73 / 205
第六章 因縁
土壇場
「死ねぇぇぇぇぇぇ!」
遥か頭上から、アランの声が降ってくる。
彼が目的としているのは自分の命だと分かっているのに、何故かミルドはどこか他人事のような気持ちでその声を聞いていた。
もう……ここまでなのか? 私はここで死ぬのか……?
既に頭痛はかなり治まってきているものの、今更攻撃を避ける気にはなれず、ゆっくりと瞳を閉じる。
生き残ったところで、どうせ今後もルーチェの無茶振りに付き合わされることになるのは明白だ。娘さえ連れ帰れば自由になれるかもしれないと夢を見た瞬間もあったが、それも赤い髪の魔性が現れたことにより虚しく消えた。
ならばもう、良いのではないか。ここらで解放されるのもありなんじゃないかという考えに支配され、ミルドはゴロリと身体を横たえた。
「こんな私の命で気が済むのなら、好きにすれば良い」
かわりに私は、ルーチェ様にこき使われるだけの生き地獄から解放される。だったらここで死ぬのも、一興かもしれない。
そう思ったのだが、無情にも天はミルドの願いを叶えてはくれなかった。
「すまん、遅くなった!」
自分を見捨てたと思っていた女の声が耳に飛び込んできたのと同時に、問答無用で身体を引かれ、氷壁の中へと引き摺り込まれる。
「なっ……」
邪魔をするな!
と咄嗟に叫ぼうとしたが、すぐ側で大きな破壊音がしたことにより、言葉を紡ぐことはできなかった。
「………………」
もうもうと立ち昇る土煙を見て、ミルドはゴクリと唾を呑み込む。
ついさっきまで、自分のいた場所。あれほどの攻撃を受けていたら、まず間違いなく木っ端微塵になっていただろう。下手に傷を負った状態で生き残ってしまうより良いのかも知れないが、そこまでの攻撃力を手にしたアランに、改めて恐怖を覚えた。
「……あれは最早、人ではないな」
土煙の中から姿を現したアランを見て、氷依が呟く。
ミルドへと伸びてきていた黒い靄は氷依の氷壁に阻まれたせいで全てアランの元へと戻っていて、ほぼ黒い靄の塊と化しているアランは、ミルドから見てもとても人間には見えなかった。
しかしまだ、彼は完全に取り込まれたわけではない。黒い靄と分離させることができれば、まだアランを人間に戻すことはできるのだ。
しかしここで問題となるのは、どうやってアランに靄を手放させるかだった。
再会してからの彼の口振りからすると、どうやってもそれが難しいことだというのは分かりすぎるほどに分かっていたからだ。
何故ならアランは黒い靄によって失くしたはずの腕を元通りにし、人間では到底持ち得ない能力を与えられ、それまで自分が付き従っていた上司を難なく葬り去ることができるほどの力を得たのだから。そんな様々なことが思い通りにできる便利な代物を、手放したいと思う者などいるはずがない。もしもミルドがアランと同じ立場だったとしても、絶対に手放さないだろう。
そう思うからこそ、どうしたら良いのか思案に暮れてしまったのだ。
「アラン……」
徐々に近付いてくるかつての部下を見つめながら、ミルドは思わず彼の名を呼ぶ。
すると、その声が聞こえたのか──アランは此方を嘲るかのように口角をあげた。
「隊長……ギリギリで避けるとか、勘弁してくれませんかね? 土壇場になって、やっぱり命が惜しくなったとかですか?」
騎士隊の体調ともあろうお方が、随分と情けないものですね。
一歩一歩、確実に近づいて来ながら、蔑んだような視線を向けてくる。
「いや、今のは……」
自分の意思で逃げたわけではない──と言おうとするも、アランは聞く耳など持ってはいなかった。
「とっとと死んでくださいよ、隊長ぉぉぉぉ!」
獣の咆哮のように叫び、剣を構えて氷依の作り出した氷壁へと全身でぶつかってくる。
氷壁の表面に細かなヒビが無数に入った直後、ミルドの身体は黒い靄に絡め取られていたのだった。
遥か頭上から、アランの声が降ってくる。
彼が目的としているのは自分の命だと分かっているのに、何故かミルドはどこか他人事のような気持ちでその声を聞いていた。
もう……ここまでなのか? 私はここで死ぬのか……?
既に頭痛はかなり治まってきているものの、今更攻撃を避ける気にはなれず、ゆっくりと瞳を閉じる。
生き残ったところで、どうせ今後もルーチェの無茶振りに付き合わされることになるのは明白だ。娘さえ連れ帰れば自由になれるかもしれないと夢を見た瞬間もあったが、それも赤い髪の魔性が現れたことにより虚しく消えた。
ならばもう、良いのではないか。ここらで解放されるのもありなんじゃないかという考えに支配され、ミルドはゴロリと身体を横たえた。
「こんな私の命で気が済むのなら、好きにすれば良い」
かわりに私は、ルーチェ様にこき使われるだけの生き地獄から解放される。だったらここで死ぬのも、一興かもしれない。
そう思ったのだが、無情にも天はミルドの願いを叶えてはくれなかった。
「すまん、遅くなった!」
自分を見捨てたと思っていた女の声が耳に飛び込んできたのと同時に、問答無用で身体を引かれ、氷壁の中へと引き摺り込まれる。
「なっ……」
邪魔をするな!
と咄嗟に叫ぼうとしたが、すぐ側で大きな破壊音がしたことにより、言葉を紡ぐことはできなかった。
「………………」
もうもうと立ち昇る土煙を見て、ミルドはゴクリと唾を呑み込む。
ついさっきまで、自分のいた場所。あれほどの攻撃を受けていたら、まず間違いなく木っ端微塵になっていただろう。下手に傷を負った状態で生き残ってしまうより良いのかも知れないが、そこまでの攻撃力を手にしたアランに、改めて恐怖を覚えた。
「……あれは最早、人ではないな」
土煙の中から姿を現したアランを見て、氷依が呟く。
ミルドへと伸びてきていた黒い靄は氷依の氷壁に阻まれたせいで全てアランの元へと戻っていて、ほぼ黒い靄の塊と化しているアランは、ミルドから見てもとても人間には見えなかった。
しかしまだ、彼は完全に取り込まれたわけではない。黒い靄と分離させることができれば、まだアランを人間に戻すことはできるのだ。
しかしここで問題となるのは、どうやってアランに靄を手放させるかだった。
再会してからの彼の口振りからすると、どうやってもそれが難しいことだというのは分かりすぎるほどに分かっていたからだ。
何故ならアランは黒い靄によって失くしたはずの腕を元通りにし、人間では到底持ち得ない能力を与えられ、それまで自分が付き従っていた上司を難なく葬り去ることができるほどの力を得たのだから。そんな様々なことが思い通りにできる便利な代物を、手放したいと思う者などいるはずがない。もしもミルドがアランと同じ立場だったとしても、絶対に手放さないだろう。
そう思うからこそ、どうしたら良いのか思案に暮れてしまったのだ。
「アラン……」
徐々に近付いてくるかつての部下を見つめながら、ミルドは思わず彼の名を呼ぶ。
すると、その声が聞こえたのか──アランは此方を嘲るかのように口角をあげた。
「隊長……ギリギリで避けるとか、勘弁してくれませんかね? 土壇場になって、やっぱり命が惜しくなったとかですか?」
騎士隊の体調ともあろうお方が、随分と情けないものですね。
一歩一歩、確実に近づいて来ながら、蔑んだような視線を向けてくる。
「いや、今のは……」
自分の意思で逃げたわけではない──と言おうとするも、アランは聞く耳など持ってはいなかった。
「とっとと死んでくださいよ、隊長ぉぉぉぉ!」
獣の咆哮のように叫び、剣を構えて氷依の作り出した氷壁へと全身でぶつかってくる。
氷壁の表面に細かなヒビが無数に入った直後、ミルドの身体は黒い靄に絡め取られていたのだった。
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?
志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。
父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。
多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。
オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。
それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。
この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています
ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!
【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中!
※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります!
気付いたら異世界に転生していた主人公。
赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。
「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝🌹グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
そう名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
✴️設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
✴️稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️