【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第八章 黒い靄

落胆

「戻らなくともよろしいのですか?」

 チラリと眼下に視線を向け、闇は目の前にいる青年に問う。

 今彼がいるのは、ラズリのいる宿屋の上空──といっても、人間の視力では可視出来ないほどの高い位置。そして、彼の目の前にいるのは、赤い髪と瞳を持つ青年だ。

 闇の問いが聞こえていないはずはないのに、青年は何故か何も答えない。

「ラズリ殿は既に目覚めていらっしゃるようですが?」

 それなのに、貴方は此処で何をしているんですか? と言外に問う。

 様子を窺えば、彼女はとても不安そう且つ心細そうな顔をしていて、何のために奏が彼女にそんな顔をさせるのか、闇は疑問に思えて仕方がない。

 彼女が村を出てからというもの、鬱陶しいぐらいいつも一緒にいたくせに。今更になっていきなり一人で放置するなど、無責任にもほどがある。

「……もしかして、ラズリ殿を不安がらせて楽しんでいるとかですか?」

 無論そんなわけはないと思いつつ尋ねたのだが、案の定、奏はその質問に対し、噛み付くように反論してきた。

「ふざけんな! 俺がラズリにそんな酷いことするわけねぇだろうが!」
「ですよね。となると……」

 やはりと、闇は一人で納得する。

 実は闇には分かっていた。何故奏が自分の質問に何も答えず、何時迄もこんな場所で燻っているのかが。本当はすぐにでもラズリの傍へ行きたいだろうに、その気持ちを抑えつけてでも彼が動こうとしない理由が。

 つい先程ラズリが眠っている間に、彼女の身体の奥底から二人で異物を排除しようとしたのだが、肝心なところで奏が気を散らしてしまったため、後少しのところで失敗した。しかも、そのせいで今まで隠していた奏の能力の片鱗を相手に晒すことになってしまったというおまけ付きで。

 失敗したと気付くと同時に奏自身が力を抑え込んだため大事に至ることはなかったが、普通の魔性とは違う、異質なる彼の能力に相手が気付いた可能性はゼロとは言えず。

 そのことに落ち込み、ラズリに合わす顔がないと彼女の元へ戻らないのは理解できる。理解できるが──では、何も知らないまま放置されているラズリの気持ちはどうなるのだろう?

 彼女は今も、不安気な顔で奏の名を呼んでいるというのに。

「何時迄もこんな所で時間を潰して……考えたところでどうにもならないことは分かりきっているでしょう?」

 そう言って奏を諭すも、彼は空中で膝を抱え、そこに額をくっ付けたまま顔を上げる気配はない。

 自分のせいでラズリの中の異物を排除できなかったばかりか、数百年単位で隠してきた自分自身の存在を、自ら知らしめるような真似をしてしまったのだ。奏が落ち込む理由も、落ち込みたくなる気持ちもよく分かる。

 だが、バレてしまったものは仕方がないとも思うのだ。

 落ち込んでいても今更如何にもならないのだし、だったら迅速に頭の中を切り替えて動くことこそが肝要ではないか。

 取り敢えずの応急処置として、ラズリの居場所を感知できないよう処理を施しはしたが、それとて単なる誤魔化しに過ぎず、何時まで保つか分からない。闇より力の強い魔性であれば、自分のかけた目眩しなど容易く払い除けてしまえるのだから。

「……なんなら、この辺りで彼女を見捨てますか?」

 そうすれば、少なくとも奏が見つかることはない。

 これまでのように能力を使わず、最低限の力のみで生きていくなら、この先も変わらず奏が平穏に生きていくことは可能だろう。

 たとえ相手が魔神であろうとも。

 これまでだって、奏はずっと見つかることなく生きて来られたのだから。

 但しそれは『ラズリと共にいない場合』に限る。

 他の魔性はともかく、ラズリに異物を仕込んだ当の本人である魔性だけは、奏が彼女の身体に介入した際、異質な力が発現したことに気付いたに違いない。

 能力的に相手は魔神ではないと思うが、それでもあれだけ手の込んだ仕掛けを施すような人物だ。闇の目眩しなどモノともせず、簡単にラズリを見つけ出す恐れがある。

 寧ろ、一時的にラズリの居場所を分からなくしたことで、より精力的に探し出そうとするかもしれない。

 そうなったら、今の奏では明らかに分が悪い。

 今のうちに、なんとかしなければ……。

 闇は考えを巡らせつつ、空中で膝を抱え、落ち込む奏を一瞥した。







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