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第1章 Life in Lacra Village
第6話 異国の二人
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「さて、このような田舎に居るんですかねぇ……? 本当にトンプソン様がそれを見たのか怪しくなってきました」
「旦那様を疑ってはいけないのです」
「しかしここまで大した情報もなかったでしょう?」
「リバーさんは顔面が凶悪だから情報収集に不都合が出やすいのです。 顔面の改善を推奨するです」
「この造形を、ですか?」
「その造形を、です」
「辛辣ですねぇ……」
「そのメイクも正直可愛くないのです」
「愛らしくありません?」
「全然、なのです」
「最近の若者のセンスは分かりませんねぇ……」
山間を走る小さな馬車。 その御者台では巨漢の男と小柄な少女が他愛も無い話を続けていた。
男は名をリバーという。 彼は丸々と肥え太った2メートルほどの巨体に真っ黒でぱつぱつの密着スーツ、そして顔面はピエロメイクである。
少女の方は名をフエン。彼女は碧色の髪を後ろでお団子にして、大きめのジャケットの下はシャツに短パン、そして革装備などを多数取り付けている。
二人の衣類は綺麗にしつらえられており、彼らが階級の低い人間でないことが容易に窺える。
彼らが操るのは幌を纏った小さな荷馬車だが、到底彼らが行商人などには見えてこない。 また親子にすら見えてこないために、彼らは行く先々で度々職務質問を受けるのであった。
「フエンさん、次の滞在地までどれくらいですか?」
リバーに質問され、フエンは地図を目の前に広げたまま答える。
「あと半日ほど、です。 ラクラ村が次の目的地です。 前の町で聞いた限りは、特に目ぼしい生産品のない開拓村だと聞いているです」
「なるほど、それだと収穫がなさそうですねぇ」
「どうして何も知らないです? リバーさんは前の町で何をしていたですか?」
「私も情報を集めていましたよ。 主に盗賊や魔物などについてですがね」
「ならそれを開示するのです」
「とりわけ気になる情報はありません」
「……あまりの情報収集能力の無さに、フエンはリバーさんの将来を憂うのです」
じとっとした目を向けるフエン。
「あまりひどいことを言わないでください。 ちゃんと情報はありますから」
「何なのです?」
「“悪い空気”──瘴気が発生しているという噂があります。 数年前に一度、爆発的なそれを経験したという人間がいましたよ」
「神を信じない国には当然の末路なのです……」
「そうは言っても同じ人間同士なのですから、見過ごせない事態ですよ。 トンプソン様もそれを気に掛けて動かれていますしねぇ」
「それならしっかり働くとするのです」
馬車は揺れる。 奇妙な二人を連れて。
そして翌昼──。
「おーい、今日って誰か来る予定あったか?」
男が櫓から下に向けて声を投げている。
「いんや、聞いてねぇべな。 村長さ聞いてみっか?」
「ああ、頼む」
「じゃあ言ってくんべ」
ラクラ村を目指す馬車が一台。
ここは謂わばエーデルグライト王国の南端、そのどんつきにあたる場所だ。 だからこそ、進行方向からこちらへ向かってきていることは分かり易い。
ラクラ村には二週間に一度の頻度で行商が立ち寄ることになっており、それ以外に村に用件のある人間はまずいない。 そして本日は行商が訪れる予定はない。 だからこそ櫓の男は異変を察知して使いを走らせたわけだ。
「んー、あんなおかしな格好のやつは見たことないな」
櫓の男は目を細めて御者台に座る人物を観察している。 そこには手綱を握るには不釣り合いな巨体がふんぞり帰っており、とてもまともな人種には見えない。
「おい、誰か来たのか?」
しばらくすると村長が村の入り口までやってきて、櫓の男を見上げながら声をかけてきた。
「見慣れない馬車が一台、こっちに向かってます。 どうしますか?」
「どこかからの使者か?」
「どうにも面妖な様相の男が御者台に……。 あれを使者として送る領地はないかと」
「ふむぅ……。 ひとまず話だけでも聞くとするか。 もしかしたらあれに関わる者かもしれん。 ……よし、男どもはここで待機じゃ」
何かがあった時のために村長──メレド=ラクラは手の空いている男どもを連れてきていた。 それが功を奏するかは分からないが、彼らを使うような事態は訪れてほしくないというのが村長の本音だ。
村人たちが緊張の中待っていると、村の入り口で馬車が動きを止めた。
「ここはラクラ村でよろしかったですか?」
御者台から丁寧な口調で降りてきたのは、奇妙な──都市ではピエロと呼ばれる化粧をした──大男。 彼が降りたことで馬車がやや傾きを戻した。 次いで荷車の中から姿を見せたのは小柄な少女。 村人たちには大男が従者で、少女がその雇い主という風にしか見えなかった。
「え、ええ。 こちらはラクラ村となります。 儂はこの村の村長を務めております、メレド=ラクラと言う者です」
「あー、いえいえ、ご丁寧にどうも。 私はリバー、そしてこの娘はフエンと申します」
「リバーさんにフエンさんですか。 して、どういったご用件でこのような村まで?」
抗争を起こしにやってきた人物では無さそうなことにメレドは安心し、定型分で会話を押し進める。 しかし安心できそうなのはリバーの人柄だけで、その見た目は凶悪犯のそれだ。 なぜこうも相手を不安にさせる見た目をしているのだろうとメレドは思うが、そんなことを口にするほど彼は子供ではない。 村を任せられている立場で迂闊なことはしない、というよりそのつもりもない。
メレドが丁寧に応対するのは他にも理由がある。 その理由はリバーとフエンの衣服で、それらは村人などの簡素なものと異なり、かなりお金を掛けて作られたことが窺えるデザインをしている。 メレドは何度か領主直下の街にも訪れたことがあるが、そこで見た煌びやかな服装に近いものを感じる。 そんなものを纏うリバーという人間の見た目が最悪なだけで、彼らが上流階級に近い場所にいるのは容易に想像可能だ。 行商でかなり儲けているのだろうか。 メレドはそんなことを考えながら会話を続ける。
「私たちは世界中を巡って旅行がてら、行商の真似事などしておりましてね。 その過程でこの村のことを聞きまして、立ち寄らせてもらったのですよ」
「世界中を……! それは大変な長旅でしょう?」
「長い間国にも戻れていませんね。 ですがどうにもこの辺りは自然が豊かだと聞きましたのでね。 ぜひ見てみたいということで参った次第でございます」
「そうでしたか。 この辺りは確かに自然が多くございますが、それ以外はパッとしない簡素な村です。 お二人がお気に召すようなものはないかもしれません」
「人とのつながりも旅の醍醐味ですから、無駄なものなどありませんよ。 ところで、どうでしょう? 私どもは旅の過程で様々なものを手に入れていますし、交易品などは?」
「それは是非……と言いたいところですが、ここはあまり裕福な村ではございませんので」
「ではそうですねぇ……。 そうだ、しばらくここに滞在させていただいても構いませんか?」
「それを断る理由はございませんが、あまり贅沢なおもてなしなどは……」
「この自然を見ていればそれだけで癒やされるというものですよ。 泊めて頂きましたらその代価として私どもから貨幣や、不要であれば有用な品などを差し上げる用意もありますので」
「そ、そうですか……。 それでは村へお入りください。 村唯一の宿までご案内いたします」
「それではお世話になります」
ラクラ村からの許可を得て、リバーとフエンは村への侵入を果たした。 その様子を仕事中の村人が見守るが、その全ての視線をリバーの顔面が吸収してしまっている。
リバーは厩舎に馬を預け、この村唯一の──最も豪華な作りの宿に身を預けた。 豪華とはいえそれは相対的なもので、街や村の一般的な宿には当然劣る。 そもそも外部からの人間の滞在を想定していないのだから豪華にする必要があるはずもない。
「さてフエンさん、村をぶらつきましょうか」
「その顔面で、です?」
「この顔面で、ですよ?」
「はぁ……。 先ほどざっと眺めた様子では、ブラつけるほどの広さもないのです。 リバーさんが動けば全員の視線を釘付けにしてしまうのは容易に想像できるのです」
「私に動くな、と?」
「村人の聞き取りはフエンがやるのです。 リバーさんは夜の間に動いてほしいのです」
「そこまで邪険にします?」
「適材適所、です」
仲が良いのか悪いのか分からない二人は、宿の与えられた一室で作戦会議中だ。 もちろん壁が薄いから小声で、だ。
「では聞き取りはお任せします。 私は夜までふて寝してます」
「荷馬車の中身を使って良いです?」
「ご自由にどうぞ」
リバーを置いて、フエンは宿を出た。
フエンが村を見て回っていると、突如村に訪れた可愛らしい彼女の姿に大人たちの視線が奪われる。 同年代らしき子供たちも遠巻きに彼女を見ている。
(どうにも村という単位は精神的独立を果たせない人間が多くて嫌なのです)
フエンは村の人間の数と顔、それぞれの役割、そして家々の配置などをかなりの速度で記憶していく。 情報収集のためにはまず地形や人間関係の把握などが必須だ。 その前準備としてフエンは目的もなく村を回った。
村人から生活の様子を聞いてみたりご飯を振舞ってもらったり、そこそこ充実した内容で時間が進んでいく。
(森の向こう側から煙、です?)
夕方になって陽も落ち始めてきた頃、村から離れた場所から立ち上る煙がフエンの視界に映った。
「あれは何です?」
仕事を終えたであろう近くの大人の男性に、フエンは煙を指差しながら聞いてみる。
「ああ、あそこには近づかない方がいいよ。 不吉な姉妹が住んでるだけだからさ」
それだけ言うと彼は去っていった。
(不吉……? 何やら気になるです)
それは薄い森、というよりは林を挟んだ向こう側にあった。 木々によって少し視界を遮られるために、あちらには広い田畑が広がっているようにしか見えない。 そこにはとある姉妹が住んでいるという。
(村八分、ですか。 やはりここは精神的に成長の大きくない村なのです)
この世界においてそういった迫害行為は珍しくない。 しかし、こうも分かりやすく生活を分断された場所に住まわされているとすれば、何かがあったに違いない。
相手は姉妹だけ。 親がいないことと何か関係があるのかもしれない。 そこを調べようとしたが、フエンは一旦諦めた。 もう陽も落ちそうだし、しゃべったり動いたりしているとお腹も空いてきたからだ。
フエンは本日の活動を切り上げて宿屋へ。 リバーを起こして食事にありつく。
「生活を隔離された不吉な姉妹ですか。 大方、親が残した負の遺産でも抱えているのでは?」
「たぶんそんなところです」
「では、村周囲はどのような様子でしたか?」
「確認していないです」
「あれほど時間があったのに?」
「仕事ぶりを見たり、ご飯を頂いたりしていたです」
「……分かりました。 周囲の探索は私がするべき、ということですね」
「適材適所、です」
同じ頃、姉妹宅──。
「お姉ちゃん、今日誰か来てなかったー?」
「旅の人が来てるみたい」
「へー。 どんな人?」
「姿は見てないの」
「知らない人かー。 見てみたいなぁ」
姉妹は夕食の準備を行い、ハジメは家の裏でそんな会話に耳を傾けながら薪割り最中だ。 もちろん内容は不明なため、断片的な単語だけで情報を集める。
(「人」、「来た」。 誰か来てるってことか?)
ハジメは真っ直ぐに斧を振り下ろす。 スパン、と綺麗に薪が割れる。 この1ヶ月で随分と様になったものだ。
ハジメの少し太り始めていた弱弱しい体は全体的に締まりを見せ、やや筋肉質になってきている。 特に腕の方は毎晩特訓という名の遊びを繰り返しているので、力強さは大きく増している。 ややアンバランスなのは仕方がない。 できれば剣術などの師範を募りたいところだが、そんな伝手はない。 なので日々の活動で肉体能力向上を目指している。
ハジメの肌は日焼けによってやや色づき、日本の貧弱な若者は農民の様相を呈し始めている。 ハジメを知っている人間が彼を見たら別人と見紛うだろう。
(でも、こんな何もない村に来るやつなんているか? 行商以外いないだろ)
ハジメは一度だけ行商を見かけたことがある。 大きな荷馬車に大量の荷を詰めて貨幣交換や物々交換で物品をやり取りしていた。 領主への上納品の回収も行商が行ったりしているとかなんとか。
(まぁ、俺の生活には関わりはないな)
ハジメは姉妹以上に村人との接触がない。 だからこそハジメはこの村で最も、毎日変わらぬ生活を続けている。 そこに文句はない。 むしろ長い間置いてくれて感謝しているほどだ。
ここに置いてくれている理由が未だに分からず不安なハジメだが、言葉を理解せぬことには何も始まらない。 そのためハジメは身体強化と並行して言語習得を目指している。 田舎のホームステイと思えば、日々の労働も辛くはなくなる。
「ハズメ、──ご飯────?」
「食べる」
レスカの誘いを受け、ハジメは仕事道具を片付けて家に入る。
言葉は辿々しいが、ハジメが話せるたびにレスカが喜んでくれるので言語習得は楽しくやっていける。
入口にある水瓶から水を汲んで手を洗い、食事へ。
最近はエスナの魔法が上達を見せているようで、水の貯蓄も多くできるようになっており、汗を落とすことにも心置きなく使用できている。
エスナの魔法を見るたびにハジメは内心それを流涎しながら見守り、将来の魔法使いへの道を夢想する。
「おいしいね」
「食べる」
食事中は積極的にレスカが話すので雰囲気が暗くなることはない。 こうやって姉妹が生活できているのも、レスカの明るさによって支えられていることが大きいように思える。 またハジメ本格的に仕事ができるようになってきたこともあって、やや姉妹二人の負担は減り、特にエスナの疲労具合は改善してきたと言って良いだろう。
ここに来た当初、エスナの疲れた様子はハジメの目にも明らかだったし、ハジメも彼女のストレス源になっていたことは明らかだった。 そのストレスが解消されつつあるということは、ハジメが疎んじられなくなってきたのかもしれない。
ハジメは姉妹の会話を楽しげに聞きながら食事を体に詰め込んでいく。 そして夜──。
(よし、今日もやるか)
姉妹が寝たのを見計らって、ハジメは今日もこっそり寝室を抜ける。 そしてルーチンと化した動きを重ね、汗を流す。
「精が出ますねぇ」
「うわぁああ!?」
ハジメは思わず飛び上がった。 なぜなら、急に知らない声が飛んできたから。 そして、その顔がピエロの奇面だったから。
(は? は? 何……誰、だ……!?)
ハジメは尻餅をついて謎の人物を見上げる。 息荒く鼓動を爆速に上げて全身が危機を知らせてくるが、圧倒的強者の振る舞いを見せるピエロに、ハジメの体が動かない。 それでも震える手で鍬を握って起き上がろうとする。
「急な来訪、失礼しました。あなたがあまりにも真に迫った様子でしたので声を掛けさせていただきましたよ」
「……ッ……誰」
「そこまで怯えずとも。 私はあなたを害する予定はありませんよ?」
「……」
「……おや? どうにも怖がらせすぎましたか? 困りましたねぇ、色々とお聞きしようと思ったのですが」
「私……言葉……難しい……」
「……んん? なぜそう辿々しく……?」
リバーは小首を傾げて考えを巡らせる。 そしてパッと目を見開くと、ニュッとハジメに顔面を近づけた。
「ひッ……!?」
「私はリバー。 あなたのお名前は?」
「リバー……? 名前?」
「そうです、あなたのお名前を」
「ハジメ……ハジメ=クロカワ……」
「ハジメさん! おお、こんな場所に居られたとは! この村には何もないと思っていましたが、これは思わぬ収穫です! これでトンプソン様に良い報告が出来ますねぇ」
夜中に小躍りするピエロは正直恐ろしい。 月光に照らされるたびに彼の顔面が凶悪さを始めに叩きつけ、それだけでハジメの体が震える。
「……とはいえ、言語が不自由だと聞けることも限られますねぇ。 さてどうしたものか……」
リバーがぶつくさ言ってる間にすら、ハジメは何もできない。 彼の体の大きさを見ただけで、物理的に敵わないことは分かっている。 一応鍬を握っているが、ハジメが何かできることはないだろう。
(リバーって、誰だよ……。 今日来たっていう奴、だよな……?)
「ハジメさん、あなたは現在どちらにお住まいで?」
「……?」
「家です、住んでいる所です」
「……家?」
「そう、今はどこに住んでいます?」
ここで嘘を教えたところで、村は狭くすぐにバレるし、そもそもハジメに逃げる場所などない。 そのためハジメはリバーに言われた通りに正直にその先を指差した。
「あなたもあの家にお住まいですか、そうですか。 では私はここでお暇します。 また明日あなた家に伺いますね、ではでは」
リバーは言うだけ言うと、その無駄に蓄えた脂肪を左右に振り乱しながらハジメの元から去っていった。 まるで嵐の如く過ぎ去った異常事態に、ハジメはしばらく動くことすらできなかった。
(こ、怖えぇ……。 あんなやつが夜中に彷徨くようなら、この活動もやめた方が……?)
闖入者により萎えてしまったハジメは、水浴びをして身なりを整えると自室に戻った。 外部の人間の出現に、この世界が村の中だけでは完結していないことが理解でき、ハジメは少しだけ怖くなった。 自分はこの村でこのまま過ごしていくと思っていた矢先の出来事。 ハジメは環境の変化を感じずにはいられなかった。
リバーとフエンの宿泊室──。
「早いのです。 本当に調査してきたですか?」
「収穫がありましたので、満足して戻ってきました」
「収穫、ですか?」
「トンプソン様お探しの人物が居たのですよ。 これでメインの目標は解決ですねぇ。 あとはゆるりと周辺の探索を行うだけですよ」
「それは僥倖なのです。 それで、何か聞けたですか?」
「それがどうにも言語が達者ではなかったので今日は諦めました。 彼はあの姉妹の家に住んでいるということなので、明日また訪れて詳しい話を聞いてこようかと思います」
「その顔面で、ですか?」
「すでにご理解をいただいていますので、問題はありませんよ」
「はい、そういうことにしておくです」
「ではフエンさん、あなたは明日村周囲の広範囲探索をお願いします。 私は取引がてら村長などにもお話を聞いておきますので」
「了解した、です」
遺物が紛れ込んだことで、沈黙していた村が無理矢理に目覚めさせられる。だが、それが良い結果に繋がるかは誰にも分からない。
「旦那様を疑ってはいけないのです」
「しかしここまで大した情報もなかったでしょう?」
「リバーさんは顔面が凶悪だから情報収集に不都合が出やすいのです。 顔面の改善を推奨するです」
「この造形を、ですか?」
「その造形を、です」
「辛辣ですねぇ……」
「そのメイクも正直可愛くないのです」
「愛らしくありません?」
「全然、なのです」
「最近の若者のセンスは分かりませんねぇ……」
山間を走る小さな馬車。 その御者台では巨漢の男と小柄な少女が他愛も無い話を続けていた。
男は名をリバーという。 彼は丸々と肥え太った2メートルほどの巨体に真っ黒でぱつぱつの密着スーツ、そして顔面はピエロメイクである。
少女の方は名をフエン。彼女は碧色の髪を後ろでお団子にして、大きめのジャケットの下はシャツに短パン、そして革装備などを多数取り付けている。
二人の衣類は綺麗にしつらえられており、彼らが階級の低い人間でないことが容易に窺える。
彼らが操るのは幌を纏った小さな荷馬車だが、到底彼らが行商人などには見えてこない。 また親子にすら見えてこないために、彼らは行く先々で度々職務質問を受けるのであった。
「フエンさん、次の滞在地までどれくらいですか?」
リバーに質問され、フエンは地図を目の前に広げたまま答える。
「あと半日ほど、です。 ラクラ村が次の目的地です。 前の町で聞いた限りは、特に目ぼしい生産品のない開拓村だと聞いているです」
「なるほど、それだと収穫がなさそうですねぇ」
「どうして何も知らないです? リバーさんは前の町で何をしていたですか?」
「私も情報を集めていましたよ。 主に盗賊や魔物などについてですがね」
「ならそれを開示するのです」
「とりわけ気になる情報はありません」
「……あまりの情報収集能力の無さに、フエンはリバーさんの将来を憂うのです」
じとっとした目を向けるフエン。
「あまりひどいことを言わないでください。 ちゃんと情報はありますから」
「何なのです?」
「“悪い空気”──瘴気が発生しているという噂があります。 数年前に一度、爆発的なそれを経験したという人間がいましたよ」
「神を信じない国には当然の末路なのです……」
「そうは言っても同じ人間同士なのですから、見過ごせない事態ですよ。 トンプソン様もそれを気に掛けて動かれていますしねぇ」
「それならしっかり働くとするのです」
馬車は揺れる。 奇妙な二人を連れて。
そして翌昼──。
「おーい、今日って誰か来る予定あったか?」
男が櫓から下に向けて声を投げている。
「いんや、聞いてねぇべな。 村長さ聞いてみっか?」
「ああ、頼む」
「じゃあ言ってくんべ」
ラクラ村を目指す馬車が一台。
ここは謂わばエーデルグライト王国の南端、そのどんつきにあたる場所だ。 だからこそ、進行方向からこちらへ向かってきていることは分かり易い。
ラクラ村には二週間に一度の頻度で行商が立ち寄ることになっており、それ以外に村に用件のある人間はまずいない。 そして本日は行商が訪れる予定はない。 だからこそ櫓の男は異変を察知して使いを走らせたわけだ。
「んー、あんなおかしな格好のやつは見たことないな」
櫓の男は目を細めて御者台に座る人物を観察している。 そこには手綱を握るには不釣り合いな巨体がふんぞり帰っており、とてもまともな人種には見えない。
「おい、誰か来たのか?」
しばらくすると村長が村の入り口までやってきて、櫓の男を見上げながら声をかけてきた。
「見慣れない馬車が一台、こっちに向かってます。 どうしますか?」
「どこかからの使者か?」
「どうにも面妖な様相の男が御者台に……。 あれを使者として送る領地はないかと」
「ふむぅ……。 ひとまず話だけでも聞くとするか。 もしかしたらあれに関わる者かもしれん。 ……よし、男どもはここで待機じゃ」
何かがあった時のために村長──メレド=ラクラは手の空いている男どもを連れてきていた。 それが功を奏するかは分からないが、彼らを使うような事態は訪れてほしくないというのが村長の本音だ。
村人たちが緊張の中待っていると、村の入り口で馬車が動きを止めた。
「ここはラクラ村でよろしかったですか?」
御者台から丁寧な口調で降りてきたのは、奇妙な──都市ではピエロと呼ばれる化粧をした──大男。 彼が降りたことで馬車がやや傾きを戻した。 次いで荷車の中から姿を見せたのは小柄な少女。 村人たちには大男が従者で、少女がその雇い主という風にしか見えなかった。
「え、ええ。 こちらはラクラ村となります。 儂はこの村の村長を務めております、メレド=ラクラと言う者です」
「あー、いえいえ、ご丁寧にどうも。 私はリバー、そしてこの娘はフエンと申します」
「リバーさんにフエンさんですか。 して、どういったご用件でこのような村まで?」
抗争を起こしにやってきた人物では無さそうなことにメレドは安心し、定型分で会話を押し進める。 しかし安心できそうなのはリバーの人柄だけで、その見た目は凶悪犯のそれだ。 なぜこうも相手を不安にさせる見た目をしているのだろうとメレドは思うが、そんなことを口にするほど彼は子供ではない。 村を任せられている立場で迂闊なことはしない、というよりそのつもりもない。
メレドが丁寧に応対するのは他にも理由がある。 その理由はリバーとフエンの衣服で、それらは村人などの簡素なものと異なり、かなりお金を掛けて作られたことが窺えるデザインをしている。 メレドは何度か領主直下の街にも訪れたことがあるが、そこで見た煌びやかな服装に近いものを感じる。 そんなものを纏うリバーという人間の見た目が最悪なだけで、彼らが上流階級に近い場所にいるのは容易に想像可能だ。 行商でかなり儲けているのだろうか。 メレドはそんなことを考えながら会話を続ける。
「私たちは世界中を巡って旅行がてら、行商の真似事などしておりましてね。 その過程でこの村のことを聞きまして、立ち寄らせてもらったのですよ」
「世界中を……! それは大変な長旅でしょう?」
「長い間国にも戻れていませんね。 ですがどうにもこの辺りは自然が豊かだと聞きましたのでね。 ぜひ見てみたいということで参った次第でございます」
「そうでしたか。 この辺りは確かに自然が多くございますが、それ以外はパッとしない簡素な村です。 お二人がお気に召すようなものはないかもしれません」
「人とのつながりも旅の醍醐味ですから、無駄なものなどありませんよ。 ところで、どうでしょう? 私どもは旅の過程で様々なものを手に入れていますし、交易品などは?」
「それは是非……と言いたいところですが、ここはあまり裕福な村ではございませんので」
「ではそうですねぇ……。 そうだ、しばらくここに滞在させていただいても構いませんか?」
「それを断る理由はございませんが、あまり贅沢なおもてなしなどは……」
「この自然を見ていればそれだけで癒やされるというものですよ。 泊めて頂きましたらその代価として私どもから貨幣や、不要であれば有用な品などを差し上げる用意もありますので」
「そ、そうですか……。 それでは村へお入りください。 村唯一の宿までご案内いたします」
「それではお世話になります」
ラクラ村からの許可を得て、リバーとフエンは村への侵入を果たした。 その様子を仕事中の村人が見守るが、その全ての視線をリバーの顔面が吸収してしまっている。
リバーは厩舎に馬を預け、この村唯一の──最も豪華な作りの宿に身を預けた。 豪華とはいえそれは相対的なもので、街や村の一般的な宿には当然劣る。 そもそも外部からの人間の滞在を想定していないのだから豪華にする必要があるはずもない。
「さてフエンさん、村をぶらつきましょうか」
「その顔面で、です?」
「この顔面で、ですよ?」
「はぁ……。 先ほどざっと眺めた様子では、ブラつけるほどの広さもないのです。 リバーさんが動けば全員の視線を釘付けにしてしまうのは容易に想像できるのです」
「私に動くな、と?」
「村人の聞き取りはフエンがやるのです。 リバーさんは夜の間に動いてほしいのです」
「そこまで邪険にします?」
「適材適所、です」
仲が良いのか悪いのか分からない二人は、宿の与えられた一室で作戦会議中だ。 もちろん壁が薄いから小声で、だ。
「では聞き取りはお任せします。 私は夜までふて寝してます」
「荷馬車の中身を使って良いです?」
「ご自由にどうぞ」
リバーを置いて、フエンは宿を出た。
フエンが村を見て回っていると、突如村に訪れた可愛らしい彼女の姿に大人たちの視線が奪われる。 同年代らしき子供たちも遠巻きに彼女を見ている。
(どうにも村という単位は精神的独立を果たせない人間が多くて嫌なのです)
フエンは村の人間の数と顔、それぞれの役割、そして家々の配置などをかなりの速度で記憶していく。 情報収集のためにはまず地形や人間関係の把握などが必須だ。 その前準備としてフエンは目的もなく村を回った。
村人から生活の様子を聞いてみたりご飯を振舞ってもらったり、そこそこ充実した内容で時間が進んでいく。
(森の向こう側から煙、です?)
夕方になって陽も落ち始めてきた頃、村から離れた場所から立ち上る煙がフエンの視界に映った。
「あれは何です?」
仕事を終えたであろう近くの大人の男性に、フエンは煙を指差しながら聞いてみる。
「ああ、あそこには近づかない方がいいよ。 不吉な姉妹が住んでるだけだからさ」
それだけ言うと彼は去っていった。
(不吉……? 何やら気になるです)
それは薄い森、というよりは林を挟んだ向こう側にあった。 木々によって少し視界を遮られるために、あちらには広い田畑が広がっているようにしか見えない。 そこにはとある姉妹が住んでいるという。
(村八分、ですか。 やはりここは精神的に成長の大きくない村なのです)
この世界においてそういった迫害行為は珍しくない。 しかし、こうも分かりやすく生活を分断された場所に住まわされているとすれば、何かがあったに違いない。
相手は姉妹だけ。 親がいないことと何か関係があるのかもしれない。 そこを調べようとしたが、フエンは一旦諦めた。 もう陽も落ちそうだし、しゃべったり動いたりしているとお腹も空いてきたからだ。
フエンは本日の活動を切り上げて宿屋へ。 リバーを起こして食事にありつく。
「生活を隔離された不吉な姉妹ですか。 大方、親が残した負の遺産でも抱えているのでは?」
「たぶんそんなところです」
「では、村周囲はどのような様子でしたか?」
「確認していないです」
「あれほど時間があったのに?」
「仕事ぶりを見たり、ご飯を頂いたりしていたです」
「……分かりました。 周囲の探索は私がするべき、ということですね」
「適材適所、です」
同じ頃、姉妹宅──。
「お姉ちゃん、今日誰か来てなかったー?」
「旅の人が来てるみたい」
「へー。 どんな人?」
「姿は見てないの」
「知らない人かー。 見てみたいなぁ」
姉妹は夕食の準備を行い、ハジメは家の裏でそんな会話に耳を傾けながら薪割り最中だ。 もちろん内容は不明なため、断片的な単語だけで情報を集める。
(「人」、「来た」。 誰か来てるってことか?)
ハジメは真っ直ぐに斧を振り下ろす。 スパン、と綺麗に薪が割れる。 この1ヶ月で随分と様になったものだ。
ハジメの少し太り始めていた弱弱しい体は全体的に締まりを見せ、やや筋肉質になってきている。 特に腕の方は毎晩特訓という名の遊びを繰り返しているので、力強さは大きく増している。 ややアンバランスなのは仕方がない。 できれば剣術などの師範を募りたいところだが、そんな伝手はない。 なので日々の活動で肉体能力向上を目指している。
ハジメの肌は日焼けによってやや色づき、日本の貧弱な若者は農民の様相を呈し始めている。 ハジメを知っている人間が彼を見たら別人と見紛うだろう。
(でも、こんな何もない村に来るやつなんているか? 行商以外いないだろ)
ハジメは一度だけ行商を見かけたことがある。 大きな荷馬車に大量の荷を詰めて貨幣交換や物々交換で物品をやり取りしていた。 領主への上納品の回収も行商が行ったりしているとかなんとか。
(まぁ、俺の生活には関わりはないな)
ハジメは姉妹以上に村人との接触がない。 だからこそハジメはこの村で最も、毎日変わらぬ生活を続けている。 そこに文句はない。 むしろ長い間置いてくれて感謝しているほどだ。
ここに置いてくれている理由が未だに分からず不安なハジメだが、言葉を理解せぬことには何も始まらない。 そのためハジメは身体強化と並行して言語習得を目指している。 田舎のホームステイと思えば、日々の労働も辛くはなくなる。
「ハズメ、──ご飯────?」
「食べる」
レスカの誘いを受け、ハジメは仕事道具を片付けて家に入る。
言葉は辿々しいが、ハジメが話せるたびにレスカが喜んでくれるので言語習得は楽しくやっていける。
入口にある水瓶から水を汲んで手を洗い、食事へ。
最近はエスナの魔法が上達を見せているようで、水の貯蓄も多くできるようになっており、汗を落とすことにも心置きなく使用できている。
エスナの魔法を見るたびにハジメは内心それを流涎しながら見守り、将来の魔法使いへの道を夢想する。
「おいしいね」
「食べる」
食事中は積極的にレスカが話すので雰囲気が暗くなることはない。 こうやって姉妹が生活できているのも、レスカの明るさによって支えられていることが大きいように思える。 またハジメ本格的に仕事ができるようになってきたこともあって、やや姉妹二人の負担は減り、特にエスナの疲労具合は改善してきたと言って良いだろう。
ここに来た当初、エスナの疲れた様子はハジメの目にも明らかだったし、ハジメも彼女のストレス源になっていたことは明らかだった。 そのストレスが解消されつつあるということは、ハジメが疎んじられなくなってきたのかもしれない。
ハジメは姉妹の会話を楽しげに聞きながら食事を体に詰め込んでいく。 そして夜──。
(よし、今日もやるか)
姉妹が寝たのを見計らって、ハジメは今日もこっそり寝室を抜ける。 そしてルーチンと化した動きを重ね、汗を流す。
「精が出ますねぇ」
「うわぁああ!?」
ハジメは思わず飛び上がった。 なぜなら、急に知らない声が飛んできたから。 そして、その顔がピエロの奇面だったから。
(は? は? 何……誰、だ……!?)
ハジメは尻餅をついて謎の人物を見上げる。 息荒く鼓動を爆速に上げて全身が危機を知らせてくるが、圧倒的強者の振る舞いを見せるピエロに、ハジメの体が動かない。 それでも震える手で鍬を握って起き上がろうとする。
「急な来訪、失礼しました。あなたがあまりにも真に迫った様子でしたので声を掛けさせていただきましたよ」
「……ッ……誰」
「そこまで怯えずとも。 私はあなたを害する予定はありませんよ?」
「……」
「……おや? どうにも怖がらせすぎましたか? 困りましたねぇ、色々とお聞きしようと思ったのですが」
「私……言葉……難しい……」
「……んん? なぜそう辿々しく……?」
リバーは小首を傾げて考えを巡らせる。 そしてパッと目を見開くと、ニュッとハジメに顔面を近づけた。
「ひッ……!?」
「私はリバー。 あなたのお名前は?」
「リバー……? 名前?」
「そうです、あなたのお名前を」
「ハジメ……ハジメ=クロカワ……」
「ハジメさん! おお、こんな場所に居られたとは! この村には何もないと思っていましたが、これは思わぬ収穫です! これでトンプソン様に良い報告が出来ますねぇ」
夜中に小躍りするピエロは正直恐ろしい。 月光に照らされるたびに彼の顔面が凶悪さを始めに叩きつけ、それだけでハジメの体が震える。
「……とはいえ、言語が不自由だと聞けることも限られますねぇ。 さてどうしたものか……」
リバーがぶつくさ言ってる間にすら、ハジメは何もできない。 彼の体の大きさを見ただけで、物理的に敵わないことは分かっている。 一応鍬を握っているが、ハジメが何かできることはないだろう。
(リバーって、誰だよ……。 今日来たっていう奴、だよな……?)
「ハジメさん、あなたは現在どちらにお住まいで?」
「……?」
「家です、住んでいる所です」
「……家?」
「そう、今はどこに住んでいます?」
ここで嘘を教えたところで、村は狭くすぐにバレるし、そもそもハジメに逃げる場所などない。 そのためハジメはリバーに言われた通りに正直にその先を指差した。
「あなたもあの家にお住まいですか、そうですか。 では私はここでお暇します。 また明日あなた家に伺いますね、ではでは」
リバーは言うだけ言うと、その無駄に蓄えた脂肪を左右に振り乱しながらハジメの元から去っていった。 まるで嵐の如く過ぎ去った異常事態に、ハジメはしばらく動くことすらできなかった。
(こ、怖えぇ……。 あんなやつが夜中に彷徨くようなら、この活動もやめた方が……?)
闖入者により萎えてしまったハジメは、水浴びをして身なりを整えると自室に戻った。 外部の人間の出現に、この世界が村の中だけでは完結していないことが理解でき、ハジメは少しだけ怖くなった。 自分はこの村でこのまま過ごしていくと思っていた矢先の出来事。 ハジメは環境の変化を感じずにはいられなかった。
リバーとフエンの宿泊室──。
「早いのです。 本当に調査してきたですか?」
「収穫がありましたので、満足して戻ってきました」
「収穫、ですか?」
「トンプソン様お探しの人物が居たのですよ。 これでメインの目標は解決ですねぇ。 あとはゆるりと周辺の探索を行うだけですよ」
「それは僥倖なのです。 それで、何か聞けたですか?」
「それがどうにも言語が達者ではなかったので今日は諦めました。 彼はあの姉妹の家に住んでいるということなので、明日また訪れて詳しい話を聞いてこようかと思います」
「その顔面で、ですか?」
「すでにご理解をいただいていますので、問題はありませんよ」
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「ではフエンさん、あなたは明日村周囲の広範囲探索をお願いします。 私は取引がてら村長などにもお話を聞いておきますので」
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