オミナス・ワールド

ひとやま あてる

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第2章 Dynamism in New Life

第36話 入り乱れる思惑

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「──《断罪コンヴィクション》!!!」

 オリガの魔法が解き放たれた。 

 現れた光の十字架。 それは天から降り注ぐ神罰の如く、対象に絶死の一撃を叩き込む──。

「なッ……!? あいつ……!」

 ──はずだった。

 勝ちを確信していたオリガの余裕の表情が歪む。 なぜなら、光速にも近い彼女の攻撃をゴリラの魔物が感知、そして回避までして見せていたからだ。しかし、完全に回避できたというわけでもなさそうだ。

「グ──ォアアアアアアア!!!」

 咆哮。

 ゴリラの左腕が吹き飛んでいる。 しかしそれによって戦意が喪失することはなく、むしろオリガを敵として認識して活性化してしまった。

「ゼラごめん、失敗した!」
「見えてる。 あれは反応が良すぎるね」

 魔物化した村人は効率的に雑魚の魔物を蹴散らしている。 彼らはゴリラの魔物を釘付けにしながら、それでも大きなダメージなどは与えられていない。 凶暴化しただけの彼らは賑やかしの域を出ることはできず、メインを張ることが可能なのはゼラとオリガ、そして首魁の魔物だ。

 全てを無視して迫る敵に、ゼラとオリガは身構える。

「ゼラ、行けそう?」
「さっきので怯んでくれたら支配もしやすかったんだけどね。 これじゃあ難しいかな」
「じゃあ、あーしがあいつを捕まえる。 やっちゃって!」
「了解。 今回もオリガに任せるよ……《制限解除アンリミテッド》」

 オリガの両目が白く光を帯びた。

 ゼラの闇属性魔法の一つである《制限解除》は一時的に脳のリミットを取り外し、本来であれば人間が使用できていない領域を解放する。

 人間には潜在的に、魔法を使用するための脳領域が存在している。 先天的にその部分が解放されている人間は全身にマナを受容する器官が生成され、ある時期を境に受容から行使へ。 マナを応用可能な状態にまで昇華した存在──それが魔法使いという生き物であり、受容器官を持つからこそマナは毒ではなくなる。

 現状のアルス世界では全ての脳魔法領域が解明されているわけではなく、高等な魔法使いでさえその領域の一割すら利用できていない。 そんな領域を無理矢理に拡張するゼラの魔法は、魔法使いの可能性を極限に高めることができる。 ただし、それによる副作用が無いわけでもない。

 もう目前まで迫っている敵を前に、オリガは余裕を持った表情で一つの魔法を唱える。

「《投獄インプリズン》」

 ゴリラの魔物は、突如出現した正六面体の光の檻によって四方を取り囲まれ、完全に逃げ場を失った。 なおかつその勢いすら全て受け止めて、それでもなおビクともしない檻は相当な強度ということが窺える。 そんな異常な状況に一瞬驚き、それでも暴れ回ろうとした魔物だが、その行動は遂行できなかった。

 ジャラ……と、金属の擦れる音。

 ゴリラの魔物が自らの身体を見ると、その全身が檻の八つの角から伸びた鎖によって縛り付けられている。 それも一本だけではなく何本も伸びており、何重にも絡みついたそれらは魔物の一切の行動を封じる。 手足だけでなく胴体や首までも余すことなく絡みつき、なおかつジリジリと全身を縛り上げていく。

「ゴ……ァア゛ッ……」

 光属性中級魔法の《光檻ジェイル》と《シャクルス》。 これらを同時かつ即座に展開した応用魔法《投獄》は、中級魔法使いのオリガが本来使用できない上級魔法。 しかしゼラの魔法で制限を取り払われた彼女はそれを可能にする。

 魔物に対する一般的な捕獲方法といえば、罠を張ることだ。 その場合は魔法を設置して待ち構える、ないしは追い込めば良い。 ただ今回のように異動の激しい魔物の場合、正確な捕獲を考えれば空間として対象を捉えなければならず、特定の座標を指定して魔法を使用しなければならなくなる。

 上級魔法を上級魔法たらしめる特徴は、空間に作用させられるという点だろう。 その多くは“空間魔法”と呼ばれ、魔法の影響範囲は大幅に拡大する。 空間魔法よりも更に高度なものとして“結界魔法”というものもあるが、今回のオリガの魔法はそれに近しいものがある。 その範囲こそ狭いが、《投獄》は結界魔法をより限定した使用方法と見ることもできる。

「捕獲完了。 ゼラ、お願い」
「ご苦労様。あとは僕に任せて」

 《投獄》は拘束力にリソースを振ってしまっているぶん、攻撃性能は低い。 ゴリラの魔物のように強力な存在であれば、縛り付けて締め殺すとまではいかないのだ。 だからこそ、フィニッシャーとしてのゼラが必要だ。

 ゼラがゆっくりとその檻に近づく。 彼はオリガの魔法に絶対の信頼を置いているために、そこに恐怖心など皆無。 獰猛な魔物も、動きを封じて仕舞えばただの展示品に成り下がるのだ。

 魔物は激しい唸り声と叫び声を振り撒きながら全身を震わせる。 それでも暴れるまでに至らないのは、上級魔法という絶対的な力で縛られているからであり、そこへ対応するには上級魔法相当の力を発揮するしかない。

「やぁ、無様なもんだね。 気分はどうだい?」

 煽るようにゼラが言う。 それを受けて、まるで言葉を理解できているかのように荒げた声を吐き散らす魔物。 ゼラも、何の意図もなくそういったことをしているわけではない。 これは闇属性魔法の成功率を上げるため、相手を正常な状態から遠ざける目的で行われている。

「君のマナ濃度は相当に密度の高いものだけど、どこで影響を受けたのかな?」

 ゼラも言って理解されるとは思っていない。 しかし、これからの魔法を考えれば必要な行為だ。 こうやって言葉によって魔法の使用意図を明確にすれば、それに呼応して魔法も精度が上がる。 まるで迷信的なそれだが、その実無視できない程度の効果はある。 こと精神作用系だったり言葉を媒介にする魔法に限った話だが。

「じゃあ君の記憶を読ませてもらおうかな……《記憶遡行リード・マインド》」

 ゼラの思念が魔物の脳領域に潜り込み、これまで見てきた景色を逆再生で辿る。 そこには不要な情報の方が多く、その量だけゼラの脳へ負担を掛けるが、彼は生じ始めた頭痛に耐えながら目的の場所まで記憶を遡行していく。 途中で魔物の思考がジャックされたような部分があり、その部分は読み取ることができなかったが、記憶は未だ連続性を保っていたことから一旦は無視。 そのまま記憶の終着点へ。

 それは雨の降り頻る真っ暗な夜。

 ゼラが記憶を覗いているこの魔物は、突如その身に浴びせられた莫大なマナ──瘴気により魔物として目覚めた。 そして本能的に周囲の小型の魔物などを捕食していくうち、完全な上位種としての魔物の立ち位置を獲得し、瘴気と呼ばれる歪なマナの発生源を支配できるまでに成長した。

 マナは非魔法使いの人間にとって毒だが、その中でもとりわけ瘴気は魔物や魔人にとっては嗜好品であり生命線だ。 より多くを取り込もうと考えるのはマナに当てられた生物に一般的な行動であり、瘴気の発生源はそれらにとって楽園に近しい意味を持つ。

 仮初の楽園を享受していたゴリラの魔物だったが、その支配地を荒らす不届き者が現れた。 彼らは四人組のパーティであり、巧みな連携で魔物を追い込んで討伐寸前まで至ったわけだが、生存を優先した魔物はを握って逃亡を図った。

「ふぅん、それがそうなのか。 だからそいつを──」
「ゼラ!?」

 記憶遡行の途上、オリガの慌てる声が響いた。 同時に、ゼラの目の前で檻が砕け散っている。 また、魔物を縛る鎖も引きちぎられていた。

「なに……ッ!?」

 大きな口を開けてゼラを飲み込もうとする魔物。 しかし、その口が閉じ切られる前に、

「《光楔ウェッジ》!」
「ア──ガッ……!?」

 ちょうど上下の口を貫く形で光の楔が出現し、閉口運動が失敗に終わる。

「《暗闇ダークス》──……ぅぐッ!」

 ゼラが相手の視界を奪う魔法を唱えるのと、魔物が右腕を振るうのは同時だった。

 ゼラは異常な力で吹き飛ばされ、意図された攻撃だったのか彼の身体はオリガに重なる形で放り出されている。

「きゃッ……!」

 雄叫びを上げる魔物だが、分が悪いと判断するや、そのまま南に向けて走り出した……というより敗走した。

 南はここよりも鬱蒼とした未開地域。 この山をずっと南に進んで降れば、広大な密林が広がっている。

「オリガ、大丈夫かい……ッ」
「あーしは大丈夫だけど、ゼラの腕が……」

 ゼラは右腕あたりを殴り抜かれていたため、上腕骨は当然のように砕けており、そのまま右の肋骨までもが衝撃の餌食になって折れてしまっている。

「まさかオリガの、魔法を抜けて……来るとはね」
「ゼラ、これを飲んで」

 オリガがポーションをゼラの口に運ぶが、それでも完治までには相当な時間がかかるだろう。 それほどの大怪我だ。

「もしあれが首元を狙ってたら、即死してたね……危ない危ない」
「そんなこと言ってないで、大丈夫なの?」
「死んでないだけ、幸運かな。 どこにあんな力を隠してたんだ、って話だよね」
「そうだけど……この様じゃ、追いかけるのは難しそうね。 あーしが治癒魔法を使えたら良かったんだけど」
「オリガの性格で治癒魔法は難しいんじゃない?」
「ちょっと! 心配してあげてるのに、その悪口は何よ」
「ごめんごめん。 仕方ないけど、今日のところはカルミネのアジトを捜索したら撤退しようか。 ちょうど重要なものが隠されてるっぽいからね」

 ゼラは魔物がをアジトの奥深くに隠匿したのを確認している。

「記憶で何を見たの?」
「それは見てのお楽しみかな」
「それじゃ、向かいましょ。 あと、村人を回収して体勢を立て直さなきゃね」
「でも一回脳を弄っちゃったから、期限的に再利用は難しいかな。 このまま運用するよ」

 ゼラが記憶で見た場所へ向かうと、戦闘に送り出した村人の半分程度が絶命して転がっているのが確認できた。 それでも、小型の魔物は大方処理できているようだ。

「まぁ、半分も残れば上出来かな。 君たち、逃げた魔物を追って対峙してきて。 もし討伐することができたら、その場で解放してあげるからさ」

 ゼラのそれはもう意味の無い発言かもしれないが、村人は元々解放を望んでいたことから、理性を失っていてもある程度効果はある。

 村人たちは命令を受諾すると、すぐさま目的に向けて走り出した。 中には身体の一部が欠損している者もいたが、それらは痛みを感じさせない動きで命令を忠実に遂行する。

「あれじゃ使い物にならなくない?」
「でもまぁ、使わないで腐らせるよりは幾分かマシかな。 寿命もそんなにないし、元々消耗品だからねアレは」
「それもそうね。 ……そういえば、カルミネの奴は? まさか逃げ出した?」
「それならある程度僕から離れた時点で、どこかで自害してるはずだけど。 どこに行ったんだろ」
「死んだ感覚は無いの?」
「うーん……」

 ゼラはしばらく目を瞑ったまま、自分のマナの向かう先を確認する。ッそして口を開く。

「死んで契約が切れた形跡は無いけど、おかしいな……。 かなり遠くに居るみたいだ」
「どういうこと……? まさかあいつ、契約の抜け道を見つけたの?」
「元々知性の低い人間じゃなかったから、そういう可能性もあるかな。 でもカルミネは追われる立場だし、僕らのことを口外しても信用性は皆無だよ」
「殺すでしょ?」
「それはもちろん。 契約違反なんて、まともな死に方はさせないから」
「ゼラ、怒ってる?」
「怒ってる……のかなぁ? あんまりわかんないや。 それでも、絶望を与えてやらなきゃとは思うよね」
「感情の起伏があんまり無いのね。 まぁいいわ。 カルミネの件は後回しにして、その重要なものってのを確認しましょ」

 ゼラとオリガはカルミネのアジトの中へ。 《夜目》を発動しているため暗い内部も探索は容易で、二人はズンズンと奥へ進む。

「あれ……? おかしいな、ここにあるはずなんだけど」

 ゼラが足を止めた。 その場所は魔物がそれを安置していた空間で、ゼラの記憶でも間違いなくここだったはずだ。

「何があったの? いえ、何が無いの?」
「瘴気を発生させる人間の遺体……っていうのかな。 そんな感じのものを、あの魔物はここに置いていたわけ。 外に出したって記憶はなかったはずなのに、なぜかそれがここには無いんだ」

 どうしてなのかと思惑した後、オリガが解答を提示した。

「さっきの戦闘中にカルミネが持って行った。 これが可能性としては高いんじゃない? その瘴気の発生源が何らかの作用を示してゼラの魔法を無効化した、とか? ……まぁ、だいぶ無理のある推論だけどね」
「うーん、情報が少なくてこの状況は理解に苦しむけど、カルミネが全くの無関係とは考えづらいね。 一旦はその方向性で動くとしようか」
「でも、どこに行くの? 実質的にクレメント村は無くなったわけじゃない?」
「それは心配無用だよ。 カルミネが向かったであろう先はここから北東だろうからね」
「っていうと、ベルナルダンがある方角よね? カルミネって町に入れるの?」
「さぁね。 独り身のカルミネならあるいは、って感じかな。 でも、いつまでもどこかに隠れるのは無理があるし、町に行けば尻尾は掴めるよ。 それにさ──」

 ゼラが付近に散らばっている物品を手に取った。

「彼、急いでたんだと思う。 金銭になりそうなものをかき集めて逃げたんじゃないかな。 食料を得るにも換金するにも、どこかの町に行かなきゃ生きていけないでしょ」

 乱雑に放り出された荷物の数々は、カルミネによって荒らされたことを示す手掛かりだ。 ゼラの記憶の中にある魔物がここを荒らしたということもなかったし、カルミネがどこかでタイミングを見計らってここへ至り、必要なものを持ち出したというのは非常に可能性の高い話だ。 その過程でそれを見つけ、有用性を見出して持ち出したのだろうというのが二人の推測だ。

「ベルナルダンに行けば、いずれ釣れるってわけね。 あーしは町に行けるなら今はなんでもいいよ。 しばらくはゆっくりしたいところだし。 あんな待遇の悪い村はもう懲り懲り」
「これからの拠点はベルナルダンになるわけだから、昨日までよりは良い暮らしができるんじゃないかな。 あの魔物に関してはすぐに対応するのは難しいから、町で生活しながらカルミネを追って、その上で考えたらいいよ」
「あくまでカルミネが優先なんだ?」
「カルミネが生きてるってことは、僕の能力が侮られてるってことだからね。 早々に始末しなくちゃ。 必要なら、ベルナルダンの人間全部を魔物化させてでも見つけ出すよ」
「こっわ。 あんまり怒られるようなことしないでよ?」
「悪いのはいつだって世界の方なんだから、僕が多少何をしたところで問題はないさ」

 ゼラとオリガから発せられるのは純粋な悪意。 それは確実にベルナルダンを侵さんと手を伸ばすのだった。


          ▽


「面倒なものを引き入れてしまいましたなぁ」
「おい、俺のことか?」
「あんさん然り、そこの異物然り。 どちらも町には持ち込めないのが厄介なところですな」

 グレッグがゴリラの魔物のテリトリーから逃げ出して早半日。 大きく迂回して彼がやってきた場所は、ベルナルダンからほぼ真南の森林。

 グレッグは瘴気を発する遺体を入手してしまったがために動きを制限され、なおかつ王道を歩んでこなかった裏家業のカルミネも随伴している。 これからどう動くにしても、それらを抱えて行動することは不可能だ。

「俺個人の身元はバレちゃいないはずなんだがな」
「だとしても、纏う雰囲気や動きなどで悟られるでしょうな。 あんさんは今まで散々人様に迷惑を掛けてきたんでしょう? たとえ町に身を隠していたところで、いずれ見つかって縛首になるのがオチですな」
「そんなに簡単に捕まるか?」
「魔法使いということを知られなければ問題ねぇですが、もしプレートを出したりしたら一発ですな。 最近では、違法な依頼達成による魔法使いの実力操作を防ぐ意図で、記憶を読まれる組合もありますからな」
「俺が知らない間にそんなことになってんのかよ」

 カルミネとしての指名手配は無い。 ただし、盗賊団としての指名手配は行われているため、もし怪しい行動を指摘されて町の警吏などに捕まった日には、魔法で記憶を読まれる可能性が高い。

「あんさんが真っ当に生きれる場所は、この王国にはありませんな。 このまま東に行ってヴェリアにでも新天地を求めればいいんじゃねぇですか?」

 無茶を言うな、とカルミネは思う。 彼は自らを変えられなかったからこそ裏家業に堕ちたわけで、その活動が長続きするとも思っていなかったが、何かポジティブな行動を行える気もしなかった。 だからダラダラとやりたくもない盗賊業を続けており、それでもそこは彼にとって居心地の良い場所だった。 彼を慕う部下も居たし、彼に付き従う全員が同じ境遇だったのだ。 そういった共同体意識が彼を盗賊という低い立ち位置に縛り付け、雁字搦めにしていたのだった。

「お前は俺を警吏に突き出さないのか?」
「興味がねぇですからね。あんさんを陥れることも、それによって金銭を得ることも。 それをやるメリットがねぇってこって」
「変わってんな。 人間なら誰しも他人を虐げたくなるもんだろ?」
「それであっしの生活が華やぐのならやるかもしんねぇですがね。 そうやって喜ぶのは為政者の連中だけなんで、あっしには関係のない話ですな」

 こうやって会話で時間を潰しても、これからどう動くべきかの明確な指針は見えない。

 グレッグは目的と違うものを手に入れてしまって運搬に困っており、かといってこれをカルミネに任せられるはずもない。 一方のカルミネはグレッグを頼らなければこれからまともに生活することすら難しい。

「とりあえず、この物資を売り捌いて金銭に変えるのが先決じゃねぇか? そしたら俺はお前から離れるし、お前もその嫌な物体を持って動ける。 どうだ?」
「問題がいくつかありますな。 まず……これら魔導具などはどこで手に入れたもので?」
「部下に襲わせたから詳細は分からんが、ベルナルダン周辺ってのは間違いないな」
「そんなものを換金するのは骨が折れますな。 それに換金のためにベルナルダンに向かっている間に、あんさんがどうにかならないとも限らない」
「俺がこんなものを持って逃げ出すってのか? 勘弁してくれ。 こんな危なっかしいもんを抱えて生きていけっかよ」
「あんさんが逃げるとは考えてなどしやせん。 ただ、あんさんが殺されてこれを奪われる可能性は消しきれないんですよ」
「誰に殺されるってんだ?」

 グレッグは逃げてきた山の方面を見た。

「あの魔物か?」
「それもありやすが、ゼラの魔法……あれが解除されていない以上、あんさんの命の補償はどこにもねぇんですよ」
「俺はもう解放されたんじゃないのか!?」
「契約に関わる魔法の解除方法は、掛けた本人に解除してもらうか、その者を殺すか……それくらいなもんで。 今のあんさんは偶然という奇跡によって生きているだけで、ゼラもあんさんの生存を知る方法は持ち合わせているはず。 もしかしたら、居場所の特定すら可能かもしれませんな」
「な、なんでだよ!?  魔法ってのはそこまで可能なのか?」
「不条理を押し付けるのが闇属性魔法の特権ですな。 あっしの知る限りでは魔法には効果範囲があるんで、その契約の範囲にゼラが来ればあんさんは容易に殺されるでしょうな」
「そ、そんな……」
「今はそうでも、ゼラの来ない遠隔地に逃げるのが安全とさえ言い切れないのが厄介な部分ですな」
「ど、どうすんだよ……!?」
「ゼラを殺す。 それしかねぇでしょうな」

 ゼラに視認されれば、ほぼ死亡確定のカルミネ。 そんな彼がゼラを殺害することなど到底不可能だ。 グレッグもそれを分かって言っているのだろうし、彼の発言が意味するところは。

「グレッグ、お前がやってくれるのか……?」
「まぁ、これに関してはあっしの目的にも被る部分なんで。 可能な限りで手伝ってやりましょう」
「ありがたい話だが……その言葉が嘘ってことはないよな?」
「あんさんがあっしに忠実である限りは言葉を曲げることはありやせんよ。 精々必死に働くのがよろしいかと」
「けっ……! 俺はどこに行っても誰かの下に居ないと駄目みてぇだな……」
「そういうことなんで、あんさんの持ちうる限りの情報を出してもらいやしょう」

 ひょんなことから目的が合致してしまったグレッグとカルミネ。 ゼラを標的にすることから、彼らの目的地もベルナルダンとなった。

 様々な思惑が入り乱れるベルナルダン周辺域。

 これから一騒動起こるのは火を見るよりも明らかであった。
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