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第3章 Intervention in Corruption

第45話 立ち止まる者、進む者

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 人間は理外を知った。

 元々、神という超常の存在自体は認識されており、そこへ至ろうとする手段は数多く研究されていた。

 正道は、神に尽くし、神に認められること。 但しこれには莫大な時間と労力が必要になるし、神に触れられるという確証は無かった。 だからこそ一足飛びに解決できる策が模索されたのだが、その悉くは失敗に終わっていた。

 ある時、一人の聖職者──ベルナルドゥスが神から力を賜わる事件があった。 それはまさに王道を征く結果であり、誰もがその力に憧れ、欲し、彼を取り込もうと躍起になった。

 ベルナルドゥスは生粋の聖職者であった。 だから彼はその力を個人利用せず、あくまで迷い導かれるべき民衆へと向けた。 それでも宗教戦争は回避できなかったが、最終的に彼の属する陣営が勝利を収めたというのは言うまでもない。

 彼の力は四つに分たれた。 そのうち三つは、適切に運用が為された。 しかし、残り一つ──エーデルグライトは使い方を誤った。

 神の力は人間には過ぎた力。 遍く民衆にその力を齎せば、争いの火種になることは必至。 だから適切に使用された力は民衆へは齎されず、本当に適切な使用者が適切に運用するという形で落ち着いていた。

 問題は、神の力を民衆にさえも分け与えてしまった陣営。 誤った使用をしてしまったエーデルグライトも本来は聖職者だったのだが、彼を唆す者の存在によって均衡は崩された。

 エーデルグライトは王座に着いた。 彼が望んだのではなく望まれる形で。 それすらも彼を陰から操る者の思惑通りだったのだが、聖職者に相応しくない感情を刺激されてしまった彼は、すでに止まることができなくなっていた。 欲望に際限はなく、一度求めて仕舞えば終わりなど無いのだから。

 名声の次にエーデルグライトに与えられたのは、支配する力。 但し、支配権域は小国程度のもの。 彼の名声が足りないのは、支配力が足りないから。 彼はそう思想誘導され、名声を欲する手段として支配力を高めていった。 いつしか手段と目的は入れ替わり、支配こそが本来の目的だという考えに変化していく。

 魔法という超常を余すことなく自らの力に変えるため、エーデルグライトは民衆へ力の一端を授け続けた。 それによって魔法の解明を進めさせ、解析された力で支配力を強め、行使し、世界を手中に収めようと欲し始めた。 その循環が回り始めた時点で、神と人間の境は崩壊した。

 人間の目的は近づく。 あとは魔法を辿り、神の元へと至るだけとなった。 神の力という理外──それは人間のすぐそこまで寄せられていた。

 ツォヴィナールはいつも通り祭壇で片肘を突きながら話す。

「それがこの人間世界の現状。 神も随分と舐められたものだな?」
「えっと、それがどうして俺のことに繋がるのでしょうか?」
「そう急くな。 続きを話す」

 人間が理外を知る過程で、神世界と人間世界を隔てる膜に孔が穿たれた。 するとどうだ。 理外にのみ存在していたはずの神の力が人間世界へ漏れ出した。 それがマナの源泉であり、それまでほんの上澄み程度しか使えていなかった魔法が世界を変え得る力にまで昇華され始めた。

 もちろん神は、世界の狭間が不明瞭になることを望んでいない。 だから神は膜の安定化を図った。 しかし人間はそんな神の考えなどお構い無しに魔法を行使し続けた。 それでも人間の思惑は成就することはなかった。 なぜなら、漏れ出す神の力に逆行して理外へ到達するには、漏れ出す力以上の力で進まなければならないからだ。

「それは叩きつけられる滝を遡行するようなもの。 神の力の一端を世界に流し込むことが成功したとはいえ、人間が神になったわけではない。 それは人間共も理解していた。 だから奴らは考え方を変えた」

 世界に孔を穿っても、いずれ外から閉じられる。 それでは人間が神になれるほどの力を理外から引き出すことは難しい。 であれば、一度に大量の神の力を持ち出せる方法を試せば良い。

 理外を研究する過程で、人間は自分たちのアルス世界の他にも異なる世界が存在していることを知った。 それがアース──地球であり、元々は交流のあった二つの世界の一翼。 いつしかそれらの交流は絶たれ、神の力が一切流れ込まないアースと、その恩恵に与るアルスという全く異なった生態系が出来上がり現在へ至る。

「地球には神がいないんですか?」
「いや、おる。 世界断絶の過程で取り残された者共がな。 だが、あれらは神の力の源泉を得られないままに閉じ込められたことによって、その力を振るうことも姿を見せることも叶わん。 ……話が逸れたな」

 どういうわけか、アースへマナが流れ込むことはない。 その形成過程は人間には到底理解できなかったが、アルスから理外を通してアースへ孔を穿つことは可能だった。 これによりアルス世界の人間は、理外の力を取り込む方法を思いついた。

 まずアースの人間をアルスへ呼び込む。 その過程で理外の力を人間に纏わせ、絡め取る形でアルスへ持ち込んでくるという方法だ。

「これが現代の勇者召喚。 そうやって少しずつ神の力を取り込み、解析することで、神へ至るというのが人間共の至上命題。 エーデルグライトの一件からも分かる通り、神の力の一端である魔法でさえ人間には過分な力。 それが純粋な神の力ともなれば、神世界さえ崩壊させかねない事態に発展する。 かと言って、神が人間に直接干渉することは難しい。 せいぜい可能なのは、啓示を与え、導き、世界の均衡を保たせることくらいなものだ」
「しかし、ナール様はベルナルドゥス聖に力をお与えになったのでは?」
「痛いところを突いてくるな。 史実ではそう説明されているがな、実のところは違う。 あやつ──ベルナルドゥスは、自ら神の力を勝ち取ったのだ。 あやつの精神は人間の域を遥かに凌駕していたからな。 放っておけば神へ至ることさえも可能だった史上唯一の人間であろう。 だが、あやつはあくまでも人間世界に拘った。 そして死の直前、その力を妾の元へと戻しおったわ。 その一部を弟子に託してはいたが、あやつと同じ精神の持ち主として深くは考えなんだ。 しかしまさか、そこからここまで世界が乱れるとは思いもせんかったがな」

 フッ、とツォヴィナールは嗤う。 それは後悔か、嘲りか。

「あれ……? でもナール様はこうやって人間世界に居られますよね?」
「ああ、神は人間に対して直接は干渉できぬ。 しかしそれが可能な状況も存在する。 例えば、より上位の力によって強制されたような場合、だな」

 ハジメはツォヴィナールが言っていたこと思い出す。

『そなたによって現世に顕現させられた存在。 業腹ながらな』

 そして核心へ至る。

「まさかそれは、俺が……?」
「然り。 神の力──それも最高神たるアラマズドのそれを纏っていたために、そなたの願いが妾をこちらへ引き寄せた。 だからこうして妾は受肉を果たしているし、矮小な人間として本当の力を振るえずにさえいる。 今の妾が使える力は、せいぜい人間の限界程度に過ぎん」

 ハジメの願いはアラマズドの力に乗せられてツォヴィナールへ届き、そしてレスカを現世に留めるという奇跡を成し遂げた。 その過程でツォヴィナールすらも現世に固定され、こうしてハジメの目の前に君臨している。

「でも、どうして俺にそんな力が?」
「人間の行いは、もはや手に負えない段階にまできてしまっている。 なぜ神が居るのか、なぜ神と人間の間に隔たりがあるのか──それを理解せぬ愚か者共の考えは、早急に正してやらねばならん。 その一環としてアラマズド神は勇者召喚儀式に介入し、異物を紛れ込ませた。 先程言ったように、神は直接人間の行いに干渉できん。 だから世界を内部から改変させるべく、神の使徒──そなたを生み出した。 そなたは本来この世界に呼び込まれる予定はなく、偶然にも巻き込まれた存在というわけだが、その身には最高神の指令を帯びさせられている。 聞いているであろう、その声を」
「声、って言うと……」

 ハジメがこの世界にやってきた時や、クレメント村に辿り着いた時。 これまで何度かハジメの中に響いてきたあれのことだろう。

「そう、それだ」
「その声は……最高神は帝国へ向かえと言っていますが、どうして俺を帝国に呼ばなかったんでしょうか?」
「さぁな。 王国の勇者召喚に噛ませたのが最高神の意図なのかどうかは分からんが、少なくともそなたをフリーの存在として召喚する考えはあったはず。 だからこうして辺鄙な地に落としたのだと考えられる。 本当ならそなたは、今代の王国勇者と一緒に王都ギュムリに出現していたはずだからな」
「俺が王都に出ると不味かったんですか?」
「当然。 人間の目的は神へ至ること。 ただでさえ勇者という存在は研究価値の高いシロモノなのに、最高神の力を纏っているとなるとその用途は計り知れん。 場合によってはそなた、実験奴隷として地獄を見ていた可能性だってあるのだぞ?」
「っ……!」
「そういうわけだ、最悪の未来にならなくて良かったな? だが、たとえそなたが王都に召喚されていても、恐らくは問題なかっただろうな」
「どうしてです?」
「まさか、ここまで散々面倒事に巻き込まれてきて、こうやって生きていられているのが偶然だとでも言いたいのか? え?」

 ツォヴィナールはさも楽しそうに言う。 まるでこれからハジメを貶める意図があるかのように。

「ど、どういう意味ですか……?」
「なぜそなたの周りに良い人間ばかり集まる? なぜそやつらはそなたに対して良くしようとする?」
「それは……えっと……」
「そういえば、こんなこともあったか。 そなたの窮地に魔物が助けにやってくる、だったかの」
「な、何を仰りたいのでしょう……?」
「わかっておるだろ? なぜそなたが無事で、周りの人間ばかり傷つく? 考えるまでもないではないか」
「ハァ……ハァ……。 それ、は……」
「考えが至らなかったか? そんなわけもあるまい。 気づいていたはずだ。 そなたを幸福にするために、誰かが不幸を被っていたことに。 そなたが助かるために、周囲の幸運が吸い尽くされていたということに」
「そんな……! でも……それじゃまるで……」
「側から見れば奇跡にも見えなくもないがな。 実のところは、最高神の纏わせた力が、そなたの無事と引き換えに周囲へ代価を要求していたに過ぎん。 ただ、そこには最高神にも思い至らぬ落とし穴があった。 神の力そのものが、魔を引き寄せる香料でもあったのだからな。 しかしそれさえも、そなたは有効に活用してみせた。 魔を引き寄せて周囲を無理矢理に不幸な状況へ陥らせれば、その分そなたが無事である可能性も高まる、という具合にな」
「……うッ! ゲェ……っ!」

 ハジメはその事実に耐えられず、思わず吐瀉物を撒き散らした。

「人間とは、自らが助かるためなら他者を容易に切り捨てるのだろう? そなたの場合は、それが意思とは無関係なところで行われていたに過ぎん。 なにをそんなに苦しんでおる」
「ゔっ……! それじゃ……これまでのこと、は……全部、俺の……。 それなのに──」

(それなのに俺は、レスカを守ったなどと……やるべきことをやりきったなどと……! そんなことを思い上がっていたのか……!? こんなの全部……全部俺が……)

「ラクラ村ではそなたが魔人を呼び起こし、村の崩壊を招いた。 クレメント村では魔物を引き寄せ、それが悪き魔法使いを呼び寄せるキッカケとなり、最終的にその村を崩壊に導いた。 ベルナルダンに至れば、ほとんどの住民と町そのものを消滅させた。 そなた一人が生きるために、どれだけの人間を消費しなければならない? そなたのそれは、随分と高く付く命だのう?」
「クレメント、村……? ──って、え……? う、ゲェ……おェ……っ!」

 嘔吐が止まらない。

 あまりの事実に、ハジメの脳は限界を迎えていた。

 ハジメが行く先々で事件が起きるのは当然だった。 なにせ、ハジメ自身が事件を起こさせていたのだから。

 ハジメが意図していないとはいえ、全ての原因は彼の纏う力にあった。 であれば、ハジメ自身が全ての元凶ということに他ならない。

「ああ、そうか。 そなたはクレメント村のことは知らなんだか。 まぁ安心せい。 そんな悲劇もこれ以上──っと、耐えきれなんだか。 パーソン、そやつを寝室まで運んでやれ」

 ハジメは嘔吐を繰り返し、半ば酸欠状態で痙攣を繰り返した。 吐くものもないのに胃は延々と収縮を続け、それを規定する延髄もまた絶えることなく嘔吐反射を刺激させ続けた。

「畏まりました」

 ハジメは限界だった。 だから、これ以上耐えきれない情報が脳に叩き込まれる前に意識を手放すのは、当然の流れだった。


          ▽


「グレッグ、いつまでここにいるつもりだ?」

 瓦礫をどけながら、ダスクがグレッグに話しかける。

「考えておりませんな。 とりあえず、町の状況が一段落したら戻りつもりです」
「そんなのいつになるか分かんねぇぞ? ただでさえ魔法使いに対する当たりが強えぇってのに、残ってても利益なんてねぇだろ」

 消え失せた町、ベルナルダン。 そこに残された人々は全てを失っており、どこへ向かうこともできずにただ悲しみに暮れるしかなかった。

 全ての元凶はゼラという魔法使い。 生き残った住民30余人はそれが分かっており、だからこそ魔法使いに対する怒りを拭いきれなかった。 そしてそれは、町を守りきれなかった魔法使いに対しても。

「町の怒りのほとんどはオルソーに向けられてるんで。 あっしはマシな方でさぁ」
「ま、そのおかげで復興が助かってるってのもあるしな。 こっちとしてはありがてぇってもんだ」
「それにしても……」

 グレッグは廃墟となった──いや、廃墟すら残されていない終わりの町を見渡す。 そのいたるところに墓標が建てられ、これではまるで大きな墓所だ。 残された人々はグレッグやオルソーが魔法で作り上げた仮設住宅で暮らしているし、ここからもう一度ベルナルダンを復興させるのは相当難しいだろう。 かといって、人々が向かうことのできる場所がないのも事実。 結局はここで生涯を終えるまで過ごすしかない。

「これに関しては、お前が居たおかげでどうにかなったと断言できる。 だからお前への風当たりは少し弱いのさ」

 これとは無論、墓標及び地下に埋められた死体のこと。

「住民心理は理解できてますよ。 だが、あっしがあの二人を止められなかったのも事実」
「それはまぁ、俺にも言えるわけだが……。 俺にまで町の連中の怒りが飛んでこないのは、お前ら魔法使いが怒りを全部吸ってくれてるからだな……っと、カミラのお戻りだ」

 見れば、カミラが仕留めた動物を抱えて戻ってきている。

 今やベルナルダン周囲は安全な場所ではなくなってしまっている。 それがどうしてかは分からないが、町──今でこそ存在しないが──の周辺まで獣がやってくることが増えた。 それらの多くは魔物であり、どうやら西の旧クレメント村あたりから来ているようだ。

「カミラ、収穫だな」
「ま、あたい一人だから狩れるのは雑魚の魔物ばかりだけどね。 ダスクとグレッグもご苦労さん。 飯にするよ?」
「ああ、一段落したら向かう」
「あいよ」

 魔物が増えたとはいえ、それは困ったことばかりではない。 今のところ例のゴリラの魔物のような大物はやってきていないし、魔物も見方を変えれば食材だ。 町にはダスク、カミラ、オルソー、ゴットフリート、そしてグレッグなどの戦闘要員が生き残っているため、夜間の警備などを行えば、比較的安全性は保たれていると言える。

「グレッグ、オリガを殺したやつはもうここに来ないのか?」
「どうしたんで?」
「いや、敵なら面倒だし、味方なら町のことを手伝ってもらおうと思ってな。 今のところ何とかなってるが、カミラの狩猟と残された畑の収穫だけじゃあそろそろ町も立ち行かないだろ? その魔人のようなやつのご機嫌次第で、俺たちの運命は簡単に左右されるからな。 キッパリ動きを提示してくれた方が楽なんだよ」

 あの夜グレッグとオリガの戦いに割って入った人物。 あれは声からして女だろうが、身体の一部が魔人と同様の性質を帯びていたため、グレッグは人間か魔人かの判断が付いていない。 あの時点ではグレッグを助けてくれたのは事実だが、その目的は魔人化したオリガの核の回収にあった。 そして瘴気を放つ死体でさえも持って行かれている。 だからグレッグの商売敵と言えばそれもそうなのだ。

「あれの欲するものはこのベルナルダンにはねぇんで、寄り付くことはないでしょうな」
「そうか、それなら安心だ。 んじゃそろそろ飯の準備に向かうか」
「そうしやしょう」

 後日、ベルナルダンに書簡が届く。 それは、ベルナルダンとモルテヴァを行き来する行商バイセルによりもたらされた。

「オルソーさん、あんたに手紙を預かってるよ」
「荷物よりも先に手紙か? 嫌な予感しかしないな」
「まぁ読んでくれ」
「ああ」

 その内容は、町の代表にモルテヴァへの出頭を命じるものであった。 オルソーの父であった町長トロイは亡くなり、現在の最高権力者はオルソーということになっている。 騎士爵のカーライル家も全員が命を落としているため、なし崩し的にオルソーが代表として祭り上げられるのは当然の流れであった。 しかし住民は彼を許しておらず、町としての纏まりは無いに等しい。

「ベルナルダンに起こった事件の事実確認と今後の対応、と銘打たれているが……」
「責任を取らせる意図がありそうだ。 ゼラ……だっけか、あれの行動の口封じって線も?」
「大いにあり得るな……。 まったく、ただでさえ人手が足りないというのに」
「どうします? 荷を降ろした後、このままうちの馬車に乗って行きますかい?」
「そうさせてもらおう。 町の連中に話を通すから、その間に荷物のアレコレをやっておいてくれ」
「了解しました」

 そのままオルソーは食事にありついているダスクたちの元へ。

「どうした?」
「ああ。 これから俺はモルテヴァに出頭しなくてはならなくてな。 しばらく戻れんと思うから、その間のことをお願いしに来た」
「……大丈夫なのか?」
「さぁな。 もしかしたら戻れないかもしれん。 その場合はダスク、お前がここの代表者だ」
「ブッ! お、おいおい、いきなりそんな無茶言うなよ!」

 ダスクは口に含んでいるものを噴き出した。 あまりに突飛な内容にそうせざるを得なかった。

「無茶なものがあるか。 冷静な判断のもとの結論だ」
「本気で言ってんのか?」
「本気も本気だ。 ゴットフリート氏に打診したら断られたからな」
「は? 俺は二番手かよ。 俺が断ったら?」
「カミラに頼むこととなる」
「勘弁しておくれ。 そうなったらあたいはダスクを撃ち殺すからね!」
「ということだ。 ダスク、お前しかいない」
「……」
「はい、と言え」
「そんな脅しがあっかよ! まったく、どうなっても知らねぇぞ!?」
「やはり俺の見込んだ通りの男だった。 とりあえず、俺が居ない間の町長代理はダスク、これで決まりだ。 皆、異論は?」

 現在は食事時間のため、町の連中は全員ここに集まっている。 オルソーやグレッグがいることで気分を害している者も少なくはないが、この話に関してだけは異論を唱える者は居なかった。

「それじゃあ町長代理、あとは頼んだぞ」
「へいへい。 せいぜい良い町にしといてやるよ」

 オルソーは馬車の乗り込み、男爵領直下の城下町モルテヴァを目指す。 これは決して楽しくない旅だ。 なにせ、領主からの呼び出しである以上断るわけにもいかないのだから。

「これまでは全て父の仕事だったのだがな。 こんな形でお鉢が回ってくるとはな」
「そんなお父上を見てきたんだ。 あんたは良い町長になれる」
「だと良いがな……」

 数日後、馬車は進行方向にとある人物を見つけた。

「オルソーさん、なにやら前を歩く二人組がいますが。 どうされます? 面倒なら声かけもしませんが」
「馬車には荷物の類は少ないし、ここには俺だけだ。 向こうが嫌がらなければ乗せてやって良いんじゃないか?」
「了解しました」

 馬車は二人の先で停車する。 そしてバイセルが荷台から顔を出して話しかける。

「どうだいお二人さん。 この馬車はモルテヴァに向かってるんだが、よければ乗ってくかい?」
「エスナ、どうするです?」
「フエンちゃんに魔法を使わせてばかりなのも申し訳ないし、乗せてもらいましょうか。 御者さん、乗せてもらっても?」
「ああ、構わないよ。 後ろに一人乗ってるが、本人も良いって言ってるから遠慮なく乗ってくれ」
「これでポーションがぶ飲みせずに済むです」

 後ろの幌を開き、エスナとフエンは馬車に乗り込んだ。

「邪魔するです」
「すいません、お邪魔しますね」
「ああ。 おっさんと二人旅は辛いものがあったからな。 むしろ乗ってくれて助かるというものだ」
「ひでぇこと言いやがる。 じゃ、出発するぜ?」
「お願いするです」

 とはいえ、会話の無い馬車内。 フエンは大きなリュックを背負い、エスナは昼間から全身を覆うコートを身に纏っている。 オルソーからすれば違和感のある二人だ。

「俺はオルソー。 君らは?」
「フエン、です」
「私はエスナと言います」
「エスナ……?」
「ええ、何か?」
「もしかして、フリックの教え子か?」
「……はい」
「君はラクラ村に……いや、なんでもない」
「……?」

 オルソーはその先を言いかけてやめた。 もしかしたらエスナはフリックの死を知らないかもしれないからだ。 レスカとハジメに関しても事件以降消息を絶っているため、それも敢えて話さないおくことにした。

「君たちはどこへ向かっているんだ?」
「首都ギュムリですね。 ただその前にモルテヴァにも寄ろうと思っていたので、お声掛けいただいて助かりました。 オルソーさんはモルテヴァで何を?」
「……男爵に呼ばれていてな。 詳しい内容は伝えられていないがな」
「そうなんですね。 ちょうど私たちも男爵には用があったので、一緒ですね」
「君たちからの用件?」
「ええ。 ゼラ=ヴェスパと、彼が回収した魔石の行方を」
「……ッ! 君たち、は……」

 その名前を聞いて、一瞬でオルソーが警戒体制に入った。 目の前の少女二人が凶悪な何かに見え、今にも魔法さえ行使しかねない心境に陥る。

「ご心配なく。 あなたに危害は加えませんから。 私は、フリックさんを殺して妹を傷つけた犯人を殺したいだけなんですから」

 エスナはフードから顔を覗かせ、凍えるような笑顔でそう言った。
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