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第四章 相反する思い
次の矛先
「きゃあああああ!」
侯爵に打たれた衝撃で床に倒れ込んだザガロを見て、ジェニーは大声をあげた。
こんな風に、目の前で人が打たれるのを見るのは初めてだったからだ。
「ザ、ザガロ様……」
打たれた彼を心配する気持ちはあるものの、侯爵が怖くて近づけない。変にザガロを庇おうものなら、自分にも被害が及ぶ可能性がある。
どうしたらいいの……?
本当は一刻も早くここから逃げ出したいけれど、ジェニーの部屋は二階にあり、階段の中央部分に侯爵が立っているため、こっそり移動することはできそうにない。ならば一階に──と思うも、一階の奥へと続く廊下の入り口にはザガロが倒れており、こちらも通るのは無理そうだ。
これじゃどっちにも行けないじゃない!
自分は何の関係もないのに、ザガロと一緒に帰ってきたせいで妙なことに巻き込まれてしまったとジェニーは唇を噛み締める。
こんなことなら、たとえミディアが一緒でなくても、何人かの令息達を連れて平民街で寄り道すれば良かった。けれどそんな後悔をしたところで、今更どうすることもできない。
「そこの馬鹿を部屋に閉じ込めておけ!」
使用人に指示を出した後、侯爵が不意に彼女の方へと振り返った。
「へ? 何……?」
突然自分の方を向かれて動揺するも、咄嗟に身体は動いてくれない。
まさか自分まで打たれることはないわよね? とジェニーは思うも、使用人の手を借りながら立ち上がり、呻くザガロを見た瞬間、恐怖がせり上がってきた。
あんなに力一杯打たれたら、せっかくの私の顔が台無しになっちゃう……。
それだけは、なんとしても避けなければならない。
自分の顔は何よりも大切な武器なのだ。学園ではこの顔のお陰で誰よりもチヤホヤされている自覚があるし、街を歩けば彼女持ちの男達だって自分に見惚れ、物欲しそうな目を向けてくる。
だからこそ、将来はこの顔を使って高位貴族の家に嫁ぐことを目標にしているのに。
ここで暴力によって顔かたちを変えられたら、その夢が叶わなくなってしまう。
ゆっくりと近づいてくる侯爵からジェニーは距離をとると、じりじりと後退した。そうして徐々に後退し、とうとう背中が壁に当たって、どうしようもなくなった時だった。
「待ってあなた! 申し訳ございません! 謝りますから、どうかジェニーのことは許してあげてください!」
泣きながら駆け寄ってきた母親が、侯爵とジェニーの間に割り込んできて、彼女を庇うように抱きしめた。
「娘はまだ学園に通うようになって日が浅く、常識に疎いだけなのです。学園に通い始めるまでは、身体のせいで満足に勉強もできませんでした。そのため、貴族として最低限の礼儀すら教えられてはいなくて……ですからお願いです! どうか娘のことは許してやっていただけませんか? 娘には、今後私が責任を持って貴族の礼儀を教えますから!」
「お母様……」
母親の背中に手を回し、ジェニーは侯爵の視界から隠れるようにして身を縮こめる。
普段の態度から、どう見ても母親を溺愛している侯爵は、連れ子であるジェニーのこともとても大切にしてくれていた。だから大抵のことはいつも叱られずに済んでいたし、今回は母親が庇ってくれたのだから、たとえ侯爵が今までになく怒っていたとしても、これで許されると彼女は思い込んだ。
けれど、今回ばかりはそう上手くはいかなかった。
侯爵に打たれた衝撃で床に倒れ込んだザガロを見て、ジェニーは大声をあげた。
こんな風に、目の前で人が打たれるのを見るのは初めてだったからだ。
「ザ、ザガロ様……」
打たれた彼を心配する気持ちはあるものの、侯爵が怖くて近づけない。変にザガロを庇おうものなら、自分にも被害が及ぶ可能性がある。
どうしたらいいの……?
本当は一刻も早くここから逃げ出したいけれど、ジェニーの部屋は二階にあり、階段の中央部分に侯爵が立っているため、こっそり移動することはできそうにない。ならば一階に──と思うも、一階の奥へと続く廊下の入り口にはザガロが倒れており、こちらも通るのは無理そうだ。
これじゃどっちにも行けないじゃない!
自分は何の関係もないのに、ザガロと一緒に帰ってきたせいで妙なことに巻き込まれてしまったとジェニーは唇を噛み締める。
こんなことなら、たとえミディアが一緒でなくても、何人かの令息達を連れて平民街で寄り道すれば良かった。けれどそんな後悔をしたところで、今更どうすることもできない。
「そこの馬鹿を部屋に閉じ込めておけ!」
使用人に指示を出した後、侯爵が不意に彼女の方へと振り返った。
「へ? 何……?」
突然自分の方を向かれて動揺するも、咄嗟に身体は動いてくれない。
まさか自分まで打たれることはないわよね? とジェニーは思うも、使用人の手を借りながら立ち上がり、呻くザガロを見た瞬間、恐怖がせり上がってきた。
あんなに力一杯打たれたら、せっかくの私の顔が台無しになっちゃう……。
それだけは、なんとしても避けなければならない。
自分の顔は何よりも大切な武器なのだ。学園ではこの顔のお陰で誰よりもチヤホヤされている自覚があるし、街を歩けば彼女持ちの男達だって自分に見惚れ、物欲しそうな目を向けてくる。
だからこそ、将来はこの顔を使って高位貴族の家に嫁ぐことを目標にしているのに。
ここで暴力によって顔かたちを変えられたら、その夢が叶わなくなってしまう。
ゆっくりと近づいてくる侯爵からジェニーは距離をとると、じりじりと後退した。そうして徐々に後退し、とうとう背中が壁に当たって、どうしようもなくなった時だった。
「待ってあなた! 申し訳ございません! 謝りますから、どうかジェニーのことは許してあげてください!」
泣きながら駆け寄ってきた母親が、侯爵とジェニーの間に割り込んできて、彼女を庇うように抱きしめた。
「娘はまだ学園に通うようになって日が浅く、常識に疎いだけなのです。学園に通い始めるまでは、身体のせいで満足に勉強もできませんでした。そのため、貴族として最低限の礼儀すら教えられてはいなくて……ですからお願いです! どうか娘のことは許してやっていただけませんか? 娘には、今後私が責任を持って貴族の礼儀を教えますから!」
「お母様……」
母親の背中に手を回し、ジェニーは侯爵の視界から隠れるようにして身を縮こめる。
普段の態度から、どう見ても母親を溺愛している侯爵は、連れ子であるジェニーのこともとても大切にしてくれていた。だから大抵のことはいつも叱られずに済んでいたし、今回は母親が庇ってくれたのだから、たとえ侯爵が今までになく怒っていたとしても、これで許されると彼女は思い込んだ。
けれど、今回ばかりはそう上手くはいかなかった。
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