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第九章 魔力を吸う札
名前を呼ぶ声
どうしてこんな事になったんだ、全て順調だったはずなのに。
灰色の髪の魔性に氷依を連れ去られ、静かになった室内で、ルーチェはただ呆然と座り込んでいた。
「氷依……氷依……」
呟くように、何度も彼女の名を呼んでみる。
いつだって、自分が呼べば彼女はすぐに姿を現してくれた。なのに今は、何度呼んでも姿を現すことはない。
「氷依、氷依……」
分かっていても、ルーチェは氷依の名を呼ばずにはいられなかった。
彼女は大事な自分の駒だ。魔性という強大な種族であるたった一つの大切な駒。
今無くすわけにはいかない。どうしても取り戻さなければならない。
けれど、どうしたら取り戻せるのかが分からない。
「僕は一体、どうしたらいいんだ……」
両手で頭を抱え、ルーチェは呻いた。
氷依が攫われる寸前、手を伸ばしたが届かなかった。
まさかあの魔性の男が氷依を盾代わりとし、そのまま連れ去ってしまうだなんて考えもしていなかった。
しかも氷依は、弱った身体に新たな札を貼り付けられたせいで、意識までも失っていたのだ。
「元々魔力が減って弱ってると言っていたのに、僕達を守るために余計な力を使ったから……」
最悪、今頃は魔力が枯渇して消滅してしまっているかもしれない。
そんなことになってしまったら──最も大切にしていた有用な駒が無くなってしまう。まだ大した働きもしてもらってはいなかったのに。
あの場合は、どうするのが正解だった?
どうしたら氷依を守ることができた?
幾通りもの方法を思い浮かべてみるも、そのどれもが有効だとは思えず、ルーチェはつい唇を噛む。
恐らく今後、何度もこういったことは起きるだろう。その時のために、今から対処法を考えておかなければならない。
事が起こってからでは遅いのだ。それでは今回のように手遅れになってしまう。
今後も同じことが続いたら、結果的に不利になるのは間違いなく自分なのだから。
「本当に、こんな時に邪魔が入るなんてね……」
まさに今、これからという時だった。
氷依よりも強いであろう魔性の力を封じ込めた札が手に入り、気分が高揚し、最高潮に胸が高鳴っていた。
自分の作成した札が奪った魔力は再生できないことも知り、上手く使えば魔神だって相手取れるかもしれないと無謀なことまで考えた。
弱体化した氷依については、今回奪ってきた強い魔性の魔力を注ぎ、どうなるかを探ろうと──実験しようと──していた矢先のことだった。
「それが、どうして……」
灰色の髪の魔性は、氷依の瞳に興味を持ったように見えた。
嫌がる彼女の瞳を、無理にこじ開けてでも見ようとしていたから。
なのに氷依が頑なに目を開けず、彼に瞳を見せるのを嫌がったから、連れ去られたのだろうか?
「まさか、たったそれだけのことで……?」
そもそも彼はルーチェの作った札のことを知るために、此処へ来たのではなかったか。
氷依を人質に取った際、聞きたがったのはそのことであったはずだ。
だのにどうして、彼は氷依を連れ、姿を消してしまったのか。
「……っ、そもそも君が僕の言う通りに動かないから……!」
自分の背後で、少し前の自分と同じように未だ呆然と座り込んでいるミルドへと向き直り、ルーチェは彼を怒りのままに蹴りつけた。
「君が! ちゃんと! 僕の! 計画通りに動いていたら!」
「も、申し訳ございません! 申し訳ございません!」
一言口にするたびミルドを足蹴にするも、ルーチェの気持ちは全く晴れない。
それはきっと、今更何をしようとも氷依に関しては手遅れなんだと分かりきっているからだろう。
せっかく有用な駒を手に入れたのに、こんなにも簡単に無くすことになるなんて。
「………………」
一頻りミルドを蹴り付けた後、ルーチェは床の上に残された札を拾い、グシャリと握り潰す。
この札が魔性の男に貼り付いてさえいれば、状況は違ったものとなっていたはず。
「氷依……」
どうか無事でいてくれ──と願いながら、ルーチェは目を閉じ、氷依へと呼び掛けた。
彼女はもう、自分なしではいられない。だから意識を取り戻した時、自分の声が聞こえたのなら、必ずそれに応えるはず。
そうしたところで、彼女を連れ去った魔性の男に気付かれてしまえば、逃げ出す事は容易ではないだろうが。
それでも、一瞬でも良い。氷依が自分の元へ姿を現してくれさえすれば、彼女の命を奪う札を引き剥がしてやることができる。
「だからどうか、氷依……」
せっかくの駒だ。まだ無くすには惜しい。
取り戻した後にまた奪われても、彼女が生きてさえいれば、自分のかけた術を解除さえされなければ、永遠に利用し続けられる事に変わりはない。
他者の元にあることで多少利用しづらくはなっても、彼女の真の主は自分だ。要所でのみ役に立ってくれれば、それで良い。
だから、呼ぶ。
定期的に何度も、何度も、彼女の名前を。
「氷依、氷依……」
早く、応えて。僕の声に。
君にとって誰よりも大切で愛しいのは僕だろう?
氷依、氷依……どうか僕の声に……──。
灰色の髪の魔性に氷依を連れ去られ、静かになった室内で、ルーチェはただ呆然と座り込んでいた。
「氷依……氷依……」
呟くように、何度も彼女の名を呼んでみる。
いつだって、自分が呼べば彼女はすぐに姿を現してくれた。なのに今は、何度呼んでも姿を現すことはない。
「氷依、氷依……」
分かっていても、ルーチェは氷依の名を呼ばずにはいられなかった。
彼女は大事な自分の駒だ。魔性という強大な種族であるたった一つの大切な駒。
今無くすわけにはいかない。どうしても取り戻さなければならない。
けれど、どうしたら取り戻せるのかが分からない。
「僕は一体、どうしたらいいんだ……」
両手で頭を抱え、ルーチェは呻いた。
氷依が攫われる寸前、手を伸ばしたが届かなかった。
まさかあの魔性の男が氷依を盾代わりとし、そのまま連れ去ってしまうだなんて考えもしていなかった。
しかも氷依は、弱った身体に新たな札を貼り付けられたせいで、意識までも失っていたのだ。
「元々魔力が減って弱ってると言っていたのに、僕達を守るために余計な力を使ったから……」
最悪、今頃は魔力が枯渇して消滅してしまっているかもしれない。
そんなことになってしまったら──最も大切にしていた有用な駒が無くなってしまう。まだ大した働きもしてもらってはいなかったのに。
あの場合は、どうするのが正解だった?
どうしたら氷依を守ることができた?
幾通りもの方法を思い浮かべてみるも、そのどれもが有効だとは思えず、ルーチェはつい唇を噛む。
恐らく今後、何度もこういったことは起きるだろう。その時のために、今から対処法を考えておかなければならない。
事が起こってからでは遅いのだ。それでは今回のように手遅れになってしまう。
今後も同じことが続いたら、結果的に不利になるのは間違いなく自分なのだから。
「本当に、こんな時に邪魔が入るなんてね……」
まさに今、これからという時だった。
氷依よりも強いであろう魔性の力を封じ込めた札が手に入り、気分が高揚し、最高潮に胸が高鳴っていた。
自分の作成した札が奪った魔力は再生できないことも知り、上手く使えば魔神だって相手取れるかもしれないと無謀なことまで考えた。
弱体化した氷依については、今回奪ってきた強い魔性の魔力を注ぎ、どうなるかを探ろうと──実験しようと──していた矢先のことだった。
「それが、どうして……」
灰色の髪の魔性は、氷依の瞳に興味を持ったように見えた。
嫌がる彼女の瞳を、無理にこじ開けてでも見ようとしていたから。
なのに氷依が頑なに目を開けず、彼に瞳を見せるのを嫌がったから、連れ去られたのだろうか?
「まさか、たったそれだけのことで……?」
そもそも彼はルーチェの作った札のことを知るために、此処へ来たのではなかったか。
氷依を人質に取った際、聞きたがったのはそのことであったはずだ。
だのにどうして、彼は氷依を連れ、姿を消してしまったのか。
「……っ、そもそも君が僕の言う通りに動かないから……!」
自分の背後で、少し前の自分と同じように未だ呆然と座り込んでいるミルドへと向き直り、ルーチェは彼を怒りのままに蹴りつけた。
「君が! ちゃんと! 僕の! 計画通りに動いていたら!」
「も、申し訳ございません! 申し訳ございません!」
一言口にするたびミルドを足蹴にするも、ルーチェの気持ちは全く晴れない。
それはきっと、今更何をしようとも氷依に関しては手遅れなんだと分かりきっているからだろう。
せっかく有用な駒を手に入れたのに、こんなにも簡単に無くすことになるなんて。
「………………」
一頻りミルドを蹴り付けた後、ルーチェは床の上に残された札を拾い、グシャリと握り潰す。
この札が魔性の男に貼り付いてさえいれば、状況は違ったものとなっていたはず。
「氷依……」
どうか無事でいてくれ──と願いながら、ルーチェは目を閉じ、氷依へと呼び掛けた。
彼女はもう、自分なしではいられない。だから意識を取り戻した時、自分の声が聞こえたのなら、必ずそれに応えるはず。
そうしたところで、彼女を連れ去った魔性の男に気付かれてしまえば、逃げ出す事は容易ではないだろうが。
それでも、一瞬でも良い。氷依が自分の元へ姿を現してくれさえすれば、彼女の命を奪う札を引き剥がしてやることができる。
「だからどうか、氷依……」
せっかくの駒だ。まだ無くすには惜しい。
取り戻した後にまた奪われても、彼女が生きてさえいれば、自分のかけた術を解除さえされなければ、永遠に利用し続けられる事に変わりはない。
他者の元にあることで多少利用しづらくはなっても、彼女の真の主は自分だ。要所でのみ役に立ってくれれば、それで良い。
だから、呼ぶ。
定期的に何度も、何度も、彼女の名前を。
「氷依、氷依……」
早く、応えて。僕の声に。
君にとって誰よりも大切で愛しいのは僕だろう?
氷依、氷依……どうか僕の声に……──。
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