げに美しきその心

コロンパン

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2章

夜会へ向けて

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朝食が終わり、部屋を出ようとしたシルヴィアをゴードンが呼び止める。

「シルヴィア様、ビルフォード伯爵家からお手紙が届いております。」

ゴードンはシルヴィアに手紙を渡す。

「まぁ、きっとノーランお兄様からだわ。ありがとう、ゴードン。」

ゴードンなにっこり微笑み、シルヴィアは自室へ戻る。

「きっと、夜会のエスコートのお返事よね。」

手紙を開封し、文面を読む。

「ああ、良かった。お兄様がエスコート引き受けて頂けるそうよ。
馬車でお迎えに来てくれるとも書いているから、お義父様のお屋敷へ行く手段も解決したわね!」

安堵の息を漏らすシルヴィア。

「後は、お化粧を誰に頼めば良いかしら。」

ソニアがすっと前に出る。

「僭越ながら私にお任せいただいても?」

「え!ソニアがしてくれるの?」

ソニアは日頃から、シルヴィアの為に陰で化粧の勉強をしてきた。
レイフォードの妻となれば、必要不可欠になる。
シルヴィアを美しく装う役目は自分でありたい。その一心だった。
実家に居た時は、ほとんど化粧をしていなかったシルヴィアを本当は着飾らせたかった。
漸く願いが叶う。

「秘密の特訓をしてきましたので、きっとシルヴィア様も満足して戴けるかと。」

ソニアの自信に溢れる言葉に、シルヴィアも大きく頷き、

「それならば、お願いするわね。よし!これで安心ね!」

腕を腰に当て、むんっと気合いを入れる。

「じゃあ、少しでも脂肪を落とすために運動をしなくては!
ソニア、宜しくお願いします!」

「はい、では軽く準備運動の後、庭を走り込みましょう。」

「ええ!」

元気よく返事をするシルヴィア。



動きやすい服装に着替えたシルヴィアの姿は、貴族の淑女はまず履かないであろうズボン。
運動するシルヴィアの為にこれも、妹がソニアと試行錯誤しながら製作した。
身体のラインが分からないように縫合されていて、ゆったりとしているので止まっていればスカートに見える。


部屋で体を温めて、ソニアと外へ出る。
ソニアの先導の元、庭を走る。
広大な庭は一周走るだけでも、シルヴィアには10分以上かかる。

大粒の汗が滝の様に噴き出す。
休憩を入れながら、この日は様子見がてら、3周走った。


雨に打たれたかの様に、ずぶ濡れになったシルヴィアは、予めソニアが手配してくれた湯浴みで汗を洗い流し、
すっきりとした状態で、昼食を食べる。


くじ引きで勝ち取ったという、まだ少女という年齢のメイド2人と和やか雰囲気で食事を楽しんだ。
部屋に戻る前に、二人にハンカチを渡すと、二人共目を潤ませながら、何度もお礼を述べられ、
胸がじんわり暖かくなった。


その後ろで、ゴードンが物欲しそうな目でこちらを見ていたので、ゴードンにも渡した方が良いのかとソニアに確認してみる。

「泣いて喜ぶのではないですか?」
とソニアが言ったので、夕食の時に渡そうとシルヴィアは考えた。

昼食後、今度はソニアの花を植える花壇の整備を始める。
これもまた、ケビンと一緒に煉瓦積みに勤しんだ。
ケビンにもハンカチを渡した方がいいのではと思い、手を洗った後ケビンにハンカチを差し出した。
するとケビンは、わたわたと挙動不審になった後、いきなり何処かへ走って行った。

残されたシルヴィアは、どうしたらいいのか、拒否されたのかと少し悲しくなり、部屋へ戻ろうとしたが、
ケビンが走って帰って来て、恭しくハンカチを受け取った。
良く見ると、大分擦ったのかかなり赤くなった手、どうしたのか聞くと

「あんな汚い手で、シルヴィア様からのハンカチを受け取る事が出来ませんでしたので、急いでブラシで清めてきました。」

ケビンが息を弾ませながら言う。

「ブ、ブラシで?」

「はい、汚れを完全に落とすためには、ブラシでないと。」

ケビンは至極真面目な顔で答えた。

「こんなに赤くなっているわ。痛かったでしょ?そんな事しなくて、いいのよ。汚れを拭くためのハンカチなのだから。」

ケビンの手を握り、優しく撫でる。
その瞬間、ボッと聞こえるくらいの勢いでケビンの顔が真っ赤に染まる。

「し、しし、シルヴィア様!?あ、あの手、手を、僕の手、き、汚ないから、」

完全に取り乱しているケビンに、シルヴィアはきょとんとして

「どうして?手を洗ってきたのだから、汚れてなんかいないわよ。綺麗よ、貴方の手。」

「あ、ああああ、そうではなくて・・・・ソニアさーん・・・」

どう説明していいか分からなくなったケビンがソニアに助けを求める。

ソニアはやれやれといった感じで

「シルヴィア様、ケビンが言っている意味はそうではなくて、『自分のような使用人の手を軽々しく握るなんてシルヴィア様の手が汚れてしまいます。だから、触らないで下さい。』だそうです。」

「な、そ、ちょっと、違う!シルヴィア様!違いますよ!触らないで下さいとか思って無いです!いや、だからと言って触って下さいでもなく・・・。
・・・ああ、どう言えば・・・。」

ケビンが言い淀む。

「それにシルヴィア様、気安く殿方の手を触るのは淑女としては、誉められた事では無いですよ。
一応、レイフォード様の妻なのですから。」

「あら・・・そうよね・・・。ごめんなさいね、ケビン。でも、貴方の手がソニアの言う意味だとしても、それでも私は貴方の手が汚れていると思わないわ。」

ケビンの手を未だ握るシルヴィアは、一度ぎゅっと強く握り、そして手を離す。

「・・・ありがとうございます。シルヴィア様。」

ハンカチを握りしめ、ケビンは一礼してその場を去る。

「なんだか、悪い事をしてしまったのかしら・・・。」

「大丈夫ですよ。さあ、夕食の前に湯浴みをしましょう。」

シルヴィアは落ち込んだが、ソニアに促されて部屋に戻った。
湯浴みを済ませ、食堂に向かう。

そこに居たのは、この屋敷の料理長とテーゼだった。

何故か料理長もくじ引きに参加していた。

料理長に日頃の食事のお礼を伝えると、瞳を潤ませた料理長からもお礼を言われる。

今までレイフォードがこの屋敷で食事をする事が少なかった為、仕事にやりがいを感じなかったが、シルヴィアが来てくれたお蔭で意欲が湧いたのだと言う。
いつも残さずに食べてくれるシルヴィアに一言感謝の気持ちを述べたい。
そう思って、くじ引きに参加したのだと。

「シルヴィア様が此処に来てくださって、本当に嬉しいのです。願わくばずっと・・・・。」

言いかけて料理長は言葉を飲み込んだ。シルヴィアへのレイフォードの仕打ちは屋敷全員が知っている。
ずっと居て欲しいが、それはシルヴィアには辛い事であると料理長は考える。
だが、シルヴィアはそんな考えを余所に

 「私も、ここにずっと居て貴方のお料理を食べたいわね。」

にこりと微笑む。料理長は胸に手を当て俯く。
ずっと、作り続けたい。ずっと食べて貰いたい。心の中で喜びを嚙み締める。

ばっと顔を上げ、シルヴィアを席へ促し、料理を運ぶ。
今回も和やかな雰囲気で食事を取る事が出来た。

そして、部屋に戻る前に料理長にハンカチを渡す。
料理長は宝物の様に大事に自分の手で包み込み、片付けの為、礼を述べ退室した。


そして、扉を開けて立っているゴードンに、シルヴィアはもっと早くに渡すべきだったと謝罪し、ハンカチを渡す。

大きく目を見開き、ゴードンは自分の胸ポケットのハンカチを取り出し、自分の目を覆う。

そのハンカチを使ってくれたらいいのにと言うと、

「勿体無くて早々使うことが出来ませんよ・・・。ありがとうございます。大切にします。」

ソニアの言った通り、ゴードンは泣いていた。
ソニアは凄いわね。何故分かったのかしら。ゴードンにもしかしたら好意を抱いているのかしら。

全く見当違いの事を考えながら、部屋に戻った。


ー皆が喜んでくれて良かった。


レイフォード様にもいつか渡せる事が出来ればいいのにとそう考えながら、シルヴィアは眠りに就いた。















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