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二十七、雨夜
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シトシトと、水滴が地面を濡らす。
時折吹く風が雨粒を舞い上がらせ、傘など無駄であるとでも言わんばかりに顔面へと襲いかかる。
『水も滴る』とはよく言ったものだが、それも美男美女限定である。自分のような凡人は、ただの『濡れネズミ』と言ったところが妥当だろう。
ようやく行き着いたバス停には、かろうじて屋根と言えるものが存在していた。
傘を持つ手は冷え切っており、『濡れネズミ』が多少ひどく濡れるのと、感覚のなくなりかけた手で風に反抗することを天秤にかければ、どちらを取るかなど、火を見るより明らかだった。
あまり意味をなしていない傘をたたみ、小さくため息をつく。
次のバスはいつだろうか、と、時刻表を覗き込むが、突然の雨である。おそらく、目安にもならないだろう。
本日何回目かのため息をついていると、一人、バス停に駆け込んできた。
屋根の下に入ってくるなり、慣れた手つきで合羽を脱いで、手持ちの袋に押し込んでいる。
ひとしきり身支度が終わったのか、大きく一つ息をついた。そして、くるりと此方を向き、にっこりと笑う。
「今日も寒いですねぇ」
人の良さそうなおじいさんだった。
寒いですね、と返し、ぽつりぽつりと世間話に興じる。
「最近は、肩身が狭くていけないねぇ」
「なんだか世知辛いですね」
「昔はよかったよぉ…。…なんだか年寄りみたいだねぇ」
いや、もう年寄りだったかぁ
そう言って彼がまた笑う。
見ず知らずの人とこんな風に世間話をしたのはいつぶりだろうか。なんだかくすぐったい気持ちになる。
そうして待っていると、ようやくバスが来た。行き先は雨粒でよく見えないが、回送でないのは確かだ。
ふいにおじいさんが言った。
「じゃあ、私はこれで。」
バスがバス停に停まる。おじいさんが乗り込む。
「いやいや、乗ります、乗りますよ」
このバス停を通るのは、一本だったはずだ。つまり、どのバスに乗っても同じバス停に停まる筈なのだ。
しかし、おじいさんは、先程の笑みとは少し違う、寂しそうな顔で此方の肩を軽く押した。
「あなたが乗るのは次のバス。」
なんの話だと、言い返そうとしたところで、皺の刻まれた指がバスの側面を指差した。
主な停車駅が表示されたそこは、濡れてよく見えない。目を凝らすが、それでもわからない。
…………違う。
見えない。
いつものバスとは違うと、脳の何処かで言っているが、ジャアなんと書いてあるかが見えない。わからない。
雨粒より冷えた何かが背筋を滑り降りる。
思わず固まったのを見計らったようにバスのドアが閉まる。
おじいさんが小さく手を振った。
振り返そうかと迷う暇もなく、バスが発車し、遠ざかる。
呆然と立ち尽くす目の前に、違うバスが停車する。
いつも通りのバス。電光表示も、濡れてはいるがしっかりと読み取れる。
頭をひねりながら乗り込む。遅延中のバスの運転手は、ノロノロと乗り込むこの乗客に多少苛ついているように見えた。
「まさかあの方がねぇ」
「いい人だったのにねぇ」
通夜の帰りだろうか、黒い装束の人々が多い。
「もうあの合羽も見れないのねぇ」
「元気に見えたのにね、おじいさん」
ざわつく車内で、少し眠ろうと目を閉じた。
時折吹く風が雨粒を舞い上がらせ、傘など無駄であるとでも言わんばかりに顔面へと襲いかかる。
『水も滴る』とはよく言ったものだが、それも美男美女限定である。自分のような凡人は、ただの『濡れネズミ』と言ったところが妥当だろう。
ようやく行き着いたバス停には、かろうじて屋根と言えるものが存在していた。
傘を持つ手は冷え切っており、『濡れネズミ』が多少ひどく濡れるのと、感覚のなくなりかけた手で風に反抗することを天秤にかければ、どちらを取るかなど、火を見るより明らかだった。
あまり意味をなしていない傘をたたみ、小さくため息をつく。
次のバスはいつだろうか、と、時刻表を覗き込むが、突然の雨である。おそらく、目安にもならないだろう。
本日何回目かのため息をついていると、一人、バス停に駆け込んできた。
屋根の下に入ってくるなり、慣れた手つきで合羽を脱いで、手持ちの袋に押し込んでいる。
ひとしきり身支度が終わったのか、大きく一つ息をついた。そして、くるりと此方を向き、にっこりと笑う。
「今日も寒いですねぇ」
人の良さそうなおじいさんだった。
寒いですね、と返し、ぽつりぽつりと世間話に興じる。
「最近は、肩身が狭くていけないねぇ」
「なんだか世知辛いですね」
「昔はよかったよぉ…。…なんだか年寄りみたいだねぇ」
いや、もう年寄りだったかぁ
そう言って彼がまた笑う。
見ず知らずの人とこんな風に世間話をしたのはいつぶりだろうか。なんだかくすぐったい気持ちになる。
そうして待っていると、ようやくバスが来た。行き先は雨粒でよく見えないが、回送でないのは確かだ。
ふいにおじいさんが言った。
「じゃあ、私はこれで。」
バスがバス停に停まる。おじいさんが乗り込む。
「いやいや、乗ります、乗りますよ」
このバス停を通るのは、一本だったはずだ。つまり、どのバスに乗っても同じバス停に停まる筈なのだ。
しかし、おじいさんは、先程の笑みとは少し違う、寂しそうな顔で此方の肩を軽く押した。
「あなたが乗るのは次のバス。」
なんの話だと、言い返そうとしたところで、皺の刻まれた指がバスの側面を指差した。
主な停車駅が表示されたそこは、濡れてよく見えない。目を凝らすが、それでもわからない。
…………違う。
見えない。
いつものバスとは違うと、脳の何処かで言っているが、ジャアなんと書いてあるかが見えない。わからない。
雨粒より冷えた何かが背筋を滑り降りる。
思わず固まったのを見計らったようにバスのドアが閉まる。
おじいさんが小さく手を振った。
振り返そうかと迷う暇もなく、バスが発車し、遠ざかる。
呆然と立ち尽くす目の前に、違うバスが停車する。
いつも通りのバス。電光表示も、濡れてはいるがしっかりと読み取れる。
頭をひねりながら乗り込む。遅延中のバスの運転手は、ノロノロと乗り込むこの乗客に多少苛ついているように見えた。
「まさかあの方がねぇ」
「いい人だったのにねぇ」
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「もうあの合羽も見れないのねぇ」
「元気に見えたのにね、おじいさん」
ざわつく車内で、少し眠ろうと目を閉じた。
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