【完結】ダメなのはわかってる、それでも。

もえこ

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自覚

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約束の金曜日

朝、家族の夕食の準備をしてから、慌ただしく家を出る。私が夜、不在にする時は、夫と子供の夕飯まで準備するため、いつもよりバタバタと忙しい。
 
バスで40分程揺られ、職場に到着。いつもと変わらぬ職場の風景、でも今日は少し違ってみえる。夜に克之に会えることが、こんなにも私の心を弾ませるのか…自分でも、驚く。
 
不思議とその日は、いつも以上に効率よく仕事も進んだ。終業の放送が入ると同時に周りへの挨拶を済ませ、私はすぐに職場を後にした。

克之との待ち合わせは夜7時。まだ30分ほどあるのでゆっくりメイクを直し、本屋などを散策する。

今日は豆腐懐石の店を克之が予約してくれている。個室でしかも掘りごたつなので、ゆっくりできそうだと、前に克之が雑誌で探してくれていた店だ。

彼に会うまえに何度も鏡を確認したり、服装のチェックをする。昨夜は久々に、肌のお手入れも入念にした。
少しでも…克之に、綺麗に、魅力的に見られたい。

思えば結婚してから、特に子供が生まれてからは、自分のことは全て後回しに生きてきたような気がする。

でも今は、違う。

私は、私だけのために、家族を顧みず、本当に自分勝手に生きている。踏み込んではいけない領域に、踏み込もうとしている。こんなこと、ダメなのはわかっているのに。でも、もうどうしても、自分を止めることができない。

時間になり、先に個室に入って待っていると軽くドアをノックする音。克之がゆっくりとドアから顔を出す。「すみません、お待たせしまして…」と言いながら正面の席に座る。

仕事帰りだからか、少しだけ疲れた表情をしているが、やはりふわりとした優しい微笑みが、私を魅了する。「いえ、私も、今きたところです。」と、なんとか普通に挨拶をするが、やはり鼓動が早くなるのがわかる。

前に、克之と単なる同僚として食事に行った時とは異なる感情が、確かにいま、私の中にある。

早く、触れて欲しい。
 その唇に、キスしてみたい…キスされたい。
  強く、抱きしめて欲しい……

私は、自分が怖くなった。
こんな感情は、私のこれまでの人生で、本当に、初めてのものだった。

こんな、恥ずかしい欲求を、もし私が今夜、口にしてしまったら、克之はどんな顔をするだろう。そんな発言を女からするなんて、はしたない女だと、引いてしまうだろうか…。

私は、食事中、克之の純粋な笑顔を見つめながら、そんなことを考えていた。

まるで、男女が逆転しているかのような錯覚に陥る。
 
やはり私は、壊れた。
     
     そう、確信した夜だった…

                  
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