げに美しきその心

コロンパン

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幕間

愛しいと思う事

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思うだけなら許されますか?







貴族は嫌い。

父さんと母さんを騙した貴族。
僕を道具の様に扱っていたのも貴族。
知らない女性の相手をしろと言ってきたのも貴族。
貴族なんか大嫌いだ。


彼女以外を除いては。







僕の家は裕福な商家だった。
商才の優れた優しい父さん。
気さくで、元気な母さん。

二人が大好きだった。
僕も将来母さんみたいな人と結婚して、父さんの跡を継ぐのだと、漠然としたけれど、確実な未来を思い描いて過ごしていた。


穏やかな日々は突然終わりを告げる。

父さんの成功を面白く思わない貴族達が、在りもしない不正の証拠をでっち上げ、財産を全て奪い去った。

父さんが幾ら無実を訴えても、裁判官は貴族に買収されいて、まともに取り合ってくれなかった。

更に、交わしたことの無い父さんの署名が記された借用書で、借金を背負う事になった。

財産を取り上げられた僕達に払う術はなく、父さんと母さんは借金取りに連れていかれた。

僕も何処かの貴族の屋敷の使用人として働く事になった。


生活は一変する。


そこでの生活は本当に地獄だった。
昼夜問わず働かされて、貰った給金は借金取りに巻き上げられ、僕には本当に僅かなお金しか残らなかった。
まともにご飯も食べれず、屋敷のコックからたまに貰う硬くなったパンを食べて飢えを凌いだ。

それでも、借金を払い終えて両親とまた三人で暮らす事を支えに、働いていた。



それさえも打ち砕かれたのは、もう何年も何年も働いていたある日。

雇主である屋敷の主人が、僕に下卑た笑いを浮かべながら、こう言った。


「お前の親が何処ぞの川での垂れ死んだらしいな。何とも憐れな最期だ。
あの時、儂に歯向かわなければもっとマシに暮らせたものを。」

目の前が真っ暗になった。
耳鳴りが止まない。
ずっと働いていたこの屋敷の主人が、父さん達を嵌めたこと。
父さん達が死んだ事。

もう何も分からない。
それからは何も覚えていない。
きっと屋敷で失敗したのだろう。

気が付いたら、街の外れの路地裏に居た。
働く事が出来なくなった。

それでも無慈悲に借金取りが僕を探し出して、取り立ててくる。

貯めていた僅かなお金さえも奪われた。



僕は本当に何も無くなった。

ゴミを漁る生活が続く。
また、借金取りが来る。
どうしたらいいのだろう。
途方に暮れて、

もういっそのこと、死んでしまおうか。
両親の元へ逝けばいい。

もう未練など無いのだから。

道を彷徨う僕はある男性と出会う。


「君、おい、そこの君。」

始めは僕に声を掛けている事に気が付かなかった。

「君、随分とボロボロだが、大丈夫かい?」

その人は僕を気遣う様子に見えた。

「お金に困っているように見えるが、違うかい?」

その人を警戒しながら、無言で頷いた。
するとその人は僕の様子を気にする訳でも無く、こう告げる。

「君に頼みたい事があるのだが、もし引き受けてくれるのなら、君の望む金額を支払おう。」

見ず知らずの僕にこの人は何を言っているのだろう。
警戒心が強まった。

「ああ、危険が伴う事では無いから安心してくれ。私の屋敷でやってもらいたい事があるだけなんだよ。
それが終われば、帰って貰って構わない。」

「・・・何をやればいいのですか?」

「それは屋敷で話そう。どうする?」

話し振りから、そこまで難しい事では無いと感じた。
是が非でもお金が欲しい僕は、警戒を解く事無く了承した。

「分かりました。危険で無いのであればお引き受けします。」

「・・・助かるよ。・・・で、幾ら欲しい?」

僕の今の借金は金貨30枚。後に生活する為に多めに貰っておきたかった。

「・・・金貨40枚です。」

「いいだろう。では、行こう。」

男性は即答する。身なりからして、貴族。しかもとても見目が良かった。
服装も上等な事からかなり裕福な貴族と窺えた。




馬車で、男性の屋敷に着いた。
正面からではなく、裏口から入る。
その時点で怪しさ満載だったが、来てしまった以上背に腹は代えられない。


男性の自室であろう部屋に通される。
彼は金庫にある金貨を麻袋に詰めていく。


「さあ、先に支払っておこう。受け取りたまえ。」

麻袋を受け取った。ずしりと重い。
この重さ・・・40枚の重さではない・・・。

「あの・・・僕は40枚と言った筈ですが。これは大分多いような気がします。」


男性は別段気にする様子もなく、

「ん?ああ、まあ気にしないでくれ。全く知らない私の頼みを聞いてくれたのだから、それは私の気持ちだよ。」

美しく微笑する。
もしかするとこの人は良い人なのかもしれない。
そう思った。

「では、早速お願いするよ。付いて来たまえ。」

屋敷の奥の部屋へ行く。
部屋に入ると、誰かが寝ていた。
僕は扉の前で待機した。

良い人かもしれないと思った彼が、寝ている女性を無理矢理起こした。

そこから彼は豹変する。

女性を酷く詰る。
何を見せられているのだろう。
何故僕は此処に居るのだろう。
混乱していた僕は、何も出来ずただ立ち尽くしたまま、目の前の光景を眺めるしか出来なかった。



「まぁ、そんなお前に良い物を持ち帰った。」

燭台の灯りが僕を照らす。
女性の顔がハッキリと見えた。
彼女の顔は強張っていた。

「仮にも夫婦になったんだ。初夜も必要だろう?」

嫌な予感がする。

 「だが、俺が抱くつもりは無い。考えたくもない。まぁ、それでは余りにも可哀想だと考えてな。
 此奴が道端をうろついていたのを見かけて、丁度良いと思ったのだ。」

 レイフォードという男性が僕の腕を掴み、彼女の前へ僕を突き出した。

 「喜べ。お前の相手だ。醜いお前にお似合いだろう。」

 「・・・・・!!」

彼女は息を呑んだ。
僕も頭が真っ白になった。

彼は僕達二人を無視して話す。

 「お前も金で買われたんだ。こき使われるよりよっぽど、マシだろう。こんな女だが、貴族だ。
 貴族の女を抱ける機会なんて一生無いだろう。
 好きにしていいぞ。」

 出来る訳ないだろう!!

「僕は、そんな事出来ません!」

彼は意に介さなかった。

「ふんっ、まあいい。要件は終わりだ。精々仲良くするといい。」

どうしよう、思考がまとまらない。

「ま、待って下さい!!私はこんな事望んでいません!彼にも、そんな命令なんて・・・。」

彼女が何か言ったけれど、何も聞こえなかった。

扉の閉まる音で、はっと我に返った。

ああ、やはり貴族なんて嫌いだ。
皆汚い。
どうせ彼女もあの人の仕打ちの腹いせを僕にするのだ。
そう諦めに近い感情を抱いていた。
何をされるのだろう、少しの恐怖も感じていた。

 だが、彼女は僕に笑いかけて、予想とは違う事を言った。

「・・・・ごめんなさいね。こんな事、迷惑でしか無いでしょう?
 私も望んでいないから、大丈夫よ。」

彼女は僕に謝った。
彼女は何も悪くないのに、悪いのはあの人なのに。


 「お家の方はこの事を知っているの?」

 彼女の問い掛けに僕は自分の起きた事を話した。


「そう・・。ごめんなさい。何て言ったらいいか・・。」

皆そうだろう。
彼女も悲しげに眉を寄せて僕を気遣ってくれた。

彼女は僕をどうこうするつもりは無いみたいだ。
ちゃんと謝って、お金を返して此処から立ち去ろう。
借金の事は後で考えよう。

扉に向かおうとすると彼女に呼び止められた。

「待って。帰る事は無いわ。お金で買われたということは、この屋敷で働くために雇われたとも言うわよね?
まぁ、働く仕事の内容は捨て置いて、
なら、此処で庭師として働くって言うのはどうかしら?」

彼女の言葉に耳を疑う。

「僕が怖くは無いのですか?あなたを、その・だ・・く為に連れてこられた僕が。」

僕の問い掛けにも笑って返す。

「貴方にその気があったなら、怖いと思ったでしょうね。でも、旦那様にそんな事は出来無いとハッキリと言ってくれたし、私に対しても、ね、今みたいに気遣いをしてくれて。
 怖いなんて思わないわ。
どうかしら?お金は返さなくても良いから、此処で働いて貰えないかしら?」

彼女は一体どういうつもりなのだろうか。
そう思った。彼女の名前はシルヴィアと言った。
僕もケビンと名乗った。

「ねえ、ケビン、前のお仕事ではどんな事をしていたの?」

僕は何でもできると答えた。

「じゃあ、お庭のお手入れは?」

「は、はい。木の剪定とかはある程度は。」

彼女の顔がぱあっと明るくなる。

「じゃあ!!私にはとっても必要な人材ね!」

必要?僕の事が?

「ケビンも聞いていたと思うけれど、私、此処のお屋敷のお手入れをしようと思うの。でも、此処は庭師の方が
三か月前に辞めてしまったそうで、人手がものすごーく足りないの。
 貴方が此処で働いてくれたら、非常に助かるわ。経験もあるし、何より男性だから、力仕事も、私よりも全然
 楽に熟せるし。」

 本当に僕でいいの?思ったままを口にしてしまう。

 「ええ、もちろん。貴方がいいわ。」

僕が、と言ってくれた彼女の顔を僕は一生忘れないだろう。
きっと彼女の事をその時にはもう。


一緒の部屋で寝ようと言ったシルヴィア様。
僕をまだ少年だと思ったのだろう。
だけど、僕は貴女と年齢は変わらないのですよ?

まともにご飯を食べていなかったから、僕の体は同じ年齢の男に比べたら小柄だろう。
彼女に男と認識されていないようで歯痒かった。



彼女があんまりにも朗らかに笑うものだから、忘れていた。
レイフォードという人の言葉で傷ついていた彼女を。
あんな言葉を浴びせられて傷つかない人間なんて居ないじゃあないか。

僕が寝ていると思って呟いた言葉で僕は胸が強く締め付けられる。
声を殺して泣く彼女。
僕ならこんな風に泣かせる事はしないのに。

分かっている。彼女はレイフォード様を好きだから泣いている事も。
僕ならなんて烏滸がましい事も。



此処で働いて、ちゃんとご飯を食べていたら、遅れを取り戻すかのように急激に体が大きくなった。

シルヴィア様はやはり今まで会ってきた貴族と全然違った。
貴族らしく無いと言ってもいい。

庭の手入れなんて、自ら率先して作業に取り掛かる。

屋敷の人達はそんなシルヴィア様を好ましく思っている。
以前働いていた使用人たちはギスギスしていたのに、此処の人達は皆優しい。

ソニアさんは・・・・とても怖い。本当に怖い。
でも、理不尽ではない。
怖いけど、優しい人だ。


シルヴィア様に戴いたハンカチを皆宝物ように大切にしている。
僕もだ。
戴いた時に握られた手の感触を思い出す。
使用人である僕の手を優しく包み込んでくれた柔らかな手。
汚れていないと言ってくれた眩しい程の微笑み。

もう駄目だ。
顔を見たら、言葉が溢れてきそうだ。

何故レイフォード様をそんなに慕うの?
あんなに酷い事をされて、何で嫌いにならないの?
何故他の人じゃ、駄目なの?

他の人なら、僕はこんな気持ちにならない。
シルヴィア様を大切にしてくれる他の人ならば。


半年過ぎて、シルヴィア様が以前にも増して、美しくなられた。
シルヴィア様の顔が見れなくなった。
邪な気持ちで心が満たされた僕を見て欲しくなかった。

そんな僕に顔を見て話したいというシルヴィア様。
今はまだ無理だ。
理由を話せない僕を責める事もしない。

ああ、レイフォード様が帰って来なければいい。
気づかなければいい。

ずっとこのまま、優しい人達に囲まれてシルヴィア様の傍にいたい。

僕の願いは儚く潰える。











ねえ、シルヴィア様。

あの日、あの時、

貴女を奪っていたら、

貴女は僕を見てくれましたか?













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