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第五章 新たな魔性
語られる真実
「は、はい! あの場に赤い髪の男はいなかったので、黒い靄は間違いなくあの女から出たものだったと思われます」
「そうか……」
部下の言葉に頷き、思案するようにミルドは目を閉じた。
あの娘のことを、それほど観察したわけではない。だから、彼女が魔性であるかもしれないという可能性もないとは言い切れないだろう。それは確かだ。
だが、人型の魔性は全て人外の美しさを誇っていると言われている。非常に申し訳ないと思うが、ラズリというあの娘はお世辞にも美しいとは言えない程度の容姿だった。
あの見た目、世間知らずな物言い、魔性について殆ど知らない知識の乏しさ──尤も、知識がなく世間を知らないのは、辺鄙な村に住んでいた事が多大に影響しているのかもしれないが──どれをとっても、あの娘が魔性だとはとても思えない。
しかし、そうだとすると部下の言った黒い靄が彼女の身体から発せられたという理由の説明がつかないことになる。
「その黒い靄……どんな状況で娘の身体から出たか分かるか?」
「え、あ、はい、ええと……」
何とはない質問であったはずだが、何故か部下は言いにくそうに言葉を濁した。
これは絶対に答えを知っている反応だ。だが、何らかの理由があって誤魔化そうとしているように思える。
隊長である自分に、そんな事をして許されると思っているのか?
それとも、自分をアランより下に見ているということだろうか。
ならばより、考えを正さねばならない。隊長の威厳なくして、任務継続は絶対不可能なのだから。
「話せ」
「えっ……! あ、あぁ……はい……」
強く言っても、チラリとアランに視線を向け、なおも躊躇いを見せる部下にミルドは憤る。
恐らく部下は、自分の口からアランの失態を語る事を躊躇っているのだろう。アランの意識がない状態で、本人の失態を部下である自分が告げ口のように報告してしまっていいものかと。
「……ヘイドン」
ミルドは、低い声で目の前にいる部下の名を呼んだ。
「は、はい?」
ヘイドンと呼ばれた男は、怯えた瞳をミルドに向ける。
小隊の中でも、気弱な部類に入る男。だからこそ彼は、自信家のアランに魅かれたのかもしれない。
だが、隊長は自分だ。自分の命令に従えないのであれば、連れて行く事はできない。
だからミルドは彼に告げた。抑揚のない、よく通る声で、ハッキリと。
「お前の所属している小隊の隊長は私であると思っていたが、副隊長であるアランを気にするあまり正しい報告が出来ないというのであれば、お前はクビだ」
「は……?」
「だが喜べ。私の言いつけを再三破ったアランも一緒にクビにしてやる。二人で共に王宮へと戻り、ルーチェ様に事の次第を報告するといい」
といっても、ルーチェ様が探している大切な女性を傷つけようとしたアランを、あの御方が許すとは到底思えないが──。
とまでは口にしなかったが、ミルドが言わんとしたことは、正しく彼に伝わったようだ。
「…………っ‼︎」
真っ青になったヘイドンは、その場に頽れるように膝をつき、ガタガタと震え出した。
だが、切り捨てた部下がどうなろうと、ミルドの知った事ではない。
他ならぬ自分さえ、ルーチェに見切りをつけられないよう必死なのだ。足を引っ張るような部下など、いない方が良いに決まっている。
もう随分と少なくなった部下の数がまた減ってしまうことになるが、こればかりはどうしようもない。それに、魔性相手では人間の部下が何人いたところで役に立たないのは分かりきっているから、そう思えばそれほど惜しいとも思えなかった。
「じゃあな」
短い別れの言葉を吐き、ミルドはヘイドンに背を向けると歩き出す──途端に、背後から片足を掴まれ、バランスを崩して片膝をついた。
「おおお待ち下さい! 話します。すべて正直に話しますから、俺を見捨てないで下さい!」
「私からの質問に、素直に答えなかったのはお前だろう? 見捨てるとは人聞きの悪い」
縋り付くヘイドンを振り払うべくミルドは足を振るが、全力で縋り付かれている為、離れる気配すらない。この様子では、斬り払う以外に彼から逃れる術はないだろう。
こんな風に縋り付いてくるぐらいなら、最初から素直に答えておけば良いものを……と思いつつ、ミルドは邪魔な部下を始末するため自らの剣の柄に手をかけた。
「ひぃっ……! お、お願いします! 俺の話を聞いて下さい! もう二度と誤魔化したりはしませんから……!」
ミルドの剣が抜かれないようヘイドンは剣の柄を握りしめ、お願いします、お願いしますと、馬鹿の一つ覚えのように繰り返してくる。
ここで彼を斬り捨てるのは簡単だが、他の部下達の目もある。己の寛容さを示す良い機会だと、ミルドは考えを切り替えた。
「……良いだろう。お前の殊勝な態度に免じて今回だけは見逃してやる。では、話してみろ」
「あ、ありがとう……ございます……」
ミルドの言葉に安堵したらしいヘイドンが、縋り付くのをやめ、地べたへと平伏する。
そこで、彼は漸く真実を語り始めた──。
「そうか……」
部下の言葉に頷き、思案するようにミルドは目を閉じた。
あの娘のことを、それほど観察したわけではない。だから、彼女が魔性であるかもしれないという可能性もないとは言い切れないだろう。それは確かだ。
だが、人型の魔性は全て人外の美しさを誇っていると言われている。非常に申し訳ないと思うが、ラズリというあの娘はお世辞にも美しいとは言えない程度の容姿だった。
あの見た目、世間知らずな物言い、魔性について殆ど知らない知識の乏しさ──尤も、知識がなく世間を知らないのは、辺鄙な村に住んでいた事が多大に影響しているのかもしれないが──どれをとっても、あの娘が魔性だとはとても思えない。
しかし、そうだとすると部下の言った黒い靄が彼女の身体から発せられたという理由の説明がつかないことになる。
「その黒い靄……どんな状況で娘の身体から出たか分かるか?」
「え、あ、はい、ええと……」
何とはない質問であったはずだが、何故か部下は言いにくそうに言葉を濁した。
これは絶対に答えを知っている反応だ。だが、何らかの理由があって誤魔化そうとしているように思える。
隊長である自分に、そんな事をして許されると思っているのか?
それとも、自分をアランより下に見ているということだろうか。
ならばより、考えを正さねばならない。隊長の威厳なくして、任務継続は絶対不可能なのだから。
「話せ」
「えっ……! あ、あぁ……はい……」
強く言っても、チラリとアランに視線を向け、なおも躊躇いを見せる部下にミルドは憤る。
恐らく部下は、自分の口からアランの失態を語る事を躊躇っているのだろう。アランの意識がない状態で、本人の失態を部下である自分が告げ口のように報告してしまっていいものかと。
「……ヘイドン」
ミルドは、低い声で目の前にいる部下の名を呼んだ。
「は、はい?」
ヘイドンと呼ばれた男は、怯えた瞳をミルドに向ける。
小隊の中でも、気弱な部類に入る男。だからこそ彼は、自信家のアランに魅かれたのかもしれない。
だが、隊長は自分だ。自分の命令に従えないのであれば、連れて行く事はできない。
だからミルドは彼に告げた。抑揚のない、よく通る声で、ハッキリと。
「お前の所属している小隊の隊長は私であると思っていたが、副隊長であるアランを気にするあまり正しい報告が出来ないというのであれば、お前はクビだ」
「は……?」
「だが喜べ。私の言いつけを再三破ったアランも一緒にクビにしてやる。二人で共に王宮へと戻り、ルーチェ様に事の次第を報告するといい」
といっても、ルーチェ様が探している大切な女性を傷つけようとしたアランを、あの御方が許すとは到底思えないが──。
とまでは口にしなかったが、ミルドが言わんとしたことは、正しく彼に伝わったようだ。
「…………っ‼︎」
真っ青になったヘイドンは、その場に頽れるように膝をつき、ガタガタと震え出した。
だが、切り捨てた部下がどうなろうと、ミルドの知った事ではない。
他ならぬ自分さえ、ルーチェに見切りをつけられないよう必死なのだ。足を引っ張るような部下など、いない方が良いに決まっている。
もう随分と少なくなった部下の数がまた減ってしまうことになるが、こればかりはどうしようもない。それに、魔性相手では人間の部下が何人いたところで役に立たないのは分かりきっているから、そう思えばそれほど惜しいとも思えなかった。
「じゃあな」
短い別れの言葉を吐き、ミルドはヘイドンに背を向けると歩き出す──途端に、背後から片足を掴まれ、バランスを崩して片膝をついた。
「おおお待ち下さい! 話します。すべて正直に話しますから、俺を見捨てないで下さい!」
「私からの質問に、素直に答えなかったのはお前だろう? 見捨てるとは人聞きの悪い」
縋り付くヘイドンを振り払うべくミルドは足を振るが、全力で縋り付かれている為、離れる気配すらない。この様子では、斬り払う以外に彼から逃れる術はないだろう。
こんな風に縋り付いてくるぐらいなら、最初から素直に答えておけば良いものを……と思いつつ、ミルドは邪魔な部下を始末するため自らの剣の柄に手をかけた。
「ひぃっ……! お、お願いします! 俺の話を聞いて下さい! もう二度と誤魔化したりはしませんから……!」
ミルドの剣が抜かれないようヘイドンは剣の柄を握りしめ、お願いします、お願いしますと、馬鹿の一つ覚えのように繰り返してくる。
ここで彼を斬り捨てるのは簡単だが、他の部下達の目もある。己の寛容さを示す良い機会だと、ミルドは考えを切り替えた。
「……良いだろう。お前の殊勝な態度に免じて今回だけは見逃してやる。では、話してみろ」
「あ、ありがとう……ございます……」
ミルドの言葉に安堵したらしいヘイドンが、縋り付くのをやめ、地べたへと平伏する。
そこで、彼は漸く真実を語り始めた──。
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