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第六章 因縁
頻発する頭痛
「黒い靄の正体だって……? 俺はそんなもの、どうだって良い。この靄がなんであれ、こいつは俺に力を与えてくれた。失くした腕を取り戻してくれた。それだけで十分だ」
そう告げたアランに、ミルドは返す言葉を失った。
言われてみれば、確かにアランの言う通りなのかもしれない。失くした腕を元通りにするなど、人間である自分達には到底不可能なのだから。
けれど、だからといって今助かれば、その後どうなっても構わないというのは違うと思う。自分を切り捨てた者──ミルド──に復讐できるのならば、靄に取り込まれても構わないというのは、自暴自棄ともいえる行為だ。
「お前は本当に、そう思っているのか……?」
それほどまでに私のことを憎いと思っているのか?
言外に問えば、アランは不敵な笑みを浮かべた。
「俺が隊長に引導を渡してあげますよ」
言うなり、黒い靄の塊と化したアランは、大きく跳躍した。
反射的にそれを見上げたミルドは──刹那、驚愕に大きく目を見開く。ミルドの頭上より高い位置へと跳躍したアラン──その事自体にも驚きはあったが、ミルドが驚愕した理由は、そんなものではなかった。
跳躍したアランがミルドに向かって剣を振り下ろすより早く、黒い靄がミルドへと向かい、その触手を伸ばしてきていたのだ!
それに気付いた瞬間、ミルドは咄嗟に逃げの体勢をとった。
「まずい……!」
取り込まれる──と思うより早く、全速力で駆け出していた。
背後からアランに斬りつけられはしないか、黒い靄に捕まりはしないかと不安になるが、振り返っている暇はない。背後を確認するため一瞬でも走る速度を落とせば、それが確実に致命傷となることが分かっているからだ。
「黒い靄が操れるなんて聞いてないぞ……」
てっきりアランは靄に取り込まれてかけていると思っていたため、まさか此方を攻撃するのに使ってくるとは予想だにしていなかった。あんなものまで操れるとあらば、万が一にもミルドに勝ち目はなくなる。
「あの女魔性、あんなところで何をやってるんだ……」
必死になって走りながら、遥か遠方で佇む女魔性を視界に捉え、ミルドは毒吐く。
ルーチェ様に言われて、助力に来たのではなかったのか。自分の命を、守ってくれるのではなかったのか。
そう見せかけて、実は自分を始末するために遣わされた存在だとしたら、今の彼女の行動は納得のできるものだが。
しかし……今更、こんなやり方で……?
玉座に座るルーチェの姿を、ふと思い浮かべる。瞬間、ルーチェの瞳に射すくめられたような気がして、ミルドは激しい頭痛に襲われ、顔を歪めた。
「ぐっ……あ……!」
耐え難い痛みに頭を抱え、堪らずその場に膝をつく。
そんなことをすればアランと靄に襲われることは分かっていたが、とても耐えられるような痛みではなかった。
こめかみが自分でも分かるほどにドクドクと脈打ち、少しでも痛みを抑えるため、ミルドは強く脈打つ部分を指で押さえつける。
今までにも、何度か似たような頭痛を経験したことはあった。だが、痛むといっても長時間痛んだりするわけではなく、いつも一瞬で消えるため、気に留めてはいなかったのだ。
なのにここ最近になって、急激に痛む回数が増えてきたような気がする。
それも、主君であるルーチェのことを考えた時に限って、だ。
「……いや、まさか。考えすぎだ」
頭を振って、馬鹿げた考えを思考から追い出す。
特定の人物のことを考えた時にする頭痛があるなど、聞いたことがない。
こんなものはただの偶然──或いは、単に自分の中にある、ルーチェに対する拒否症状のせいなのだと、ミルドは自らを納得させた。主君に対して拒否感情を抱くなど、臣下としてあるまじきこと。
頭ではそう理解しているのに、しかしミルドはどうしてもルーチェの土色の瞳が苦手だった。あれを見るたび、胸がざわつくような気がして、落ち着かない気持ちになるのだ。
「そういえばラズリ殿も、同じ色の瞳をしていたな……」
初めて彼女を見た時の、第一印象がそれだった。
さすがに、ルーチェと対峙した時のように胸がざわつくということはなかったが。
もしかして、あれが何かルーチェが彼女を求める理由に、関係しているのだろうか?
そう考えるも、まさか……と独りごちてミルドはすぐに首を振った。
土色の瞳なんて、特に珍しい色というわけではない。探すまでもなく、その辺にごろごろと転がっている、極普通のありふれた色彩だ。
それをこんな風に疑うなんて、自分はどうかしてしまったのか、と。
自嘲の笑みが、口元に浮かぶ。
「私としたことが、なんというくだらない考えを。疲れているとしか思えないな……」
このところ任務続きで、休暇らしい休暇をとった覚えは、もう何ヶ月もない。
だからだろうか? おかしなことを考えてしまうのは。自分でも気付かぬうちに疲労がたまり、そのせいで思考回路に異常をきたしているのかもしれない。
あながち嘘ともいえぬ思いつきに、ミルドはため息を一つ吐いた。
「この件が、なんとか片付けば良いのだが……」
自分の思考が、これ以上支障をきたす前に。
もちろん原因不明の頭痛もまた、彼の心配の種ではあったのだけれど。
そう告げたアランに、ミルドは返す言葉を失った。
言われてみれば、確かにアランの言う通りなのかもしれない。失くした腕を元通りにするなど、人間である自分達には到底不可能なのだから。
けれど、だからといって今助かれば、その後どうなっても構わないというのは違うと思う。自分を切り捨てた者──ミルド──に復讐できるのならば、靄に取り込まれても構わないというのは、自暴自棄ともいえる行為だ。
「お前は本当に、そう思っているのか……?」
それほどまでに私のことを憎いと思っているのか?
言外に問えば、アランは不敵な笑みを浮かべた。
「俺が隊長に引導を渡してあげますよ」
言うなり、黒い靄の塊と化したアランは、大きく跳躍した。
反射的にそれを見上げたミルドは──刹那、驚愕に大きく目を見開く。ミルドの頭上より高い位置へと跳躍したアラン──その事自体にも驚きはあったが、ミルドが驚愕した理由は、そんなものではなかった。
跳躍したアランがミルドに向かって剣を振り下ろすより早く、黒い靄がミルドへと向かい、その触手を伸ばしてきていたのだ!
それに気付いた瞬間、ミルドは咄嗟に逃げの体勢をとった。
「まずい……!」
取り込まれる──と思うより早く、全速力で駆け出していた。
背後からアランに斬りつけられはしないか、黒い靄に捕まりはしないかと不安になるが、振り返っている暇はない。背後を確認するため一瞬でも走る速度を落とせば、それが確実に致命傷となることが分かっているからだ。
「黒い靄が操れるなんて聞いてないぞ……」
てっきりアランは靄に取り込まれてかけていると思っていたため、まさか此方を攻撃するのに使ってくるとは予想だにしていなかった。あんなものまで操れるとあらば、万が一にもミルドに勝ち目はなくなる。
「あの女魔性、あんなところで何をやってるんだ……」
必死になって走りながら、遥か遠方で佇む女魔性を視界に捉え、ミルドは毒吐く。
ルーチェ様に言われて、助力に来たのではなかったのか。自分の命を、守ってくれるのではなかったのか。
そう見せかけて、実は自分を始末するために遣わされた存在だとしたら、今の彼女の行動は納得のできるものだが。
しかし……今更、こんなやり方で……?
玉座に座るルーチェの姿を、ふと思い浮かべる。瞬間、ルーチェの瞳に射すくめられたような気がして、ミルドは激しい頭痛に襲われ、顔を歪めた。
「ぐっ……あ……!」
耐え難い痛みに頭を抱え、堪らずその場に膝をつく。
そんなことをすればアランと靄に襲われることは分かっていたが、とても耐えられるような痛みではなかった。
こめかみが自分でも分かるほどにドクドクと脈打ち、少しでも痛みを抑えるため、ミルドは強く脈打つ部分を指で押さえつける。
今までにも、何度か似たような頭痛を経験したことはあった。だが、痛むといっても長時間痛んだりするわけではなく、いつも一瞬で消えるため、気に留めてはいなかったのだ。
なのにここ最近になって、急激に痛む回数が増えてきたような気がする。
それも、主君であるルーチェのことを考えた時に限って、だ。
「……いや、まさか。考えすぎだ」
頭を振って、馬鹿げた考えを思考から追い出す。
特定の人物のことを考えた時にする頭痛があるなど、聞いたことがない。
こんなものはただの偶然──或いは、単に自分の中にある、ルーチェに対する拒否症状のせいなのだと、ミルドは自らを納得させた。主君に対して拒否感情を抱くなど、臣下としてあるまじきこと。
頭ではそう理解しているのに、しかしミルドはどうしてもルーチェの土色の瞳が苦手だった。あれを見るたび、胸がざわつくような気がして、落ち着かない気持ちになるのだ。
「そういえばラズリ殿も、同じ色の瞳をしていたな……」
初めて彼女を見た時の、第一印象がそれだった。
さすがに、ルーチェと対峙した時のように胸がざわつくということはなかったが。
もしかして、あれが何かルーチェが彼女を求める理由に、関係しているのだろうか?
そう考えるも、まさか……と独りごちてミルドはすぐに首を振った。
土色の瞳なんて、特に珍しい色というわけではない。探すまでもなく、その辺にごろごろと転がっている、極普通のありふれた色彩だ。
それをこんな風に疑うなんて、自分はどうかしてしまったのか、と。
自嘲の笑みが、口元に浮かぶ。
「私としたことが、なんというくだらない考えを。疲れているとしか思えないな……」
このところ任務続きで、休暇らしい休暇をとった覚えは、もう何ヶ月もない。
だからだろうか? おかしなことを考えてしまうのは。自分でも気付かぬうちに疲労がたまり、そのせいで思考回路に異常をきたしているのかもしれない。
あながち嘘ともいえぬ思いつきに、ミルドはため息を一つ吐いた。
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自分の思考が、これ以上支障をきたす前に。
もちろん原因不明の頭痛もまた、彼の心配の種ではあったのだけれど。
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