【完】天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第八章 黒い靄

蠢くもの

 真っ黒に染められた札の中で、が蠢いていた。

 それが何かは分からない。だが確実に動いている。

 札から出てくる気配はないが、札の内部で終始動き回るその様は、出口を求めて彷徨っているかのようだ。

「……いや、違う。気のせいだ」

 そんなのは目の錯覚だと、自分の考えすぎだとミルドは自分に言い聞かせるようにしてして口にするが、札の中からが飛び出してくるかもしれない──という恐怖から、どうしても逃れることができない。

 どうする? これはどうするのが正解なんだ?

 本音を言えば、こんな不気味な札は今すぐにでも捨ててしまいたい。しかし主君に貰った札を勝手に捨てるなど、下手したら懲罰ものだ。故に自己判断でそんなことをするわけにはいかない。

 なら、どうするか──。

 こんな時氷依がいれば、すぐにでもルーチェの元へ札を持って行ってもらい、新しいものと交換してもらう──そもそも氷依は札に触ることができないのだが、ミルドはそれを失念している──ことができるのだが、あの女魔性はこういう大事な時に限って側にはおらず、ミルドの中でまた、『役立たず』という概念が強くなる。

 どうする? どうすれば良い?

 素手で札を持っているのが怖くなり、ミルドはハンカチを取り出すと、その上にそっと札を置いた。途端に、ピクリ、と何かに反応するかのように動いた札に、大きく肩を跳ねさせる。

「…………っ!」

 その札の動きは何かに反応しているようであり、また、何かに抵抗しているようでもあり──真っ黒に染め上げられた札がビクビクと動く異様な光景に、ミルドは激しい恐怖を覚えた。

「冗談じゃない……」

 冗談じゃないぞ。

 こんなものを何時迄も持ってはいられない。少しでも早く、この札を手放さなければ──。

 そう考えるが早いか、ミルドは札をハンカチで見えないように包むと胸当ての内には入れず、剣帯へと紐で括りつけた。

 万が一黒い靄が札の中から漏れ出した時、心臓の側に置いておくのは危険だと判断したからだ。

 今は札の中で大人しくしていても、いつ何時外へ出てくるか分からない。そんな危険を孕んだものは、極力身体から遠ざけておきたかった。

「とにかく、王宮へ戻らなければ……」

 もう部下達のことなど構っている余裕はない。一刻も早く王宮へ戻り変異した札を手放さなければ、自らの身がどうなるか分からないのだ。

 なにしろ封じているのは自分達にとって未知の力であるし、それを封じ込めている札もまた、作った本人でさえ不確定要素が多いという代物なのだから。

 どうしてこんなことになった? どうして自分ばかりが──。

 馬に激しく鞭を入れながら、ミルドは答えの出ない問いに頭を悩ませ続ける。

 主君からの嫌がらせ──確かにそれもあるだろう。だが、それだけではない。そんなものよりもっと根本的なところで、自分の不運は運命付けられているような気がした。

「私が一体何をした? ただ自分の幸せのために、必死で生きているだけじゃないか……」

 誰だってそれは同じだろう。なのに何故自分ばかり、こうも不幸に見舞われるのか。

 王宮へ戻る道すがら、ミルドは何度も札へと目をやり、ハンカチから黒い靄が漏れ出ていないか、何か異変が起きていないかを確かめた。

 こんな事実、気付かなければ良かった。札なんて取り出して見なければ良かった。

 そうすれば、王宮へ着くまでは平静を保てていただろうに。何の危険も不安も感じることなく、落ち着いて道中を進むことができていただろうに。

 しかし気付いてしまった以上、知らなかった時には戻れない。

 早く、早く、早く──。

 手綱を握る手が恐怖に震えそうになりながら、ミルドは懸命に王宮を目指した。








 

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