いのかミルドには分からない。
酷い? 何が?
だから、わざとらしく首を傾げながら、ミルドはアランに言ってやった。
「悪いが、今のお前に私がしてやれる事は何も無い。失くした腕を見つけたところで繋げる事は不可能だから探す気は無いし、再三再四言い聞かせた私の命令に背いたのはお前であるから、現状は自業自得だ。よって、副隊長を解任する。無論、隊からも除隊だ。後は好きにしろ」
「なっ……! いくら何でもそれはないだろう! あんた鬼か⁉︎ 俺に死ねと言っているのか⁉︎」
残った左手で胸ぐらを掴まれる。
だが、ミルドは僅かに表情を歪めただけで、その手を振り解くことはなかった。
かわりに、侮蔑の表情を露わにしてアランに告げる。
「除隊したぐらいで死ねるなら、今すぐ死んで見せてみろ。そうしたら鬼である私でも、後悔の涙を一粒ぐらいは溢すかもしれないぞ? 私はお前に言ったはずだな? 何度も何度も何度も何度も……それこそ数えきれない回数言ったはずだぞ。あの娘には手を出すなと。その命令を無視し、酷い目に遭ったからといって、私が責任を取る必要が何処にある? 私は隊の隊長であって隊員の保護者ではない。それとも何か? お前は私の子供のつもりだったのか?」
「…………っ!」
屈辱を感じているのか、アランの腕がぶるぶると震える。
彼は騎士団を家族か何かと勘違いしていたのだろうか?
何をやっても許してもらえる。多少命令に背いても、子供の反抗期よろしく、叱責だけで許される。
そんな、親子のような関係であると?
──尤も、普通の家族の在り方を知らないアランが、真にそう思っていたのかは定かではないが。
「とにかく、私の命令がきけない者は隊には必要ない。不服があれば早急に王宮へと戻り、ルーチェ様に直談判なり何なりするがいい」
「そんな……。お、お願いです! どうか俺をこのまま隊に置いてください! 二度と命令違反はしません。隊長の言うことに従いますから──」
ルーチェの名を出した途端に態度を変え、アランはミルドの足元に平伏し、必死に頭を下げてくる。
通常、上から目線の彼が、他人にここまで頭を下げるのは珍しい。アランのこのような姿を見たのは、初めてであるかもしれない。
だが、既にアランを見限ることに決めていたミルドの決意は揺るがなかった。
「悪いが、今更だ。重大な命令違反を犯し、かつ利き腕を失くしたお前に、もう価値はない」
「隊……長……」
絶望も露わなアランの視線を真正面から受け止めると、ミルドはきっぱりと告げた。
「お前とはここまでだ。今までご苦労だった」
返事を待たず、踵を返す。
周囲に散らばっていた部下達に「行くぞ」と声を掛けて歩き出せば、彼らは皆ミルドの後に従った。
アランと共に腕を探していた者達も、本当は分かっていたのだ。見つけたところで、アランの腕が元に戻ることはないと。分かっていて、それでも自分達が腕を探すことが少しでも彼の慰めになればと思い、アランに言われるがまま従っていただけだった。
片腕を失い、自力で馬に乗れなくなったアランは、一人その場に取り残された。
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