15 / 205
第一章 回り出した歯車
砕かれた矜持
「なかなかに厄介だな……」
近くにいた村人から娘の弱点と呼ぶべきものを聞き出した後、ミルドは大きなため息を吐いていた。
何故かというと、彼女の弱点が──彼女自身の祖父であったからだ。
祖父が孫娘可愛さに、娘を王宮へ連れていく事を渋ったケースは今までにも何件かあったものの、その逆はあり得なかった。
無論、おじいちゃん子やおばあちゃん子というのは居たが、弱点といえる程ではなかったように思う。
しかし、あの村人は嘘を吐いている風でもなかったし、村で娘と老人を引き離した際に、妙な悲壮感が漂っていた事も確かだ。
「だが、だからと言って……」
今更老人の命を盾に脅したところで、娘が言う事を聞くとは思えない。
「せめてアランのやつが馬鹿な真似さえしなければ、もう少しやりようもあったかもしれないが……」
当初の計画では、一度王宮へ行きさえすれば村へ帰れると、言葉巧みに信じさせて連れて行く算段だった。それが無理なら、脅して連れて行けば良いと。
なのに実際はどうだ。
王宮騎士である自分に嘘を吐いたと無理矢理二人を引き離し、あまつさえ村人達にまでも乱暴を働いた。
今でこそ両手足を拘束しているから村の外までは連れ出せているが、この先はそうもいかないだろう。
これまで連れ去った娘は、両手を結び、馬に同乗する騎士に縛り付ければ、さして抵抗らしい抵抗はせず、みな大人しく王宮へと運ばれた。
だが、あの娘はどうもそれでは危険な気がする。
こんな小さな村に閉じ込められて生きてきた関係上、馬に対する知識など持ち合わせてはいないだろうし、僅かな接触で知り得た性格だって、女らしいとは言い難かった。
そんな娘を不用意に馬に乗せたら最後、何の躊躇いもなく馬の腹を蹴る可能性がある。かといって、足まで縛ると流石に危険だし、馬の腹を蹴ると危ないと教えたところで、言うことを聞くかどうか分からない。
となると、残された手段は一つしかないわけなのだが。それとて完璧とは言えない方法であるし、完璧でない以上、一抹の不安が残る。
「どうしたものか……」
悩みながら、ミルドは狭い門のような木の間を通り抜け、村から森の中へと出た。
そこで待ち構えていたアランから、村を出たすぐのところでラズリが意識を失った、との報告を受ける。
「そうか。それなら……」
意識がないうちに馬に乗せ、少しでも距離を稼ぐか──と言いかけて、ミルドは口を噤んだ。
それよりも、もっと良い方法を思いついたからだ。
「どうせ始末するんだ、後でも先でも変わらない。いや、寧ろ先の方が生きる気力を失くして、大人しくなるかもしれないな?」
明言したわけではないのに、何の事か分かったのだろう。
呟くように言ったミルドの言葉に、未だラズリを抱えたままのアランは瞳を輝かせた。
「隊長を待つ間に準備は進めておいたんで、すぐにでも実行できますよ!」
そんな指示を出した覚えはない。
だが、どうやらアランは指示を出してもいないのに、勝手に動いていたようだ。
本来であれば、命令無視を咎めるところであるが……今は逆にありがたい。そういう方面に関しては、本当に動きが早いなと、ミルドは苦笑せずにいられなかった。
まさか、こっちの作戦を早めるために、わざと村人達に手を出したわけではないだろうな?
一瞬そんな疑いを持ってしまったが、さすがにないか、とため息を吐いて、その考えを追いやった。
今はそんなことより、作戦を実行する方が先だ。
本来なら、娘を先に出発させてから決行する予定の作戦だったが、状況が変わった今、そんな悠長なことは言っていられない。娘を確実に王宮へと連れ帰らなければ、自分達に平穏は訪れないのだから。
ミルドとて、不用意にラズリを傷つけたいわけではないから、できることなら知らせずに済ませたかった。必要に迫られなければ、彼女にはその事実を知らないまま、生きていって欲しいとも思っていた。
だが、今更仕方がないことだ。
これは自分のせいだけではない。ラズリとて悪いのだ。
お前が素直にこちらの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかった。そうしなかったお前にこそ、非があるのだ。
未だ意識を失ったままのラズリにチラと視線を向け、ミルドは最後の躊躇いを切り捨てるかのように、大声で部下達に指示を飛ばした。
「……いいか! 五分後に第二の作戦を決行する! 全員配置に着け!」
栄えある王宮騎士である自分達が、こんな人殺しのような真似をする日が来るなど、思ってもみなかった。
いや、これは人殺しの真似などではない。明らかな人殺しなのだ。
意識すると、沈んでしまいそうな気持ちを叱咤しながら歩を進め、ミルドは全員の配置を確認する。
騎士として、犯罪者や危険人物を手に掛けたことはこれまでに何度もあった。だが、無実の人間や民間人に手を掛けたことは一度としてない。
それがミルドの騎士としての自尊心であり、矜持でもあった。
今日までは──。
近くにいた村人から娘の弱点と呼ぶべきものを聞き出した後、ミルドは大きなため息を吐いていた。
何故かというと、彼女の弱点が──彼女自身の祖父であったからだ。
祖父が孫娘可愛さに、娘を王宮へ連れていく事を渋ったケースは今までにも何件かあったものの、その逆はあり得なかった。
無論、おじいちゃん子やおばあちゃん子というのは居たが、弱点といえる程ではなかったように思う。
しかし、あの村人は嘘を吐いている風でもなかったし、村で娘と老人を引き離した際に、妙な悲壮感が漂っていた事も確かだ。
「だが、だからと言って……」
今更老人の命を盾に脅したところで、娘が言う事を聞くとは思えない。
「せめてアランのやつが馬鹿な真似さえしなければ、もう少しやりようもあったかもしれないが……」
当初の計画では、一度王宮へ行きさえすれば村へ帰れると、言葉巧みに信じさせて連れて行く算段だった。それが無理なら、脅して連れて行けば良いと。
なのに実際はどうだ。
王宮騎士である自分に嘘を吐いたと無理矢理二人を引き離し、あまつさえ村人達にまでも乱暴を働いた。
今でこそ両手足を拘束しているから村の外までは連れ出せているが、この先はそうもいかないだろう。
これまで連れ去った娘は、両手を結び、馬に同乗する騎士に縛り付ければ、さして抵抗らしい抵抗はせず、みな大人しく王宮へと運ばれた。
だが、あの娘はどうもそれでは危険な気がする。
こんな小さな村に閉じ込められて生きてきた関係上、馬に対する知識など持ち合わせてはいないだろうし、僅かな接触で知り得た性格だって、女らしいとは言い難かった。
そんな娘を不用意に馬に乗せたら最後、何の躊躇いもなく馬の腹を蹴る可能性がある。かといって、足まで縛ると流石に危険だし、馬の腹を蹴ると危ないと教えたところで、言うことを聞くかどうか分からない。
となると、残された手段は一つしかないわけなのだが。それとて完璧とは言えない方法であるし、完璧でない以上、一抹の不安が残る。
「どうしたものか……」
悩みながら、ミルドは狭い門のような木の間を通り抜け、村から森の中へと出た。
そこで待ち構えていたアランから、村を出たすぐのところでラズリが意識を失った、との報告を受ける。
「そうか。それなら……」
意識がないうちに馬に乗せ、少しでも距離を稼ぐか──と言いかけて、ミルドは口を噤んだ。
それよりも、もっと良い方法を思いついたからだ。
「どうせ始末するんだ、後でも先でも変わらない。いや、寧ろ先の方が生きる気力を失くして、大人しくなるかもしれないな?」
明言したわけではないのに、何の事か分かったのだろう。
呟くように言ったミルドの言葉に、未だラズリを抱えたままのアランは瞳を輝かせた。
「隊長を待つ間に準備は進めておいたんで、すぐにでも実行できますよ!」
そんな指示を出した覚えはない。
だが、どうやらアランは指示を出してもいないのに、勝手に動いていたようだ。
本来であれば、命令無視を咎めるところであるが……今は逆にありがたい。そういう方面に関しては、本当に動きが早いなと、ミルドは苦笑せずにいられなかった。
まさか、こっちの作戦を早めるために、わざと村人達に手を出したわけではないだろうな?
一瞬そんな疑いを持ってしまったが、さすがにないか、とため息を吐いて、その考えを追いやった。
今はそんなことより、作戦を実行する方が先だ。
本来なら、娘を先に出発させてから決行する予定の作戦だったが、状況が変わった今、そんな悠長なことは言っていられない。娘を確実に王宮へと連れ帰らなければ、自分達に平穏は訪れないのだから。
ミルドとて、不用意にラズリを傷つけたいわけではないから、できることなら知らせずに済ませたかった。必要に迫られなければ、彼女にはその事実を知らないまま、生きていって欲しいとも思っていた。
だが、今更仕方がないことだ。
これは自分のせいだけではない。ラズリとて悪いのだ。
お前が素直にこちらの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかった。そうしなかったお前にこそ、非があるのだ。
未だ意識を失ったままのラズリにチラと視線を向け、ミルドは最後の躊躇いを切り捨てるかのように、大声で部下達に指示を飛ばした。
「……いいか! 五分後に第二の作戦を決行する! 全員配置に着け!」
栄えある王宮騎士である自分達が、こんな人殺しのような真似をする日が来るなど、思ってもみなかった。
いや、これは人殺しの真似などではない。明らかな人殺しなのだ。
意識すると、沈んでしまいそうな気持ちを叱咤しながら歩を進め、ミルドは全員の配置を確認する。
騎士として、犯罪者や危険人物を手に掛けたことはこれまでに何度もあった。だが、無実の人間や民間人に手を掛けたことは一度としてない。
それがミルドの騎士としての自尊心であり、矜持でもあった。
今日までは──。
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?
志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。
父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。
多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。
オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。
それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。
この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています
ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!
【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
そう名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️