Escape from 底辺(EFT)

一条 千種

文字の大きさ
上 下
34 / 34

最終話 Escape from 底辺

しおりを挟む
 なんと言っても、あの高岡愛凛と付き合っている男、という看板ほど、俺に強烈な自信をもたらし、周囲からの視線を激変させたものはない。

 愛凛は最初に、木内さんにだけは個別に報告した。愛凛と木内さんは親友だし、以前、俺が木内さんに告白したという事情もある。

「おめでとう」

 と、そう木内さんは言ったらしい。それから、前から俺と愛凛がお似合いだと思っていたそうだ。お世辞でも、うれしい。
 木内さんは俺にとって、今でも大切な人だ。世界で、たぶん愛凛の次に魅力的な人だし、学園のアイドルだとも思っている。淡い初恋を抱いた相手であるというのも、俺にとっては一生せることのない宝物のような思い出であり続けるに違いない。

 遠藤さんや最上さんも、驚きはしたが、違和感はなかったようだ。俺と愛凛が、それほど仲がいいとみなされていたんだろう。

 愛凛が隠すことをまったくしなかったこともあって、ふたりの関係はたちまちクラスの知るところとなった。そのほとんどが耳を疑ったはずだ。

 どうせ、俺を万年底辺ヲタクのモテない君だとでも思ってたんだろう。
 俺はお前らがどれだけ手を伸ばしても決して届くことのない、愛凛と付き合ってるんだ。

 ひれ伏せ、モブキャラども。

 こうなっては仕方がないので、オカヤンにも報告することにした。
 久しぶりにボイスチャットに接続しながらFPSをプレーしている最中、愛凛と付き合うことになったと伝えると、こいつは突然、持っていた火炎瓶と手榴弾しゅりゅうだんで自爆をした。

「えっ、なに、自爆したの?」
「…………」
「オカヤン? おーい、おい」
「…………」
「おいおい」
「…………」
「愛凛なら、俺の横で寝てるよ」
「シネ」
「冗談です」
「……まぁ、よかったな」
「あっ、どうも」
「一応、味方に対する嫌がらせ行為ってことで通報しますた」
「なんでだよ」
「ああぁぁぁ、くっそ、タイミングのがしたぁ! お前に先越される前に、もっとグイグイいけばよかったぁぁぁ!!」

 こいつのこういう途方とほうもなくバカなとこ、ほんと好き。
 先を越されたとか、そういう問題じゃないから。
 お前はそもそも、愛凛の眼中にないから。

 さてさて、付き合うようになってからも、学校では少なくとも表面上、大きなコミュニケーションの変化はない。相変わらず俺のことをバカにしたり、執拗しつようにイジったり、いきなりおどかしてきたり、からかったあげくにデコピンを食らわしてきたりと、まぁやりたい放題だ。

 ただ、愛凛は結局はツンデレなんだよな。

 毎日、学校で顔を合わせ、話をしているのに、月に2回か3回はデートをしたがる。デート中でも、俺のことを強気に連れ回し、振り回すわりに、手はいつもカップルつなぎにつなぐ。親がいないときは、俺の部屋に遊びに来るし、愛凛も部屋に呼んでくれる。

 特にふたりきりになると、甘えたモード全開だ。こうなったら手がつけられない。
 ホテルや部屋ではとにかくイチャつくし、うたた寝をする暇さえ与えられず誘ってくる。瞳はずっとときめきピンクハートだ。俺に対する愛がだだ漏れている。

 どうやら俺は、愛凛を沼らせてしまったようだな。

 けしからん、と言いたいところだが、そこは俺も思春期で絶賛性欲大噴火中の身だ。どれだけ求められても応えられないことなどない。
 そして、イチャイチャタイムでの愛凛のかわいさといえば……!
 いやいや、これ以上は機密事項なので話せない。

 とにかく、愛凛と付き合うのは最高だ。俺にはもったいないひとだと、いつも思っている。たいして取りのない俺だが、だからこそ、これからもずっと愛凛のことだけを愛していきたいと、心の底から思う。

 一度、俺は腕枕のなかで長い余韻よいんにひたる彼女に聞いたことがある。
 童貞キッズは知らないと思うが、こういう事後の会話をピロートークという。

「愛凛はさぁ」
「うん」
「どうして、俺のこと好きになってくれたの?」
「なぁに急に」
「俺、別に顔がいいわけでもないし、運動ができるわけでも、話し上手ってわけでもないし。モテる要素ないのに、なんで愛凛が俺みたいな底辺ヲタクのこと好きになったのか、今さらだけど不思議で」
「未来は優しいし、カワイイじゃん。底辺なんかじゃないよ」

 そうかなぁ、と俺は思う。
 愛凛にとっての底辺は、定義が少々、違うらしい。

「モテ要素があるかどうかじゃなくて、女を大切にできない、優しくできない、幸せにできない男はみんな底辺だよ。愛は一緒に育てるものじゃなくて、盗んだり、奪ったり、だまし取ったりするもんだって思ってる男。そういうのが底辺なんじゃない?」
「うん、まぁ、そうかも。俺は、違うと思った?」
「未来は優しいし、カワイイよ。だから一緒にいて、安心だし、楽しい。たくさん努力して、どんどん素敵になるし。私のこと、一生懸命に愛してくれるし」

 いいか、お前ら。優しい人間になれよ。好きな人にはとことん優しくしろ。向上心を持って、地道に努力しろ。いっぱい尻尾しっぽを振って、一生懸命、愛情を伝えるんだ。

 そしたらワンチャン、俺みたいに、代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランが打てるかもしれないからな。

「未来は」

 と、今度は愛凛が尋ねた。

「どうして、私のことが好き?」

 目線は俺の顔に送りつつも、胸の横に唇をつけ、強く吸う。
 童貞キッズは知らないと思うが、彼女はキスマークというものをつけようとしている。

 俺はその軽い痛みと違和感にせき立てられるように答えを口にする。

「俺は、愛凛の全部が好きだよ」
「そんなんじゃダメ。どこが一番好きか、はっきり教えて」

 うっ、と肌を吸われるえも言われぬ感覚に思わず声を上げながら、

「人の気持ちとか愛情を、大切にするところ。信頼できるし、尊敬もしてる。けど、ほんとに、全部が好きだよ。全部、愛してる」
「うんうん、じゃあよしよししてあげるね」

 愛凛の唇がほんのわずかにずれ、そのなかで舌がなまめかしく動いた。

「あッ、そ、そこは……!」
「うふふっ、未来ほんとここ弱いよね」

 いやまぁ、こんな調子だ。
 世界一かわいい小悪魔ちゃんに、振り回される毎日。
 悪いけど俺、あと2年間は愛凛とこういう高校生活を続けるんで。

 諸君に忠告しておくと、モテとか非モテとか、キラキラとかヲタクとか、一軍とか三軍とか、そういうくだらない属性の貼り合いやカースト制度なんぞで人を見てると、知らないあいだに底辺になっちまうぞ。

 大事なのは、やっぱりハートだよ。
 好きな人がいたら、脇目も振らず、その人にとびっきりの愛をささげろ。
 そうすれば、きっと素敵な自分になれるから。

 レッツ、Escape from 底辺!
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...