97 / 205
第九章 魔力を吸う札
失われた魔力
札の中の黒ずみが、出口を求めて蠢いている。
ミルドに使用済みの札を返されたルーチェは、異様な動きを見せる黒ずみを見て、まずそう思った。
まるで意思があるかのように蠢くそれは、札の中という狭い範囲内を絶えず行ったり来たりして、出口へと繋がる部分を探しているかのようだ。
そんなもの、いくら探そうともありはしないのに。
だが、魔性本体から離れても蠢き続けるそれは、とても不気味だ。特に、ミルドがハンカチで包むようにして渡してきた、真っ黒に染め上がった札は格別に。
「この二枚がどうして真っ黒になっているのか、聞いてもいいかい?」
ミルドに問えば、彼はただ一言、分からないとだけ答えた。
三枚一緒に胸当ての裏へと忍ばせていたが、そこから札を取り出した際、既に今のような状態になっていたと。
「へぇ……そうなんだ。まぁ……黒い靄のようなものを札が吸い込むところを胸当て越しにしか見ていないのなら、その答えでも仕方がないのかな」
とは言うものの、無論そんな説明で納得できるはずはなく、ルーチェは熟考するように顎の下に手を当てる。
氷依を捕まえた時は一枚の札で事足りたし、吸収した彼女の力が札の内部で暴れ回るなんてことはなかった。
なのに何故、今回だけこんなことになっているのか?
札の性能は氷依に使った時と比べて、そこまで変わっているわけではないのに。
基本的な作り方は同じだし、改良したといっても自分の力を以前より若干多めに注ぎ込んだだけだ。
だというのに、どうして結果はこんなにも違うのだろう?
悩むルーチェに答えを齎したのは、ミルドの隣にこれまで無言で控えていた氷依だった。
「もしかしたら……元々の魔性の強さに関係があるのかもしれません」
「どういうことだい?」
間髪入れず聞き返せば、氷依は屈辱に声を震わせながら、ミルドと共に黒い靄に捕らわれた時のことを話し出した。
全力ともいえる力を使った氷依に対し、黒い靄を纏ったアランは一歩も退かなかったこと。それどころか、一瞬の隙を突かれてミルドを結界の外へと引き摺り出され、彼を取り戻そうとした際、二人纏めて地面へと縫い付けられてしまったことなど。
「終始わたくしは人間の男に押され、あの者の動きを止めることはできなかったのです。尤も、わたくしが本来の力を取り戻してさえいれば、それも可能であったかもしれないけれど……」
「成る程ね。確かにそうかもしれないな……」
しかしそれはかもしれないというだけで、確実にそうだと言い切れるわけではない。氷依の魔力と黒い靄を吸い込んだ其々の札を見る限り、二人の能力には明らかに差があるようにしか見えないのだから。
──何日か前に、ルーチェは氷依から『力が戻っていない』と報告を受けていた。
そんな状態で戦っていたのなら、氷依が他の魔性より弱かったのは、当然のことだっただろう。
だが、ミルドが氷依を捕らえた時はどうだったのか?
その時の彼女は恐らく万全の状態であったに違いない。にも関わらず、彼女の魔力を吸い取った札は淡い水色に染まっているぐらいで、黒い札のように内部で何かが蠢いているわけでもない。
つまり──今回アランに手を貸した魔性と氷依とでは、天と地まではいかずとも、それなりにお互いの強さに開きがあったということになる。
しかも相手は魔性本人ではなく、力を貸し与えられたアランであったのだから、尚更だ。
「けど、上手くいけば……」
当初の予定とは違うが、今回の件に関わった魔性を新たな配下として加えられるかもしれない。氷依が言うように、ルーチェの作成した札に吸収された魔力は回復しないのだとしたら、それだけで十分に勝機はある。
相手の魔性は今回かなりの魔力を失っているだろうから、そいつを見つけ、従えることができれば──。
「念願の二人目が手に入る……」
真っ黒い二枚の札に目をやり、ルーチェは楽し気に喉を鳴らす。
ここへ来て、漸く運が向いてきたのかもしれない──。
ミルドに使用済みの札を返されたルーチェは、異様な動きを見せる黒ずみを見て、まずそう思った。
まるで意思があるかのように蠢くそれは、札の中という狭い範囲内を絶えず行ったり来たりして、出口へと繋がる部分を探しているかのようだ。
そんなもの、いくら探そうともありはしないのに。
だが、魔性本体から離れても蠢き続けるそれは、とても不気味だ。特に、ミルドがハンカチで包むようにして渡してきた、真っ黒に染め上がった札は格別に。
「この二枚がどうして真っ黒になっているのか、聞いてもいいかい?」
ミルドに問えば、彼はただ一言、分からないとだけ答えた。
三枚一緒に胸当ての裏へと忍ばせていたが、そこから札を取り出した際、既に今のような状態になっていたと。
「へぇ……そうなんだ。まぁ……黒い靄のようなものを札が吸い込むところを胸当て越しにしか見ていないのなら、その答えでも仕方がないのかな」
とは言うものの、無論そんな説明で納得できるはずはなく、ルーチェは熟考するように顎の下に手を当てる。
氷依を捕まえた時は一枚の札で事足りたし、吸収した彼女の力が札の内部で暴れ回るなんてことはなかった。
なのに何故、今回だけこんなことになっているのか?
札の性能は氷依に使った時と比べて、そこまで変わっているわけではないのに。
基本的な作り方は同じだし、改良したといっても自分の力を以前より若干多めに注ぎ込んだだけだ。
だというのに、どうして結果はこんなにも違うのだろう?
悩むルーチェに答えを齎したのは、ミルドの隣にこれまで無言で控えていた氷依だった。
「もしかしたら……元々の魔性の強さに関係があるのかもしれません」
「どういうことだい?」
間髪入れず聞き返せば、氷依は屈辱に声を震わせながら、ミルドと共に黒い靄に捕らわれた時のことを話し出した。
全力ともいえる力を使った氷依に対し、黒い靄を纏ったアランは一歩も退かなかったこと。それどころか、一瞬の隙を突かれてミルドを結界の外へと引き摺り出され、彼を取り戻そうとした際、二人纏めて地面へと縫い付けられてしまったことなど。
「終始わたくしは人間の男に押され、あの者の動きを止めることはできなかったのです。尤も、わたくしが本来の力を取り戻してさえいれば、それも可能であったかもしれないけれど……」
「成る程ね。確かにそうかもしれないな……」
しかしそれはかもしれないというだけで、確実にそうだと言い切れるわけではない。氷依の魔力と黒い靄を吸い込んだ其々の札を見る限り、二人の能力には明らかに差があるようにしか見えないのだから。
──何日か前に、ルーチェは氷依から『力が戻っていない』と報告を受けていた。
そんな状態で戦っていたのなら、氷依が他の魔性より弱かったのは、当然のことだっただろう。
だが、ミルドが氷依を捕らえた時はどうだったのか?
その時の彼女は恐らく万全の状態であったに違いない。にも関わらず、彼女の魔力を吸い取った札は淡い水色に染まっているぐらいで、黒い札のように内部で何かが蠢いているわけでもない。
つまり──今回アランに手を貸した魔性と氷依とでは、天と地まではいかずとも、それなりにお互いの強さに開きがあったということになる。
しかも相手は魔性本人ではなく、力を貸し与えられたアランであったのだから、尚更だ。
「けど、上手くいけば……」
当初の予定とは違うが、今回の件に関わった魔性を新たな配下として加えられるかもしれない。氷依が言うように、ルーチェの作成した札に吸収された魔力は回復しないのだとしたら、それだけで十分に勝機はある。
相手の魔性は今回かなりの魔力を失っているだろうから、そいつを見つけ、従えることができれば──。
「念願の二人目が手に入る……」
真っ黒い二枚の札に目をやり、ルーチェは楽し気に喉を鳴らす。
ここへ来て、漸く運が向いてきたのかもしれない──。
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?
志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。
父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。
多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。
オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。
それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。
この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています
ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!
【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
そう名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️