オミナス・ワールド

ひとやま あてる

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第2章 Dynamism in New Life

第21話 ラクラ村、その後

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『……国、を……帝国を……目指せ……』

「俺に……話し、掛けるな……──」

 寝苦しい夜にハジメへ語り掛ける謎の声。 それは来訪初日に響いた声でもある。

「──え……?」

 窓から差し込む陽の光はなく、未だ月は天高く人間たちを見下している。

 時刻は深夜を回ったところ。

「ハジメ……どこか行くの……?」

 不安そうな声でレスカが聞いてくる。

 寝苦しさの原因は脳裏に響いた声ではなく、ハジメに絡みつくレスカの圧によるものだ。

「悪い。 ごめん寝よう」
「ん……」

 レスカはポジション取りが悪かったのかそれを直す。 と言ってもレスカにとってのそれは密着面積のことであり、ハジメにとっては煩悩を刺激する材料にしかならない。

 レスカの豊満な一対の巨峰は当然のようにハジメの腕を挟み込んでおり、彼女の足もハジメに絡みついている。 だから動こうにも動けないし、これはそうさせたくないレスカの潜在意識の表れだろう。

「レスカ、ちょっと腕を……」
「やだ……」
「違うっ、て……」

 ハジメは腕を強引に引き抜くと、レスカの頭の下に回した。 そうするとレスカは安心したのか、顔面をハジメの胸に押し付けて寝息を立て始める。

(こりゃ重症だな……。 昨日ヴァンドさんがエスナの名前を出したのが影響してるな、やっぱり)

 レスカの顔面が、唇が近い。 ハジメはその唇を奪おうと思えば奪えるし、腰の辺りに触れているそれも触ろうと思えば触れる。 恐らくレスカは嫌がらないだろうし、受け入れてくれるという確信さえある。 だが、それはできない。 それは全てに対する裏切り行為だ。

 煩悩以上に、レスカを守らなければならないという使命感がハジメの中に湧いている。 それはフエンに指示されたと言えばそうなのだが、今ではハジメ自身の意志でもある。

 今この場でレスカとの関係性を決めろと言われれば、ハジメは守るべき家族だと答えられる。 ハジメを受け入れてくれたレスカやエスナ、そして一緒に過ごしてきたフエンやリバーは、今やハジメのかけがえのない家族だと言える。 その家族たるフエンから──恐らくエスナやリバーからも、レスカを守ることを言い渡されている。

 ここでレスカに劣情から手を出して欲情を爆ぜさせるのは恥ずべき行いであり、家族への裏切りだ。

 確かにレスカは魅力的な肉体をこれでもかと言わんばかりにハジメに押し付けてはくるが、これは不安からくるもので間違いない。 そうであれば、それに対してハジメが返すべき行動は下半身を熱くするのではなく、そっと抱きしめてあげることだろう。

 愛なんて言葉の本当の意味をハジメは知らない。 だが、これこそそうなのではないかと感じてしまう。

「……っ痛……またか……」

 余計なことを考えすぎたのか、頭痛がハジメを襲った。 大雨の中をくぐり抜けた後に生じた頭痛だったが、すでに一週間ほどが経とうとしているのに止む気配がない。 こんな頭痛が1日に何度も起こるので、何かしらの病気を疑ってしまう。

(単なる風邪ならいいけど、対処困難な病気は勘弁だぞ……。 病院も薬局もないんだからよ……。 それにしても、あの声は一体──……)

「こりゃ結構キてんなぁ」

 翌朝イチでヴァンドが訪れ、早速家屋を検分している。

 ハジメはレスカを腕枕したせいで生じた痺れを隠しながら、朝食の準備をする。 と言っても、ヴァンドをもてなすものではなく、ハジメとレスカの食事というだけだ。

「直りそう?」
「穴を埋めるくらいならすぐだな。 それよりもレスカちゃん、ベッドひとつじゃ色々と面倒だろ?」
「え……! そ、そんな……」
「ボウズと二人じゃ狭すぎて寝られねぇはずだ。 壁の穴なんかよりも──」
「だ、大丈夫です……!」
「そうか? でも──」
「十分広さ足りてます! だから大丈夫です!」

 そんなやりとりを横目に、ハジメは黙々と朝食を作り上げていく。

(レスカが村の人と仲良くできてるのは何よりだな。 あとは俺がしっかりできれば、ここでの生活は安泰なはずだ)

「レスカ、ご飯」
「あ、う、うん……! ヴァンドさん、朝食ができたのでもう帰って……!」
「そうか、そんなにボウズと──」
「早く帰って!」
「何を恥ずかしがってんだよ。 んじゃ夕方あたりに修理機材持って来るからよろしくな」
「ヴァンド、感謝」
「仲良くしとけよ」

 悪戯な表情をしつつ、最後の言葉はレスカに向けてヴァンドは戻っていった。

「も、もう……。 意地悪なんだから……」
「レスカ、何」
「な、なな、何でもないよ? 何でもないんだから!」
「……?」

 二人は質素な朝食を平らげ、お互い割り振られた仕事場へ向かう。

「あたし朝は畑の方だけど、お昼は一緒に食べようね?」
「了解」

 村での仕事は多種多様で、不要な仕事などなく、誰もが一律に労働に励んでいる。 そうしなければ立ち行かないということもあり、サボったりできる人間はごく少数だ。

 子供たちは山菜を取りに出たり、大人の手の届きにくい分野の仕事を行ったりしている。

 村長などは頭脳労働が大半なため姿を見せないが、それでもそれぞれの役職に応じた労働が常に行われている。

 ハジメは男連中に、レスカは女連中に混じってそれらの手伝いだ。

 住民がラクラ村の半分程度──50人強なので、クレメント村の一体感は少し強いようにハジメは感じている。

 そうしてハジメが労働に従事していると、村に入ってくる一台の馬車があった。 そこからまず、ローブを纏った細身で眼鏡の男性が馬車の荷台から降りてきた。

「あれは?」
「フリックって名前の、うちの村の魔法使いだよ」

 一緒に木材を運んでいたマデルおじさんが教えてくれる。

 すると後からもう三人──男性二人と女性一人が姿を見せた。 革製や金属製の装備でゴツゴツに身を固めた無精髭の男性と、迷彩色の衣服に身を包んだ小柄な男性、そして弓を抱えた少々露出度の高い軽装の女性だ。

「ハジメ君の村の調査に、誰か連れて帰ってきたみたいだね」

 見た感じは、フリックを含めた四人パーティといったところ。

 そんな彼らをアーキア村長が出迎えると、四人は彼の案内で村の中へ。

 馬車を運転していた御者の老人は慣れた動きで馬車を操作し、厩舎へ向かっていく。

「ん……?」

 一瞬フリックと目が合った。しかしそれだけで、すぐに興味を失ったように視線は外され、ハジメと彼の邂逅は終わった。

「さ、これを木材置き場まで運ばなきゃね」
「……はい」

 ハジメが休憩をもらって昼ごろ借家へ向かうと、先にレスカが家の前で待っていた。

 何かを言いたげなレスカの背後の扉が開き、そこからフリックと女性が現れた。

(なるほど、客が来てたってわけか。 要件って言やぁ、先日のラクラ村でのことしかないよな……)

 またレスカの不安を煽るような展開になる気がして、ハジメは少し憂鬱な気分になりつつも歩みを進めた。

 ハジメは接近してから軽く会釈をして、そのままレスカを連れて屋内へ。

 フリックは何故かハジメを見て怪訝な視線を送っている。

(何だ……?)

 ハジメの後を当然のように二人が付いてくる。

「レスカ、隣に」
「うん……」

 屋内にはテーブル1つに椅子が3つしかないため、2つにハジメとレスカが座って、うち1つを彼らに提供する。

「あんたが座んな。 あたいはここで聞いておいてやるよ」
「ああ、カミラ。 そうさせてもらうよ」

 椅子に着いたのはフリック。 髪は燻んだ茶色で、センターで分けられた髪は肩ほどまで伸ばされている。

 隣の狩人風な女性はカミラと言うらしく、何やら口調が乱暴だ。 後ろで一つに纏められた赤い髪からは、活発そうな印象を受ける。 そのカミラが腕を組むと、その露出した胸が更に強調されてハジメの視線を奪いに来る。 が、ハジメはレスカの手を握って煩悩を振り切る。

「初めましてレスカさん、そしてハジメさん。 私はベルナルダンの町で魔法使いをしているフリックという者です。 エスナさんの教師も仰せつかっていました。 そして彼女はカミラ、狩人です」

 紹介を受けて、カミラは「ふん」といった具合に顔を逸らすと、特に挨拶はなかった。

「本日は、ラクラ村で何があったのかと詳しくお聞きしたいと思って訪れさせていただきました。 辛い内容かもしれませんが、知る限りの事実をお教えいただけませんか?」

(できるならレスカの同席はやめさせたいが、通訳としては必要なんだよな……)

「何、聞きたい?」
「……ああ、言葉が不自由なのでしたね。 ゆっくりでも構いませんので、話せる範囲でお願いします」

 レスカの補助を得て、ハジメはあの日あったことを全て話した。

 魔人が襲ってきたこと、すぐに逃げ出したこと、そしてエスナともう二人が戦ったであろうことなど。

「さて、魔人ですか……。 これは非常に厄介ですね。 それが分かっていて逃げなかったのはどうしてでしょう?」
「お姉ちゃんはずっと魔法の特訓をしていました。 たぶんあれは初めから魔人、と戦うための……」
「そうですか。 であれば、そのお二人──リバーさんとフエンさんも魔人討伐を主たる目的とした方々かもしれませんね。 どこから来られたなどは言っていませんでしたか?」
「あたしは詳しく聞いてないです。 でも確か、騎士とは言ってました」
「騎士爵の魔法使いで魔人討伐……なかなか特殊な環境にいる方々のようですね」

 リバーらは、ハジメとレスカには妙なことへ関わらせないために重要な情報を残していない。 もちろん騎士などの情報は漏れているが、出身や目的については秘して知らせないようにされていた。

「ラクラ村のことについては、今日から私たちが調査に入ります。 もし魔人が残っていた場合は、私たちだけでは到底手には負えませんが……」
「お姉ちゃんを、探してください……」
「ええ、それはもちろん。 彼女は私の教え子ですから」
「ありがとうございます……」

 ところで、と前置詞を挟んでからフリックは言う。

「レスカさん、あなたにも魔法の才能があるようです」
「え、それって……?」
「未だ芽吹いたばかりですが、それでも小さな魔法の灯火はレスカさんの中で育まれているようです。 自覚は無いかもしれませんが、そのうち体調の変化などで気づくこともあるでしょう。 その場合は私に伝えてくだされば、エスナさんと同様に魔法を教えて差し上げますよ」
「あたしに、お姉ちゃんと同じ……」
「そしてハジメさん、あなたにも魔法に関連する何かを感じます」
「え!? ハジメも魔法使いなんですか?」
「いえ、確実にそうとも言えないのですが……溢出するマナのようなものが少し気になりますね。 ただし内臓マナはほとんど感じられないことから、これに関しては魔法使いの特徴とは反しています」
「えっと……?」
「ああ、すいません。 難しい話でしたね」
「あんたはいつもそうだっての」
「ははは……」

 カミラの指摘を受けて、フリックは頭を掻きながら困った顔を浮かべる。

「あ、でも、そういえば……」

 レスカは内容をかいつまんでハジメに伝え、それを聞いてハジメは自身の理解できない力について話をした。

「魔物の動きを止めること、そして魔法の威力が増大すること……。 俄には信じられない話ですね」
「事実」
「ハジメさんはどちらのご出身で?」
「……?」
「ハジメも分からないみたいなんです」
「記憶喪失、とは違いそうですが。 試しに母国語でお話し願えますか?」

 ハジメは言われた通りに言葉を発してみる。

「……って、ああ、そう言うことか。 俺は黒川ハジメ。 地球の、日本って言う島国出身です」
「……理解不能な言語ですね」

 ハジメの挨拶も虚しく、それは雑音として処理されてしまった。

「何か分かりますか?」
「私は言語学に疎いのですが、少なくとも近隣の方ではなさそうですね」
「そうですか。 ハジメ、残念だね」
「大丈夫」

(安請け合いで答えすぎか? だけど、こっちが情報を開示しないことには得られないことも多いからな……)

「その男のことは別にどうでもいいでしょ? とりあえず魔物を散らすくらいは今日やっていいんじゃない?」
「そうですね。 すいません、個人的なことまで聞いてしまいまして。 では今日のところはこれでお暇します。 ラクラ村のことは、何か分かればご報告しますね」
「お、お願いします」
「では、また」

 フリックはカミラを連れてハジメ宅を後にした。

 ハジメとレスカが昼食を終えて午後の作業に入っていると、馬車が村から出発していくのが見えた。 馬車の進む方角が西なので、おそらくあれはラクラ村に向かうのだろう。

 ハジメは付いていきたい気持ちが大きかったが、そこに同伴できるような力も能力もない。 なのでグッと堪えて、今やるべきことをこなす。

「こんなもんか。 まぁこれで雨漏りとかの心配はねぇな」

 夕方、ヴァンドが訪れて屋内の修繕箇所を直してくれた。

「ヴァンドさん、ありがとう」
「また困ったことがあったら言ってくれ」

 ハジメはヴァンドなんかよりもフリックたちの帰還を待ち侘びていたが、その日のうちに彼らが戻ってくることはなかった。

 ハジメはモヤモヤした気持ちを抱きながら1日を終えた。


          ▽


 ラクラ村へ向かう馬車の中──。

「んで、マジで魔人が居た場合はどうすんだ?」

 ダスクが気怠げにそう質問を投げる。

「戦うわけないでしょ。 あんたが死にたいなら勝手にしたらいいけど、あたいらに迷惑が掛からない形でやってもらえる?」
「死ぬのも前衛の仕事だし、魔人が出たらダスクに特攻させればいいじゃん。 だからさっさと死ねよダスク」
「ハンスてめぇ、どこまでも生意気だなァ?」
「まぁまぁ皆さん、落ち着きましょう」

 傭兵ダスクにハンターのカミラ、そして薬師ハンスがフリックの仲間。 彼らの役割は、前衛をダスク、後衛はカミラとフリック、そして治療と斥候の役割もこなすハンスという布陣である。

 あまり連携が取れそうになさそうな印象を受けるが、長年付き合ってきたこその毒の吐き合いであり、仕事の時の彼らはきっちりとやる連中だ。

「フリックが十分な情報を持ってねぇのが、そもそも仕事がやりづらい原因だろがよ」
「完全な情報なきゃだめなの? ダスクってそんな完璧主義だっけ?」
「うるっせぇ。 前衛張るのに敵情報がなきゃ死んじまうだろうが」
「ダスクが死んでしまうほどの敵、っていう情報が得られたら僕らも逃げられるんだから、しっかり情報残して死ねよな」
「だりぃだりぃ。 俺よりも先に情報収集すんのはハンスなんだから適当な仕事してんなよ」
「なんでもいいけど、斜線に入んないでよ。 フリックも、あたいだけはしっかり守んなさい」
「あー、はい、そうですね」
「まったく、シャキッとしねぇなフリックは」

 そうやって騒ぎつつも指針を固めていると、御者から声が飛んだ。

「そろそろラクラ村が見えてくる頃だ。 魔物が彷徨いてるってんで、あまり近づくことはできませんぜ?」
「まったく、商人ってのは自衛の手段も持たねぇのか」
「盗賊程度なら問題ないが、多数の魔物なんてこられた日にゃどうしようもないんですぜ」
「そうかい。 じゃあお前ら、準備しとけよ」
「命令すんなよ」
「ハンス、お前マジで殺すぞ」
「おー、怖えぇ怖えぇ」

 少し歩けばラクラ村が見えてくるというあたりで馬車は停車し、そこで四人は下車した。

「フリック、魔道書は出しとけよ」
「ええ。ひとまず魔法を掛けておきます……《石肌ストーンスキン》」

 土属性の補助魔法であるそれは、魔法を受けた者の肌を硬化させて防御力を高める。

「じゃあ僕は森経由で退避ルートの確保してくるか」
「ああ、頼んだ」
「あたいは索敵しておくから。 《鷲の目イーグル・アイ》」

 カミラは魔法使いではない。 だが、その右目には魔法陣が浮かんでいる。 

 研究段階の特殊技術により、肉体に魔導印を刻印して魔法を発動させる試みがある。 人工的に魔導印を刻むことで、魔法使いでなくても特定の魔法の行使が可能になるというシロモノだ。

 カミラは魔法研究に身を差し出すことで外付けの魔法技能を獲得し、この鷲の目によって遠隔視の能力を発動可能になった。 ただしこれは確立した技術ではないため、失敗によって肉体欠損などを生じる可能性は大いに存在している。 実際にそれによって失敗している人間は後を絶たないのだが、それでも実験に身を捧げるのは、得られる能力の価値が非常に高いことが理由だ。 疑似的な魔法能力はそれだけで使用者を魔法使いと同等の価値まで高め、生存競争を容易にする。

「カミラさん、大丈夫ですか?」
「散々使ってんだ。 今更これで苦しむことはないよ」
「必要であればマナポーションをご提供しますので」
「いらぬ心配だよ。 あんたは自分の身を守ることを最優先にしてな」
「了解しました」

 ハンスは別ルートで進み、他三人は道なりに歩を進める。

 そうして山を迂回して進んで行くと、村を覆う木柵らしき構造物が見えてきた。

「カミラさん、お願いします」
「ああ、えっと、確かに獣の類がウヨウヨしてる。 人間の姿は……ここからでは見えないね。 フリック、どうだい?」

 カミラが確認したところ、動物の集落かという具合にはいろいろな生物が跋扈している。

「これは、やめておきましょう……」
「何言ってやがる? ここまで来て撤退っつうのか?」
「はい、ダスクさん。 ここは危険です」
「何が見えてる?」
「瘴気が広がっており、あそこは一種の魔界です。 人間が長期的に滞在していれば、悪影響を受けます」
「またそれか。 だが、人間にどんな悪影響があるかまでは分かってねぇんだろ?」
「確かにそうですが、動物が魔物化することは分かっていますし、実験的に人間を置くようなことができません」
「だってよ、カミラ。 どうする?」

 意見が対立したとき、総合的な判断はカミラに任されることが多い。

 カミラが自らの意見を押し通さないこともあるが、それ以上に狩人という立場上、客観的にものを見れるというのも大きい。

「原因を除去しない限り、あれはあのままでしょ。 少なくとも、周辺の雑魚は散らした方がいいでしょ」
「だとよ? フリック、どのあたりまでが平気な領域だ?」
「……はぁ、血気盛んですね。 明確に悪影響が出そうなのは村の入り口付近まで。 それ以上は現状許可できません」
「それなら村の中もある程度確認できそうだな。 じゃあハンスが戻ったら向かうか」

 4人は木陰に身を隠し、それらの動向を窺う。

 ダスクは腰に刺したダマスカス剣を両手に引っ提げ、いつでも出られるといった様子だ。

 ハンスも小刀を握っているが、ダスクほど派手な狩りは行えない。 むしろ彼の役割は軽い身のこなしを生かして敵を翻弄することがメインだ。 ダスクが抱えきれない敵をハンスが撹乱し、その間に後衛が処理するというのが彼らのやり方。

「ダスク……やる気になってるとこ悪いけど、あたいで全部処理できたらあんたの出番はないよ」
「それならそれで構わねぇよ」

 フリックが魔法で岩を作り出し、敵にバレないようにダスクがそれを運んでいる。 それ以外にもそこから後方に複数の岩の塊が設置されている。 つまりは遮蔽物であり、飛地だ。

「じゃあ、始めるわ」

 カミラが弓を構え、彼女の右目に魔法陣が浮かび上がる。

 鷲の目によって視力が何倍にも拡張され、同時にカミラの表情が歪んでいる。 これは本来マナを活用できない非魔法使いが、マナの影響を受けることによる弊害だ。

 カミラは頭痛を我慢しつつ弦を弾き絞り、離す。

「まず一匹。 次」

 頭部を撃ち抜かれた獣が断末魔も上げずに絶命した。

 周辺の獣が何かを察知する前に、カミラの2射目は違う獣を射抜いている。

「動き出したぞ」
「案外馬鹿じゃないわね」

 何故か村の周辺を闊歩している獣たち。 餌も無いような環境にもかかわらず居座っているということには何かしらの理由がある。 その一端が、今まさに集団でカミラたちへ向かってきている協調性だ。

「フリックは分断しろ。 ハンス付いてこい」
「じゃあ僕らを殺さない程度にサポートよろしくー」

 ダスクとハンスが前に出る。

「《岩壁《ロックウォールロック・ウォール》、《岩弾バレット》」

 フリックは返答として魔法を発動し、数メートルの岩の壁が数枚出現した。

 獣たちはそれを避けるように左右へ散る。 その動きを読んでいたように、カミラの矢とフリックの魔法が獣を捉えた。

「まったく、魔法ってのはズリィよなァ!」

 血飛沫が舞う。

 予想以上に湧き出る獣の背後には、何かしらの統一された意志があるように4人は思えてならない。

「ハァ……怪我はねぇか?」
「ダスク以外は概ね無傷だと思う。 良かったじゃん、前衛っぽい働きができて」
「お前は──」
「ほい、回復丸。 これでも飲んでなよ」
「──ったく。 もうちょっと労いってもんをだなァ……」

 4人は警戒しつつ、村に近づく。

「村の中にもいっぱいいるけど?」
「フリック的には中に入っちゃダメなんだろ? そんなら、中のそいつらを寄せるのも……なぁ?」
「そうですね。 暗くなる前に村内部の確認だけはしておきましょう」

 まだ陽が落ちていないというのに、村の内部は暗い。

 まるで生活感の感じられないのは人間の存在を感じられないからだけでなく、壊れた家々が点在しているからだろうか。

「雨の影響か知らないけど、血痕や肉片の類は見られないわね。 勿論生存者は確認できない。 これは村人全員死亡の線が濃そうだけど?」
「人っ子一人いないってわけか」
「あんな獣だらけの環境で生きてる人間がいたとしても、どこかに隠れてるしかないでしょうね。 だけど、それを一週間も続けられるやつなんていないわ」

 すでにラクラ村の事件から一週間ほど。

 このような悪環境で生き続けている人間がいるとは到底考えられない。

「ま、それもそうだな。 それで、なんで獣連中はこんな村に拘って存在してるんだ?」
「あれらの大半は魔物です。 あそこが魔物にとって住みやすい環境なのでしょう。 つまり、彼らの欲するものがそこにあるということ」
「なんつったっけ……魔素とかマナだっけか? それを放出する何かがあるってことか」
「ええ、瘴気を放出する何かしらはあるでしょうね」
「つかよ、そんなに村の中は危険か?」
「安全ではない、というのが正しい表現ですが」

 瘴気による悪影響を心配するフリック。 ただ、その発生原因が魔人であればすぐにでも逃げなければならない。

「じゃあ魔物が寝静まった夜中とかに内部調査をしたらいいんじゃねぇの? ハンスだったら得意分野だろ?」
「危険って言っといて調査に出す? 死ねよまじで。 というかさ、魔物が夜もちゃんと寝るとか分かんないじゃん」
「じゃあ、夜まで待機して寝静まったら行ってくれるんだな?」
「ま、まぁ……その程度だったら」
「決まりだな。 魔物の生育環境を残しちゃおけん。 少なくとも、今帰っても情報不足だしな」

 原因除去が為されなければ、今回の魔物駆除などまるで意味をなくしてしまう。 だからこそ、ここで諸悪の根源を断つか、持って帰れるだけの情報を得なければならない。

 4人は一度馬車まで戻って食事を摂ったり仮眠を取ったりして時間を潰し、夜まで過ごしていた。

 そしてその夜──。

「……で、そりゃ何だってんだ?」
「人間ではない何か、としか表現できないわね」

 現在、カミラが見たそれに関して4人は正体を掴みあぐねていた。

「姿形はそうなのか?」
「人間のもので間違いなさそうだけど……夜になって動き出して、なおかつ魔物と共存してるかもしれない存在を果たして人間と呼べるのかどうかは疑問ね」
「ハンス、行けるか?」
「行けるわけないじゃん。 何言ってんだよ死ねよ」
「そりゃそうだよな。 じゃあ今日のところは帰るか。 村人が夜だけしっかり生活してたって報告すっかねぇ。 あいつら、どこに隠れてやがったんだ?」
「私も想像すらできないですね。 ひとまず数泊することは想定していないので、今日のところは戻りましょう」
「あいよ」

 4人はその場を後にした。

 ラクラ村で繰り広げられていたのは、想像だにしない異常事態。

 未だ正確な情報は得られず、謎だけが残るのであった。
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