Story From The Lethe

鳴世 響

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第一章

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 人々は神を忘れ去った。

 かつて人がまだ無知であった頃、人々は壮大で未知なる存在「自然」、すなわち神を敬い崇めた。神々は人を慈しみ、恵みを与え、両者は共存する関係であった。

 しかし、人々が見つけた魔法という力は自然を、信仰する対象から従属させるべきものへと変えさせた。
 魔法は技術化され、あらゆる方面へと発展を遂げた。

 その魔法技術の進歩は、人類の文明にも未曾有の大繁栄をもたらしたという。
 自然を魔法で操ることができるようになり、生活が安定すると、今度は爆増した人口を養うため、今度は同族同士での争いを始めた。

 その争いは日に日に凄惨さを増して行ったという。
 魔導兵器が、街一つをかるく吹き飛ばせるような強大な力を発揮するようになると、その傷跡は、星の生態系をも変えてしまったという。

 歪な生命、魔獣たちが現れ、人々を襲った。
 さらに自然を長きにわたり虐げたことで神々は怒り、火は山々を燃やし、風は荒れ狂って暴虐の限りを尽くし、大地は怒りに揺れ、雷の制裁が地上へと降り注いだ。

 戦乱、飢餓、天変地異により多くの命が失われ、人類はとうとう地上から姿を消した。


 
 瘴気に満ちた淀んだ大気が、空を覆っている。
 轟々と吹き荒れる風の下に、暗い海。
 何やら塔のようなものが海面の波間から、頭頂部を覗かせている。

 海面から下に潜ってみると、その変わった石造りの塔は海底深くまで続いているようである。
 塔をよく見ると、壁面に穿たれた回路のような溝を、脈打つように光が上から下へと流れていく。
 その光を追って深海へと潜っていく。


 深海。

 太陽の光すら届かない常夜の世界。
 しかし、その果てしなく長い塔の先に光がある。
 やがて眼下には、街の明かりが絨毯のように広がり、所々に高層の風変わりな建造物が突き出ているのが見えてくる。

 目を凝らすとうっすらとした光がドーム状に都市を覆っており、そのドームを中心に、さらに小さなドームがそれを取り囲む。それらのドームを繋ぐように、張り巡らされた海中の道の上には、光点がいくつも走っている。

 それぞれの小さなドームの中央にも、中央の塔の半分くらいの高さの塔がドームを突き抜けている。それぞれがまた中心の巨大な塔と同じく脈打つような光を頂上から根元に向かって放っている。

 わずかに生き延びた人々の居場所は今、陽光の届かない常夜の深海に存在するこの都市だけとなった。
 人々の間で、このドームに包まれた街は「アクアリウム」と呼ばれた。

 人が地上を捨てる以前は、このアクアリウムという単語は魚を飼育する水槽を意味していたらしい。
 今では、人がその中に住んで、魚が外を泳いでいるのだから、皮肉のきいたネーミングとも取れる。
 そして、その深海に一帯に存在するアクアリウム群を、総じて「海底都市セレーネ」と呼んでいる。



 人々が神の存在を忘れて幾星霜。
 地上を離れて二百余年。

 かつての過ちも人々の記憶から薄れていこうとしている。
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