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四十九、鉄柵
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時折しゃくりあげる声が耳の後ろで聞こえる。
なんでこんなことになったんだかわからないが、常日頃から言われる、謂わば『優柔不断』と呼ばれる性格のせいなのだろう。左腕は、ふやけてしまうのではないかと思う程に濡れている。正しくは左腕を包む袖なのだが、もはやその感覚は鈍っていた。
事の発端は数十分前に遡る。
海の見える、この広い公園は、芝生の所々に意味があるのかないのかわからない柵が突っ立っている。潮を含んだ風が草の上を吹き抜けるたびに柵の隙間で風の擦れる音が鳴っていた。潮がざわめくように海鳥が鳴く。
晴れていれば綺麗な光景なのだろうが、その景色を覆うように銀鼠色の雲がどんよりと広がり、それを映す波も黒かった。
公園の端の方にポツリと立った柵にもたれかかる。容赦なく体重をかけると、錆びかけた鉄が小さく抗議の声をあげた。
そのままぼんやりと粟立つ波を見ていると、ふと違和感に気づく。それに釣られるように視線を下げ、ついでに首を傾げることになった。
手が出ている。
小さな手が柵の間からヒョイと出て、何かを探すようにパタパタと動いている。人が少ないとは言え公園だ。家族連れでも来ているのだろうかと背中越しに振り返って、目を疑った。
誰もいない。
手は確かに出ているのに、それにつながる子供がいない。なら、『コレ』はなんだ。顔から血の気が引いていくのを感じる。離れようと焦ったのがいけなかった。無造作に下ろした左腕を、小さな手が捕える。
柵の中に、腕が、引きずり込まれる。
芝を潰しながら足が滑り、柵にもたれながらへたり込む形になった。引きずり込まれた腕を取り戻そうと外に引っ張ると、当然のように手がしがみついてきた。
振りほどこうと力を入れる直前、聞こえてしまった。
『 』
泣き声。小さくしゃくりあげる声。袖に弱々しくすがりつく細い腕は小さく震えて、何度も布を握りなおしている。
そこまで見てしまえば、力も抜けると言うものだ。半分諦めも手伝ってそっと腕から力を抜くと、今度は恐る恐ると行った様子で腕を引き込んでいく。
ギュ、と抱きつかれているのがわかる。そのままジワリと袖が湿っていく。
そして今ここに至る。
夕日さえもう消えようとしていて、流石に体も冷えてきた。
「また来るから」
離して
通じるかどうかわからないがそっと声をかけると、抱きつく力が少し強くなる。困った。そろそろと腕を抜くと、やはり小さな腕がついてくる。心を鬼にして、力を入れた。
ヌケタ
ズル、と、嫌な感触がした。日焼けで皮が剥けるような、『ズレル』感覚。
咄嗟に左腕を確認する。骨だけになっていたらどうしよう。恐る恐る手を見るが、なんともなっていない。それどころか、袖も乾いている。ただ、少し痺れているようだ。
柵に目を向けると、異様な光景が見えた。
小さな手が、自分の左腕を、引きずり込んでいる。
いや、確かに自分の腕はあるのだ。ならあれはなんだ。
何処かぼんやりとした腕は抵抗することもなく柵に引き込まれていき、そのまま消えた。
一瞬、柵の隙間を、覗いてみようかとも思ったが、未知の恐怖がストッパーになった。痺れた腕で急いで荷物をまとめ、逃げるようにその場を離れる。
結局、腕の痺れがなくなることはなかった。
なんでこんなことになったんだかわからないが、常日頃から言われる、謂わば『優柔不断』と呼ばれる性格のせいなのだろう。左腕は、ふやけてしまうのではないかと思う程に濡れている。正しくは左腕を包む袖なのだが、もはやその感覚は鈍っていた。
事の発端は数十分前に遡る。
海の見える、この広い公園は、芝生の所々に意味があるのかないのかわからない柵が突っ立っている。潮を含んだ風が草の上を吹き抜けるたびに柵の隙間で風の擦れる音が鳴っていた。潮がざわめくように海鳥が鳴く。
晴れていれば綺麗な光景なのだろうが、その景色を覆うように銀鼠色の雲がどんよりと広がり、それを映す波も黒かった。
公園の端の方にポツリと立った柵にもたれかかる。容赦なく体重をかけると、錆びかけた鉄が小さく抗議の声をあげた。
そのままぼんやりと粟立つ波を見ていると、ふと違和感に気づく。それに釣られるように視線を下げ、ついでに首を傾げることになった。
手が出ている。
小さな手が柵の間からヒョイと出て、何かを探すようにパタパタと動いている。人が少ないとは言え公園だ。家族連れでも来ているのだろうかと背中越しに振り返って、目を疑った。
誰もいない。
手は確かに出ているのに、それにつながる子供がいない。なら、『コレ』はなんだ。顔から血の気が引いていくのを感じる。離れようと焦ったのがいけなかった。無造作に下ろした左腕を、小さな手が捕える。
柵の中に、腕が、引きずり込まれる。
芝を潰しながら足が滑り、柵にもたれながらへたり込む形になった。引きずり込まれた腕を取り戻そうと外に引っ張ると、当然のように手がしがみついてきた。
振りほどこうと力を入れる直前、聞こえてしまった。
『 』
泣き声。小さくしゃくりあげる声。袖に弱々しくすがりつく細い腕は小さく震えて、何度も布を握りなおしている。
そこまで見てしまえば、力も抜けると言うものだ。半分諦めも手伝ってそっと腕から力を抜くと、今度は恐る恐ると行った様子で腕を引き込んでいく。
ギュ、と抱きつかれているのがわかる。そのままジワリと袖が湿っていく。
そして今ここに至る。
夕日さえもう消えようとしていて、流石に体も冷えてきた。
「また来るから」
離して
通じるかどうかわからないがそっと声をかけると、抱きつく力が少し強くなる。困った。そろそろと腕を抜くと、やはり小さな腕がついてくる。心を鬼にして、力を入れた。
ヌケタ
ズル、と、嫌な感触がした。日焼けで皮が剥けるような、『ズレル』感覚。
咄嗟に左腕を確認する。骨だけになっていたらどうしよう。恐る恐る手を見るが、なんともなっていない。それどころか、袖も乾いている。ただ、少し痺れているようだ。
柵に目を向けると、異様な光景が見えた。
小さな手が、自分の左腕を、引きずり込んでいる。
いや、確かに自分の腕はあるのだ。ならあれはなんだ。
何処かぼんやりとした腕は抵抗することもなく柵に引き込まれていき、そのまま消えた。
一瞬、柵の隙間を、覗いてみようかとも思ったが、未知の恐怖がストッパーになった。痺れた腕で急いで荷物をまとめ、逃げるようにその場を離れる。
結局、腕の痺れがなくなることはなかった。
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