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第2章 Dynamism in New Life

第43話 消された町

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 ゼラによる殺人劇場がいよいよピークに差し掛かっている時、ベルナルダンに向けて地響きが近づいてきた。

「オリガが暴れてるのかな? 《闇弾バレット》」

 ゼラは軽くそう呟きながら、振り返りもせず背後に魔弾を放つ。 気まぐれに放たれたそれに撃たれて一人の男が倒れた。 そこに感情などはない。 ただ単に動いているから撃たれたというだけだ。 そんな様子を見ながら、それでも動き続ける者がいる。

(無理だ……。 近づけばバレて、殺られる)

 地響きや悲鳴など様々な騒音が飛び交う中、カルミネは音も立てずに走り回っていた。 発動中の魔法は《無音サイレンス》。 これは使用者本人とその者が触れる人物や物体に対して、発生する音を全て遮断できるというもの。 これのおかげでカルミネは、物音を立てずに目的を完遂できる。

 カルミネの魔法技能は下級相当だ。 それは彼が魔法の鍛錬を怠ってきたからであり、自らの才能の限界を知った上での結果だ。 少年時代の彼は魔法という天からの授かりものに対して過剰なまでの信頼を寄せ、自らが成功者になるのだという気概を示していた。 ところが彼は師を得られない環境にあって、どれだけ独力で魔法を鍛えようとも、一向にそれは開花しなかった。

 理想と現実の乖離。 それはカルミネを荒させるには十分な威力を秘めており、それでも魔法技能は一般人とは一線を画す力を持っているために彼を増長させた。 結果的に彼は一般社会から放逐され、普通ではない人生を歩む羽目になった。

 カルミネは走る。 そして瓦礫に触れ、《浮揚レビテーション》を発動させながら無音で宙に浮かせ続けた。 ゼラの目を盗んで行われるそれは、複数の瓦礫を天高くまで押し上げ、最大威力の落下物へ変貌させようとしている。

(この程度の数じゃあ駄目だ。 ゼラを完全に殺し切るには、チンケな数の瓦礫じゃ足りやしない。 それこそあたりに転がってる瓦礫を全て叩きつけるくらいの気持ちでいかねぇと……! それにタイミングも重要だ。 下手な状況で動けば、さっき壁をぶち壊したような魔法で対処されちまう。 できればもう一手、何かしらの変化が欲しい……)

 カルミネに仲間は居ない。 長年連れ添った部下たちはオリガに殺され尽くしたし、協力者と言える立場か分からないグレッグは別の場所で活動中だ。

(くそ、俺を知る人間がここにはあまりにも少なすぎるし、逆も然り……。 誰に助力を頼んでいいか分からねぇ……)

 次の一手を欲しながら、完全には他人任せにはならぬようカルミネは魔法を発動し続けた。

(こんなことなら、もっと魔法を鍛えておくべきだったぜ……)

 カルミネの人生は後悔ばかりだ。 あの時ああしていれば、という経験があまりにも多すぎる。 それでも行動してこなかったのは、彼が自身の能力の限界を勝手に決めてしまったからであり、努力をやめてしまったからだ。 だからだろうか。 彼は今、無意識的に限界値を超えて魔法使用ができていることを実感できない。 本来ならマナが枯渇していてもおかしくない状況で、なおかつ複数の魔法を同時使用できているのは、彼の能力限界からすれば異常事態だった。

 ザワ──……。

 カルミネが余計なことを考える暇もなく動き回っている中で、破壊された外壁から侵入してくる多くの存在があった。

「なにッ……!?」

 魔物の軍勢だ。

 思わずカルミネから驚きの声が漏れたが、魔法の効果で外部には漏れずに済んだ。 この時カルミネが魔物を認識できたのは、闇夜に光る赤い瞳が無数に現れたからだ。 また魔物特有の低い唸り声や獰猛な叫びを伴ってそれらがやって来れば、実物を見たことのない人間だったとしても本能的に恐ろしく感じてしまうものだ。

 ベルナルダン内部に、より一層の恐怖と緊張が広がる。 

(しめた……! これなら──)

 ──ゼラに魔法を使用させることができる。 カルミネは待ち望んでいた一手を得られたことに歓喜すると同時に、安心もしていた。 なぜなら魔物がやってきた方面は彼がまさに逃げ出そうとしていた場所だったからだ。 上手いことゼラがやってきた方面へ向かえば、そのまま彼に会うことなく逃げられると単純に考えていたからだ。

 カルミネは自分の選択が間違っていなかったことを知り、今まさに行っている行動すら正しいものだと確信する。 しかしそれでも問題はある。 まず一つは、すぐにでもここから移動しなければいけないこと。 もう一つは、ゼラに攻撃を誘発させたとして、その後どうやって彼を攻めるのかということ。

 上空に待機させている瓦礫の類は、今この時でもカルミネが魔法を解除させれば落下させられるが、ゼラ相手に殺傷力を最大限に発揮できるかといえば疑問が残る。 やるとすればゼラが完全に安心し油断しきったタイミングでやるのが一番だが、それを敢行するためにはカルミネ一人では足りないのだ。 やはり協力者が必要だ。 しかし今になって探している時間はあるのだろうか。 ベルナルダンが原型を留めているのはゼラの気まぐれであり、彼のご機嫌ひとつで町は吹き飛ぶ。 だからこそ、魔物とゼラの衝突は更なる悲劇の始まりをカルミネに予測させる。

(あいつらは……)

 そんな折、カルミネの知らない新たな闖入者があった。

「オルソー、どうなってる!? 魔物が入り込んでるじゃないか! それに……」
「ああ……」

(オルソー? オルソーって言やぁ、ここの実力者だが……)

 地上に上がってきたハンスとオルソーは絶句していた。 彼らの知るベルナルダンはもう、手の施しようがないほどに壊れてしまっていたからだ。 先程まで彼らの居た役場ですら倒壊してしまっている。 それはちょうど、彼らが地下を掘り進んでいる間にゼラによって行われた破壊行為に伴うものであり、役場入り口にはバラバラになった死体の山すら築かれている。 

 災禍の元凶であるゼラはタクトでも振るうかのように陽気に魔弾を放って魔物を狩っていた。 しかし、ハンスとオルソーを確認するとすぐにその手を止めた。

(ゼラに捕捉されちまったから、今から協力を仰ぐのは無理そうだ。 くそ……。 できれば俺の目的を果たすために利用したいが、あの様子だと範囲魔法のことは考慮してないかもしれねぇ……。 だめだ、俺だけでも退避しねぇと……)

 どうやら彼らはやる気のようだ。

(作戦変更だな……。 あいつらには死んでもらって、魔物も何もかもひっくるめて壊された瞬間を狙うしかない)

 カルミネは身の安全を優先して音も立てずその場を去る一方で、ベルナルダンで最後と思われる人間同士の諍いがハンスの言葉によって開始された。

「ゼラ=ヴェスパ……!」

 ハンスの恨みのこもった視線は、炎禍の火に照らされるゼラに向けられる。 すっかり建物も何もかもが破壊つくされたことで、町中にポツリと居座るゼラは今や誰からも目視できる状態だ。 そんな彼はまるで爆心地の中心に佇む核弾頭。 運よく逃げ出すことのできた住民以外は彼の手によって始末されたため、今では魔物の数の方が住民よりも多いという状態にまで発展してしまっている。

「ああ、君たちか。 遅かったね。 僕もちょうどオルソーを探していたところなんだ」

 ゼラは周囲の魔物など居ないかのように自然にそう返す。

「俺に用だと? 口封じをしたいだけだろう」
「正解。 よくわかったね」
「なぜこんなことをした?」
「なぜ? 理由って必要? ああ、そうか。 死ぬ理由が欲しいってことね。 そうだな……特にこれといって憤ってるようなこともないんだけど、挙げるとすれば僕たちに嘘をついたってことかな。 町ぐるみで画策して、僕たちの邪魔をした。 これだけで殺す理由は十分かな」
「そんな理由で、ここまでできるのか……!?」
「そんな理由って言うけどさ、命の価値は等しくないんだよ。 こんな辺境の人間の町なんて、栄えようが壊れようが世界には何の影響も与えない。 それに比べて僕たち魔法使いはいつだって世界に必要な存在なんだ。 それをさ、君たちは害してきたわけ。 僕は僕を生かすために──平穏な生活を守るために、邪魔なゴミを消して回ってる。 正当な理由だよ」
「狂って……いや、腐っているな」
「君がただの人間なら殺して仕舞いだけど、今こうして君が生きているのは君が魔法使いだからってだけにすぎない。 だけどそれにも限界はある。 今後僕らの下僕として生きるなら残してやってもいいけど、それ以上人間に寄った発言をするなら許さないよ?」
「人間に寄った、だと? 俺たちは人間だ。 そこにどんな違いがある?」
「あるさ。 力を持つ者と持たない者って大きな違いがね。 魔法使い組合なんてものが台頭して魔法を人間社会に使おうって考えがあるせいで、僕ら魔法使いはナメられる。 だからゴミたる人間が僕らと対等だと勘違いしちゃうんだ。 勘違いは正さないと」
「本気で言っているのか……?」
「君こそ大丈夫? 本当は人間のことを煩わしく思ってるくせに、良い奴を気取らなくてもいいよ。 どうせ近いうちに人間連中は反目してくる。 それを正す行いは、早いうちに始めなければならないんだから」
「……話にならんな。 ここでお前は処分する」
「そうかい。 内容としては残念だったけど、日和った魔法使いが多いことを知れて良かったよ。 ちょうど例の魔物もやってきたみたいだし、君たちの代わりにあれは討伐しておいてあげる」

 一際大きい猿叫。 町を揺るがす魔の出現が、彼らのやり取りに終止符を打った。 ゴリラの魔物──激しく異形化深度を高めたその姿は、それを見た全ての存在に畏怖を感じさせる。 個人の魔法使いでは到底対処困難な魔の者はその膂力で地面を砕き、恐るべき破壊の化身となってゼラへ飛びかかった。

「ハンス、お前は仲間を集めろ!」
「判断が遅いよ。 こちとら準備は万端だって。 《負力解放 リリース・ネガティブエナジー》」
「《鋼体化ボディ・オブ・スチル》──」

 ゼラを中心に黒い波動が放たれた。 それは魔物の首魁の狂乱、オルソーとハンスの対応、その他あらゆる事象を黙らせるに十分な爆弾。 ベルナルダンの恐怖と怨嗟の集大成であるそれは、音速を超えて駆け抜けた。

 オルソーとハンス、そして魔物の体内を通り過ぎる衝撃があった。 そこからコンマ一秒遅れて生じるのは、文字通りの大破壊。 地面を根こそぎ掬い上げ、建物も人間も魔もその全てを排除する絶禍は、ベルナルダンという町を跡形もなく消し飛ばした。

「ははっ」

 ゼラが乾いた嗤いを見せた。 彼の周囲にはもはや、ゴミ一つ転がっていない。 彼の嗤いはそれに対する満足から来るものかと思われたが、違った。 彼は憎々しげに言葉を投げる。

「へぇ、耐えるんだ。 すごいね」

 ズザ──ッ……。

 空中で衝撃をモロに受けて弾き飛ばされていたはずの魔物は、その両腕で身体を持ち上げた。 当然その身には絶大なダメージが浸透しているはずだが、ゼラの魔法では殺し切るには不十分だったらしい。 魔物はそれほどの耐久力を見せていても、やはり被害は甚大なようで、大きく身体をグラつかせながら何とか立ち上がっている。

 そして動きを見せる者がもう一人。

「ぐ……ぁ……」

 オルソーも無事だと言わんばかりにその身をもたげた。

 ゼラの魔法の直前、オルソーはまず《鋼体化》によって身体強度を極限まで引き上げた。 そして《鉄壁インプレグナブル》を前面に形成して即席の防壁とした。 魔法が間に合ったのは奇跡としか言えず、肉体強度と共に重量上昇が伴っていたこともあって彼はそこまで大きく吹き飛ばされることはなかった。 しかし耐えたことによる弊害で衝撃が彼の身体を駆け抜け、必要以上のダメージを被ることとなった。 もし耐えられずに飲まれていた場合は瓦礫などに巻き込まれてより甚大な被害を受けていたはずなので、むしろ彼に判断は正解だったと言える。

 オルソーは背後を見遣った。 そこにハンスの姿はなく、まっさらな大地がしばらく続き、その向こうには居場所を失った瓦礫たちが掃き捨てられているだけだ。

「く、そ……」

 オルソーは片膝をついた。 ここから反撃に転じられるだけの余力は彼に残されていない。 そこには単に耐え切ったという結果が残るだけで、次には繋がらなかった。

 ゼラは《負力解放》を使用してしまったため次弾はない。 しかしオルソーや魔物はそれを知らず、次の攻撃を警戒して大きな動きを行うことができない。 これはゼラにも同じことが言えており、必殺の一撃を耐えられたことは彼にとっても予想外の展開だ。 なおかつ魔物に対して彼が勝てる保証が今のところなく、それはオリガの不在によるところが大きい。 予定通りであればすでに合流しているはずだが、それにしては彼女の到着が遅い。

「ゴ、ア、ァアアアアッ!!!」
「チッ……」

 緊張が解かれた。

 ゼラはオリガの到着を待つ時間を稼ぎたかったが、獣にそんな期待が通じるはずもなく、事態は突然に動き出す。

(《負力解放》を発動しても戻ってこないことを考えると、手こずってるか、あるいは……。 僕も少し無理をしないといけないな)

「《制限解除アンリミテッド》」

 ゼラは自らの脳領域を無理矢理に抉じ開けた。 彼の双眸が大きく見開かれ、眼球がマナを帯びて黒く光る。 これにより彼が本来使うことのなかった戦闘方面への魔法技能が解放される。

 ゼラは精神系統の魔法に厚い都合上、攻撃力に振られるはずのリソースは全てそちらに回されている。 他の特色を捨てることによって目的の魔法技能を高める──これはどんな魔法使いにも共通の性質である。 時折自らの得意分野以外を伸ばそうとする魔法使いが見られるが、持ち合わせた性質と目的の不一致は大成を困難にする。 ところがゼラの《制限解除》は、封じられているはずの技能方面への回路を無理矢理に本流へと接続させ、一時的にメインの技能と同等の場所まで高める。 魔法使いが全ての脳領域を使用している存在であればそんなことは不可能なのだが、魔法という力の新しいアルス世界において魔法使いが使用できている脳領域はほんの一部だ。 だからゼラは解明されていない脳領域のその一部を使用しているに過ぎず、これはこれで魔法の可能性を追求するには素晴らしい技術なのだが、脳の負荷を無視できないことが問題として挙げられている。

 いずれにせよ、ゼラは持ち合わせていないはずの攻撃力を得た。

「《闇弾》」

 魔物の痛々しい悲鳴が上がる。

 迫り来る魔物に着弾した魔弾は、その肩口を抉る形で抜けていった。 ゼラにとっても魔物にとっても予想外の威力に、魔物は急停止して距離を取る。 魔物は知っているからだ。 魔法使いという存在が、近づくほどに武器を多く抱えているということを。 魔弾以外にも魔刃だったり爆発だったり、至近距離ほど威力を増す多彩な攻撃手段は、魔物の動きを制限するには十分な働きをしている。 基本の魔弾ですらあの威力なのだから、それ以上の魔法による被害の大きさは想像に難くない。 魔物は知性が高いからこそ、距離を取るという選択を取ったのだった。

「ほら君も、《闇弾》」

 ゼラは魔物をメインターゲットと置きながら、オルソーに対しても軽い感じで魔弾を投げた。

「ッ《鉄壁》!」

 即座に生み出された壁はオルソーを守り、それでも魔弾をギリギリ受け止め切るという程度の結果しか生じさせなかった。

「やっぱり防御方面に厚い魔法使いは違うね。 だけど──」

 ゼラは徐にオルソーへ振り向くと、楽しげに言い放つ。

「──これならどうかな? 《連続魔法シースレス》」

 使用者が魔導書に込めたマナが枯渇するまで同じ魔法を詠唱なく使用できる連続魔法。 それはオルソーと魔物にひとところへの滞在を許さない。 これには彼らも痛む身体を押して回避に専念するしかない。 連続して撃ち出される、一発一発が必殺の威力を込めた魔弾。 それは更地の地面に痛々しいほどの痕跡を刻み始めた。

 オルソーと魔物はそれぞれゼラの周囲を回るように移動し続け、それでも継戦の意思は崩していない。 彼らは機会さえあればゼラに迫らんという気概を発しながらも、ゼラが絶妙に魔弾をばら撒くためになかなか攻め入る隙を見つけられない。 

 その後も戦闘に大きな動きは見られない。 ゼラは《夜目ナイトアイ》で視界を確保できているとはいえ、周囲に構造物がないことがオルソーや魔物の逃走を容易にしている。 ひりついた緊張感が続き、 ゼラのマナとオルソーや魔物の体力、先に切らした方が後手に回ることになるという状況。 そうやって誰もがあと一手を欲している中で、 最後の戦場に聞こえてくる風──否、風を切る音。

「な、に……っ!?」

 驚きの声を漏らしたのはオルソーだけだったが、ゼラや魔物にも驚きは生じていた。 気づけば彼らの頭上すぐ近く、重さと速度を乗せた大量の瓦礫が迫っている。 彼らは互いに敵のマナや動きに集中するあまり、無機物である瓦礫の接近に気づくことが遅れてしまった。 ゼラの魔法によってあたりを照らしていた火災の明かりも消え去り、彼らのそれは闇夜で行われる殺し合いだった。 そのような、他に敵がいることなど考えも至らない極限の状況で、誰もが頭上への警戒を失っていた。

 轟──。

 有無を言わさぬ大質量が戦場を覆い隠し、圧し潰す。

(オルソーと魔物、どっちでも良いから動いてくれ……!)

 ゼラの魔法からギリギリで逃れて待機していたカルミネ。 彼はここしかないというタイミングで《浮揚》を解除し、戦場に瓦礫の雨を降らせていた。 そして轟音鳴り響く戦場に向けて疾風の如く迫り、瓦礫の隅に身を隠した。 そして自らに沸いた疑問について思惑する。

(ゼラの魔法の縛りが切れてる……? いや、違うな。 今のは俺が単に魔法を解除したからだろう。 もしそこにゼラを殺そうとする意思があれば、何かしらの方法で俺は自害を敢行していたはずだ……)

 カルミネの思考が冴え渡る。 瓦礫を打ち上げるにしても、彼はゼラを害する意識をしていなかった。 その行動は、例の少年を助けるような──カルミネ自身が助かるためのコマを用意するという、謂わば彼自身のための行動に過ぎなかった。 それによって彼はゼラの魔法の穴を突き、未だにこうして生きながらえている。

 舞う土埃の中で動きを見せる者がいた。

「う……ぐ、危ない危ない。 誰がやったかは知らないけど、随分と盛大な魔法、だね……。 他に生き残りでも、いたのかな?」

 ゼラは回復ポーションを呷りながら周囲を見渡す。

 ゼラは瓦礫による被害の直前、上方へ魔法を放っていた。 それは見事に彼へ降り注ぐ瓦礫を砕いており、直撃だけは免れることができていた。 しかし直撃を避けられたとはいえ、余波によって腕や足が潰されていたりと、軽くはない傷害を負わされている。 とはいえそれもポーションの力で快方へ向かっているので、結果彼からすれば大したことはない事態へと成り下がる。 《制限解除》未使用状態だったなら即死して終わりだったに違いないが、こうして生きているということは運が良かったと判断して良いだろう。

「ッく……!」

 ゼラが突然身体のバランスを崩した。 そして彼は頭を抱えて息を荒くする。

「効果切れか……。 あと少しタイミングが違ってたら危なかったかもね……」

 《制限解除》の効果時間がもう少し短ければ、ゼラは死んでいただろう。 彼は重ねて自分の幸運を喜ぶとともに、やはり自分が選ばれた存在なのだと再確認する。 しかし幸運なのは彼だけではないようだ。

「グ、ル……ァア゛……!」
「しつ……っこいなぁ、まだ生きてるの? 」

 ゴリラの魔物が瓦礫を押し退けて動き出していた。 魔物はゼラのように瓦礫を回避し切れていなかったようで、被害の痕が全身の各所に及んでいる。 なおかつゼラのように回復手段を持ち合わせていないため、ゼラと魔物には圧倒的な開きが生まれていた。

 魔物はボロボロになりながらもゼラに向けて動き出した。 魔物にそこまでさせているものが何かまでは彼にも分からないが、迫ってくる以上敵でしかない。

「ちょうど君の魔石も欲していたところだったし、来てくれて助かったよ。 じゃあここまでご苦労様。 《闇──」

 魔物が瀕死なことと、今まさに撃ち出さんとしている魔弾によって魔物を確実に仕留められる自信があること。 そうやってゼラが完全に油断し切っていたタイミングで、何者かが彼に近づき、その身体を押し倒した。 かと思いきや、突如宙に浮き上がる彼の身体。

「──っとぉ!?」

 ゼラが自分の身体を見れば、ダマスカスナイフが彼の衣服を貫通して瓦礫に縫い付けていた。 そこに気づいて何とかしようとしている間にも、どんどんと彼の身体は地面から離れていく。

(や、やったぞ……!)

 カルミネは全ての行動の成功を歓喜した。 ゼラに気づかれずに動くことができ、なおかつ彼を傷つける意識を持つことなく瓦礫に繋ぎ止めることができた。 あとはゼラを意識の外に放置しながら逃げるだけ。 周囲が暗闇に包まれているということもあり、ゼラの攻撃が届くことはない。 このまま魔法の操作範囲外まで離れれば、勝手に魔法が解除されてゼラは地面に叩きつけられて死ぬだろう。 カルミネはそう確信して走り去る。 一応ゼラを警戒して《無音》を発動させたままでいるが、この時点でカルミネの心は随分と軽くなっていた。

 ドシュ──。

「……あれ?」

 鈍い音が響いたかと思いきや、気づけばカルミネは地面に転がっていた。

「なに、が……」

 熱を持つ腹部へ何気なく手を伸ばしてみれば、べちゃりと嫌な感触が伝わってくる。 次第に熱は痛みへと変わり、激しい苦しみで以て彼に緊急事態を訴え始めた。

「が、ァ……なん、で……」

 カルミネは知らなかった。 闇属性魔法の《夜目》によってゼラが夜間でも十分な視力を得られているということを。 しかし数多ある魔法の中でも、《夜目》は闇属性の中では有名な類だ。 他属性の勉強をしている者なら大体誰だって知っているような知識なのだが、カルミネにはそれが欠けていた。 そのために、最後の判断を見誤った。

「ハァ……ハァ……カルミネ、だったのか……。 馬鹿で助かった……」

 ゼラは自らの置かれた状況よりも、犯人の捜索を優先した。 そうしたら偶然にも、走って逃げていく存在を見つけた。 この時点でゼラは犯人をカルミネだと認識していなかったのだが、瓦礫を投下してきた犯人もこいつと同一人物だと判断して即断決行。 痛む頭を抑えながら《制限解除》を再度発動して、犯人を撃ち殺すことだけを考えたわけだ。 もしカルミネが姿を晒して逃げるのではなくすぐに瓦礫にでも身を隠していれば、ゼラの攻撃を受けるはなかったはずだ。

「《闇弾》……」

 虫の息だったカルミネの頭部が消し飛んだ。 それと同時に、浮き上がっている瓦礫が急転直下を見せ始めた。 すでに高度は数十メートルにも達しており、生身での激突は死への直行便。

 ゼラは周囲を必死で見渡した。 すると、件の魔物が直下に見える。

 ゼラは縫い付けられた服を破り去り、意を決して空中へ飛んだ。 着地先は魔物の直上で、ゼラの姿を見た魔物が最後の力を振り絞って動きを見せた。

「《闇弾》」

 カルミネよろしく魔物の頭部に穴が空いた。 即座にぐらついた魔物の身体は、ゼラにとっての衝撃吸収クッションへと様変わり。 ゼラは衝突の直前で最後の回復ポーションを口に含むと、インパクトの瞬間に液体を一気に飲み込んだ。 激しい衝撃がゼラの身体を蹂躙し、壊れた先から治癒機構が産声を上げる。

 しばらくゼラは動けなかった。 しかし外傷においては絶大な効果を発揮するポーションのおかげで、数分も経てば動けるまでには回復していた。 流石に骨折部分までは治癒に数時間かかるため痛みは残るが、これ以上傷つくことはないだろうとゼラは安心し、嘆息した。

「ふぅ……。 雑魚も群れれば、ってことか。 油断したなぁ」

 目まぐるしい戦いだった。 しかし勝者は一人。 ここにいるゼラだった。

「さて、魔石も取ってこの死体も回収して帰る──」

 ザッ、と砂を蹴る足音が響いた。 それはゼラが魔物から魔石を引き抜いている際で、何者かの存在によるもの。 そこから彼が直感的に回避を選択したところ、先ほどまで彼のいた場所が爆ぜた。

「──誰?」

 そう言って警戒するゼラの視線の先で、全身を外套で覆った人物が魔物のそばに降り立った。 かと思いきや、その人物は近くに転がっていた瘴気を放つ死体を徐に拾い上げた。

「ひどいなぁ。 それ、僕のなんだけど?」
「……」

 ゴトリ。

 何者かから返答はなく、代わりに何かが投げて寄越された。 ゼラは《夜目》が効いているため、それが何かということは即座に理解できた。

「重ねてひどいことするよね。 オリガの頭部をもぎ取るなんてさ」
「……」
「はいはい。 目撃者は粗方消せたし、ここは引かせてもらうよ。 こっちも消耗してるし、なにより魔人の相手なんてしたくないからね。 その死体を持っていかれたのは残念だけど、目的のものは手に入ったし良しとするかな」

 オリガの頭部が投げられる瞬間、ゼラは何者かの手が黒く染まっているのを確認していた。 それは魔人に特有の肉体変化であり、また知性を高度に保って人間に近い魔人ほど危険だということを彼は知っている。 目の前にいる魔人も狂って攻撃してこないところをみると、そこそこ上位の存在だということが分かる。

 ゼラはオリガの頭部を拾うと、満足げにを去っていった。

 災禍の跡だけが広げられた惨状。 そこにはベルナルダンと呼べる要素は何も残っていなかった。
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