戦乙女の嘆き

猫乃真鶴

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戦乙女の嘆き④

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 ヒューゴは後日、双子の天使に呼び出される。天界にいくつかあるうちの館へと導かれた。報酬はすでに受け取っているので何用かと思っていると、なんと主神からだ、と投影機を差し出された。一介のエインヘリヤルが主神から言葉を賜るだなんてことあり得ない。驚いていると、投影機に映像が映し出される。

「安心なさい、録画だから」

 アーベントロートはそう言うが、なにが安心なのかさっぱりわからなかった。
 主神からは、先の『ラグナロク』の健闘を讃える言葉を頂戴した。そして、主神も映画を観たのだと聞かされる。あまりのことに硬直していると、次も楽しみにしている、という言葉が聞こえて、それで映像の再生は終わった。

「喜びなさい、ヒューゴ。これほど栄誉なことは無いわ」
「エインヘリヤルが主神にお言葉を賜るだなんて……前代未聞だわ」

 頬を紅潮させる双子とは対照的に、ヒューゴの顔色は悪い。いいんだろうか、とそれだけがやっと口から出た。

「『ラグナロク』を、本当の戦いではなく、演技でも良いということにしてしまったのに。主神はお怒りではないのか」

 双子は、あら、と意外そうな声を上げる。

「そうなることはわかっていたのでは?」
「いや、なんだか……ようやく自覚したというか」

 呆然とするヒューゴの姿に「なにを今更」とモルゲンロートは呆れた。

「わたくし達は覚悟していてよ。『ラグナロク』は変えられてしまった。たった一人のエインヘリヤルによって。神聖な戦いから完全に娯楽になってしまった」

 その言葉はヒューゴに重くのしかかった。まさにモルゲンロートの言う通りなのだ。あくまで『ラグナロク』は代理戦争として行われてきた。内容は戦いではなくても、勝敗があってその試合はごくまっとうなものであった。それが、本気であったとは言え、演技でも受け入れられるという前例を、他でもないヒューゴが作ってしまった。

「俺は……俺は、なんてことを」

 青褪めて項垂れるヒューゴに、双子が歩み寄る。

「悲観することはないのよ」
「ええ、ヒューゴ。お前は良くやってくれたわ。わたくし達の想像以上に」
「それは、どういう」

 顔を上げたヒューゴの視界に入ってきたのは、慈愛の表情を浮かべる美しい天使だった。二人は言う。これは、神々が望んでいた結果でもあるのだと。

「神々が望まなければ、そもそも実行させたりはしない。わたくし達は天使だから、神々の意志には逆らわない」
「けれど、わたくし達の計画は、止められるどころか推進されたわ。神々がその道筋に行き先を創られたの。これは紛れもなく神々の意志よ」
「神々が『ラグナロク』の改変を希望されたって言うのか。なぜ」
「このままのかたちで『ラグナロク』が続いていたら、きっとヴァルハラは堕落に満ちていたでしょう。それを避けるために、無意識下で戦乙女達が変化を望んだのではないか。神々はそう判じた」

 ヒューゴは息を呑む。だってあれはヒューゴのただの思いつきだ。それがそんな大それた事になるはずがない。そう訴えたが、双子はゆるゆると首を振るだけだった。

「そんな馬鹿な。どうしてそれがこんな事になる?」
「そもそもの発端はお姉様だから」
「クレフティヒ様が? なにか関係があるのか」

 双子の天使の姉にあたるという、美貌の天使を思い浮かべる。彼女達三姉妹の他にも戦乙女とは会った。いずれも確かに美しかったが、この三姉妹と比べると、あきらかに格が違った。いや、この双子も、クレフティヒと比べると……。
 そう考えてヒューゴは、畏れ多くもそれを言葉にする。

「あなた達は美しいが、クレフティヒ様は、その……なにか違っているような気がする。他の戦乙女達ともだ。それはなぜだ?」
「お姉様は、特別だから」

 アーベントロートはふわりと微笑む。モルゲンロートも、喜色を浮かべて言うのだ。いわく、クレフティヒは戦乙女であって戦乙女ではない、と。

「それはどういう意味だ?」
「そのままよ。お姉様は戦乙女ではあるけれど、そのままの戦乙女ではないの」
「もしくはそれ以上の存在でもあると、そういうことね」

 戦乙女、天使の、それ以上の存在というと、とヒューゴが考えたところで、モルゲンロートに体の向きを強引に変えられ、アーベントロートに背中を押され、館から強引に出された。
 いきなりのことでつんのめって、踏ん張りきれずに顔から地面に倒れ込む。あらごめんなさいと、まったく悪びれていない声が背後から聞こえた。
 鼻を強く打った。折れていないかと、起き上がりながら当てた手に目をやると——指の隙間から見覚えのある衣装が見える。
 掌に血が落ちているのに気付かずに、ヒューゴはさらに視線を上げた。

「アイオロス。大丈夫か?」

 そこには女神に勝るとも劣らない、戦乙女の姿があった。

「……クレフティヒ様」
「血が出ているぞ。あれほどの戦いをやってのけるのに、戦場でなければそんな怪我をするのか」

 ふふ、とクレフティヒが笑う。普段はどちらかというと凛々しい顔つきのクレフティヒが微笑むと、その美しさに呼吸が止まる。撮影のため一緒に行動する機会のあったヒューゴでさえいまだに慣れずにいるから、レオをはじめとする撮影班は、姿を見る度に呆けて計画どころではなかった。あの日の競技当日は、クレフティヒに良い映像を観せるためというのもあるが、レオ達が使い物にならなくなっては困るので、試合中継することになったのだった。
 クレフティヒは胸元からスカーフを抜き取ると、立ち上がったヒューゴの顔を拭ってやった。真っ赤になるヒューゴに気付かないクレフティヒは、笑みを浮かべたままその顔を覗き込む。

「聞いたぞ、アイオロス。あの戦いをご覧になった主神から、お言葉を頂いたと」

 ヒューゴは、なんとか頷いた。

「ええ、まあ」
「実に栄誉なことだ。私も嬉しいぞ」

 クレフティヒの喜び溢れる声は、ヒューゴの心を揺さぶった。ヒューゴもまた嬉しそうなクレフティヒに喜びが溢れる。

「わたしに何か御用でしょうか」

 ヒューゴがそう問いかけたのは、クレフティヒがどこかそわそわしていたからだ。もじもじと汚れてしまったスカーフを弄っている。これは、後ろで館の扉の隙間から様子を伺っている双子が回収するだろう。顔半分しか見えないが、お姉様可愛らしい、とでも思っていることが容易に想像できた。

「その、アイオロス。お前が良ければ、なのだが」
「……はい。クレフティヒ様が望むのであれば、ご協力は惜しみませんが」
「ま、まだ何も言っていないだろう! いやしかし、そうだな。お前に頼むのがもっとも良い」

 こほん、と咳払いをひとつ、クレフティヒは改めてアイオロスへと向き直る。

「この度の『ラグナロク』がうまくいったのはお前のお陰だ。私からも礼を言う」
「ありがとうございます」

 うん、と頷いて、クレフティヒは続ける。

「それでだな、次の『ラグナロク』も、お前を参加させるよう神々から承った。良ければ、次回もまた私と組んで、『ラグナロク』へ挑んで貰えないだろうか」

 クレフティヒは思い切って伝えた。神からの指定とあればこれまた名誉なことだが、アイオロスはあまり『ラグナロク』に乗り気ではなかった。だから断られるかもしれないと思ってのことだったのだ。現に返答を待っているがアイオロスは何も言ってこない。そろりと下げていた視線を上に向けたが、アイオロスは驚愕の表情で固まっていた。
 クレフティヒはそれを拒否だと捉えた。そんな事を言われるとは思っていなかった、だから返答に困っていると。……実際には頬を紅潮させたクレフティヒの上目遣いの破壊力が凄すぎて、ヒューゴはメデューサの瞳を見てしまったように硬直していただけなのだが。
 クレフティヒは悲しくなった。なんとなくアイオロスはクレフティヒの頼みを断わらないと思っていたのだ。
 だめだろうか、と涙目のクレフティヒの囁き。それがとどめだった。

「…………いえ、是非に」

 絞り出された声に、ぱっと明るくなる表情。後ろからは黄色い悲鳴がふたつ聞こえた。
 この方は天使などではなく小悪魔ではなかろうか。ヒューゴはぼんやりする頭でそんなことを考えた。




 これより後、神々と巨人の代理戦争『ラグナロク』は、時に楽しく、時に激しく、様々な競技が行われることになった。スポーツだけではない、芸を披露することも含まれるようになった。
 天使とエインヘリヤル達は神々と巨人を楽しませるために。そして神々と巨人は、天使とエインヘリヤル達を褒め称えその芸を映像として残す。そうすることで、次々とやってきては去っていくエインヘリヤル達に刺激を与え続けた。

 そこにはもう、戦乙女の嘆きはなかった。



 おわり
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